領都トアズ。
その都は堅牢な城壁に護られ、領都に入ろうと列をなす旅人達を正門が見下ろしている。
……この巨大な門が実は正門じゃなかったりしたら私はとても大きめの恥をかくことになりそうだが、少なくとも口に出して誰かに自慢気に話した訳でもなし、黙っていれば誰にもバレない。
都に入るための列は商人や商隊のものと、冒険者のもの、そして一般的な旅人のものに別れている。
商人達の方は各人の犯罪歴の確認や身分の証明、そして商材のチェック。
冒険者はギルドカードの提示と犯罪歴の確認。
一般的な旅人、つまり私たちはと言えば、犯罪歴の確認と入場料……いや、違うな、何と言うんだろうか?
因みに料金はみんな取られるが、商人は人数と商材次第で変動、冒険者は銀貨2枚だとか。
そんな事をしてるから
なんだかんだと長い列に並び、主に冒険者達に興味津々なエマをどうにか抑えつつ、私達が領都に足を踏み入れたのは正午前の事だった。
流れ作業で比較的簡単なチェックしかされなかったので、私やエマのような不審な危険物が堂々と紛れ込めた訳だが、勿論文句など無い。
寧ろ感謝の念しか無い。
お役所仕事バンザイ、と言った所か。
区画整理され、整った街並みのあちこちに領軍の兵が巡回し、掃除の行き届いた街並みは清潔そのものだ。
この世界は見た目は石造りの建物だったりで元日本人としては時代感覚が狂うというか目測し難いが、魔法技術が普及しているので上下水道はきっちりと整備されている。
裏道に迷い込めば言葉にするのも憚られるアレコレで不潔不衛生、なんて事は、もはや何処の国でも無いらしい。
雑多でゴミゴミしている印象だったベルネですら、そういう意味では「清潔」であった。
世界に関しては自分の目で確認した訳ではないので、あくまで伝聞スタイルではあるが。
高度に発達した魔法は科学と似る、と言うべきか。
とかく魔法と言うと攻撃用の物を連想しがちだが、生活の基盤になってしまえば、それは私の知る電気やガスと変わらない気軽さだ。
照明系が光量的な意味でやや貧弱だと思っていたが、ベルネでは住人の好みだったと言うし、衛兵が持つ携行照明は結構な光量を誇っていたし、この世界の住人は風情優先の傾向があるのだろう。
違っていた所で私は困らない。
風呂の普及が比較的遅れているのは、魔法式のボイラーの開発に成功したのが比較的近年の話で、それを導入する為には建物を改装しなければならず、国と場合によっては各領主様の許可が必要になるためだとか。
お役所仕事にも困ったものである。
この世界を好き勝手に
冷蔵庫は
もういっそ携帯電話やらパソコンやらを作ろうかと思ったが、残念なことに私には基本技術が無かった。
そういう意味では、冷蔵庫の開発の時点でだいぶ怪しかったのだが、もう既に出来ている物だし、誰かに造ってみせると風呂敷を広げて見せた訳でも無い。
非才の身と言うのは、様々な意味で悲しいものである。
「久しぶりに来たけどぉ、綺麗な街だねぇ。ここで暴れたら、気持ち良いだろうねぇ」
我らが偉大なる製作者様の命令を戴いているエマは、道行く一般人、冒険者、兵士の姿に胸が高鳴る様子だ。
非常に面倒だし迷惑である。
「この街に入る前に何度も念を押したでしょう? やるなら夜にでも、人目につかないようにしなさいと」
私は例によって小声で周囲に聞こえないように配慮しつつ、エマに刺した筈の釘を、念の為に深く押し込む。
エマが思うままに暴れだしたりしたら、共にいる私も芋づる式にお尋ね者だ。
観光に飽きてからならまだしも、観光すら始めていない段階でそんな面倒な目に遭っていては堪らない。
どうせどの街でも冒険者なんて似たようなものだろうし、
人目が有ればやり過ぎないように止めはするが、誰にも見られていないなら好きにさせる事にしている。
押さえつけ過ぎると、反動で、私が不要の怪我を負いかねない。
「判ってるよぉ、マリアちゃんは心配性だねぇ。私をもっと信用して良いんだよぉ?」
大きく伸びをしながら、ケタケタと愉しそうに答えるエマに、私は不安しか感じない。
「エマを信用するのもとても難しいですし、エマが我慢出来ても向こうから絡んで来たら面倒です。本当に、人の居る所では暴れない、これだけは守ってくださいね?」
我ながら、なんでこんな危険物と旅をしようと思ったのか理解に苦しむが、楽観で事を進める私の悪癖故と諦めるしか有るまい。
旅を続けるなら、こんな大きな街に居る時間の方が短いのだから。
自分に言い聞かせて心の安寧を図る私だが、ふと視線を転がして、そこで怪しく目を輝かせるエマの姿を視界に収めてしまえば、ささやかな逃避などあっさりと霧散してしまう。
「まっかせてよぉ! ぜぇんぶ、上手くやるからぁ!」
心に湧き上がった暗雲がどんどん広がるのを感じる。
周囲を見渡し、さり気なく地形探知まで使用した私が確認したのは、衛兵の配置や人数では無い。
いざという際の逃走経路だ。
晴天の真昼の、賑わいを見せる領都入り口付近の雑踏。
こんな目立つ状況で、大虐殺を伴う脱出劇を演じずに済むよう、私は祈りを込めて視線を上空に飛ばすのだが、差し当たって祈るべき神に思い当たらないのだった。
色々と片付いていない面倒事や懸案は有りますが、一時それを忘れて旅情を楽しむのも有りですね。