港湾維持局のお偉方であるテイラー氏……そう言えば、テイラー氏の役職は何だったか、以前聞いたかどうか覚えていない。
ともあれ、そんな御方が何故か穏やかな表情で、端的に言えば「犯罪者は見逃す訳にはいかないけど、部下に化け物と戦って死ね、とは言えない。困ったなあ」とまあ、その様な事をあけすけに言っている。
内容は良く
妙な取り合わせというか、普通に考えてその
アリスは数歩譲って虐殺等に関与していない、そう言えなくもないが、カーラはアウトだろう。
それが顔を突き合わせて話し合っていたと思えば、揃って妙な緩さで顔を向けてくる。
面倒だからと何やら話し込んでいる様子を遠巻きに、その内容に聞き耳を立てるような真似もしていなかったのだが、いったい何を話していたのやら。
まあ、化け物の相手をするのはイヤなので、逃げられたという
お誂向きに建物の外に出ているのだし、まあそれがいちばん平和な――私たちに逃亡犯という新たな肩書が追加される事に目を瞑れば――解法だろう。
巻き込まれのニナには同情する他ない、そう思って視線を向けた私の脳内に、針の先ほどの閃きが瞬く。
そう、何故ニナが此処にいるのか。
それこそが、本当の答えなのだ。
私は顔には出さないように注意力を総動員する。
……これはもしかせずとも、私は売られたらしい。
なるほど確かに、「私たち」を相手にしたのでは捕縛どころではあるまい。
なんならエマ
だが、その「私たち」が分断されれば話は変わる。
あくまでこちら側では穏健派のカーラとアリスなら、テイラー氏の誘いに乗ることも充分に考えられる。
というか、現にそうなっていると見做すべきだろう。
複数の人形を操り多角的な攻撃を仕掛けてくるカーラと、実力的に既に私を凌駕しているアリス。
この
それでもエマとサラまでまとめて相手にするのは、さすがに厳しいように思える。
しかし、現状はあまりにも私に不利だ。
エマはアリスに良く
今この場にいるニナの為に、という名目なら、彼女はアリスたちに協力するだろう。
サラに関しても、特に罪も無い人間を傷つけることを厭う傾向がある。
そんな彼女だから、この場に於いては彼女の「敵」として映るのは、私、という事も充分あり得る。
そう考えると、限りなく一般人に近いニナがこの場に居る理由も、誰がニナをこの場に連れ出したのかも想像が付く。
エマとサラを味方に付けるために、敢えて連れ出されたと見るべきだろう。
そして、それを目論んでニナを連れ出したのだとすれば。
アリスがそれをするには、彼女の性格は実直に過ぎる。
ニナを危険に巻き込むことを、そもそも良しとはすまい。
エマはその様な事に知恵を回すような事はしないだろうし、サラもまた、こんな悪辣な策とは縁遠いように思える。
普段の
基本的に人の良い彼女だが、必要とあらば非情な判断も下せるし、手を汚すこともそれ程厭わない。
その姿はつい最近、アイセスブルトで見たばかりなのだ。
今回のニナをダシにするやり方も、確かに効果的なやり口と言えよう。
だとすれば、この状況はそもそも、テイラー氏ではなくカーラの発案という線もあるだろう。
いずれにせよ、分断どころか初めから、スケープゴートとして私だけを切り離す算段だったか。
自分の迂闊さに溜め息は漏れるが、歯噛みするほどの憤りはない。
気が付いてみれば何ということはない、私という「犯人」を確保し、港湾維持局は体裁を守り、カーラたちは何食わぬ顔で放免される。それだけの事だ。
私にしても、大人しくし投降するなら、破壊される事も無いだろう。
無理に無駄な抵抗などせずとも、脱獄の機会など幾らでもあるだろうし。
被破壊願望もない私は、悟った事態に対して両手を挙げ、降参の意思表示をするのだった。
「……お前はなにをしているのだ?」
大人しく両手を挙げて捕縛を待つ私の耳に、カーラの呆れたような声が滑り込む。
「え? 何って……状況を考えた結果ですよ。破壊されるくらいなら、大人しく投降しようかと」
「お前は本当に、本気で何を言っているのだ?」
素直に状況を受け入れ、なんならこの先の脱獄計画を描き始めた私に対して、カーラはより一層の呆れを声に滲ませている。
視線を向ければ、テイラー氏は困惑顔……と言うよりむしろ、どこか迷惑そうな顔である。
「お前、大体は話が早い方なのに、なんで時々訳わからん方向にすっ飛んで行くんだ?」
不審な私に、今度はアリスが呆れを声に変換してくる。
「いや、普段も案外こんなものではないか。大抵は
私がアリスの発言に反応する前に、カーラが失礼極まる
カーラのクセに。
「
「自然じゃないよ」
「何故仲間を売るのだ。意味が
私が簡潔に推論を述べれば、愈々呆れたといった様子でアリスは首を振り、カーラは憮然と腰に手を当て、テイラー氏は可哀想なモノを見る目を私に向けている。
どの視線、表情共に、私は向けられる謂れは無い筈なのだが。
それに、仲間を売らない、そう言い切った
私は忘れていないぞ。
「……船の上で私を売った前科があるでしょう? まさか、お忘れですか?」
私が結論に至ったそもそもの原因について口にすれば、
自覚はある様で、結構な事である。
「お前らホント、仲良いのな」
色々と呆れて言葉も無い様子の上司を差し置いて、私の背後のカーツがどうでも良さそうに、聞き捨ててはいけない気がするひと言を放つ。
空は我関せずで、のんびりと青く澄み渡っていた。
諦めたり憤ったり忙しいマリアですが、そもそもで言うなら、船の上の「事件」も彼女の自業自得です。