ほんの数分前まで、のんびり散歩気分での旅路だったというのに。
何で今の私は全力で走っているのか。
ままならないものだ。
獣か何かを引っ張って走ってくる馬鹿2人――便宜上、一時的にこう呼ばせて頂く――の処遇は後で付けるとして、今はあの、数は多いがひとつひとつの気配は嫌に小さい、正体不明の群れをどうするかだ。
いやまあ、正体不明などと言ってはいるが、流石に相対するとなると無策で立ち向かう訳にも行かない。
なので詳しく探査やら探知の魔法を駆使した訳では有るが、なるほど、駆け出し程度の冒険者では逃げ出したくもなるだろうな、と言う相手ではあった。
ワイルドドッグ。
つまり、野犬。
元々野生なのか、それとも野生化したものなのかは不明だが、まあ、あんまり人と友好的ではないお犬様の群れだ。
犬とは言っても体格はそこそこ有るし、攻撃性は高いし、何より数が多い。
群れで連携し、狩りをすることに慣れている群体に囲まれてしまえば、素人に毛が生えた程度の駆け出し冒険者では、どうしようもなく食肉と化すだろう。
元来、犬という動物は、優秀なハンターなのだ。
上手く逃げ出せても、下手に噛まれてたりすると、狂犬病などの恐れもある。
そんな恐るべき狩人との戦闘だが、私が心配するのは衣装が痛む、その程度。
後は、こんな群れを引き連れて激走して来る馬鹿2人を、どう処理したものか悩むくらいだ。
いっそ、あの野犬の群れの中に突き飛ばして、食事タイムの野犬諸共焼き払ってやろうかな。
そんな些か物騒な事を考えながら、取り敢えず私は武器庫から、軽量やや小型のメイス2本を取り出し、左右の手に1本づつ構える。
魔法で戦う
いやまあ、あれ程恥ずかしげもなくトレインしている連中が、そんな絶好の好機に逃げ出さない筈はないだろう。
多分。
いつも通りの「どうにでもなれ大作戦」ではあるが、今回はそれほど大きく予測を外れることはあるまい。
間もなく、接敵する。
2本のメイスを握る両手に程良く力を籠め、気持ち前傾姿勢を深くして、私は疾走した。
実際に相手取ってみて、漸く見えてくるものも有る。
野生のお犬様は目が血走っててなかなか怖いとか言う、今更な感想とか。
40頭も集まってると、それなりに迫力が有るとか。
冒険者組は逃げたかと思ったら、適度に寄っている犬を追い払いながらなんか近くに居るとか。
「そこの冒険者! 邪魔だから
本当に、心の底から湧き出る、素直な気持ちを言葉に変えて伝えてみても。
「お、俺達の不始末を、関係ないアンタに押し付けるワケには行かねえよ!」
などと、もう十分に迷惑を被っているのだが、今更何を言い出すんだこの馬鹿は、としか反応出来ない答えが返ってくるばかり。
「私が、自分の意志で飛び込んだ面倒事です! 本当に邪魔なので、早くどこかに行ってください、鬱陶しい!」
両手でメイスをワタワタと振り回し、体感型モグラタタキ(モグラではない)を続ける私は、苛立ちからついに声を荒げる。
「ほら、あの人もああ言ってるし、私達が居てもホントに、邪魔になるだけだよ! 今のうちに、安全な所で少し休もう!」
「でも……!」
状況認識に於いては、女冒険者の方が優れているらしい。
単に、危ない場面から遠ざかりたいだけかも知れないのだが。
一方で、男の方は立ち去るか否かを決めかねている様子だ。
周囲を取り囲む犬達は、どういう訳か私だけに集まりつつ有り、冒険者2人は既に狙われていない。
妙な話だ。
野生の動物は、狩りやすい獲物から狙っていくと思ったのだが……。
私の方が弱く見えていると言うことなのなら、それはそれで構わないのだが。
「とっとと消えなさい! 巻き込まれて死にたいのですか!」
ぐだぐだと煮え切らない男に向けて、何度目かの苛立ちを叩きつける。
野生お犬様軍団は既に残り20頭程度にまで減り、このままでは折角覚悟を決めた、魔法の使い所が消失してしまう。
実はちょっとだけ、楽しみだったのだ、魔法の行使が。
もういっそ、派手にぶっ放してしまおうか、そんな事を考えながら、不格好にメイスを振り回す。
自分勝手に旅をしたいだけだった筈の私は、いつの間にか、こんなにも人の目を気にするようになったのかと、寂しい思いで溜息を吐き散らすのだった。
遠出した先で、うっかりと野犬のテリトリーに踏み込んじまった。
それに気付いたのは、1匹の犬を斬り殺した後のことだった。
四方から響く鳴き声、そして走り寄る足音。
こんな大規模な群れが、こんな所に有るなんて、聞いたことがねえ。
4、5匹だったらまだ相手に出来る。
だけど、その鳴き声、足音は尋常な数じゃねえ。
俺達は迷わず振り返って、一目散に逃げ出した。
それから暫く追われるだろうが、テリトリーを出てしまえばそれで終わり、の筈だった。
いつもなら。
だけど、先に言った通り、俺は1匹斬っちまってたんだ。
必死に走った。
ただただ、前を見て走った。
振り返らなくても、後ろから追ってくる音は圧力になって、押しつぶそうと俺達の背中に手を掛けていた。
その時。
そうとしか思えなかった。
風に弾かれてよろめき、限界を訴える足から力が逃げて、へたり込みながら振り向いた先では。
銀髪の女神が、両手にメイスを持って。
舞うように、犬どもを蹴散らしていた。
それから、犬が数匹吠えかかってきたり、ケイト……仲間や女神になんか怒鳴られた記憶は有るけど、何を言われたかは正直覚えてない。
いつしか逃げることも忘れた俺は、ケイトに腕を引っ張られながらも、女神様が戦鎚を振る様に、いつまでも見惚れていた。
なんだか別の面倒事が出てきそうな予感です。