崩れ、苔むした元要壁の隙間を
元からそうなのか、意図的に断たれたのか、大地には地脈の気配もない。
この街を滅ぼす為に地脈を断った、或いはずらしたのなら、随分とえげつない真似をするものだ。
「もぉ、完全に人の気配は無いねぇ。知ってたけどぉ」
随分とえげつない存在が、私の隣で
人と見るや短刀を振り回し、挙げ句に爆発系の魔法を連発するようなキワモノが、可愛らしい動作をしようなど笑止千万である。
「
私は相方(仮)の所作を綺麗に無視して、思い当たった疑問を何気なく口にする。
どうせ問うた所で、彼女はその答えを知らないだろうし、興味も無いのだろう。
「なんだかねぇ、逃げてきたらしいよぉ?」
そう考えていたのに、思い掛けず帰ってきた答えに私は驚いて視線を向ける。
「逃げて来た?
私の様子と声に、顔を向けてきたエマは少しムッとした様に頬を膨らませる。
「私は逃してないモン! なんだかねぇ、どこかの街で失敗したから、人目のないところまで逃げてきたって言ってたよ!」
前半の不穏極まる示唆は取り敢えず無視して、私は顎先に指を添えて少し考える。
何処の街でも有りそうな話だが、なんだかその話に聞き覚えが有る。
ベルネで私に絡んできた冒険者のひとり、露出過剰気味の女は私の手引でお尋ね者となり、衛兵隊に追われ、最終的には街から逃げ出した、と聞いている。
その時、冒険者崩れを大勢……40名程引き連れて街を出たとも。
今となっては1年以上も前の話だが、あちこち経由して
「……それは最近の話ですか?」
口を衝いて出たのは、確認の為の質問だった。
もしも私の思い描く輩が
だが、それでもやはり気にはなる。
とは言え、世界はそれほど狭くないだろう。
先程も言ったがどこにでも有りそうな話だし、何でも自分と関係の有る事象だと思い込むのは傲慢が過ぎると言うものだろう。
「えー? うーん、半年くらい前だったかなぁ。私はここで3年くらい寝てたんだけどぉ、急に騒がしくなって目を覚ましたからぁ」
頬を膨らませて居た筈のエマは、考えるように視線を上に
3年間も休眠状態で居たのに、なんでそんなに軽々しく目を覚ましたんだとか、そのまま眠らせておけば良いのに、何処の馬鹿が騒いで起こしたんだとか、色々文句は浮かび来るが、ひとまず口にするのは避ける。
半年前。
流石にベルネから此処までにしては時間が掛かり過ぎているだろう。
どこかを経由したか、或いは別の街を拠点にしようとして失敗したのかして、此処まで逃げて来たとか、等と考えてみたが、どう考えてみても無理が有るように思える。
「ベルネでは銀髪メイド服の所為でケチが付いたとかぁ、アルバレインに逃げたのは失敗だったとかぁ、色々言ってたけどぉ? そう言えばマリアちゃんも銀髪だねぇ? メイド服だねぇ?」
そんな事を考える私の耳に届くのは、厭味ったらしいエマの台詞そのままの、どう考えても私の事ではないかと思える言葉だった。
ベルネでは幾つか衛兵隊の仕事を手伝いはしたが、基本的には隊舎で訓練の日々を過ごしていた。
そんな私が恨みを買う程追い詰め、かつ逃したような相手となると、どうしたって限られてくる。
そうなると、やはり脳裏に浮かんでくるのは、数度聞いただけの名前だ。
……思い返してみれば、別に私が取り逃がした訳では無いのだが。
「なんだか変に肌の出てる服、って言うか装備のぉ、女の人が指揮してたみたいだったけどぉ?」
うんざり顔で言葉を無くした私の様子に何を感じ取ったものか、エマは私の顔を見上げるように覗き込み、クスクスと笑っている。
「その女の人、ダニエラって呼ばれてたよぉ?」
エマは悪戯を告げるように、実に楽しそうに口角を上げている。
対する私は、エマに見られているという事にも構わず、心底嫌そうな顔になったと思う。
世界は思いの外、狭いらしい。
「……知り合いと言うのも業腹ですが、知っている顔では有りますね。彼女の他には、何人居たのですか?」
私は降参の合図代わりに目を伏せ、両手も軽く挙げて見せる。
「なぁんだ、素直に認めちゃうんだねぇ。えっとねぇ、20人くらいだったかな?」
ニヤニヤと笑っている様子に小癪さを感じている私に構わず、エマは得意げに私を見上げ続ける。
戦闘狂的な危うさを抱えている癖に、意外と頭が回るというか、勘の鋭い事だ。
それはひとまず置くとして、彼女の言葉に仄かな剣呑さを感じ取る。
これまでの彼女の発言からして、多少の好い加減さは有れど、基本的に嘘を言っている様子は無い。
ベルネを逃げ出した
それは良い。
郷愁ぶって見せた所で、あの露出過剰女は私にとって敵でしか無かったのだから。
だが、彼女の言葉を思い出して考えると、多少なりとも同情しない事も無い。
「……少し前に、殺してたら何処かへ行った、と言っていましたね?」
目を見据えながら私が口を開くと、彼女はその笑みを一層深くする。
とても先程までの無邪気と言えるような雰囲気は鳴りを潜め、邪悪としか言えないその表情は、ある意味で見慣れてしまったそれだ。
「そうだねぇ。不思議だねぇ。割りとあっという間に、居なくなったねぇ」
このまま私に斬り掛かって来るのではないかと言うほど危険な気配を放ちながら、エマは愉しそうに笑う。
ああ、まったく。
面倒臭い。
私は気になることは有ったものの、それについての言及を避けようと試みるが、無関心でも居られなかった。
「死体が残って無ければ、臭う物も無いでしょうね。心静かに観光出来るのは、良いことです」
斬り刻まれた
私達にだって嗅覚はあるし、不快なものは不快なのだから。
エマは愈々愉しそうに嗤い、私はその声に不快感を覚える。
それ以外の事実については、自分でも驚く程、なんの感情も湧かなかった。
観光一歩目から、あんまり良くない話を知りました。