迷子のマリア   作:naow

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古い人形ですが、出来はとても良いです。素体の出来は。


76 格下認定

 茹で上がった自称天才人形師は、正直脅威でもなんでも無い。

 味方の筈のカーラにさえ無視されている様は、どこか物悲しくも滑稽だ。

 

 そんな事を考えていると、またもや、カーラが不可思議な魔法を発動させる。

 先程よりも強めの不快感を覚えるが、特に影響も無い。

 念の為に自身の状態を確認する為に「検査(スキャン)」を掛けて見るが、素体(からだ)にも精神的な面でも、なにひとつ異常は無い。

 面倒だし集中力が必要だが、アリスにも鑑定を掛ける。

 ……フレームに若干のガタが見られる以外は、結果は私と同様だった。

 エマは、私が無事である以上、大丈夫だろう。

 

 ちょっと離れてて鑑定を掛けるのが面倒とか、エマの許可なく掛けても抵抗(レジスト)されて不愉快だとか、そう言った事は一切無い。

 

 そんなあれこれをごく短時間で、無表情でこなした私と、その隣で緊張感も無く剣を握っているアリスに、黒髪人形は不快そうに眉根を寄せる。

 

「どうなっている? お前達は間違いなく人形だ、それは感覚で理解(わか)る。だが」

 

 私達が人形で有る事を、私達の自己申告ではなく感覚で理解出来たと言うカーラ。

 それはただの勘なのでは、そう思うが、実際に人形である私がそれを指摘するのも妙な塩梅である。

 

「人形で在るなら、私が()()出来ないのは可怪しい。どうなっているのだ?」

 

 続けて発した言葉も、ヘクストールは驚いているようだが私にとっては意味不明である。

 その判断基準の是非は()(かく)、それでは私とアリスは人形ではない、と言うことになって終了だと思うのだが。

 

 というか聞き流したが、操作ってなんだ。

 

「先程の魔力の発露と貴女(あなた)の言動を鑑みるに、それは魔法の様ですが――」

 何故か憎々しげなカーラの様子に全く心当たりの無い私は、そんな事よりも気になる単語についての質問を飛ばしてみる。

「聞き慣れないその『操作』という魔法は、その名前から連想する通りの効果ですか?」

 

 私の問い掛けに虚を突かれた、そんな表情を浮かべたカーラだったが、少し考え込んですぐに得心がいったようだ。

 残念ながらそんな様子を見せられても、私には何のことやら判らない。

 

「そうか、人形でこれを使えるのは珍しいか……」

 

 言いながら、その視線は何故かヘクストールに向けられ、ヘクストールは何故か無言で頷くことで応えている。

 全く要領を得ない遣り取りに、私の中に小さな苛立ちが湧き上がってくるが、取り敢えずは黙して先を促すように、ただ耳を傾ける。

「文字通り、人形を操作するための古い魔法だ。古の人形師はこれを使って人形を自在に操った。自律人形が――人工精霊技術が確立するまでの、擬似的に、自律的に動いているように見える魔法。今どきでは忘れられた魔法だが」

 喧しく騒ぐ事をしない私と、特に興味も無さそうなりに静かに聞いているアリス。

 そんな私達の様子に気を良くしたのか、カーラはやや饒舌に言葉を紡ぐ。

「使用できる対象が人形、或いはゴーレムだけだが、対象を選ぶだけにその効果は強大だ。どんな人形であっても、操作から逃れる(すべ)は無い――筈なのだ」

 相変わらず歌うように、朗々と言葉を並べるカーラは、はたと言葉を切る。

 

「だと言うのに、なぜお前たちには通用しないのだ?」

 

 じっと私の目を見て、黒髪人形は問うてくる。

 アリスの存在は無視か。

 そんな事を考えつつ、私は馬鹿馬鹿しさに欠伸を噛み殺す。

 

 カーラの話から導き出される答え、それは2つしか無い。

 

「だから、こいつらは人形では無い、そう言う事だろう! 生意気に隠蔽なぞを使っているが、人形であれば、少なくともお前の『操作』に抗える訳が無かろう!」

 

 急に静かになったと思ったヘクストールが、再び怒号を上げる。

 こいつは普通に喋ることが出来ないのか。

 

 まあ、言いたい事はとても良く判る。

 私とて逆の立場なら、まずそれを疑うだろう。

 

「普通に考えたらそうなりますね。寧ろ、初対面の私達の自己申告を信じるほうがどうかと思うのですが、それは些事なので置いておきましょう」

 

 そんなヘクストールの言い分をあっさり受け入れた私に、アリスは驚いた顔を向けてくる。

 私達が人形かどうかなど、この場面ではさして重要では無いというのに、何に驚いているのだ。

 

「そんな筈は無い。内部骨格(フレーム)の軋み、人工筋肉の独特の収束音。そして、魔力炉の稼働音……特にお前のそれは、私の物に比べても濁りの無い、洗練されたモノだ。嫉妬してしまう程にな」

 

 しかし、カーラは真っ直ぐに私に向かって指を突き付け、断言する。

 久々に人様に指差されるという失礼な目に遭っている私だが、その指をへし折る云々を考える前に、思わず感心してしまっていた。

 

 なるほど、内部骨格(フレーム)やら筋肉、魔力炉、そう言った物の音など考えたこともなかったが、それらが人間のそれ、もしくは似た物と同じ音を出す筈が無い。

 

