コトノコーヒー 姉の呟き   作:みえふぁ

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お助け五円

昨日、閉店のだいたい5分ぐらい前に、紫ちゃんがえらい急いでやって来た。学校帰りっぽいけど髪もぼさぼさで、喫茶店に入店するときの勢いじゃなかった。閉店5分前なんて、やれるところからぼちぼち片付け始めよかーって頃やから、息切らしながら入って来たもんやからビックリである。しかもウチらから漏れ出てた「もう店仕舞いやなあ」感があったせいか、紫ちゃんのパニックは加速したみたいで。ウチが「どうしたん?」って聞きに行っても、息切らしながら謎の呪文唱えてるもんやからさっぱりだった。たぶんこの呪文はコーヒーの品種名なんやろうけど、ぜえはあ息しながら言われるとまるで見当がつかない。

 

そこに、一緒に来てたらしい金髪ちゃんが遅れてやってきた。紫ちゃんを葵に任せてこっちに事情を聞いたら、今度はすんなり理解できた。明日からちょっとの間、部活やら何やらで忙しくて買いに来れないから、新しく入った豆を売り切れる前に買いに来たらしい。新しく入った豆、とは例のお酒のコーヒーだ。確かに在庫も順調に減り始めてたところだったんで、紫ちゃんの感覚は正しい。この子は妙にうちの在庫の減りに敏感で、たまに倉庫覗かれてるんちゃうかと思うレベルである。

 

まあそういう話ならってことで葵に伝えようとしたら、もうすでに紫ちゃんから聞き出したあとやった。あの呪文聞き取れたん?紫ちゃんが多少落ち着きを取り戻してたとしても、マジでさすが葵やなあと思う。たまに一緒に寝ると、横から気持ち悪い変な寝言が聞こえてくることがあるんやけど、次の日コーヒーの品種名見て「あの寝言この名前やん!」ってなったりする。夢にまで見られれば、ちょっと息切れしてるところから聞き取るぐらい楽勝、なのかもしれない。紫ちゃんが寝言で呪文唱えるような大人にならへんことを願うばかりである。もうすでに言っとるかもしれやんけど。

 

それから準備始めようってときにはもう閉店時間やったけど、さすがにそこで追い出したりはしない。喫茶の方ならともかく焙煎待ちやしな。ちなみに紫ちゃんは前回来た時に試飲済みだ。そんときにえらい気に入った風やったし、それで余計焦ったのかもしれない。これ逃したら次入るときは早くて半年後ぐらいやろうし。

 

んで紫ちゃんが財布開けたら、なんとあと五円だけお金が足りなかった。小銭も全部かき集めてちょうど五円だ。ウチはこんなことあるんやなあと見てて思ったけど、本人は大慌てである。でもさすがにウチだって、直前で飛び入りするぐらいには楽しみにしてた学生を「五円足りません」で突っ返すのは気が引けるのだ。それぐらい大丈夫やからって伝えようとしたところで、金髪ちゃんが横から五円玉を差し出して来た。隠しきれないドヤ顔がにじみ出ている金髪ちゃんに、紫ちゃんは感謝感激、ついでに見てただけの葵も感激。財布からかき集めたせいで一円玉とか十円玉の小銭散らばっとるし、それならいっそ百円玉とか出せばスッキリするやん、という多分無粋な気持ちを心に押し込んで、私はお金を受け取った。

 

なんかの記念に飾っとこっかなこの五円玉。


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