「………うむ」
お楽しみのディナーの時間。
カーラは目の前の皿を前に、物凄く言葉数が少ない。
訝しげな視線をニナに向けたかと思えば、何かに気付いたような顔を私に向けてくる。
そんなに喜んでもらえると、なんだか私まで嬉しくなってしまうではないか。
『……マリア貴様。
喜びに浸る私の耳に、カーラの例の小声が滑り込んでくる。
随分と機嫌の悪そうな声音に、どうやら私の読みは当たっていたようだ。
ニナは小声は聞こえていないが、何やらカーラの様子がおかしいとは思っているようだ。
「あの……? カーラさん、もしかして、お嫌いでしたか?」
不安が声に乗ってしまっているが、ニナは何ひとつ悪くない。
その事は理解しているのだろう、カーラは少し慌てたように表情を繕う。
「いや、何も嫌いなものも苦手なものも無い、いつも通り完璧な料理だと思うぞ! ただメインが豪勢過ぎて、サラダに手が届くか不安だっただけだぞ?」
少し早口になっているカーラだが、上手いこと笑顔は繕えている。
ニナは笑顔で「カーラさんは他の方より食が細いですもんね」的な受け答えし、自分の食事に取り掛かる為にカーラから視線を外す。
途端に私に向けられる、恨みがましいカーラの視線。
忙しい高身長女である。
『食事くらいおとなしく楽しみなさい。なんですか、先程から面白い顔で。笑わせて下さるのは、食事の後でお願いします』
切り分けたバゲットを手にしながら、私もまた小声でカーラを嗜める。
嬉しいのなら、黙って食事を楽しめば良いのだ。
『……カーラじゃ無いけどさ? 私だって、今日のメニューには思うところが有るぞ? どうせコレ、提案したのはお前なんだろ?』
ニナの手前少々引き攣った笑顔でスープを口に運んでから、アリスが私に苦情らしきを述べてきた。
ふむ、そう言えばアリスは私と同じく元人間で、普段はガサツなクセに案外私よりも繊細な時がある。
それはそれでお笑い草なのだが。
『ええ、勿論です。最終的にメニューを決めたのはニナですが、折角ご相談を頂きましたので、誠心誠意考えさせて頂きました』
何が納得出来ないのか、カーラもアリスも胡散臭げな眼差しを止めることはない。
『ニナちゃんのお料理、美味しいよねぇ。マリアちゃんも私もお手伝いしたんだよぉ?』
良く
……それは小声じゃなくて良いんじゃないかな?
『エマ、ニナを褒めたいのなら、普通に話した方が良いですよ? これはニナには聞こえていないのですから』
私が言うと、エマはそうだった! という顔を作った後、ニナに「美味しいお料理ありがとぉ!」とか告げていた。
ニナにしてみれば唐突に言われた格好になるのだが、戸惑いつつも「こちらこそ、美味しそうに食べてくれてありがとう」とか受け答えしている。
ほんわかと可愛らしい遣り取りだが、片方がどうしても……。
広域殲滅魔法を搭載している
『……エマがマリアの影響を受けなければ良いのだがな。有る意味純真なだけに、どうしても心配になってしまう』
私と同じ光景を眺めていた筈のカーラは、何故か私が諸悪の根源であるが如き物言いをしてきた。
外骨格式の昆虫には、見える世界が違うのだろうか。
『失礼な昆虫ですね。私ほどの人格者を捕まえて、何を心配しているのですか。むしろサラの格好の方をどうにかしないと、エマがアレに影響されたらどうなることか……』
少々ムッとしながら、本当に悪影響を与えるとはどういう存在なのかを示しつつ、私はカーラに応戦する。
『なんか火の粉が飛んできたんだが? 私の格好って、何処が問題なんだよ。むしろハイセンスだろうが。悔しかったらお前も着てみろ』
呑気に料理と酒を楽しんでいたサラは驚いたような呆れたような顔でなにか言っている。
それはもしかしたら挑発の
『悔しくないですし、むしろそんな格好は願い下げです。巻き込むのはカーラかアリスにして下さい』
