人目が無い、というのは良い。
私はただ走ることに全力を傾け、ドワーフたちを収容した地点を過ぎてそこから進路を南へと切り替え、アイセスブルトとハイペリオの国境壁を乗り越え、更に少し南下した森の中で足を止めた。
ここから先の旅は、少し戻ってええと何だっけ……ああ、ノヴァックのクアラス港を目指し、ドワーフたちを保護して貰う事が目的となる。
私もまた随分と、運送業が板についてきたモノである。
とは言え、いくら私が全力で走っても2週間近く掛かってしまうだろうし、この先は周囲の様子を確認しながらの移動となる。
私は大きく伸びをし、そして「霊廟」へのドアを取り出した。
エリスの村……街の方はもう安全であろうし、ドワーフたちは特に急いでは居ない。
私は取り敢えず休息したい。
私は表に居なくとも良い理由を指折り数え、安堵して扉を開ける。
思い付いてふと見上げれば、木立の隙間からは夕暮れに染まる空が見えた。
何やら騒がしい食堂へと顔を出してみれば、ドワーフたちがめいめいジョッキを片手に談笑している。
その中心には、アリスとサラが陣取っていた。
……元気を取り戻したのは、うん、結構なことである。
「お? マリア、随分と遅かったではないか」
疲れはまだ見えるものの、悲壮感は随分と振り払ったらしいドワーフたちを眺めていると、私を見つけたらしいカーラの声が出迎えてくれた。
何となく視線を向けてみれば、そのカーラの隣にはエマが、向かいにはドワーフが2名席に着いている。
……何の組み合わせだ?
「あん? ああ、おかえりマリア。取り敢えず、救けてくんないかな?」
カーラの声に続いたのは、ドワーフに囲まれているアリスだ。
……どうせ軽い気持ちで酒を振る舞い、思った以上の勢いで
ザマ見よ。
「申し訳ございませんが、先にお食事を頂いても? なにぶん、国境を超えてハイペリオまで、止まらず走りっぱなしでしたので」
丁寧に頭を下げてアリスの懇願らしきを無視し、私は適当にカーラ近くの席に落ち着く。
行動の方でも、アリスを無視してみせた訳だ。
すぐに顔を出したニナが、そんな私の前に料理を並べてくれた。
労うと、はにかんだような笑顔で頭を下げ、ニナはキッチンへと戻っていく。
良い子である。
「ドワーフの皆さんが随分と元気なご様子ですが、今後の予定でも話し合ったのですか?」
食事に取り掛かりながら、私は何となく、カーラへと声を掛ける。
本日の晩餐は、鶏肉のグリルに果実のソース添え、ボイルした卵、猪肉のスープ、そしてサラダとパン。
見た目にもカラフルでなかなか楽しい。
「いや? お前も居ないし、詳しい話は明日と言うことにしたのだがな? 景気付けでアリスがエールを振る舞うと言った途端に……まあ、流石はドワーフ、と言った所か」
私に答えるカーラはアリスとその周囲のドワーフたちの方へと顔を向け、苦笑を漏らす。
どうやら私の見立てはそれ程外れては居なかったらしい。
「まあ、元気になったのはとても良い事でしょう。代わりにアリスの元気が無くなりそうですが」
鶏肉のグリルにナイフを入れながらどうでも良いことを口にすれば、カーラの小さな笑いが耳に滑り込んできた。
「そんなもの、もう既に無いよ。みんな凄い勢いで飲むモンだから、もうエールの在庫が無くなりそうだってさ。半分ヤケになってるし、もうじき完全に無くなるんじゃないか?」
そんなカーラに笑いを返そうと思った私の背後から陽気な声が、気軽に肩に手を乗せてくる。
振り返れば、ジョッキを片手にご機嫌なサラが、酔っぱらいよろしく私に絡んできていた。
人並みに食事までは理解しよう。
だが、なんでほろ酔いなのか。
何度でも突っ込むが、お前は人形だろうが。
