随分と真剣に悩んだようだが、少女の迷いの時間は短かった。
獣に襲われて食い殺されるか、得体の知れないドアに飛び込むのか。
普通は即断出来まい。
故に、彼女の悩みは正当なものだ。
正当なものだし、出会ってすぐに信用しろという
「そこは、安全な場所なのですか?」
そんな少女の言葉を少し意外に思ったのは、このドアをただの板っ切れではなく――得体が知れないとは言え――何処かへと繋がるものだと認識している様子であることだ。
私は確かに、移動を提案し、そしてこのドアを現出させた。
ただそれだけの事で、普通、ドア1枚出されても何のことやら
物分りが良いのだろうかとよくよく彼女を観察して、もしかしてと思い至る。
「はい。安全は保証致します」
小さく震える肩を両手で支えるように抱きしめ、震える唇を必死で引き結び、ともすれば疑心と恐怖に揺れる瞳を、懸命に私へと向けている。
信用はしていない。
だが、利用はしたい。
拙い打算、葛藤。
実に人間的で良い。
若い故か、ともすればその判断は自暴自棄のそれだ。
だが私の目には、それは好ましく映った。
私は食事の跡を手早く片付けると、ドア横で居住まいを正し、そして告げる。
「それでは、どうぞお入り下さい。歓迎致します、お客様」
口調は先代を真似ている。
というか、彼女にも目的地は有るのだろうし、そこまで送り届けたらそこでお別れだ。
寂しくは有るが、その程度の期間であれば、上辺だけの付き合いで終わってしまうだろう。
無礼にならない程度に礼を尽くす。
それで充分な筈だ。
私の内心に訪れる寂寥など知りようも無い少女は、少しの逡巡の末、意を決して立ち上がる。
「あ、ありがとうございます。お邪魔します」
少しも気を抜いた
……何がしかの油断の結果が、私が駆けつける直前の危機だったのだろうが、口にするのは野暮だろう。
しかし、
命を救って食事まで振る舞った相手にとは言え、警戒を解かないその姿勢はなかなか好感が持てる。
助けてくれた! やったー!
そんな、すぐに人に騙されそうな警戒心の無さでは、この先が思いやられるのだから。
疑って掛かる事は、悪いことばかりではないのだ。
……まあ、少しは隠す努力も必要だとは、思わなくもないが。
「警戒なさるのは結構ですが、あまり態度に出すのはお勧め出来ませんよ? 私としましては、お招きせずとも構わないのですから」
そんな事を思ってしまったから、出来るだけ丁寧に、優しく、だけど心を鬼にして忠言を加える。
素直に感情を
まあ、今は私が相手なのだし、次から気をつけてもらう程度の
しかし一応はお説教の範疇なのだから、表情はなるべく無表情にして。
割と本心で、心の中で謝罪しながら。
私は気まぐれで
「ごっ、ごめんなさい! どうか、助けて下さい!」
慌てて少女は頭を下げる。
私の機嫌を損ねたとでも思ったのだろうか?
無表情はやりすぎだったかも知れない。
私は自分の気の利かなさに溜息を落とし、すぐに気を取り直す。
「判りました。それでは、お部屋までご案内致します。こちらへどうぞ」
今更、
本当に、申し訳ない。
言葉というやつは、使い
先程の魔獣に対するものとはまた違う恐怖にその身を震わせながら、どうにか、と言う
そんな小動物のような有様を、申し訳なくも可愛いと思えるような私は、もしかしたら……危ない人間の
密かに自問するのだった。
女の人の、凍えるような声に、震えが止まらなくなった。
そして、私は失敗したのだと悟った。
このような状況で警戒するなと言われる
表情は最初から、まるで
まるで、行く手に転がる石ころを見るような、好意を少しも感じ取ることが出来ない瞳で。
何かが変わったとも思えないのに、聞くだけで、
縋り付く私を、軽蔑するような溜息で。
私は、拒絶されようとしている事を知った。
あの
これ以上の無礼は殺す――そう言っているようにしか思えなかった。
私の瞼の裏に、無残に殺された魔獣の最後の姿が浮かんで、
まだ、無言で扉を閉ざし、締め出されたほうが遥かにマシだ。
従うか死ぬか、選べと。
突き付けられた私は、泣きながら彼女の慈悲に縋るしか無かった。
「――以上が、この部屋と設備の使用方法です。後はお任せしますので、お寛ぎ下さい。それでは、また朝に参りますので」
気がつくと声を殺して泣きじゃくる少女に、困惑しつつ部屋の設備……備え付けの風呂やらトイレの使い
どうしよう、どうすれば良いんだろう?
子供と触れ合う機会も無かったから、こういう時にどう接すれば良いのか、皆目見当も付かない。
自慢ではないが、私は比較的温和では有るが、口下手だし人付き合いは苦手だ。
善良に振る舞って見せるにも、経験不足からの限界は有る。
子供をあやすなど、未知の領域の技だ。
こんな事なら、勝手に満足して成仏した先代を、もっと引き止めておくべきだったか。
殺風景な自室に戻ると、私は溜息も忘れて天井を見上げるのだった。
お互いに、気持ちは届きません。