迷子のマリア   作:naow

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物事には、終わりがあります。


24 変わらぬ旅路

 成長期というものは、目を瞠る物がある。

 ありきたりな台詞ではあるが、そんな感想が感嘆の思いと共に湧き上がってくる。

 

 武道の心得も無い私がその辺の冒険者よりも強いのは、単なるステータス差による暴力である。

 そのステータスだって元々私のものではなく、私が努力したことと言えば、精々(せいぜい)この身体(からだ)に振り回されないよう、感覚を合わせる為に走り回り、魔力とやらを感じる訓練を重ね、それでどうにかこの身体(あばれうま)を宥める事に成功()()()()()、と言った所だろうか。

 

 イリーナの成長と比べると、何という体たらくなのか。

 

 とはいえ、自慢できない事とは言え素の身体的なポテンシャルは高いので、

「はああっ!」

 裂帛の気合と共に繰り出されるイリーナの剣戟を、涼しい顔で捌く。

 

 真面目に、真っ当に自身を鍛えて実力を身につけていく少女の真っ直ぐさが、酷く眩しく、羨ましく、そして誇らしいとも思った。

 

 

 

 イリーナの訓練の相手をするようになったのは、割と早い段階だったと思う。

 最初は魔法住居(コテージ)の修練室で2人だけでの訓練だったのだが、イリーナがなにかの折に口を滑らせたらしい。

 アルク氏に請われ、というか挑発され、彼と彼の部下の面倒をも見る羽目に陥った。

 

 それが良くなかった。

 私の旅の足が止まってしまう、という意味で。

 

 私のようなメイド服を着た(見かけ上は)女に、得意の剣で、まさか良いようにあしらわれるとは思っていなかったアルク分隊の面々。

 プライドは高いものの、無闇に振り回すことに意味を見出さない彼らは泥臭い努力を嫌わず、強くなる為に私に頭を下げた。

 

 それから私の修練相手は4人になり、半年程過ぎた頃、それは12人に増えた。

 

 アルク氏が分隊長から小隊長に昇進し、部下が増えたのだ。

 自分の部下なのだから、自分で面倒を見ろと薄めのオブラート越しに伝えたのだが、自分の部下だからこそ強くしておきたいと頭まで下げられては仕方がない、と納得しかけたが。

 

 私は基本的に武道の心得もない、良く動くだけの素人なのだが……良いのだろうか?

 

 言葉を濁しても仕方がないのでこれはストレートに問い掛けたが、返答はシンプルだった。

(まと)が自動で避けて攻撃してきて、しかも強いとなれば、訓練用のアイテムとしちゃ最高だろうが」

 この返事にとても納得した私は、分かり易い説明のお礼にと、今まで掛けていた情けを一部解除したのだった。

 

 

 

 その日、私が目を覚ました時には、お姉さんの姿はなかった。

 ……なんていう、分かりやすい変化はなかった。

 

 いずれお姉さんは居なくなると判っていたし、慣れる為にも、と、私は隊舎の部屋で寝泊まりをするようになっていた。

 お姉さんは魔法道具の、あの不思議なお屋敷に帰ってしまうので、夜の間は基本ひとり。

 そういう生活を続けて暫く経っていたので、朝の室内にお姉さんが居ないことに違和感も何も無かった。

 

「おはようございます! アルク隊長、珍しく早いですね?」

 

 いつものように身支度を整えた私は、詰め所の一角で尊敬する小隊長を発見して、小走りで駆け寄る。

 此処(ここ)での仕事にも慣れて、見知った顔も増えてきた。

 私はそんな顔たちを見回しながら、珍しくひとり、まだ顔を出していない事に気が付いた。

 

「あれ? お姉さん……マリアさんは、まだ来ていないんですか?」

 

 お姉さんと出会って、もうすぐ1年になる。

 私は成人となり、衛兵隊にも、正式に入隊した。

 訓練は変わらず、雑用は減って、アルク隊長や他のメンバーと組んで、街の中を見回る仕事が増えた。

 

 そんな日常に、慣れ始めて。

 お姉さんに、これから恩返しだ、そう考えて。

 お姉さんが街を出て行く前に手渡したいと、安物だけど、こっそりとペンダントを買っていて。

 

「……マリアは、今朝出て行ったぞ」

 

 小隊長の声は良く通ったけれど、その言葉の意味はすぐには理解出来なくて。

 その筈なのに、私の右手は、お姉さんに渡す筈だったペンダントを強く握りしめていた。

 

「もう、お前はひとりじゃないし、大丈夫だろうってな。湿っぽいのは苦手だから、黙ってお前を置いて行くんだそうだ」

 

 アルク隊長が、普段あまり見せない、気遣うような目を真っ直ぐに私に向けて、静かに言葉を紡いだ。

 

 いつか、居なくなると知って居た。

 だけど、それはもう少しだけ、先の話だと思っていた。

 

 だって、お姉さんは何も言わなかったから。

 

「出てったのは、今朝早くだ。……走ったところで、追いつけやしねえよ」

 振り返ろうと重心を移した私の耳に、アルク隊長の声が、優しく、だけど無慈悲に響く。

 つい、カッとなった私が口を開き掛けた所で、小隊長の言葉が私の声の行く手を塞ぐ。

 

「なんてツラしやがるんだ、ええ? 正論でお前を説き伏せても良いし、無理矢理仕事を押し付けたって良いんだけどな?」

 

