迷子のマリア   作:naow

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深緑の森、瀟洒な邸宅、素敵ですね。私なら逃げます。


89 木漏れ日の中で

 森の奥深くにひっそりとそびえ立つ洋館。

 ……そびえ立っている時点でひっそりとはしていないのだが、まあ、そこは雰囲気と言うことで誤魔化しておこう。

 

 見える範囲で判断できる規模としては、窓の位置等から判断しておよそ3階建て、プラス屋根裏の空間と言ったところか。

 上下の窓の間隔から判断するに、それぞれのフロアがそれなりに天井が高いらしく、私が元の世界で見たことが有るような狭小住宅の3階建てとは上背が違う。

 更にはそれなりの面積を使用して建てられている為、横幅は上背よりも広い。

 それらが揃った結果、威容を誇る豪邸となり、我々を威圧している有様だ。

 

 レンガを組み上げられたその外壁は、だが、私の探査を拒み、ことに依っては鑑定すらも弾かれる予感が有る。

 こうなれば、あの外壁は見た目以上の堅牢さを誇る可能性も考慮せねばならない。

 このように、目の前に存在する建物そのものが普通とは思えない代物なのだが、私が異界に足を踏み入れたような薄気味の悪さを感じるのは。

 

 周囲に探知を走らせても、探査であちこち見回しても、どこにもこの広場に通じる「道」が見当たらない事だ。

 

 私達がそうであったように、森の中を人が歩き、此処に辿り着くことは可能だろう。

 だが、この建物を建てる為の資材はどうやって運んだのか?

 仮に財力に物を言わせ、大容量の魔法鞄(マジックバッグ)を多数用意し、そこに資材を収めて運んだのだとしても。

 

 此処は国境を跨ぐ、アホほど広大な大森林のど真ん中だ。

 

 馬車も無しに、こんな場所を目指して建築チームが旅をしたのか?

 無いとは言わないが、では、此処に、規模はともかく見た目は普通の……そこらの貴族様のお屋敷クラスの邸宅を構える理由はなんだ?

 

「なんだよ……これ。貴族様のお屋敷って割には、塀も門も無い。無防備過ぎるし、それになんで、目の前に有るのに、なんの気配も感じないんだ……?」

 

 戸惑う私の耳に、やはり似たような心情を抱いたであろうアリスの声が滑り込む。

 門も塀も、私は考慮の外ではあったが、言われてみれば確かに。

 そんなもの必要無いのだと言わんばかりに、建物はただ突っ立っている。

 

「……魔法による隠蔽と、そして感知系・調査系の魔法に対する障壁が有る。私では、この中を探ることは出来ぬ。マリア、お前には見えるか?」

 

 カーラの声が、忌々しげな色を帯びて私の耳に滑り込む。

 私達の中では最も魔法に長けているであろうカーラでさえ、覗き見ることが叶わない障壁が存在しているらしい。

 日頃の鍛錬を怠ってレベルの低下などを引き起こすからだ、などと馬鹿にしてやる気力も湧かない。

 

「……残念ですが、私では太刀打ち出来ませんね。何一つ、理解(わか)ることは有りません」

 

 私の声にも、悔しさと腹立たしさが滲んでしまう。

 探査どころか、探知でさえ、それは反応しない。

 見えているからそこに在ると理解(わか)るだけで、森を渡る風が弾かれる微かな音でそこに壁があると認識出来るだけで。

 

 その内容どころか存在さえも、恐怖を覚えるレベルで虚無だ。

 

 声だけでなく、恐らく表情(かお)にもそんな思いが出てしまったのだろう。

 カーラが私の方へ顔を向けた気配は感じるが、飛んでくる言葉はない。

 

 癪ではあるが、こんな場面ではエマに頼るしか無いのだろうか。

 

 そんな事を考えた私は、ようやく、常々喧しく無駄に陽気な相方が、一言も発していない事に気がついた。

 柔らかな陽光が降りかかる洋館から目を逸し、私は小さな狂戦士へと、顔ごと視線を向ける。

 

「……エマ……?」

 

