迷子のマリア   作:naow

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遺跡から離れた様ですが、まだ荒野は続くようです。


47 未だ荒野にて

 懐かれているのだと都合良く解釈しようと思った、あの晴天の遺跡の日。

 遺跡破壊を堪能するエマが、ただ高揚する気分のままに言葉を紡いだのかとも訝しんだが、あれから1週間。

 

 エマの様子は変わらず、私達の関係も変わっていない。

 

「マリアちゃん、ここから北に行ったらぁ、海があるんだっけぇ?」

 

 用も無いのに宝剣「落日」を振り回し、今日もエマは御機嫌だ。

 先刻出会った魔獣化した砂漠狼の小さな群れは、新しい玩具を手にしたエマが実に楽しそうに全て斬り殺した。

 爆殺人形とは何なのか。

 血みどろのエマに洗浄の魔法を掛けてやりながら、思わず考え込んでしまう。

 

 まあ、私が暴れずに済んだのは、楽で良いのだが。

 

「ええ。海は有りますね。北にまっすぐ、徒歩なら1年は掛かるでしょうか?」

 

 エマの質問に肯定の形で不正解であることを告げる。

 謝罪キャンペーンの真っ最中なので、私だって気を使っているのだ。

 実際に1年掛かるとは思わないが、少なくとも半年以上は掛かるだろう。

 此処(ここ)から海が見たいなら、単純に東、聖教国の方向へ4~5(し・ご)ヶ月歩けば良い。

 海が見たい訳でもなし、聖教国なんて近づきたくも無い。

「ちぇっ。そんなに遠いなんて聞いてないよぉ。海、見てみたかったのにぃ」

 唇を尖らせる様子のエマに、私は絶対に東の海の事を伝えないと心に決める。

 うっかり口を滑らせたら、まだしも近いそっちに行きたがるに決まっているのだから。

 

 

 

 探査と探知、2つの魔法の違い。

 それは、大雑把に言えば詳細を知る事と知覚する事。

 

 探査は範囲内の詳細、とは言えある程度大雑把な事だが、例えば小型の獣が居る、という事を知ることが出来る。

 探知は、範囲内に何か居る、或いは有る、ということが判る。

 精度が違うとざっくりと言っても良いのだが、そもそもの用途が違うのだと、私は理解している。

 探査の魔法を極端な広範囲で使ってしまえば、押し寄せる周辺情報に脳が疲弊する。

 逆に、探知を眼の前の物体に使っても、それがそこに有ると判るだけでそれ以上の何かを知ることは出来ない。

 

 そんな探知の魔法を私は広範囲、具体的に言えば周囲半径900メートルに展開している。

 直径で言えば2キロに迫る範囲、だが私を中心としている以上、私から見てどの方向にも1キロに満たない距離。

 コレが、私が知覚出来て、かつ、全周囲に使える限界である。

 

 少し前、ひょんな事で大怪我を負うまでは、修練と魔法使用、どちらもサボり気味だったので、半径で言えば200メートル程度が限界で、それで充分だと思い込んでいた。

 まさか、隠蔽系と能力向上系の魔法と、元来の身体能力にモノを言わせ、一気に距離を詰めて斬り付けてくる化け物が居るとか、想像さえしていなかった。

 まあ、その襲撃者は不得手な隠蔽系の魔法、「隠身」と「消音」を強引に使って魔力を無駄に消費し、それが響いたお陰で私は最終的には何とか勝てた、というオチが付いたのだが。

 

 以来、私なりに努力を重ね、警戒範囲を広げることにやや注力していた。

 

「エマ。この先900メートル、反応が5つです。判りますか?」

 

 そんな私の努力の結実、探知の魔法の範囲ギリギリから、此方(こちら)へと向かってくる反応に気がついた私は傍らの相方に声を掛ける。

「遠すぎだよぉ。そんな先の状況とかぁ、知ってどうするのぉ?」

 返ってくる返答に、私の頬がひくつく。

 

 お前が200メートル人外ダッシュで斬り掛かって来て怖かったから、警戒範囲を広げたんだろうが理解(わか)れよ馬鹿!

