人形は24体居たらしい。
報告してくれたアリスに、都合27体居たのか、と茶化したい気持ちをぐっと押さえて話を聞く。
大暴れの結果、アリスは6体、私は5体片付けた。
アリスの健闘は素直に称賛したいが、残り13体を笑いながら破壊したエマは恐ろしくて仕方ない。
その現場を目撃したアリスも、エマに対する態度を若干変えているようだ。
まあ、仕方があるまい。
「アンタ達がやたらと動いてたのは、さっさと終わらせて現場を離れる
私に簡単な報告をし、貸し与えた剣を素直に私に突き出しながら、アリスは沈痛な面持ちだ。
木立の中、木漏れ日を浴びながら、私は言葉も無く、エマも無言でアリスを見上げている。
「まあ、目立って良いことは無いですし。私は観光気分でのんびり旅がしたいだけなのですし」
とは言え、無言のまま居ても気まずいのと、アリスも居心地が悪かろうと、私は軽口で間を繋ぐ。
それを受けたアリスは、何か思いがけない事を聞いた、そんな様子で私を見た後、バツが悪そうに目を逸らした。
「……幸い、私の知ってる顔は無事だったよ。現場に居なかったヤツも、慌ててギルドに顔出しに来てたから、確認出来た」
あの惨劇の中、それは良い知らせと素直に受け取れた。
私達が駆けつけるまでの間、アリスが懸命に戦ったから、犠牲は少なく済んだのだろう。
「でも、護れなかったのもいる。一般人も巻き込んじまったし、情けないよ」
だが、アリスはそうは考えていない。
真面目な事だ。
私は、アリスが突き出した剣を受け取らず、代わりに言葉を向ける。
「武器が無いとこの先困るでしょう。それは差し上げます」
暴れるだけ暴れた私とエマは、獲物が居なくなったと見るや早々に現場を離脱していた。
混乱の現場で、その混乱に乗じて暴れて逃げた訳だが、如何せん私とエマは格好も含めて目立ちがちだ。
そんな中、共に? 暴れてくれたアリスには、この後事情聴取であったり片付けであったり、色々と厄介を押し付けることになるだろう。
私達は下手に衛兵やらに事情を訊かれても面倒であるし、貴重品どころか荷物は全て持ち歩いている。
宿についても、連泊の手続きをしては居るが、同時に宿泊費も全て払っている。
全てキャンセルになってしまうが、先に払った代金でどうか許して欲しい。
つまりはさっさと逃げ出す予定なのだ。
この街を拠点にしているであろうアリスへの、せめてもの、ささやかな心遣いとして、その剣は是非受け取って頂きたい。
「いや、流石に悪いだろう。これ、ミスリル製だよな?」
私の言葉に戸惑いつつ、その目は手元の剣、その鞘に注がれている。
この後に控える厄介事の群れに思い至っていない様子だが、それならせめて素直になれば良いのに。
私だって素直な気持ちを言えば、図書館にも行きたかったし、もっと色々な料理と酒を楽しみたかった。
都合5日の滞在で
「そうですね。その剣は
受け取った剣を鞘から抜き放ち、その刀身を眺めたアリスは、私の取って付けたような補足を聞いてエマを眺め、そして私に視線を向ける。
「……マジで?」
「嘘なんて言ってどうするんですか」
「ホントだよぉ?」
特にエマの素直過ぎる返答に、より微妙な表情を浮かべて、そして再び剣へと視線を落とし、アリスは漸く口元を綻ばせる。
「なるほど、そいつは悪くないね。コイツに銘は有るのかい?」
私はちらりとエマへと視線を向けてから、アリスへと顔を向け直し、少し考えて、そして真顔で答える。
「有りません。私が最初から持っていた剣ですが、出自すら知りません」
大真面目な私を見て吹き出すという、凄まじく失礼な反応を見せてから、アリスは剣を高く掲げた。
木漏れ日が降る浅い森の中、その姿は不思議と絵になる。
「じゃあ、コイツは今日から『人形斬り』だな。有り難く頂戴するよ」
アリスのネーミングセンスには口を挟まず、私はただ頷く。
暫し剣を掲げていたアリスだが、鞘に戻すとそれを腰のベルトに提げ、そして満足げな顔を私へと向ける。
「アンタ、このまま街を出るのかい?」
武器を
なるほど、厄介者はこのまま出て行けという事か。
アレが私達の仕業でないことは判っても、私達がトラブルを運んできたと考えても不思議では無いし、責める気も起きない。
私としても変に目立つのは御免であるし、何よりも流れとは言え、要壁を乗り越えて街の外へと飛び出してしまっても居る。
正規の手続きで街を出ていない以上、今更街の中に戻るのは面倒だ。
「そうですね、もう街に戻るのも面倒ですが、立ち去る前にやることが出来ましたね」
私は頷いて、それを受けたアリスが少し考えるようにしてから、口を開いた。
「なるほど……ね。なあ、悪いんだけど
儚げな笑顔で言うアリスの、言いたい事が良く
まるで私達と行動を共にするかのような口ぶりだが、この人形に限ってそんな事も有るまい。
ギルド関係者でも連れてきて、細かい説明でもさせたいのだろうか。
そう考えると、なんとなく辻褄があう気がする。
「まあ、そちらの都合に合わせる義理も有りませんが、良いでしょう。私とエマも、この後の予定を詰める必要が有りますから」
用事を済ませたら私達はすぐに立ち去るのだし、ここで多少冒険者ギルドの関係者と顔を合わせても問題は無いだろう。
咄嗟にそう考えた私は気軽に答え、アリスは頷く。
そして背を向け駆けていくアリスを見送り、私はエマへと視線を向けた。
「エマ。見つけましたか?」
私を見上げるエマは、にっこりと笑顔を浮かべる。
「うん。そんなに遠くには居ないと思ってたし、アタリも付けてたけどねぇ? あっちの、森の奥の
街と正反対、西の森を指差す。
冒険者ギルドを襲撃し、失敗した人形使いは何処に居るのか、エマは戦闘中から探っていたらしい。
私は慣れない荒事に手一杯だったというのに、小器用なものである。
私とエマが現場をすぐに立ち去ったのは、勿論目立ちたくなかったという事情も有るのだが、人形遣いが逃走した事に気付いたエマが私を促した、という事実も有ったのだ。
「上出来です。寧ろ出来過ぎです。早速向かいたい所ですが、アリスが来ると言うなら、彼女もアレには言いたいことも有るでしょう。私も随分腹立たしいですし、揃ってから挨拶に伺いましょう」
木立の間から透かし見る森の奥、当然視線の通らないその方向へ顔を向けたまま、私は片手持ちのメイスを両手にそれぞれ装備する。
エマは楽しそうに、落日を軽く振り回している。
実戦で使ってみて、いよいよ気に入ったらしい。
あの
恐らく何の罪もない、そんな一般人の死体。
特に、子供を守ろうとした母親のそれを思い出すと、心の奥底から湧き上がる物がある。
不快感、怒り。
私に似つかわしくない、私に関してだけなら、偽善と呼んで唾棄しても構わない代物。
そんな物を抱く程度に人間性が残っていた事に自分で驚いたし、そんな事に気付かされたのにも腹が立つ。
飽くまでも、私を不快にさせた事に対するお仕置きを行うのだ、そう自分に言い聞かせる。
自分で思う程人間である事を諦めていない、そんな浅ましさに、当然私は気づきもせず、考えもしなかった。
心配せずともそうだと思いますし、無垢だったエマも染まって来ていると思いますよ?