迷子のマリア   作:naow

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色々と段階を飛ばしている気がしますが、大丈夫なのでしょうか?


68 楽しいお買い物

 概算では有るが、金貨1枚あたり日本円にしておよそ20万円程度になる。

 銀貨1枚はその100分の1、銅貨1枚は更に100分の1だ。

 私の知っている範囲での比較による概算で、当然のように偏見も混ざれば思い込みも有るのだろうが、結果買い物が出来れば問題は無い。

 

 重要なのは価値を知っている事と、必要に応じて運用する事だ。

 

 

 

「はぁ? 魔法銀(ミスリル)が欲しいからウチに来た、だぁ?」

 

 アリスの淹れてくれたお茶は華やかな香りを立ち上らせ、その味わいはすっきりとしていた。

 意外な特技と言うか、私では同じ茶葉を使用してもこうはならないだろうな、と、ぼんやり考える。

 

 同じお茶を嗜みながら、アネット女史は怪訝そうな表情を隠そうともせず、胡乱げな視線を無遠慮にぶつけてくる。

 

「はい。纏まった数量が必要ですが、私個人では伝手も無く、どうしたものかと思っていたのです」

 

 私はアネット女史の視線を真っ直ぐに受け止め、真顔で返す。

 返された方は視線を転じ、私を此処(ここ)へと導いたアリスへじっとりとした半眼を向けた。

「なんだいその目は。私は客を連れて来たって言ったろう? 何の文句が有るってんだ?」

 所謂ジト目を受けながら、アリスは悪びれもせず口を開く。

 アリスの態度があんまりなのは同意出来るが、アネット女史の態度の方も納得と言うか、そこそこ理解出来無い事もない。

 

 魔法銀(ミスリル)の購入には資格も許可も必要では無い筈だし、実際、私はベルネである程度購入してもいる。

 だが。

 

「確かに客とは聞いたがね……。ウチは一般小売なんてやってないんだがなぁ」

 

 アネット女史はガシガシと頭を掻き毟ると、深々と溜息を()いた。

 

 

 

 アリスに連れられてこの事務所に顔を出した当初は、この倉庫を取り仕切るというアネット女史は非常に上機嫌であった。

 しかし、私が個人で魔法銀(ミスリル)を求めている、と言う事を理解すると、途端にその表情は曇った。

 

 そして先の台詞へと続く。

 

「……アリスよお。お前さんには世話になったし、これからもシゴトを頼みたいと思ってるんだ。そんなお前さんにこんな事言いたかないが、これはちょっとなあ」

 

 困ったような怒ったような、そんな微妙な顔を上げると、アネット女史は胸のポケットから煙草を取り出し、迷わず咥える。

 仮にも客人の前で、なかなか剛毅なお方だ。

「ウチは鍛冶屋だったり資材屋だったり、事によっちゃあ商業ギルドそのものが取引相手だ。売るのは1キロ2キロなんてケチな数字じゃ無いし、当然(カネ)だってアホみたいに掛かる。お嬢さん、アンタ、どれくらい必要で、予算は幾ら用意してきたんだ?」

 煙草に火を着けながら私に向けられたその目は商売人と言うには些か鋭く、しっかりと私の瞳を捉えている。

 この段になって漸く、私はアネット女史の態度に合点がいった。

 

 なるほど、冷やかしだと思われているのか。

 

 まあ、普通に考えたら此処(ここ)は問屋と言って間違いない場所なのだし、一般の人間が買いに来る場所ではない。

 問屋直で売買出来るなら、一般小売店は必要無くなってしまう。

 

 連れてきたのはアリスであって、私は問屋に連行されるとは思っていなかったのだが、知らなかったで済ませるには要望を素直に話し過ぎた。

「格好からして、何処ぞの貴族様か大店の使用人かと思ったんだが、そうじゃ無いとなるとなあ。どうせ武器が欲しいとか言う冒険者かなんかだろうが、ウチはそういう小さい商いはやってないんだ、悪いが他所を当たってくれ」

 紫煙を(くゆ)らせ、子供に言い聞かせる様に言うと、アネット女史は口を閉ざして視線を小さく巡らせる。

 駆け出しで資金に余裕のない冒険者が、見栄の為に無茶を言いに来た、そんな理解なのだろう。

 冒険者扱いされてムッとする私と、そんな私を見て吹き出すアリス、我関せずに茶菓子を頬張るエマ。

 3者3様の有り様を見て、アネット女史はほんの僅か、不思議そうな表情を浮かべる。

 

 少しだけ気を悪くした私は、きちんと話をするべきだと理解した。

 

「申し訳ありませんが、私は冒険者ではありません。そして、ある程度纏まった数量が必要だと申し上げた筈です」

 

