迷子のマリア   作:naow

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世の中、信じられる話とそうではない話が有ります。


93 質疑の時間

 自分で道を選んでいた筈なのに、その実誘い込まれていた。

 特殊な状況に見えて案外良く有ることではある。

 

 が、だからといって気分が良いかと言えばそんな訳はない。

 

 私は東への……聖教国への接近を嫌い、北上してから西を目指した。

 それまでのルートを思い起こせば最初から北西へ移動していたきらいは有るが、大筋では自分の意志での旅路だった。

 何かに誘導された訳でもなければ、誰かに指示された訳でもない。

 

 途中で合流したエマは、そもそも行き先にそれほど頓着していない。

 

 ……一度は納得しかけたが、よく考えればどうやって私たちを誘導し、此処へと導いたというのか。

 

 森の中だと言うのに、室内には陽光が柔らかに差し込んでいる。

 この屋敷の主は、そんな情景によく似合う朗らかな笑顔で、のんびりと茶菓子などを食している。

 

 そう言えば、クッキーなど見たのは数週間ぶりだ。

 

「……貴方が……呼び寄せた、と? それはどう言う……?」

 

 私の口から漏れる言葉は揺れる。

 賢者様の胡散臭さと、詐術としか思えないのに嘘だと言い捨てる事が出来ない凄み。

 

 私は、この男に、呑まれている。

 

「そうだね、掻い摘んで説明するのは構わないけれど……その前に、僕のステータスを見てみるかい?」

 

 どんな言葉が飛び出すのか、知らず身構える私の耳に飛び込むのは思いも掛けない、それは提案だった。

 鑑定にしろ、私の詳細探査にしろ、相手とのレベル差が有りすぎては使えない。

 だが、相手に開示する意思があるならば、話は変わる。

 今まで何度も試して弾かれたのだから、確かに気になる。

 

 気にはなるが、今、それをさせる意図はなんだ?

 

「そうすれば、この先の説明もスムーズだと思うから」

 

 私の疑心に応えるように、優男は眼鏡の奥から細い目を向けてくる。

 その内心は測れない。

 

「潰されなきゃ良いけど」

 

 尚も悩む私の耳は、そんな声を拾い上げる。

 発したのは、賢者の同居人形、キャロルだ。

 目を閉じ、変わらず澄まし顔で茶を啜る彼女だが、今の声には物憂げな色が浮いていたように思う。

 どう言う意味なのだろうか。

「大げさだなあ、僕のステータスなんか見たところで、そんな事にはならないよ」

 そんなキャロルに、賢者は笑いながら頭を撫でる。

 

 私のレベルはなんだかんだで586。

 エマは666、アリスは583になっていたか。

 カーラは168。

 

 カーラはともかく、私どころかエマでさえ看破出来ないとは、どれほどのレベルなのか。

 アリスが緊張気味に静かなのも、やはり()ることが出来なかったのだろう。

「……提案を呑みます。是非、拝見させて頂きたく思います」

 私が本来の、先代のレベルに届けば、或いは()えるのだろうか。

 普通の人間というものを見慣れすぎた弊害か、自己鍛錬がやはり疎かに過ぎたか。

 自身を上回る化物の存在を想定しては居たが、実際に出会う事は想定出来ていなかったらしい。

 

 実際に、一度はエマという怪物の襲撃を受けているというのに。

 

「うん、判った。いつでも良いよ」

 

 緊張気味の私との対比であるように、賢者はどこまでも朗らかだ。

 私は覚悟を決める。

 未だ練度の低い私では、集中し過ぎるために無防備になる、故に控えていた魔法……鑑定の使用を決意する。

 エマが手もなく敗北するような相手に、私が警戒しても無駄であろう。

 視線を巡らせると、興味ありそうな様子のエマ、やはり警戒感を隠しきれないアリス、泣きそうなカーラが、目の合った順に頷いていく。

 彼女たちも、()る、と言うことなのだろう。

 

 心を落ち着け集中し、意を決した……心算(つもり)だった私は、私たちは。

 

 言葉どころか呼吸を忘れた。

 

 

 

 賢者フシキ氏は、職業で言えば魔導師であった。

 そう言えば、「呼ばれている」と言ってもいたし、「勇者」と同じく職業とは違うのだろう。

 称号としては確かに「賢者」の文言は有る。

 そんな事は割りとどうでも良い、そう思える数字と事実が、そこには並んでいた。

 

 レベル、5283。

 

 この時点で、言葉を失う。

 建物に施された隠蔽の術式、本人の底知れ無さから、下手をすると1000を超えるレベル保持者の可能性も考慮していたが、これは予想の上すぎる。

 私のみならず、誰もが言葉を失っている。

 エマでさえ、驚きに目を見開いている有様だ。

 

 あの時、エマは遊ばれていただけなのだ。

 本気だったら、私たちごと消滅させることも、容易かったに違いない。

 

 カーラは既に気を失っている。

 

「えー……と。そろそろ良いかな?」

 

 賢者様の声に、私はのろのろと我に返る。

 鑑定を解除し、尚、信じがたいモノに向ける眼差しを止められない。

 知らなければ凄みも感じ難い、のほほんとした笑顔のお兄さんなのだが。

 少しだけ目を閉じて、心を整える。

「本題に入る前に、質問とか有るなら聞くけど……有るかな?」

 こちらの混乱を、ある程度は予期していたのだろう。

 優しく響く声には、確かに此方を慮る響きが有る。

 

 今の私には、その余裕さえも恐ろしいのだが。

 

「質問でしたら、幾らでも御座います。お時間を頂いても?」

 

 体勢と心の均衡を取り戻すのには、時間が掛かる。

 賢者様の提案は、或いはそれを見越してのものかも知れないが、今は束の間でも欲しい。

 

 質問は有ると言ってみたものの、さて、どう切り出したものか。

 

 何度目か周囲に目を走らせれば、やはり緊張の面持ちの仲間……はアリスだけだ。

 エマは既に驚愕から立ち直り、もりもりとクッキーなどを食しているし、カーラに至っては夢の中だ。

 

 あれ? これは、案外いつも通りなのでは。

 

 私の中から緊張感が抜けていくが、それはきっと、私のせいではないと思う。




信じるか否かよりも、緊張感を維持できない約二名もどうかと思います。
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