迷子のマリア   作:naow

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人の寝ているベッドを蹴ってはいけません。


75 邂逅

 漆黒のドレスは光量の足りない薄暗い室内に溶け、腕は長い袖に隠されている。

 その手はやはり漆黒の手袋を纏い、肌が見える隙は無い。

 

 首から上は白い肌、細い顔に凛とした瞳。

 黒い髪は長く、緩くウェーブが掛かり艶めいている。

 

 私の「人形の眼」にはハッキリとそのドレスの意匠が見えているが、普通の人間の目では、薄闇(うすやみ)に紛れて顔が浮かび上がっているように錯覚してしまいそうだ。

 

 やけに仕立ての良い、柔らかで手触りの良さそうな布がふんだんに使用されたそれは、私の知っている範囲の語彙で言うなら。

 

 どこから見てもゴシックファッション。

 

 私から見てややシックな印象なので、ゴスロリ、と言い切ってしまうのは少し抵抗がある。

 だがヘッドドレスまで付けた、誤解を恐れず言うなら。

 気合の入った恰好である。

 

「……随分と手荒い挨拶じゃないか、ヘクストール。貴様は私の主治医にでもなった心算(つもり)か?」

 

 その目は一度私を捉えてから、ゆっくりとスライドし、ヘクストールへと向けられる。

 

「五月蝿いッ! 誰がお前を発掘したと思っているんだ! 私はドクター・フリードマンの――」

「黙れ」

 

 カーラと呼ばれた黒髪人形の見下した物言いに激昂したヘクストールだが、その言葉をカーラは短く断ち斬る。

「貴様如きが、いと尊きかの方の名を無闇に口にするな。貴様の下顎を引き千切るぞ」

 冷たく、その眼差しと同じくらいに容赦無く、黒髪人形は言い捨てる。

 それだけでもう、興味を失ったようにヘクストールから視線を外し、再び私とアリスへとその目を向けてきた。

 ヘクストールは何も言えず、顔を赤くして歯噛みする。

 

 何と言うか、信頼関係の出来ていないペアと言うべきか。

 

 こんな有り様でまともな意思疎通が出来るものか、他人事ながら心配になってしまう。

 

「……で、貴様らは何用だ? 私は偉大なるドクター・フリードマンの集大成にして失敗作。この私と事を構えるを望むか?」

 

 その眼差しに似た、凛とした声で朗々と言葉を紡ぐ。

 堂々たるものだが、私の方には緊張は無い。

 私の前に立つアリスにも、緊張も気負いも見られない。

 

 そんな不遜な侵入者に、カーラは気を悪くした様子も無く、だが無言でなにやら魔力を放った。

 

 探査や探知では無い。

 それらは、余程の事が無ければ感知出来るものではない。

 つまりは、もっと別の、何らかの魔法を使用したということなのだが、室内はおろかこの建物内で何らかの反応が起こりはしなかった。

 

 建物周辺も同様である。

 

 私が訝しむ前に、カーラが眉根を寄せて、その視線を顔ごと横に立つヘクストールへと向けた。

 

「ヘクストール。貴様、まさか()()()()を勝手に使ったのか?」

 

 明らかな苛立ちが混ざる声に、小太りの中年は怒りの相を崩さず答える。

「私が造ったものだ、私が使って何が悪いか!」

 唾も飛んでいそうな勢いで怒鳴っているが、受ける方はうんざりと溜息を()き、静かに言葉に殺意を乗せる。

 

「呼び戻せ」

 

 短く、実に分かり易い。

 誤解するのが難しいシンプルな「命令」に、怒り狂っているはずのヘクストールは言葉を詰まらせる。

 

「こやつら、並のモノでは無い……事に依れば、人間ですら無いぞ」

 

 漸く、私達に対して興味を抱いた、そんな様子で黒髪人形はベッドの上に立つ。

 どう見てもベッドでしか無いソレに、彼女はゴシックドレスを纏い、踵の高いブーツをきっちりと履いている。

 

 服のシワとか、靴を履いたままで寝る事とか、色々気にしないのだろうか。

 ついつい、そんなどうでも良いことが気に掛かってしまう。

「馬鹿か? どう見てもただの冒険者と、何処のかは知らんが使用人だろうが! お前の相手になる訳が無かろう!」

 カーラは私達に対して警戒感を持ち始めたというのに、その相方であるヘクストールは全くそれを理解していない。

 どうやらカーラの性能に余程の自信が有る様だが、そのカーラが警戒している事実を無視しても良いことが有るとは思えないのだが。

 

「無能の上に現実も見れぬか。いや、故に無能か。人形ひとつまともに造れぬなら、せめて観察眼を磨くか、人の忠告には素直に耳を傾けよ」

 

 カーラは言葉に溜息まで乗せて、傍らの相方にはもう、一瞥もくれない。

 ヘクストールはもはや怒りが限界を越えたような面構えだが、カーラへの言葉は止まっている。

 人の話を聞かずに主観に従って生きているような人間にしか見えないが、しかし、下手なことを言ってカーラを刺激しないように注意もしている、そんな心算(つもり)なのだろうか。

 

