気を取られても、歩けば先には進む訳で。
なんとなく向かった廃墟が「帰らずの都市」なんて呼ばれていたことを知らなかった私は、薄らぼんやりと、聞き流していたベルネでの会話を思い起こす。
そう言えば、似たような話から興味を持った遺跡だった、かも知れない。
今まさに、適当に記憶を改竄している、そんな気がしなくもない。
気もそぞろな私の耳に、若い男の声が滑り込んでくる。
「聞いてるのか姉ちゃん? お前らはこんなトコで何してるんだって聞いてんだけど?」
ヘラヘラと耳障りな、高圧的にさえ思える声に、素直に不快感を覚えた私は無表情の不機嫌な視線を向ける。
面倒臭いし、会話をする気がとんと湧いてこない。
隣で同じ様に不機嫌そうに表情を消しているエマだが、彼女が不機嫌な理由は不明だ。
私が不機嫌な、その理由は。
「俺達は聖教国の勇者様とその一行なんだぜ? 素直に質問に答えたほうが身のためだぜ?」
会いたくないし関わりたくない、聖教国の、それも勇者とか祭り上げられて調子に乗っている同朋。
その痛々しいみっともなさに、私は堪えきれずに溜息を漏らす。
「……この世界はどうなってんだ、勇者と言ってもほとんど誰も有り難がらねえ。俺達はこの世界のために呼ばれたってのに」
私の嘆息に反応した男が、さも心外であるかのように言葉を放つが、なんでそれ程までに自身の肩書に自信を持てるのやら、とんと理解が及ばない。
それが例えば、同じ聖教国絡みであったとしても、司教サマだとか言われた方が身構えてしまうだろう。
勇者だなんだと持ち上げられた、その実ただの操り人形だと知ってしまえば、憐憫の情が湧きこそすれ、尊敬しようだとか敬愛しようだとか、そんな気持ちになる筈もない。
私がどう答えてやろうか吟味を始める前に、相方が声を上げた。
「勇者ってなぁに? 呼ばれたって誰にぃ? 少なくとも、私達は呼んでないし、お呼びでも無いんですけどぉ?」
酷くつまらなそうに言うエマに、気色ばむかと思いきや、思いの外余裕の表情で自称勇者は肩を竦める。
若干、顔が引き攣っているのは見逃してやろう。
「ハッ。こんな辺境のど田舎じゃあ、聖教国の威光ってやつも届かないのも無理
わざとらしい動作で首まで振って、ニヤケ笑いの男の態度が素直に癇に障った私が、エマに代わって口を開き、相手の言葉を遮る。
「何もない荒野ですが、この近辺はまだ国境では有りませんよ? 辺境という言葉の意味を調べてから口を開いた
かつてはあの要塞都市は隣国との国境、隣国の所有物だったが、
奪われたあちらの王国側にとっては恨み骨髄だったのだろうが、取り返すことも出来ないまま流れた時間は、表面上は互いの衝突を抑え込み、今となってはもう、奪還の機運も無ければ再侵攻の気配も無い。
現代において再侵攻に動いたりしたら、向こうで噂の「双子の魔女」も黙っては居まい。
この国がどの程度の戦力を抱えているのか知った事ではないが、単体で隕石を落としてくるような化け物が少なくとも2人居るとなると、暗殺でもして双子を始末しない限り、勝ち目は薄いのではないかと他人事ながら思う。
かの王国の地脈の一部が妙に静かになったのも、どうせその双子が何かやらかしたのだろう。
「て、
私の態度と台詞に余裕を失くしたらしい、自称勇者が声を荒らげ掛けたが、それを今度はエマが遮る。
「ねえねえマリアちゃん。こいつら弱っちいしぃ、びっくりするくらい興味持てないんだけどぉ? さっさと片付けちゃう?」
不機嫌な声色のままのエマに、私は目を向けることをしない。
しかし、その気持は良く分かる。
私は、眼の前の
「そうですね。こんなのを相手に余計な手札を切る必要は有りませんね。
私の挑発めいた侮蔑と、エマのやる気の無い提案に激昂し掛けた3人組は、しかし、続く私の言葉に顔色を変えた。
私は探知で、エマはピンポイント探査で。
それぞれ、向かってくる相手の動向を確認していたのだ。
私達との距離が500メートルを切った辺りで、向こうが少し止まり、そして二手に別れた事まで、しっかりと確認している。
ついでに言えば、後続の、速度を更に落とした方は、彼我の距離が400メートルを切った事で私の探査魔法も届き、エマが不機嫌になって詳細を伏せたその内容を確認出来た。
探査魔法と言う物は便利だ。
魔力も使うし知りたいことは都度探査を重ねなければならないが、相手よりも実力が上回るか互角程度までなら、知りたい事は概ね知ることが出来るのだから。
意外な所で言えば、例えばパーティ名、だとか。
「おいおいおい、巫山戯た態度もムカつくけど、そもそもなんでそんな事知ってんだ? ったく、あいつらには様子を見ろとか言われてたけど、これは殺したほうが面倒がなさそうだな」
勇者くんの後ろに控えていた、軽装の男が腰の剣を抜き放つ。
それを合図にしたのか、やや
僧侶だったらメイスの方がロールプレイとしては正しいと思うが、まあ、あの細腕では重いメイスはまともに振り回せないだろう。
私が自分の趣味全開かつ個人的嗜好に偏った、どうでも良い事を考えている間に、私の相方が何の衒いもなく前へと進み出る。
「マリアちゃん、ホントに私が
その両手には、それぞれ、見覚えのある短刀が握られている。
嫌な記憶が刺激されるが、あの時と違ってエマは不慣れな「隠身」は使っていないし、当然無駄に魔力を消費していない。
……まあ、魔力消費が有っても無くても、目の前の連中程度なら何も変わりはしないだろうが。
「だから! なんでお前らは、そんな余裕
剣を構えたままで、怒りに任せて声を荒げる自称勇者。
芝居がかった余裕は何処に行ったのやら。
しかし、彼は言いたかったであろう言葉を途中で失った。
永遠に。
首が、手が、腕が、腿が、足が。
そして、胴が。
「
それぞれが地面に転がり、それらが撒いた血を浴びた軽戦士と僧侶は、怒りの相から色を失い、呆然と視線を下に落とし、少し間を置いて、驚愕に目を見開く。
全てが遅い。
本来であれば、堪らず絶叫を放つ場面か。
或いは、更なる怒りに雄叫びでも上げて斬り掛かってくるのか。
そのどちらも果たせず、刻まれ死体は数を増やし、生きた人間は居なくなった。
そもそも人の話を聞く態度を取っていない場合は、論外です。