 

 反射的に、忘れかけていた数年ぶりの「()」で怒鳴りそうになった言葉を苦労して飲み込み、しかし完全に黙っているのも癪だった私は、自分が半眼になっているのを自覚しながら口を開いた。

「どこかのお馬鹿さんが、いきなり襲い掛かって来たことが有りましたので。警戒を強化しているのですよ」

「へえぇ、非常識なヒトも居たもんだねぇ」

貴女(あなた)の事ですよ」

 白々しい私の台詞に、どうでも良さそうに無表情で前方に視線を投げるエマの答えが被さり、私は冷え切った声を抑える事が出来なかった。

 そんな私の冷え冷えとした対応を無視し、前方に注視している風のエマは、唐突にその口角が上がる。

「遠いけどぉ、これは人間だねぇ。男3、女2。戦えそうな格好だけど、冒険者かなぁ?」

 遠いと文句を言ったクセに、エマはきっちりと探査の魔法を走らせたらしい。

 使える探査魔法は対人間用、と言うだけは有る。

「なるほど。流石に為人(ひととなり)も判りませんし、会話が聞こえる距離でも無いですし。念のため警戒だけはしておきましょう」

 エマの笑顔の意味を測りかねて、私は慎重な行動の提案をしてみる。

「そうだねぇ。まあ、向こうはこっちに気付いてる様子もないしぃ? でもぉ、なぁんて言うのかなぁ?」

 そんな私に向いた笑顔は、邪悪なそれ。

 私は、エマとの戦闘で見た記憶がある、あまり思い出したくない類の笑みが、再度私に向けられている事に、遅れて気がついた。

 文脈からして、その笑顔の()()まで私に向けられている訳ではないと判るのだが、それでも記憶を刺激されて、私の魂が震える。

 

「殺しちゃったほうが良い、そんな気がするよぉ?」

 

 内心の怖気を無表情で覆い隠し、私はエマと視線を入れ替えるように進行方向の彼方へと向ける。

 私達の後方、南には何もない。

 少し東に進路を変えれば、あの遺跡都市が有るだけだ。

 

 言わば廃道とも言えるこの荒れ地を、どこを目指して、誰が移動しているのか。

 

 私達でさえ、隠しているとは言え、それなりの旅支度をしていると言うのに。

 ……エマの旅支度がどの程度のモノか、知らないし確認もしていないが。

 狩る獲物も少なくなる、そんな旅路を態々選んで旅するとなれば、相応の目的が有るのだろう。

 そうでなければ、物好きか物知らずか。

 それとも、死出の旅路の巡礼者か何かか。

 

 エマが殺意を滲ませている理由も気になる。

 

 単に殺戮し(あそび)たいだけ、そんな気もするが、それにしては何かが引っ掛かる。

「一応訊きますが、その心は?」

 剣呑な笑みを浮かべたまま視線を前方彼方へと滑らせて、エマは私の問に答える。

 

「勘だよぉ?」

 

 何だそれは、そう思った私が口を開こうとしたが、それを遮ってエマが言葉を続ける。

「ただねぇ? マリアちゃんを見つけた時はねぇ、楽しく遊べそうって思ったんだけどぉ」

 偉く傍迷惑な勘違いだ、そう思ったが、私は黙して先を促す。

()()はねぇ……。なんて言うかぁ、そうだねぇ」

 言葉が区切られ、笑みが消える。

 おや。私は気を取られ、無意識のつま先が蹴った小石が跳ねる。

「気に喰わない、ってヤツだねぇ」

 理由になっていない、そう思った私だが、結局感想は口に出来なかった。

 

 あまり見たことの無い表情のエマが。

 

 心底から憎々しげに顔を歪めたエマが、私との戦闘でも見せなかった眼差しを、遥か彼方へと飛ばしていた。




おや、エマの様子が。
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