 しかし、どう声を掛けたものか戸惑う。

 そこに居たのは、見たことのない。

 

 恐ろしまでに口角のつり上がった、歓喜と言うにはあまりにも邪悪な。

 そんな面差しのエマが、落日を右手に、静かに立っていた。

 

「マリアちゃん、アリスちゃん。ふたりともぉ、武器用意してぇ」

 

 そんなエマが、小さく、だが弾むような言葉を発する。

 瞬きほどの時間を呆けて過ごした私は、弾かれるように「武器庫」からメイスを取り出し、両手で構える。

 アリスもまた剣を抜き、カーラは後方へと退(さが)る。

「……何か、判ったのですか?」

 不意打ちに備え障壁を周囲に3重に展開させながら、私は改めて、エマへ緊張を孕んだ声を向ける。

「ううん。なぁんにも判んない。だけど」

 返ってきたのは、簡素な、しかし楽しみを抑え切れないような、不穏な音色。

 

 いつにも増して狂気を滲ませるエマの様子に、私の中の緊張が高まってゆく。

 

「マリアちゃん、前、話したよねぇ? 私が『帰らずの都市』で一撃で潰されたってぇ」

 そんな私に、エマはやはり小さく、言葉を寄越す。

 

 その話は覚えている。

 

「……冗談でしょう? それが、此処に居ると?」

「はぁ!? ……いやちょっと待てよ、どういう事だよ」

 エマのセリフと私の反応に、アリスが堪らず声を上げ、慌てて声量を落として私へと詰め寄ってくる。

 後ろのカーラの様子は不明だが、確認している余裕は無い。

 私は右手をメイスの柄から離して軽くアリスを制し、エマの返答を待つ。

 

「判んないよぉ、でも、少なくともアレは気配を感じることは出来たよぉ? でも、この中には何が居るのか、なぁんも判んない。だけどぉ」

 

 自然体で立つエマは、しかし、一切の隙を見せない。

 ただ、楽しそうな笑顔を貼り付けたままだ。

 

「……アレなんかより、もぉっと恐いのが居る。そんな気がするんだぁ」

 

 トアズが人形の強襲を受けた時には、感じなかった。

 アリスにさえ、それは無かった。

 

 エマに襲われたあの夜、あれ以来……いや、あれ以上の怖気が、私の背筋を這い上がってくる。

 

 人形の癖に、魔法に依る探査でも無く、むしろ非合理的な「勘」と言う代物。

 しかし、時と場合に依るが、それは馬鹿に出来るものではない。

 それこそ、エマの初撃を受け止めたのも勘であった。

 そして、そのエマが。

 

 凡そ野生じみた戦闘狂が、自身過去最高の相手をも凌ぐ化け物が居ると言った。

 

 私はそれを、ただの勘だろうと笑い飛ばす度胸は持てなかった。

 当然、油断の「ゆ」の字も有りはしない。

 眼の前の建物、その扉どころかどの窓であっても。

 場合によっては真後ろからの奇襲であっても、対応出来るように障壁に気を配り、探査を走らせ、警戒のレベルを引き上げる。

 エマの言葉と私の様子から、アリスも、そして恐らくカーラでさえ、一切の気の緩みは無かっただろう。

 

 だと言うのに。

 

 

 

「やあ。今日は良い天気だね、お客さん」

 

 

 

 その男が目の前に現れた瞬間を、全員が全員、見落とした。

 薄いブラウンの長髪をさらさらと風に泳がせ、眼鏡の優男は。

 

 目の前に居るのに、探査魔法の圏内に居るというのに、何も判らない。

 

 細身の長身は小綺麗で嫌味のない装飾を施されたローブを羽織り、その下にはやはり仕立ての良さそうなジャケットと、カッターシャツの襟が見える。

 魔法協会(ソサエティ)の連中よりもよほど魔法師然とした佇まいで、柔らかな口調と物静かな表情で立っているというのに。

 

 私は緊張を解く気にはなれず、私の耳にはエマが剣の柄を強く握り込む音が聞こえた。




まだひとり旅に戻りたいと思っているなら、今が仲間の見捨て時ですよ。
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