迷子のマリア   作:naow

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あまり気軽に、「霊廟」を宿泊所代わりにして欲しくは無いのですが。


発露

 ドワーフのひとりを残し、それ以外はアリスとエマ、そしてサラが客室に案内している。

 サラはまだこの「霊廟」に慣れていないので、エマに着いていっているだけでしかないが。

 

「それで……聞きたいことって言うのは、なんだ?」

 

 食事を摂り、部屋で休めると知って安堵した様子の彼は、初めに語ってくれた様な悲壮感も疲労感も無い。

 多少の猜疑は有る様子だが、事此処に至っては、足掻いた所でどうしようも無い。

 そんな諦観にも似た感情も、その瞳には見て取れる。

 

「お疲れの所、大変申し訳御座いません。思い出すのもお辛いでしょうが……貴方達が押し込められていた街の位置と、その先に何が有るのか。知りうる限りで、教え頂きたいのです」

 

 呼び止めた時もそうだったが、私は再度頭を下げ、そして切り出す。

 余計な労いの言葉を並べた所で、ただ胡散臭いだけだろう。

 

 彼は私が何の為に呼び止めたのかを知りたいだろうし、私は彼の情報が欲しい。

 

 それだけなのだから、用件はさっさと切り出すに限るのだ。

「……あの街と……その先? 先に話したが、俺達は街に閉じ込められていた。そこから逃げて来た俺達は、ただ必死に走っただけだ。後ろも見ずに。どれくらい走ったか、何処をどう走ったか、そんなもん覚えちゃいない。そんなだから、他にもドワーフ(なかま)を押し込んだ鍛冶街が幾つか有るとは聞いたことはあるが、それが幾つ有るのかも、何処に有るかも知らん」

 私とカーラの顔を見比べ、私と目を合わせて口を開いた彼は、悲しげに俯いて肩を落とす。

 だがすぐに顔を上げた彼は、幾分か力を取り戻していた。

 

「あの街の先は、街が3つ、それと村が4つばかり有る、らしい。兵士が交代の時に言ってた事を組み合わせて、想像したに過ぎん話だ。その先は皇都を護る3重の、一番外側の壁が有る筈だ。もしかしたら、門でも有るのかもな」

 

 推測である、そう言う彼の口調には、しかし迷いの色はない。

 正確に把握している訳ではないが、最低でもそれだけの街や村が有る、その事は知っているのだ、と。

 

 私は一度カーラと顔を見合わせ、静かに頷き合う。

 

「貴方が住んでいたのは、鍛冶街のひとつと言う事ですね? その街に……いえ、その他、重要な街がその壁までの間に有るか、聞いたことが有りますか?」

 

 視線を戻して、私は問いを重ねる。

 静かに私を見返す老境に達した――様に見えるが、正直見た目で年齢を推測出来無い――ドワーフは、考え込む様子も無く、静かに答える。

「俺達が住んでいた街には、もうドワーフは残っていないだろう。殺されたか逃げたか、だ。生き残って捕まっていたとして、反乱に加担したとなれば……もう、死んだと同じことだ」

 私が訊こうとして辞めた事に、彼は真っ先に気が付いたらしい。

 正直、どれほど生き残りが居たか不明だが、その場で生き残っていた所で……彼の言う通り、下手をすればもう既に、全員が処刑されてしまったかも知れない。

 他にも鍛冶街があり、そことの連携が取れているのか取り調べという名の拷問を受けている事も考えられるが、その場合でも長くは有るまい。

 

 話しぶりからも、彼は仲間をもう既に弔っている様な、そんな諦めを感じる。

 

「あの街の先には、穀倉地帯が広がっていると聞いたことが有る。それがあの街からどれくらい離れているのか、それはどんな街か村か、それは知らん。……街の名前は要るか?」

 

 一瞬だけ悲しみを映したその瞳は、すぐに静かな強さを取り戻し、私の質問に答え、ついでにこちらへ短い質問を投げて寄越す。

 それに対して、私は即答した。

「必要有りません」

 隣のカーラも、身動(みじろ)ぎひとつしない。

 

「これから滅ぼす村や街の名前を知った所で、この先思い出す事もないでしょうから」

 

 私が答えに理由を添え、それにカーラが頷くと、ドワーフは驚くでもなく少しだけ目を閉じ、小さく頷く。

 

「……今更善人ぶって止めるのも筋が違うだろうな。俺とてこの手に力があれば、この国に復讐してやりたいと思うさ。だが実際には、俺は無力だ」

 

 その髭に隠れた口から漏れる言葉は静かだが、その声は薄っすらと滲んだ血が見えるような、痛々しいものだ。

 

「……あんな所でたった11人……12人か? で俺達を匿ってくれたアンタらは、腕にも相当自身が有るんだろう。だが何事にも思わぬ落とし穴は隠れている。恩人にむざむざ死なれては寝覚めが悪い、無茶だけはしないでくれ」

 

 それなのに、まだ自己紹介もしていない私たちに対して、彼は精一杯自分の気持を押し殺し、ただ真摯に言葉を紡ぐ。

 彼は、彼らは今までどれほどの目に遭い、どれほどの憎悪を腹の底に抱え込んでいたのだろうか。

 その上で、絶好の機会に選んだ行動は、逃亡。

 

 それは字面とはまるで違う、故郷を失った彼らの、新天地を求めての闘争の狼煙だったのだ。

 

 それを目にしたから、私もまた、覚悟に似た何かを心に握りしめる。

 

「お任せ下さい。私はマスター・ザガンの手による一品(ひとしな)、『墓守』マリアと申します。貴方の無念のほんの僅かでも、晴らすお手伝いは出来るでしょう」

「私はドクター・フリードマンの最後の作、カーラだ。自ら立ち上がる者にこそ、かの方は手を差し伸べるであろう。私もまた同様だ」

 

 老ドワーフの、悲しみに押し潰された憤怒を受け取り、私は返礼に名乗る。

 カーラもまた、抑えた声音でその名を明かす。

 

 両人形師の名に聞き覚えが有ったのだろう。

 彼は驚き目を見開くが、すぐにそれを押し隠し、そして私たちに深く頭を下げた。

 

 聞くべきことは聞けた。

 ちょうど戻ってきたアリスに老ドワーフを託し、少し遅れて戻ってきたエマを伴い、私とカーラは「霊廟」を出る。

 目標は思ったよりも多い。

 

 何も知らない人間の住む街への襲撃を躊躇するアリスと、基本的に無辜の民には手を出す気の無さそうなサラを残し、走る。

 仲間を想って、とか、そういう小洒落た感情の導きでは無い。 

 

 私の苛立ちを発散する機会を、邪魔されては迷惑なのだ。

 

 

 

 昼下がりの街は、爆炎に炙られ、熱線で灼かれた。

 

 そこにどんな人間が住んでいるか、そんな事は何ひとつ気にすることもなく。

 ただ、探知で何処にいるかだけを確認しつつ、私たちは魔法を投射し、そして飛び込む。

 

 半壊した街の中で辛うじて生き延びた、生き延びてしまった者たちは、私のメイスかエマの落日(長剣)か、それともカーラの操る人形たち槍か、それともカーラ自身の放つ攻撃魔法か。

 選ぶことの出来ない死を、束の間待つだけだ。

 

 

 

 生きる者の反応が途絶えた街だったモノの残骸を背に、私たちは遠くを見やる。

 

 最初の攻撃目標を確認してから、それは10分程度後の事だった。




ドワーフはマスターの憎悪の外とは言え、肩入れして良いことが有るとも思えませんが……。
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