「……はあ!? ザガン人形!?」
冒険者ギルドからアリスについてこんな所まで来た男、チャールズは私の宣言にまず沈黙し、瞠目し、そして素っ頓狂な声を上げた。
まあ、冒険者ギルドどころか、傭兵衛兵領兵国軍に
そんな男の造った人形なのだと知ってしまえば、冒険者ギルドの職員としては対応せざるを得ないのだろうが、ひとりで立ち向かうには相手が悪過ぎる。
自分で言うのも白々しいのだが。
「チャールズ。これ以上変なこと、言わないほうが良いよ。
咄嗟に声も出ないチャールズの空隙に、アリスは先んじて言葉を差し込み、つい、と右手で私の傍らを指し示す。
放心に近い状態で視線を転がし、そこに居る小柄な少女を目にしたチャールズの顔からは、表情が抜け落ちて居た。
さっきまで、恐らく気軽な会話でも楽しんでいたのだろう。
「そっちのお嬢ちゃんも、ザガン人形だよ」
何かを期待して笑顔を輝かせる
まあ、私とアリスが
顔色の悪さから見るに、お互い自己紹介程度はしていたと思われる。
「おいおいおい……ザガン人形で、エマって言やあ……」
冒険者ギルドの現職員が、真っ青な顔で腰が引けている。
エマの名前は色々と文献なりに残っているのは知っていたが、冒険者ギルドではどういう扱いなのか。
チャールズの反応は、その回答に近いのだろう。
「エマ。申し訳ないのですが、この掘っ立て小屋が目障りです。消して貰えますか?」
しかし、先のヘクストールとのやり取りで、私は少しばかり心にささくれが立っていた。
ザガン人形の「爆殺」エマなのだと言った所で、言葉だけでは本物だとは思えないだろう、と。
まさかチャールズが私達の心音――魔力炉の駆動音――をこの距離で確認出来る筈もなく、そもそもそんな確認法に思い至るとも思えない。
案外気楽な正体明かしだったとは言え、いや、だからこそ、つまらない問答を重ねるのは気が滅入る。
最悪、私がザガン人形かどうかは不明であっても。
「んん? 別に良いけどぉ、マリアちゃんも出来るよねぇ? 別に良いけどぉ?」
エマは私を見上げた後、すぐに視線を
さり気なくアリスがチャールズを守る様に立ち位置を変え、私は見捨てられたヘクストールに憐れみを感じた刹那に、破裂音が鼓膜を叩いた。
思っていたよりも音が大きい。
自分の一言が齎した結果を確認しない訳にも行かないが、なんとなく見るのが嫌だ。
私達の方へ破片等が飛んで来ていないので、きっと私が考えている様な規模の爆発など起こっては居ないのだろう。
そんな逃避を行いつつ、何が目に飛び込んできても表情を変えないように注意しつつ振り返った私の視界は、恐ろしく開けていた。
それらが立っていた筈の、散った木の葉に覆われた、苔むした地面が。
「こんなカンジで良いかなぁ?」
覚悟していなければ、私の表情も崩れていただろう。
背中の冷や汗を無表情で隠し涼しげに振り返った先では、チャールズがもはや土気色になった顔ですっきりとした空間を見詰めていた。
アリスもまた、初めて目にした「爆殺」エマの暴虐を前に、口を閉ざすことも忘れている。
一度は戦闘寸前になった、見た目少女のこの人形の名前をやっと思い出したのだろう。
偉そうに感想を述べる私だが、完全に冷静で居ることは難しい。
それこそ戦闘を行い、辛くも勝利を収めた私だったが。
あの時、私はこれの連射を耐えたのか?
思っていたよりもヤバい結果に、なんでまだ自分が生きて
アリスは心持ち青褪めた顔で、しかししっかりとした口調で私に言った。
「私は報告も有るし、街を出るにも準備が有る。明日の昼、ここで待ち合わせだ」
何を言っているのか
まさかこの人形、私達と共に行動する
疑念を抱いた私が質問するよりも先に
私は不機嫌に言葉を飲み込んでその背を見送り、追ってこられても逃げ切れる程度の距離が出来たことを確認して、念の為に小声をエマに向ける。
「エマ。今のうちに逃げますよ。どうせ待っていても碌な事は有りません」
足の裏で重なった木の葉が擦れる音を聞きながら、私も
どうにか踏みとどまって視線を下げれば、私の左腕をエマが捕らえていた。
「ダメだよぉ、マリアちゃん? アリスちゃんが待ってて、って言ったんだからぁ」
いつもの軽い口調に軽薄な笑顔。
だというのに、その手に込められた力は尋常では無い。
「私も動きたく無いしぃ? 今日は、ここで
有無をも言わせぬ、と言うのは、この様な有様を指すのだろうか。
見た目華奢な少女人形の手が、どれ程力を込めても振り払える気がしない。
「エマ、聞いて下さい。私は気ままな旅を満喫したいのです」
必死に腕を振り払おうとしながら、口を開く。
相変わらず、左腕はピクリともしない。
エマはどれ程の力を使っているのか、空恐ろしくなる。
「知ってるよぉ? マリアちゃん、旅行好きだもんねぇ?」
そんな怪力を感じさせる事のない柔らかな笑顔で、エマは言う。
実際には旅行好きと言うよりも、同じ所に長く居られないだけだ。
現実を考えた結果、漫然と各地を
正直に言えば、旅の楽しみ方もよく
しかし、そんな事を素直に話しても特に意味も無い。
「そうですね、私は気軽に、無責任に旅を楽しみたいのです」
エマの言葉を肯定しそのまま言い包めようとするが、私の言葉は鋭い視線に遮られる。
「うん、アリスちゃんも一緒だったら、もっと楽しそうだよねぇ?」
私の感じた予感を、エマも感じ取っていたらしい。
寧ろ、エマの中ではアリスの同行は決定事項であるらしい。
朗らかだった笑顔の中で、目だけが鋭く引き絞られている。
言いたい事は理解出来ているな、そう言うように。
「……私は今のままで充分なのですが」
本心で言えばエマの面倒を見ているだけでも手に余っている。
私は他人の
いや、
他人の
「アリスちゃんも一緒だったら、もっと楽しそうだよねぇ?」
しかしエマは私の心労を察してはくれない。
現状でも厄介だというのに、冒険者ギルド所属の、正体を秘匿しているとは言え人形が一緒についてくる。
しかも、こんな事になると思っていなかった私は、思い切りギルド職員に自身の正体を晒してしまっている。
冒険者ギルド的には、首輪のひとつも付けて置きたいだろうし、それには相応の実力者が必要になる。
……何故私は、こうなる事を予見出来なかったのか。
そして何故、エマはアリスにこんなにも執着しているのだろうか。
どうでも良い事に気が取られるくらいに混乱しながら、エマを説得する言葉を探すが、そんなモノは都合良く湧いてくる筈も無い。
思い出したように降りかかる木の葉を払いながら、木立の間から覗く青空を見上げるが、エマは私を解放もせず、言い訳を聞いてくれる気配も無いのだった。
人形もまた、自由では居られません。諦めが肝心、これはヒトに限った話ではありません。