迷子のマリア   作:naow

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気になるエマの反応。正体不明の対向者は、敵となるのか災いとなるのか。


48 旅路と廃都の理由

 彼我の距離はおおよそ800メートル。

 此方(こちら)は速度を落とし、時速約6キロ。

 向こうはダラダラと、時速5キロ程度。

 速度差は今のところ大きくないので、このままなら恐らく400メートルも進めば顔を合わせることになるだろう。

 

 向こうが何がしかの周辺警戒を行っているなら、もう気付いているのか、これから気付くのか。

 

貴女(あなた)が気に喰わない、などと言うのは珍しい気がしますね。意外と好き嫌いが激しいのですか?」

 いつもの、のほほんとした上辺を取り戻したエマに、私はどうでも良さげに声を向ける。

 エマはお宝を武器庫に収め、今は手ぶらで、とてもこんな辺鄙な荒れ地を旅する格好ではない。

 私はダミーの大型のザックを背負い、身軽なエマの見た目をカバーしている。

 それでも無理が有るとは思うし、そもそも2人とも、メイド服である。

 

 根本的な部分のカバーが出来ていない気がするが、それっぽい服も無いし、そもそも着替える心算(つもり)が無い。

 

「ただの人間相手だったらぁ、好きも嫌いも無いんだけどねぇ? マリアちゃんみたいにぃ、どっか壊れてる人間は嫌いじゃ無いけどぉ」

 エマの返答に、聞き捨てて良いものかどうか判断が付きにくい言い回しが混ざっている。

 イカれている人形に「壊れている」と断言されるのも、妙な気分である。

 そもそも、私の内面を測れるほど、エマは私を観察していたとでも言うのだろうか。

 

「今の私は人形ですよ。まあ、まともな人間であった、とは自分でも思いませんが」

 

 思い返せば、この世界に来る前も、自分本意な生き方だったとは思う。

 気の許せる悪友は居たが、親身になって相談し会える親友などには縁が無かった。

 享楽に耽る恋人もどきは居たが、お互いの人生に踏み込もうと思えるような伴侶には出会えなかった。

 

 仕事に熱を上げる訳でもなく、趣味に没頭するでもない。

 

 うだつの上がらぬまま、1人で勝手に干からびるだろうと、灰色の混ざった嫌味な晴れ空を見上げていた。

 壊れていると言うよりも、何事にもやる気のない、ただそれだけの人間だったと思う。

 

「あははぁ。マリアちゃんはねぇ、人間らしさが何処か壊れてるよねぇ。だってマリアちゃん、口が悪いけどアレ、全然冗談の心算(つもり)は無いよねぇ?」

 

 お互い足は停めぬままに、視線は遥か前方を見据えている。

 私の背には、何やら冷たい風が吹き込んだ様な、そんな気分になる。

「まさかまさか。私は博愛主義の、だけどちょっと悪ぶって見せたいだけの、気の小さなただの元人間ですよ」

 声を抑え、なるべく平静を装う。

「マリアちゃんがそう言うならぁ、それで良いけどねぇ?」

 エマはどうでも良さそうに、呑気な調子で言う。

 と言うか、それは全く信じていない奴の態度である。

 失敬な相方だ。

 私は、物騒なことを考えはしても実行なんか出来る筈もない、ただの内気な小市民だったと言うのに。

 まあ、口は災いしていた自覚は有るが、少なくとも実行出来ないことは口にしないようにしていたし、それは今だって変わっては居ない。

 

 かつてと今とでは、実行できる範囲は変わったと思うが。

 

「まぁねぇ、マリアちゃんは知らないかもだけどぉ」

 

 私が憤慨しつつ少しだけ自分の事を考えている間にも、仮想要注意集団と私達との距離は縮まる。

 エマは不意に、不機嫌そうに表情を歪めると、私の様子などお構いなしに、唐突に、言葉を続ける。

 くるくると表情が変わる様子はベルネで別れた頑張り屋さんを思い起こさせるが、内面が違いすぎるので何ひとつ重なることはない。

「あんな古ぼけた遺跡に向かう酔狂な冒険者なんてぇ、あんまり居ないと思うんだぁ」

 エマの表情や口調はやや引っ掛かるが、それよりも内容に首を傾げる。

 遺跡に冒険者、それほど奇異な取り合わせだろうか?

