迷子のマリア   作:naow

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慌てなくても、目的地は逃げません。


38 散策考

 嫌な気持ちというものは、さっさと切り替えてしまうに限る。

 なにやら楽しげなエマの様子に覚えた素直な不快感を顔に貼り付け、私は滅んだ街を征く。

 

 目に映る範囲では動くものの無い世界で、風だけが律儀に吹き込んでくる。

 緑すらも無い、朽ちた石造りの街は、一体何が有ってこんな姿になったのだろうか。

 

 いや、戦争の果てに滅んだと聞き知っては居るのだが、幾百年も昔の話を聞かされただけの想像と、実際に現実を目にする事の間には、やはり埋め難い溝が有るのだと思い知らされる。

 

 もう少し歩けば、この廃墟を塒にしている小動物や、それらを狙う獣の姿を見ることも有るかも知れない。

 今の所は、目視でも魔法に依る周囲探査でも、気配すら感じられないが。

 人の気配の絶えた街とも趣の異なる、既に滅んで久しい街の残骸と言うものは、往時の面影が見られればそれだけ、寂しさが募る。

 

 風化し、既に一部は砂になっている街の死体を眺めながら、大通りであったと思しき剥き出しの、所々に敷石と思われるものの散らばる乾いた土肌を歩く。

 ……砕けて風化して既に適当に撒かれた小石に等しい有様だが、元は敷石だったのだと思う。

 

「そういえば、貴女(あなた)此処(ここ)で3年も眠りこけていたと言っていましたが、どの辺りに居たのですか?」

 

 別に興味は無いのだが、うら寂しさに当てられたのだろうか。

 私は隣を歩くエマに、なんとなく声を掛ける。

 

「えー? もっと奥だよぉ? 走るぅ?」

「遠慮します」

 

 返ってきたやる気のない答えに、私は即座に拒否を告げる。

 

 興味もほぼ無いような所に、わざわざ走ってまで向かいたくはない。

 この街を隅々まで見て回る気も無いし、近くを通りかかったなら遠くから眺めるのも良いかもしれないが。

 

 

 

 石を組んで造られたこの街、この要塞はその様相のみならず、その様式からもはるか時の彼方で打ち捨てられたものだと判る。

 元の世界での生活を覚えている私の目には、この景色は(いにしえ)のそれだが、この世界基準で言っても相当に古い。

 

 余談と言うか蛇足と言うか、この世界の有り様は何処かチグハグで、何か歪なものを感じていた。

 ベルネで生活した1年で気付いた事で、そこでの日常生活で触れるあれこれに、違和感に近い既視感を覚えたものだ。

 ガラス瓶にしっかりと嵌まるキャップ、魔力式とは言え街中に立つ街灯、ボイラーにもそうだし、遊戯札(トランプ)も有った。

 

 人が考えたものだから、世界が違っても似たようなものを思いつくのか、そうも思ったが、しかし遊戯札(トランプ)はああまで似たものになるだろうか?

 

 異世界……私の居た地球から魂だけを呼び寄せコキ使おうとする聖教国と言う存在。

 彼らの使う歪な「召喚魔法」は、果たして彼らのオリジナルなのだろうか。

 

 或いはもっと別な存在、ないし組織なり、似たような魔法を使える存在が有るのではないか。

 

 考えると嫌な気持ちにしかならない。

 

 私は軽く頭を振って、確証もない考えを追い出し、網膜を通して景色を脳に刻む作業に戻る。

 元の世界でそうそう見れるような代物でもないし、霊廟付近にもこれほど荒廃した遺跡など無い。

 強いて言えばベルネ付近の坑山付近が景色としては近い気がするが、此処(ここ)ほど徹底して枯れ果てては居なかった。

 

「エマ。この街の近くに、川は無いのですか?」

 

 景色を眺め、探査の魔法を走らせつつ、私は隣の同行者に声を投げる。

 私の探査魔法には、水の流れどころか、相変わらず生命らしき反応のひとつも有りはしない。

 

「川の跡はあるよぉ? って言うか、川があったら滅んで無かったんじゃないかなぁ?」

 

 相変わらず退屈そうな声が、どうでも良さそうに返ってくる。

 川が無くなったから滅んだというのも極論な気がするが、一因では有るだろう。

 或いは、地脈が途絶えたのと川が無くなったのは、同時期だったのかもしれない。

 

 そうなると、どちらも偶然ではなく、人為的に行われた可能性が高い。

 川も地脈も、強引に捻じ曲げられたのだろう。

 どちらも、言う程簡単な事だとは思えないが、まあ、ご苦労な事である。

 

 この要塞都市を巡る攻防の果てに都市は死に絶え、しかしこの砦を飲み込むように版図を広げたと言う事が、遥か昔に行われたのだろう。

 

 それでも街に地脈が戻ることはなく、川の復旧も行われなかった。

 

 人の行いの身勝手さと言うものは、世界が違えど変わらず目につく。

 気の赴くままに気長な散歩を楽しみ、身勝手が人形の身体(からだ)を纏っているような私に、他所様をどうこう言える資格もなにも有りはしないのだが。

 

「川がどうかしたのぉ? 泳ぐのぉ?」

 

 脳天気な声が、考え事の海に泳ぎだそうとする私の意識を不粋に掬い上げる。

 この小娘型の癇癪玉と来たら、走るだの泳ぐだの、どうしてすぐに身体(からだ)を動かしたがるのか。

 初邂逅の折にも、まずは肉体言語全開の近接格闘を仕掛けてきたことを思い出してしまう。

「泳ぎません。泳ぎたくありません」

 苛立つ心を落ち着けて、私は静かに、それでいてぶっきら棒に言葉を押し出す。

「えぇえ? じゃあ、なんで川なんて気にするのぉ?」

 そんな私の様子に何か気が付いた様子もなく、脳天気な質問を続け、挙げ句に人の顔を覗き込むように見上げてくるエマ。

 私は溜息をぐっと(こら)え、そっと手を伸ばすと、エマの頭を強めに撫でながら押さえつける。

「ちょっとぉ! なになになにぃ!?」

「大きな街なんてレベルを越えてるこの遺跡の周囲に、川が無い方が不自然なんですよ」

 悲鳴らしきを上げるエマを無視して、私は考えた事の一部を開示する。

 

 そう、一部だ。

 

 人の生活圏が一定以上の大きさになるには、資源的な意味でも、物流的な側面でも、川とか海と言う存在は重要になる。

 詳しい知識など、文献的なものの表面程度しか知らない私でさえ、その程度の想像は付く。

 川の存在を気にしている私を見て、はしゃいででも居るのかと思われているとは思いもしなかった。

 

 もしもこの街を維持できるようなレベルの川が付近に現存していたなら、石でも括り付けて沈めてしまえるのに。

 

 物騒な事を考えてしまったが、実行するとなるとかなり本気で抵抗される事を考え、面倒臭さに(こら)えていた溜息が漏れてしまうのだった。




目的地が既に死んでいるなら、尚のこと慌てる必要はありません。
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