 もう遅いと、黒髪人形の気配は言っているのだが、彼は気付いても居ないのだろう。

「この天才に何を言い出すかと思えば。おい、お前達! 一応訊いてやる、名を名乗れ!」

 真っ赤な顔をそのままに、ヘクストールは私達へと振り返ると一歩踏み出し、怒号を飛ばしてくる。

 

 私とアリスは顔を見合わせる。

 私は探知魔法の反応から、チャールズとエマは屋敷――荒屋(あばらや)の外に居り、エマは()(かく)チャールズには中の会話は聞こえて居ないだろう。

 

 冷静に考えるとエマとチャールズが一緒にいる状況と言うのは、結構危険なのではないかと思うが、今更どうしようもない。

 

 ともあれ、人間に正体を知られる危険が無い事を確認した私が頷いてみせると、アリスは私に半眼を返す。

 意図が伝わっていないのか、私を信用していないのか、今一つ理解が及ばないその表情を目を閉じることで崩すと、アリスは顔を正面へと戻した。

 

「私はアリス。マスター・ヘルマン作の人形さ。特に目的もないし、冒険者をしている」

 

 どうやら私の意図が正確に伝わったらしいアリスが、あけすけに自己紹介する。

 それを受けるヘクストールの反応は薄い。

「私はマスター・ザガンの最後の作、マリアと申します。覚えて頂かなくとも結構ですし、なんなら信じて頂かなくとも結構です」

 続いて私が名乗ると、ヘクストールの表情が変わる。

 

 疑わしげに。

 

「マスター・ヘルマンとやらは聞かん名だが、まさかマスター・ザガンの名を持ち出すとはな。人形のフリをしている可哀想な娘どもに同情が無い訳でも無いが」

 

 想像からそれほど外れていない事を言いだしたヘクストールに、私はそれほど怒りは湧かない。

 僅かでも同情されたことには思うことは有るが、それ以外については凡庸とは言え相手の話を鵜呑みにしない、そう言ったある種当たり前の反応だと思う。

 

 言い方が小憎らしいし、可哀想と言われる筋合いも無いが。

 

「大体、人形と言うクセに、その手は何だ。継ぎ目もない、人間の手そのものではないか。人形と言うものをもっと勉強してから出直してくるが良い、と言いたいが。……此処(ここ)を知られた以上、生かして返す訳にもいかんな」

 

 その視線をアリスの手元へと落とし、ヘクストールは言葉を続ける。

 私は表情が消える。

 

 私達が人形では無いと判断した理由が、継ぎ目の有無とは恐れ入った。

 

 どう言って挑発してやろうかと思案する私を置いて、カーラが口を開く。

「阿呆が。継ぎ目云々で言えば、私の首から上はどう説明するのだ? 貴様は人形というものを本当に理解(わか)っていないな」

 その言葉にヘクストールは身体(からだ)ごと顔を向け直すが、カーラはそんな相方を無視し、言葉は止まらない。

「私は脊椎と頭骨を制作され、脊椎は内部から胴へと接続され、首から上は人工筋肉の上に人工皮膚を張ってある状態だ。故に貴様に対する心からの侮蔑を表情に出来る」

「そんな事は知っている! 何が言いたい!」

 カーラのセリフの間隙に、ヘクストールは怒鳴り声を挟む。

 表情を変えずに――彼女の言う侮蔑の相を貼り付かせたまま――、黒髪人形は言葉を続ける。

 

「……まだ気付かんのか、能無しが。その2体は、完全内骨格式の人形だと言っているのだ」

 

 カーラの言葉に、ヘクストールはどんな表情を返したのか。

 私達の位置からは、彼の背中しか見えない。

 

 ベッドの上に立っているカーラは、いつの間にかその右手にナイフを握っていた。

 

 ヘクストールは人形師になりたいだけの素人、そう見えるが、カーラはどうやら本格的な様だ。

 ドクター・フリードマンの作で有ることは本当らしく、私と同様に本体直結の異空庫持ち。

 もしかしたら、私のように魔法住居(コテージ)か、それに類する物も持っている可能性が有る。

 

 制圧するなら一瞬で無いと、最悪逃げられる恐れが出て来た。

 

「私付きのメンテナンス見習いが失礼をしたな。改めて名乗ろう。私はカーラ」

 

 ヘクストールとは違い、余裕と貫禄を感じさせる佇まいで、やはり朗々と声を発する。

 

「先にも言ったが、ドクター・フリードマンの最後の作品、集大成にして失敗作だ」

 

 既視感を覚える自己紹介は、私の郷愁を僅かに刺激する。

 完成された失敗作と、最高の失敗作。

 先代が少し寂しそうに語った言葉が、じんわりと心に浮かぶ。

 

 人形師というのは、最後に死力を尽くしても尚納得できない程、理想が遠く高いのか。

 

 自己研鑽を重ねて尚納得しなかったであろう先人たちに思いを馳せる私の視界で、振り返った自称天才人形師は、相方に侮辱された上に無視され、吹き出しそうなほどに真っ赤だった。




理想は高く、己を過信せず、命尽きるまで研鑽を惜しまない。確かに、そんな方でした。
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