 柔らかい口調なのに、私は抗弁出来ない。

 優しい眼差しだと思っていたのに、今は押し潰されそうな錯覚に、膝が笑う。

「納得出来ねえのも理解(わか)るし、納得できる様に、好きにさせてやりたくも有る。けどな、俺達は衛兵で、衛兵の仕事は、真っ当に生きてる連中の日常を守ることだ」

 こんなにも、アルク隊長の言葉を拒絶したいと思ったのは初めてだった。

 

 こんなにも。

 

「衛兵隊に所属した以上、俺の部下である以上。そうそう勝手は許せねえんだ、(わり)いな」

 

 お姉さんに勧められて衛兵になった事を、こんなにも後悔したことは無かった。

 

「とは言え……イリーナ、今のお前さんには、安心して街を任せらんねえな。そんなザマで仕事させて、冒険者なんぞと喧嘩でもされたら困る。今日は頭を冷やせ」

 

 そんな私に、アルク隊長は冷たく声を被せてくる。

 私が。

 私が、お姉さんにさよならも言えなくて、落ち込んでいるというのに、なんて言い草なんだろうか。

 

 掴みかからんばかりの私の前に、先輩2人が立ち塞がる。

 完全に頭に血が登っていた私は即座に2人を睨み、どう噛みつこうかと短く思案する。

 

「聞いただろ? お前さんは今日は謹慎だ。街の中でも外でも、好きなだけぶらついてこい。ただし、明日からは仕事だ。遅刻するんじゃねえぞ?」

 

 そんな私の耳に刺さる言葉の意味は、すぐには理解出来なかった。

 

「だ、そうだ。マリア(ねえ)さん見たいな、おっかない顔してんじゃないよ。邪魔だから、とっとと休んで、好きなトコ行ってきな」

「って言うか、明日の朝までしか時間が無いんだ。好きな事するにも、時間が足りるかわからんぞ? ホレ、さっさと行け」

 立ち塞がった筈の、先輩2人の顔は笑顔で。

 

「そう言うこった、ホレ、さっさと行け! さて、俺達はいつもの巡回して、いつもの店で昼メシ食ってサボんぞ。モタついてねえで準備しろ、アル、サイモン!」

 

 はっとして目を向けると、アルク隊長も笑っていた。

 

 私は頭を下げるのもそこそこに、(きびす)を返して走り出していた。

 

 

 

 

 

 ――間に合うとか合わないとか、意味が有るとか無いとかは関係()え。

 

 走り去る、成人したばかりの若い衛兵の背を見送りながら、衛兵隊の小隊長、アルクマイオンは、若かった自分の、そして今まで面倒を見てきた部下たちの背中を、それに重ねる。

 

 ――行儀良く素直であれば良いってモンでも()え。

 

 少しだけ目を閉じ、そして立ち上がる。

 

 ――まあ、なんだ。自分の気持ちと折り合い付けるのも、簡単な事じゃねえしな。

 

「走れよ若人、良い事ばかりが人生じゃねえ。今のうちに、そいつの味わい方を覚えておきな」

 ついつい、口の端から言葉が漏れる。

 若い、しかし気心の知れた部下のひとりがそれを耳にし、振り返りながら怪訝な顔を向けた。

 

「なんです? その、役に立ちそうで、案外そうでも無さそうな、救いのない台詞は」

(うるせ)えし失礼な野郎だな。俺の含蓄に富んだ、若者向けの有り難いお言葉だろうが」

「えっ。自分で言います? そういうこと。って言うか、こんなにピンと来ない含蓄有るお言葉、初めてなんですけど」

「お前もかこの野郎。良いか、言葉ってのは発する人物の徳が宿るモンだ。いつか理解(わか)って後悔しやがれ」

 

 部下2人に代わる代わる投げつけられる否定の言葉に、不機嫌を装って言葉を返しながら、アルクマイオンの視線は遠く、北の遥かを向く。

 

「……弟子なのか妹なのか、手前(てめえ)の気持ちもハッキリさせねえで出て行きやがって、馬鹿が。イリーナは俺達がきっちり育てて見せるからよ」

 

 装っただけ、その筈の不機嫌さがごく自然に言葉に纏わり付いて、その事実が余計に言葉に棘を植え付ける。

 ()()()()()()()()()、不思議で不遜な銀髪の女。

 既に出立から時間が経過し過ぎていて、しかもどの道を使ったのか判らない以上、容易く追う事が出来る距離には既に居まい。

 

 北門を出たからと行って、単純に北への道があるだけではないのだから。

 

 あの不思議な彼女を慕っていた少女は、見えない姿を追うことで、悲しさを一時忘れられるだろう。

 時間が過ぎて、もはや取り返しがつかないという喪失感に苛まれる事になっても。

 

「いつか必ず。俺達に、説教されに戻って来やがれ、馬鹿マリア」

 

 成人したばかりの、まだ頼りない新入りは、アルクマイオンを始めとした仲間達が支え、護る。

 そう決意した言葉は、彼の信頼する部下の耳にも届いたが、それには2人とも反応しなかった。

 

 何故ならそれは、彼らにとっても当たり前な事で。

 

 いちいち言葉にしてしまう隊長の野暮さ加減に、するまでもなく同感だったのだから。

 

 

 

 

 

 ベルネの街を訪れる冒険者達に、一種の畏怖を持って語られることが有る。

 あの街で悪さをするなら、南の管轄は避けろ、と。

 

 ベルネ南衛兵隊、中隊長アルクマイオン。

 同じく小隊長アルフレッド、サイモン、そしてイリーナ。

 

 この4人は、上級冒険者ですら歯が立たない。

 そんな連中相手に、下手に暴れた所で無駄なのだ、と。

 

 数年後にそんな噂を遥か遠くの地で耳にして、愉しそうに笑った銀髪の美女が居たかどうかは――定かではない。




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