 そんな小さいでは済まない音に気付いたなど、純粋に気持ち悪いが、少しだけ見直しても居た。

 私はそんな方法で相手が人形かどうか、判別しようと思った事も無い。

「感覚で理解(わか)る」と言ったのは、そう言う意味だったか。

 もっと曖昧な勘のような物かと思ったのだが、思ったより根拠が有った事に驚く。

 

 初対面の存在が人間かどうか、心音を聞いてみよう、そんな事を考えるほうがどうかしているとも思うが。

 

 アリスも私と似たような心持ちのようで、その横顔は少しばかり引き気味だ。

 流石にそんな方法で判別していると知らされたヘクストールも納得など出来ないだろう、そう思ったが、彼は驚愕した視線を私とカーラ、双方の間を行き来させている。

 

 あ、信じるんだ。

 

「……まあ、私も使えないし使われたこともない魔法なので推論になりますが」

 

 人形か否かの議論はどうやら終わった(ふう)なので。私は遠慮がちに口を開く。

 カーラとヘクストールの視線が私に固定されるのは理解(わか)るのだが、なんでアリスまでもが興味深そうに私に視線を投げてくるのか。

「古い魔法、そう言っていましたが、それは精神作用系か物体操作系、そういった魔法ですか? いずれにせよ、それは本当に古い……ドクター・フリードマンですら使わなかった、そんな魔法ではないですか?」

 カーラは何かを考え込む様に押し黙り、ヘクストールからの返答も無い。

 

 今どきの自律人形は人工精霊があるし、土木作業用や軍事用のゴーレムも、音声入力……人間の声に依る命令で動く。

 どちらもその様に造られているので、態々魔法を使って操る理由が無い。

 

 人工精霊の性格と、マスターだったりドクターだったり、人形師の命令を元に勝手に動くからこその「自律人形」なのだし、ゴーレムも特定の人間の声にしか反応しないからこそ、兵器としても利用されている。

 

 ゴーレム相手だったらまだ有用かも知れないが、自律人形相手には、その魔法は少し厳しいのでは無いだろうか。

 

「いや、ドクター・フリードマンは『操作』を使って……いや待て、あの方は素体のテストくらいでしか使って居なかった……」

 

 カーラは私の言葉を否定しようとしたが、どうやら往時の記憶を掘り返したらしい。

 後半はブツブツと小さくくぐもってしまっているが、私の耳にはきちんと届いている。

「でしょう? 人工精霊が開発され、それらが改良されて行く事により、自律人形は人間のように振る舞うことが可能になった訳です。さて」

 私はそんなカーラに推論の続きを投げ掛け、そして掌を打ち合わせる。

 乾いた音が荒れた室内に響き、黒髪人形はハッとして顔を上げた。

 

「精神作用にせよ他の意思の有る物体を強引に操作するにせよ、そういった魔法というモノは、彼我の実力差によって効くかどうかが変わります。この事はご存知ですね?」

 

 ゲームだったり漫画だったり、様々な物語で良く見る話だ。

 ステータス、というよりも単純にレベルの差で、魔法が効かない。

 魔法効果が恐ろしい、或いは鬱陶しいので、抵抗(レジスト)出来る様になるまでレベリングに励む。

 

 まあ、中にはレベル差無視で確殺、なんて言う魔法が出てくる作品も有ったが、ああいうのは例外としておこう。

 

 その「操作」と言う魔法が例外で無いのは、私とアリス、それにエマが全く操られる気配が無い事、そして。

 カーラのレベルを見て、判断出来た。

 

「人工精霊として、貴女(あなた)もかなりの完成度ですし、その素体(からだ)の性能も相まって、貴女(あなた)が人間を凌駕している事は間違いありません、が」

 

 自律人形、レベル250。

 素体との補正により、レベル値マイナス82。

 つまり、実質的にはレベル168。

 伝説とも言えるドクター・フリードマンの作品であるのなら、同じレベルの人間と比べても遥かに強いだろう。

 

 そんなレベルの人間など、そうそう居る筈も無いが。

 

 しかし、時代の古さが悪かったのだろうか。

 当時であれば比肩するものが有ったかどうか、その程度には完成された人形であった筈のカーラ。

 私達がこの部屋に踏み込んでも、ヘクストールにベッドを蹴られるまで休眠を解除しなかった、無精者。

 

 レベルにマイナス補正が掛かる程度には、己の鍛錬というものを欠かせて来たのだろう。

 

 息を呑む、そんな表情のカーラに、私は満を持して、右手人差し指を無遠慮に突き付ける。

 

貴女(あなた)如き低レベル人形が、エマや私はおろか、アリスですら『操作』出来る筈が無いのです!」

 

 私に低レベルと断言されたカーラは驚愕に目を見開き、口までも開けて愕然と私に顔を向けている。

 ヘクストールはカーラが低レベルと断言された事に驚き憤った様子だが、その一方で魔法が効かなかった事にある程度納得が出来た、そんな複雑な顔で歯噛みしている。

 

 そしてアリスは、カーラにさえ出来の半端さを言外に指摘され、私にナチュラルに格下扱いされ、見て判る程度には不機嫌な表情を浮かべるのだった。




アリスの素体も、出来は悪くないですよ? 思ったよりは。
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