迷子のマリア   作:naow

269 / 269
まあ、素直に考えるなら難しくはないと思うのですが。……マリアが素直に考えるでしょうか?


疑心と踊ろう

 港湾維持局のお偉方であるテイラー氏……そう言えば、テイラー氏の役職は何だったか、以前聞いたかどうか覚えていない。

 ともあれ、そんな御方が何故か穏やかな表情で、端的に言えば「犯罪者は見逃す訳にはいかないけど、部下に化け物と戦って死ね、とは言えない。困ったなあ」とまあ、その様な事をあけすけに言っている。

 内容は良く(わか)る。

 

 理解(わか)らないのは、彼のその態度と、そんな彼の傍らにカーラとアリスが立っている、その事実だ。

 

 妙な取り合わせというか、普通に考えてその2体(ふたり)は私と同じく犯罪者サイドだ。

 アリスは数歩譲って虐殺等に関与していない、そう言えなくもないが、カーラはアウトだろう。

 それが顔を突き合わせて話し合っていたと思えば、揃って妙な緩さで顔を向けてくる。

 

 面倒だからと何やら話し込んでいる様子を遠巻きに、その内容に聞き耳を立てるような真似もしていなかったのだが、いったい何を話していたのやら。

 

 まあ、化け物の相手をするのはイヤなので、逃げられたという(てい)で見逃すとか、そんな所だろうか。

 お誂向きに建物の外に出ているのだし、まあそれがいちばん平和な――私たちに逃亡犯という新たな肩書が追加される事に目を瞑れば――解法だろう。

 

 巻き込まれのニナには同情する他ない、そう思って視線を向けた私の脳内に、針の先ほどの閃きが瞬く。

 

 そう、何故ニナが此処にいるのか。

 それこそが、本当の答えなのだ。

 私は顔には出さないように注意力を総動員する。

 

 ……これはもしかせずとも、私は売られたらしい。

 

 なるほど確かに、「私たち」を相手にしたのでは捕縛どころではあるまい。

 なんならエマ1体(ひとり)で、この場の全員を細切れなり爆破なり、容易くやってのけるだろう。

 

 だが、その「私たち」が分断されれば話は変わる。

 あくまでこちら側では穏健派のカーラとアリスなら、テイラー氏の誘いに乗ることも充分に考えられる。

 というか、現にそうなっていると見做すべきだろう。

 

 複数の人形を操り多角的な攻撃を仕掛けてくるカーラと、実力的に既に私を凌駕しているアリス。

 この2体(ふたり)が連携してくるならば、私だけなら圧倒できるかも知れない。

 それでもエマとサラまでまとめて相手にするのは、さすがに厳しいように思える。

 

 しかし、現状はあまりにも私に不利だ。

 

 エマはアリスに良く(なつ)いており、最近で言えばニナと、離れているとは言えエリスという人間の友人も得ている。

 今この場にいるニナの為に、という名目なら、彼女はアリスたちに協力するだろう。

 

 サラに関しても、特に罪も無い人間を傷つけることを厭う傾向がある。

 そんな彼女だから、この場に於いては彼女の「敵」として映るのは、私、という事も充分あり得る。

 

 そう考えると、限りなく一般人に近いニナがこの場に居る理由も、誰がニナをこの場に連れ出したのかも想像が付く。

 エマとサラを味方に付けるために、敢えて連れ出されたと見るべきだろう。

 そして、それを目論んでニナを連れ出したのだとすれば。

 

 アリスがそれをするには、彼女の性格は実直に過ぎる。

 ニナを危険に巻き込むことを、そもそも良しとはすまい。

 エマはその様な事に知恵を回すような事はしないだろうし、サラもまた、こんな悪辣な策とは縁遠いように思える。

 

 普段の何処(どこ)か抜けた姿に騙されるが、カーラは根本的に頭の回転が早い。

 基本的に人の良い彼女だが、必要とあらば非情な判断も下せるし、手を汚すこともそれ程厭わない。

 その姿はつい最近、アイセスブルトで見たばかりなのだ。

 今回のニナをダシにするやり方も、確かに効果的なやり口と言えよう。

 だとすれば、この状況はそもそも、テイラー氏ではなくカーラの発案という線もあるだろう。

 

 いずれにせよ、分断どころか初めから、スケープゴートとして私だけを切り離す算段だったか。

 

 自分の迂闊さに溜め息は漏れるが、歯噛みするほどの憤りはない。

 気が付いてみれば何ということはない、私という「犯人」を確保し、港湾維持局は体裁を守り、カーラたちは何食わぬ顔で放免される。それだけの事だ。

 私にしても、大人しくし投降するなら、破壊される事も無いだろう。

 無理に無駄な抵抗などせずとも、脱獄の機会など幾らでもあるだろうし。

 

 被破壊願望もない私は、悟った事態に対して両手を挙げ、降参の意思表示をするのだった。

 

 

 

「……お前はなにをしているのだ?」

 

 大人しく両手を挙げて捕縛を待つ私の耳に、カーラの呆れたような声が滑り込む。

「え? 何って……状況を考えた結果ですよ。破壊されるくらいなら、大人しく投降しようかと」

「お前は本当に、本気で何を言っているのだ?」

 素直に状況を受け入れ、なんならこの先の脱獄計画を描き始めた私に対して、カーラはより一層の呆れを声に滲ませている。

 

 視線を向ければ、テイラー氏は困惑顔……と言うよりむしろ、どこか迷惑そうな顔である。

 

「お前、大体は話が早い方なのに、なんで時々訳わからん方向にすっ飛んで行くんだ?」

 

 不審な私に、今度はアリスが呆れを声に変換してくる。

「いや、普段も案外こんなものではないか。大抵は他人(ひと)の話を聞いていない。で、突拍子もないことを仕出かすのだ」

 私がアリスの発言に反応する前に、カーラが失礼極まる台詞(せりふ)に、生意気にも溜め息まで乗せている。

 

 カーラのクセに。

 

貴女(あなた)たちが連れ立ってテイラーさんの隣にいるのですよ? 私を売って自分たちの安全を確保したと思うのは自然でしょうに」

「自然じゃないよ」

「何故仲間を売るのだ。意味が理解(わか)らん」

 私が簡潔に推論を述べれば、愈々呆れたといった様子でアリスは首を振り、カーラは憮然と腰に手を当て、テイラー氏は可哀想なモノを見る目を私に向けている。

 

 どの視線、表情共に、私は向けられる謂れは無い筈なのだが。

 それに、仲間を売らない、そう言い切った此奴(こやつ)らは、その発言に説得力が皆無であるということに気付いていないのか。

 

 私は忘れていないぞ。

 

「……船の上で私を売った前科があるでしょう? まさか、お忘れですか?」

 

 私が結論に至ったそもそもの原因について口にすれば、2体(ふたり)は口を噤んで目を逸らした。

 自覚はある様で、結構な事である。

 

「お前らホント、仲良いのな」

 

 色々と呆れて言葉も無い様子の上司を差し置いて、私の背後のカーツがどうでも良さそうに、聞き捨ててはいけない気がするひと言を放つ。

 

 空は我関せずで、のんびりと青く澄み渡っていた。




諦めたり憤ったり忙しいマリアですが、そもそもで言うなら、船の上の「事件」も彼女の自業自得です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。