真っ当に受ける必要の無いことは、受け流すに限る。
受け流されたほうがどう思うかとか、知ったことではない。
『お前はなんで戦火を広げるんだよ。私に振るな、っ
『思わないけど? て言うか、私のこの玉のような肌を隠すほうが偉大な損失だろ。お前らは揃いも揃って何なんだ、自信がないのか恥ずかしいのか』
『自信過剰も困ったものですね。胸も無いクセに』
『マリアコロス』
『おいおい、本人にはどうしようもない事を言ってやるなよ』
『おやおや。女子力の希薄なモノ同士、麗しい友情ですね? 庇いあった所で、良い男が寄って来たりはしませんよ?』
『よーしマリア、お前表出ろ』
『マリアを追い出したら声を掛けてくれ。ドアはしっかり施錠するから』
『私も扉を持っているのですが? ああ失礼しました、昆虫に記憶力を期待するのが間違っていましたね』
『……アリス。気が変わった、私もお前に加勢するぞ』
『私もだ。コイツは罰として、私と同じ格好でもさせてやろうかな』
『罰ってお前……恥ずかしい格好だって認めてるようなモンだろ、それ』
『……えっ?』
小粋な小声会話を繰り広げながら、私たちは食事を楽しむ。
そんな私たちを他所に、エマとニナが時折可愛らしい会話を繰り広げていて、ほんわかして良いのか微妙な気分になりつつも、私は本日のメインディッシュを楽しむ。
猪肉のトマトと赤ワイン煮込み。
しっかりと焼き目を付けた上で、しっとりと煮込んだお肉は絶品である。
私とエマは補助したとは言え、野菜を洗ったり野菜を切ったり刻んだりで、調理の方にはタッチしていない。
とは言え手伝ったことは事実で、その思いがあるから余計に美味しく感じる。
「うん、この味はアレだね、お酒が恋しくなるね」
気が進まなそうだった割りに、アリスはしっかりと料理を楽しみ始めている。
調子に乗ってブランデーのボトルを取り出したりして、いつの間にか上機嫌だ。
まさかアリスに限って、呑まずにはやっていられない、とか言うことは無いだろう。多分。
「おうん? 良いもの持ってるじゃん、私にもちょうだい」
一方、飲んでいないはずのサラがアリスに絡みに行く。
人形だし深酔いとかはしないだろうが、この2体に関してはなんだか心配になってしまう。
特にアリスは、酔いを楽しむためだけに毒耐性をカットしてしまうようなバ……剛の者だ。
「あん? なんだ、サラもイケる口か?」
何故か嬉しそうに、アリスはグラスまで出してやる。
サラがアリスと同じことをして、絡み酒とか始めたら嫌だなあ……。
そんな事を考えながら、私は静かに食事を楽しむ。
ふと気付けば、カーラもメインのトマト煮を食べ終え、サラダを楽しんでいる。
……カーラにしてみれば、サラダがメインなのかも知れない。
エマはいつの間にか2皿目まで楽しんでいるし、ちゃっかりサラもそれに乗っている。
サラはなんというか、ちょっと自由過ぎはしないだろうか。
文句を言っていたアリスもなんだかんだおかわりしているし、ニナの料理の腕はやはりすごい。
これで見習いと言うのだからもう、料理人の世界というのは広くて深い。
猪肉を適当に切って焼いてステーキだ! とか言って喜んでいる私は、見習いの足元にも及んでいないのだ。
さり気なく2皿目を楽しむ私がふと目を向けると、サラがなんだか楽しそうにアリスに絡み、アリスは迷惑そうにスプーンを口元に運んでいる。
……面倒臭い呑兵衛と、面倒見の良い呑兵衛。
案外良いコンビなのではないだろうか?
どちらも良縁とは遠そうなのもまた、ポイントが高い。
明日にはアイセスブルトの首都? 王都? 付近に攻撃を加える予定の私たちは、状況的には緊張感を持って居なければならない筈なのだが。
実態はと言えば、やはりこんな物なのだった。
員数が増えると、喧しい事この上無いですね。