 いきなり怒鳴るなどという不躾な真似は出来ないし、そんな気も起きない。

 冷静に話を進めようと、内心の苛立ちを抑え静かに言葉を紡いだのだが、アリスはびくりと肩を震わせ、アネット女史は息を呑んで表情を強張らせる。

 

 反応が過剰な気がするが、言葉を連ねるならこの機を逃すべきではないだろう。

 

「予算で言うなら、金貨3000枚は最低限用意しております。ベルネの鉱山が安定して稼働している現在、魔法銀(ミスリル)の相場は、インゴット加工されているものでも500キロは買えると思ったのですが、間違いは無いでしょうか?」

 

 用件は簡潔に述べるに限る。

 此方(こちら)の予算、相場を全く知らない訳ではない事、そして希望する数量。

 アネット女史の言う通り、数キロ程度のミスリルが欲しいだけなら、鍛冶屋に行って相談するか、鉱石なりインゴットなりを扱っている店を探せば済む。

 だが、私が欲しいのはトン単位の纏まった数量で、ベルネでは伝手もなくそこまでの量の魔法銀(ミスリル)を入手することは出来なかったのだ。

 

 決して安い出費ではないし、正直手持ちの金貨は3000と数十枚しか無い。

 手持ちのほぼ全てに匹敵する枚数を此処(ここ)で放出するのは痛い。

 

 だが、この先いつ人形やら化け物やらとやりあって、どれだけ破損するか不明である以上、出来る用意はしておきたいのだ。

 ベルネで衛兵手伝いをして得た収入はほぼ貯金に回っていたし、何よりも大きな資産的要因として、魔法協会(ソサエティ)で悪友達と悪ノリで作った幾つかの魔法道具、特に一般家庭用の魔導式ボイラーの特許料が大きく、今ならギリギリ手に入る。

 

 そう言えば魔法協会(ソサエティ)にも商業ギルドにも暫く顔を出していないが、もしかしたらまた少し特許料が溜まっているかも知れない。

 権利者失踪とかでその辺の権利が有耶無耶になる前に、一度顔を出しておこう。

 

 住居は持ち歩いているし、食事にしても備蓄が有るので、贅沢をしなければ賃料も食費も暫くは掛からない。

 街にいる間はある程度の贅沢はしてみたいが。

 

 私の具体的な要求に、アネット女史はあんぐりと口を開けて、私を凝視している。

「は……? 金貨3000枚? 用意出来てるってのか? 確かに今の相場なら、インゴットでも1トン近くは行けるけど……」

 ただの冷やかし程度にしか思っていなかった相手からの、まさかの要求。

 驚きはしたがまだ信じられない、そんなアネット女史の眼の前で、私はテーブルの上に右の掌を伏せ、それを横にずらす。

 

 そこに現れるのは、重なり合って列をなす50枚の金貨達。

 いきなり全額見せる事も考えたが、即支払うなら()(かく)、流石にこの場で「はい売ります」となるか、空気が怪しい。

 回収する手間を考え、取り敢えず「少なくとも頭金はありますよ」程度のノリで留めておくことにしたのだ。

 

 通じるかはまた別の話だが。

 

「どうぞ、ご確認下さい」

 

 呆気にとられたアネット女史だったが、恐る恐る手を伸ばすと、私の前から金貨を数枚抜き取り、仔細を確かめるように表裏を返す。

「本物だな……。いや、それでも本来、飛び入りの一般さん相手に売るモンじゃ無いんだが……」

 金貨を眺めたまま、呆然と呟く。

 私の隣に腰掛けているアリスもまた、信じられない、と言った顔で私とテーブル上の金貨を見比べている。

 

 犯罪絡みの(カネ)とでも思っているのかも知れないので、後できちんと説明しなければなるまい。

 ……そう言えば、私の資金の一部は、殲滅・解体した盗賊達の資産も混ざっては居たか。

 

「どうしてもお売り頂けないのであれば仕方がありませんが、ぜひ御一考下さい。また、私としましては魔法銀(ミスリル)は取り敢えず500キロ有れば十分と考えておりますので、もし余るのであれば、その分でニッケルとクロムも少々ご都合頂きたいのですが、それも合わせてご検討頂けますと幸いです」

 本当はトン単位で欲しいのだが、手持ちと相談すればこの辺りが限界だ。

 商業ギルドで幾らか懐に入るかも知れないとは言え、当てにし過ぎたら火傷をしかねないし、無理も出来ない。

 

 此処(ここ)まで限りなく腹を割ってみたものの、アネット女史の様子から考えると、売って貰えるかどうかは半々、いや、もっと低いかもしれない。

 ダメであっても泣かない心積もりは必要だ。

 

 金貨を見詰めて考え込む責任者さんに、私は祈る気持ちで視線を送る。

 

 私の右隣のエマは暇そうに、私の前の茶菓子に手を伸ばしていた。




私の身体(からだ)で泣くのはやめて下さい。
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