ドワーフたちは、疲弊しきっていた。
私とエマが戻った時には、怪我の程度の重いものから順に手当を受けている所だった。
どちらかと言えば人間に寄り添う立ち位置だったと思われるカーラと、冒険者として人間たちと活動していたアリスは当然のように回復魔法を駆使し、サラは手伝い、といった様相だ。
いや待て。
カーラはともかく、そもそもアリスはどこで回復魔法など覚えたのか。
実は、人形となった時には既に使えていたのか。
少なくとも冒険者をしていたアリスは、あの大陸では聖教国が大きな顔をしていた影響で、大手を振って回復魔法を使うことは出来なかった筈だ。
その割に使いこなして居るように見えるのは、他者の目の届かぬ所でこっそりと使っていたのか。
私が疑問の海に溺れている間に、私とともに戻ったエマはサラを手伝い、治療の終わったものに水を手渡したりしている。
アレは、カーラが用意したものだろうか。
取り急ぎ、私も回復魔法を駆使して怪我人の治療を手伝いながら、湧いて出た疑問には蓋をしておく。
総勢40名程度の追手たちは、エマが30人近く、私は残りを片付け、勝負はエマの圧勝だった事もまた、暫くは伏せておこうと決めた。
「俺達は、逃げ出して来たんだ」
治療を受け、水を飲んで乾きを癒した彼らの中から、代表らしきものが語る。
「俺はもう、30年ちょっと前から、あの街に押し込められて……毎日、剣やら槍やら、鎧やらを作らされた。中には、良くわからん魔道具の部品なんかも有った」
疲れ切った表情で、その瞳は昏い。
「いや? 別に、人間以外が冷遇されているとか、そういう事は無かったな。ただ俺達は、鍛冶仕事には他のどの種族よりも向いている。優れてると言ってもいい。それは俺達の誇りだったんだ……あの日まではな」
水の入っていた木製のジョッキを弄び、それを眺めながら、こちらの疑問に答えてドワーフはその重い口を開く。
「俺達の長老が、他の村の長老と共に、もうこの国には従えない、武器を作ることもしない、そう宣言してすぐに……軍が来た。兵じゃない。ありゃあ……軍ってやつそのものだ」
周辺国に戦争をちらつかせ、或いは実際に戦端を開き、無用な戦火を撒き散らす皇帝に、国内のドワーフの村落の首長たちが抗議の声を上げた。
それに対する皇帝の回答は、苛烈な弾圧だった。
理解し易いにも程が有る。
まあ、周辺国にそういう態度で出るのだから、国内においてもどんな態度で国民に接しているのか、想像出来るとは思っていた。
それが当たっていたからと言って、嬉しくもなんとも無い。
「そして、国内で生き残ったドワーフは皆囚えられ、幾つかの街に放り込まれた。鍛冶場が有るだけの、軍に見張られた、ただ武具やら魔道具の部品を造るだけの街に」
不意に、彼は顔を上げると、遠く越し方を仰ぎ見る。
その目に映るのは、忌まわしき過去か、失われた仲間たちへの哀悼か。
私は彼にも彼の失われた同胞にも手向ける言葉を見つけられず、ただ、紡ぎ出される言葉を待つ。
「ここ数日、どうにも空気が妙だった。兵どもの落ち着きがない。そして昨夜。兵の大半が、大慌てで何処かに行った。街を見張る兵は、今まで見たことが無い程減った」
数週間前から、私たち、そしてサラが積極的に工作兵を狩っていた事も関係しているのか。
昨夜といえば、私たちが要塞を4つ、更地にした後か。
詳細が判明したかはともかく、突然4つの砦から連絡が途絶えたなら、それは緊急事態だ。
何らかの攻撃を予想すれば、皇都か首都か呼び名は不明だが、そこの守備隊は動かせまい。
そうでなくとも、周辺国の幾つかと戦争している真っ只中、今まで無関係だった方面で問題が起こったからと言って、そちらから兵力を割ける訳もない。
国内の動かせる兵を動かした結果、彼らの牢獄からは、監視の目が減ったのだろう。
「疲れているとは言え、俺達はドワーフだ。鍛冶仕事で鍛えた
くたびれた唇から漏れる言葉には、力は無いが自信の残滓が浮いていた。