「アリスは酒が入らない方が明らかに冴えているのですから、良い機会ですし、いっそ禁酒したほうが彼女の為では?」
別に本気で勧める訳では無いが面白いので思ったことを口にし、遠くでアリスが睨んでいるのを微笑みで受け止めながら、私は一切れの鶏肉を口にする。
果実の酸味の効いたソースが見た目にも華やかに、鶏肉の淡白だが滋味の効いた味わいをより深いものにしてくれる。
グルメ気取りではないしそもそも語彙も少ない私では、ただただ感動する以外に打つ手が無い。
『……これは、アリスもお気に入りを出して一緒に楽しみたかったでしょうに。暫くはそれもお預けになりそうですね?』
私なりに気を遣い、唇もほとんど動かさない小声で、小さく小さく空気を振動させる。
別に普通に声に出してアリスを窮地に追い込んでも良いのだが、何となく後が怖いのでそれは止めておいたのだが。
『ホントだよ。今日の料理なんて、絶対ブランデーが合うと思ったのに。こんな状況で出したら、あっという間に無くなっちゃうよ』
遠くから、明らかに覇気のない小声が返ってくる。
やめろ、食事中に笑わせるんじゃない。
「まあ、アリスの事は諸々置いておくとしてだな」
『置いとくんじゃないよ、救けろよ』
カーラが仕切り直しの
もはや見境無しである。
「……ドワーフの職人の中から、この2人がな? 何か手伝えることはないかと私の所に来たのだ」
少しだけ苦労して笑いを堪え、カーラが私に真面目な顔を向けようとしてきた。
しかし、目元が笑っているので駄目である。
「ドワーフの方が?」
カーラの事もどうでも良いとして、私はその言葉の方にはきちんと反応してみせた。
視線を転がせば、乱痴気騒ぎ……と言う程ではないが、活気づく他のドワーフたちとは明らかに違う様子で、彼らは私へと目を向けてくる。
「うむ。まあ、彼らは武具職人な訳だが……この2人は私たちに恩返しがしたいのだと、そういう話でな?」
カーラの言葉を聞きながら、私は静かに2人を見る。
カーラの隣に居るエマも、私の後ろに立っているサラも、遠くで飲んだくれているアリスも、口を挟んでは来ない。
他のドワーフたちの声が陽気に響くのみだ。
「気持ちはとてもありがたいのですが、そもそも気が早いのでは? まだみなさんを安全な所に運べた訳では有りませんよ?」
間を置いて、私は口を開く。
正直言って、彼らの申し出はありがたいと思うのだが、では何か必要な物は有っただろうか?
彼らから目を離さず、私の脳内はあれこれと考えを巡らせる。
アリスが短剣を欲しがっていたか?
エマは刃物なら何でも喜ぶだろうが……あんまり新しい玩具を与えたくない。
サラは刀にご執心の様子だから特に必要とはしないだろう。
カーラは……ああ、カーラは操り人形用の武器やら防具が欲しいかも知れない。
私は、残念なことに間に合っている。
「うむ、私もそう思ったし、当然そう言ったのだがな? 彼らは、出来るなら私たちと旅を共にし、出来る事をしたいのだそうだ」
そんな私の頭の回転に急制動を掛ける一言に、私は先程とは違う意味で言葉を失くし、ゆっくりとカーラへと顔を向けた。
『先に言っておくが。私は2階の武具工房の事は話して居ないぞ』
もしやと湧いて出た疑問を察知したのか、カーラは私が何かを言うより早く、小声を叩きつけてきた。
と言う事は、このドワーフたちはここにその様な道具すらないと思っていて、その上でここで働きたいと、そう言っている……のだろうか。
真意が読めない。
髭に覆われた2つの顔を眺めてみるが、取り敢えず真剣である事以外には、私には何も汲み取れないのだった。
武具職人のドワーフの希望を、「霊廟」の管理者と墓守はどう受け止めるのでしょうか。