「遺跡で宝探し、冒険者は好みそうですが? 現に、貴女(あなた)だってあの遺跡でお宝を手にしたのですから、他にも何か有ってもおかしくないでしょう?」

 言って、私は違和感を覚える。

 そうだ、エマはそのお宝を、武器庫に仕舞い込んでいる。

 手に入れてからずっと、ヘラヘラと顔を緩ませて、不必要に振り回していたと言うのに。

 

 仕舞ったのは、どのタイミングだった?

 

「食料になりそうな獣すら寄り付かない、何百年も前に滅んだ街だよぉ? 邪魔が入らないだろうからぁ、私も休眠してたんだしぃ」

 

 エマは前方から視線を外さず、声だけを私に向ける。

「休眠しなきゃいけないくらい、消耗させられたんだけどねぇ、あの街でぇ」

 零れ落ちた言葉が、私の背筋を冷たく滑る。

 エマは消耗させられた、と言った。

 

 今注視すべきは正面から近づいてくる冒険者らしき人間達なのだが、話題は横道から横道に逸れ、困った事に今の私はその話に興味を惹かれている。

 

「……ソフィアかエリ、どちらかがあの街に居たと言うことですか?」

 それは、戦闘で激しく損耗したと言う事か。

 そして、マスター・ザガンの人形をそこまで追い込めるのは、同じザガン人形なのだろう。

 人形制作の情熱の根源が歪んでいたマスター・ザガンだが、その研究成果と人形制作の腕は、個人で並ぶものは現代でも居ないだろう。

 マスター以降の著名な人形製作者の資料に目を通したことがあるが、どれもこれも、1シリーズと同等程度のスペックのものしか作れていない。

 

 集団、という事であれば、魔法協会(ソサエティ)の錬金術部門と精霊学部門とで、どうやら2シリーズ相当の人形の試作模型までは完成していると聞くが、高性能な人形は素材も破格だ。

 

 理論と図面の更新はされているが、生産出来るほど潤沢な資金を確保出来ず、夢は未だ夢のままだと言う。

 流石は、研究の成果を商売に結びつける事に興味を持てない変人共の集団だと思うが、わざわざ忠言してやる義理もない。

 

 そんな私の、薄弱な根拠から導き出された回答を、しかしエマは首を横に振って否定した。

 

「違うよ。私はアレの名前も知らない。アレは、弱いモノに告げる名前は無い、そう言ってた」

 

 エマの声が、陰鬱に沈む。

 私の知るエマの様子とはかけ離れた声と、それが素なのかと思える口調が、幾度目か、私から集中力を奪う。

「私をたった一撃で半壊させて、(とど)めも刺さずに何処かに行ったよ。なんで私が()っとかれたのか知らないけど」

 唇を噛んで一度言葉を区切り、そして言葉を続ける。

「あの街が『帰らずの都市』なんて呼ばれてたのは、アイツが居たからだった。結局、私を叩きのめして、アイツは居なくなったけど」

 私は、どう答えたものか、いや、そもそもエマの語る内容を受け入れるのに苦労して、言葉も無くその横顔を眺める。

 

 帰らずの都市ってなに?

 そう言えば、確かに私以外に、誰一人として遺跡に向かう旅人も冒険者も居なかったが、そう言うことだったの?

 エマを一撃で半壊?

 エマに名乗らなかったと言うことは、エマを弱者と認識したと言う事?

 

 私はもう、前方から此方(こちら)に向かってくる人間達の事など、割と本気でどうでも良くなっていた。




シリアスっぽく語っていますが、眼前の問題に対する緊張感は維持すべきです。
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