コトノコーヒー 姉の呟き   作:みえふぁ

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念はいらなかった

昨日のお昼過ぎに外国の方っぽいお客さんがいらっしゃった。そんなしょっちゅうなわけやないけど、外国の方は何人かたまに来てくれる。でもこんな場所にある喫茶店にわざわざ足を運んでくれてる人っていうのは、まあ基本日本語ペラペラなわけでして、私のような学生時代にやった語学なんざまるで覚えてない人間でもどうにかなるのものなのだ。

 

ここまで書いたら流れで分かるやろうけど、昨日来たこのお客さんは、日本語が分からない方だったのである。店に入ってくると、テーブルに向かうでもなくレジの前に立って、無言で何か待ってる風にじっとしてた。大体は先に席に座ってもらってメニューをそっちへ持っていくような、たぶん結構一般的なシステムのはずやけど、別にこれって定まった注文の仕方があるわけでもなし。それにウチも接客は慣れているのだ、ここで柔軟な対応をみせてこそだろう。そんなわけでウチはスっとメニューを差し出して「お好きな席へどうぞ」と言った。するとそのお客さんはメニューを受け取ると、何やらまるで聞き取れない言語で話し始めたのだ。

 

ウチだって仮にも学校行って英語教育を受けた身なわけで、とりあえず英語っぽくないというのは分かった。となるともうウチの手に負える話ではなくなる。大学でやったフランス語とかろくに覚えてないし。けど葵に助けを求めようにも、あの子はコーヒー淹れてる真っ最中で手が離せない状態だった。もうこうなれば、もう分からんなりに頑張るしかない。とりあえず英語は万国共通みたいな話は聞いたことあったんで、うろ覚えの英語とジェスチャーと、あと心の内から念を送りながら必死に伝えようとした。向こうさんも状況を察してくれたようで、とりあえずお互いがジェスチャーで何かを伝えようとカウンター越しに踊りあった。

 

ウチらはそれはもう頑張った。途中手の空いた葵が声をかけてくれても「邪魔せんといて」と言ったほとである(記憶はない。後で葵に教えてもらった)。そして20分ぐらいかけてついに、お客さんがアイスコーヒーのテイクアウトを求めているということにたどり着いたのだ。私たちはめっちゃ喜んでハイタッチまでした。こうして心から通じ合えるのだから、言語の壁なんて無いようなものである。とか良いこと書いてみたけど、言葉通じてたらスムーズに注文できてたわけなんで、やっぱ壁はありそうだ。壁無しで滞りなく会話するか、20分かけて壁をよじ登って感動を得るか、人それぞれ選ぶものがあるだろう。ちなみにウチは前者派だ。壁を登ったから今なら分かるのだ、通じ合えるのならその方が楽に決まっている。それにしてもすごいなあの人。言葉分からん国の喫茶店入る度胸はウチにはない。

 

お客さんが帰ったあと、葵に翻訳アプリがあるじゃんと言われた。完全に忘れてたわ。ウチの言語の知識なんて知れてるけどマジで何語かわからんだし、どこの言葉かぐらい知れたらよかったな。


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