「ワザと品質を落としていたとは言え、こっちには作っていた武器が山程有る。機会さえ有ればぶん殴ってやろうって言う気概も、全員が持ってた。そして、その機会が来た。ボーッとしてる理由は無かった」
武勇伝を語るその口調には、疲れと後悔、そして悲しみが混ざっている。
逃走に成功した喜びも、自分や仲間たちに対する今までの行いに対しての怒りも、その声音のどこにも見えない。
「……兵ってのは……軍人ってのは、それでもやっぱり強い。こっちは200人から居て、向こうとは数の上では互角、いや、向こうのほうが少なかったかも知れん。俺達は武器を打ってそれを振れても、集団戦の訓練なんざ受けちゃ居ない。どうにかこうにか奴らの囲いを抜けて、逃げ出せたのは、ここに居るので全部だ。残りは……皆、死んだ」
そして、彼の口は閉ざされた。
遠くを視るその眼は、とても静かで、深く、哀しい。
彼らが此処に居る理由も、これまでも境遇も、ある程度は見えた。
押し黙った彼らを前に、私たちの誰も、それ以上の詳細を問う気持ちは湧いて来ない。
カーラの手当が間に合った重症者も含めて、24名、全員が暗く押し黙っている。
私は、カーラに目を向ける。
カーラは私に向かって頷き、その上で無言を貫く。
アリスを見ればその瞳には憤りの火を灯し、エマもサラも揃って笑みを引っ込め、神妙にしている。
「……貴方たちに、向かうべき場所は有るのですか?」
そんな中で、私の放った一言は、或いは酷く突き放すものだったのかも知れない。
特にアリスの咎めるような視線を受けながら視線を動かせば、先程まで語っていた彼は動かず、ただ遠くを見詰めたままで、ポツリと口を動かした。
「あの街には帰れない。生まれ育った村は燃えた。この国に居る意味も無い。……どこか、別の国に行きたい……」
彼に、いや、彼らに手持ちの希望など無い。
だからといって、座して死を待つ
それだけで。
生きる意志を失っていないだけで、充分だろう。
「カーラ、私からの提案です。彼らを『霊廟』に受け入れ、食事と休息を。その後、彼らを受け入れてくれる国が有るのか、探しましょう」
この国に住む人間は皆殺し、そのくらいの勢いだった筈の私の口から飛び出す言葉に、しかし仲間たちは誰も驚きはない。
私自身が虚勢だと思っている事は、皆知っていたのだ、とでも言いたげな態度だ。
実際、私は彼らに同情している。
だが、それだけでも無いのだ。
エリスを故郷に送り届けた時、あの時と同じく理由が出来たのだから、利用しない手は無い。
「その提案は、私も賛成だ。異議の有る者は居るだろうか?」
カーラは私の言葉を受け、仲間たちを見渡す。
誰も、その表情に不満の色は無い。
「良いと思うよ? 放っとくのは気が引けるし、民間人の虐殺なんかよりは余程良いだろ」
「まあねえ。逃げる手伝いくらい、しても良いだろうさ」
「私も、賛成だよぉ?」
口々に、賛同を示す仲間たち。
流石のエマも、疲れ切って悄然としているドワーフたちで遊ぼう、とは思わない様子だ。
私は素早く、頭の中でプランを練り、人員について考える。
とは言え、それはごく単純な、計画とも呼べない程度の代物だ。
何よりも考える以前に、動員できる人員も限られている。
「では、扉を出します。他の皆は、ドワーフたちへの説明を。エマは先に、申し訳ないのですが、ニナに料理を作って欲しいとお願いして貰えますか? 成人男性が24名、全員疲弊していると」
そんな考え事の様子など一切見せずに、扉を出しながら、私は仲間たちへ言葉を向ける。
黙って頷く仲間たちと、「わかったよぉ!」と元気に返事をして、扉の中へと駆け込むエマ。
何事かとそれぞれ顔を向けるドワーフたちに、私を含む仲間たちが、簡単な説明を行う。
まずは彼らに、
そして、その後の行動は。
扉の中に入っていくドワーフを見送っている私の目が、カーラのそれと合う。
珍しく真剣な表情で頷くカーラに、私も同じ様に頷きを返す。
これからの行動を考えながら、私たちもまた「霊廟」へと踏み入るのだった。
マリアなりの考え……大丈夫でしょうか?