コトノコーヒー 姉の呟き   作:みえふぁ

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ほとんど蛇足の、人間関係についての話になります
葵ちゃんから見た前日譚のようなものです


姉という人

 何も変わっていないはずだ。だが、私の姉は、こんなに弱々しかっただろうか。もとから、こんな人だったのか。

 報告だけのつもりだったが、少し考えて、「一緒にお店をやろう」と言っていた。これが正しいことなのかは分からない。姉にとって良いことなのかも分からない。それでも、姉をそのままにしておくという選択肢は、私にはなかった。

 これまで姉に負担を強いたことは、姉妹ならば自然なことであって、罪とは呼ばないのかもしれない。それでも、私は償わなければならなかった。とりあえず、この機会にそこから引っ張り出してあげることを、第一歩にした。

 

 自家焙煎のコーヒーショップを開くことは、いつしか私の目標になっていた。最初は、コーヒーに関わる仕事ができればと、漠然と考えていた。

 しかし、事前に調べても、実際に入社してみても、そこには必ず制限がつきまとっていた。まだ若いから、社会経験が浅いからそう感じるだけかと思ったが、先輩たちを見ていると、どうもそうではないらしい。

 制限は、私から自由と責任を奪う。そして周りの大人たちは、その社会の制限を、うまく使いこなしている。程よく責任を負いながら、程よく自由に生きているのだろう。それが大人というものなのだろう。その生き方に納得していることも見て取れた。だが、私の目にはそれすらも、窮屈な様子として映ってしまった。私は、ずっと子どものままだったのかもしれない。

 好きにやりたいと思った。とても険しい道なのだろうが、どうしようもなくそう思ってしまったので、私はそれ以来、自分の店を持つことを目標に動き始めた。職を転々としながら、準備を進めていった。

 将来を想像して、不安に押し潰されそうになることもあった。その不安は、どれだけ準備や勉強を重ねても消えてくれなかった。暗闇の先、あるかどうかすらも怪しい足場へ、ジャンプして渡るような感覚。自由に振舞うということは、この不安感を背負うことなのだろう。それでも、周りから制限を受けるくらいなら、こちらの方がよほど楽しい人生になるはずだと思った。引き返す気はさらさら起きなかった。今でも不安はあるが、やはり楽しいし、やめるつもりもない。

 

 家族には、ある程度準備を整えてから話した。「自分のお店を持ちたい」なんて、冗談交じりにしか言ったことはないし、きっと驚かれる。何を言われたって止まるつもりもないが、家族の意見を蔑ろにしたいわけでもない。それなりの説得力を引っ提げて、実家に帰った。ある年の盆だった。姉も帰省していた。

 説明中、両親はずっと不安げな表情をしていた。もしかしたらこの人たちは、私よりも、私の将来を案じてくれているのかもしれない。最後に二人は、私の意志を尊重してくれた。

 姉は、私が目標を見つけたということを、まるで自分のことのように喜んだ。「いいなあ、よかったなあ」と言ってくれたのを覚えている。複雑な目をしていた。湧き上がる色々な感情があって、それらを全部ひっくるめて、姉は私に喜んでくれていた。

 そのとき、何となく、姉から見上げられているような感覚を覚えた。きっと、私に向けられた感情には、喜び以外にも、憧れとか嫉妬とか、混ざっていたのだろう。

 

 姉からそういう思いを感じたのは、初めてのことだった。私はずっと、この人の妹だったから。

 物心ついたときには、すでにそうなっていた。双子だけれど、私よりしっかりした、私を導いてくれる「お姉ちゃん」だった。小学生のときには、もうそれが当たり前だった。

 

 初めて違和感を覚えたのは、高校生の頃だ。少しづつ分別というものを取り込んでいく中で、私の中の「お姉ちゃん」が、少し変わったような気がした。両親もただの人間なのだと気が付いたのと、ほとんど同じ時期だった。

 姉は、ところどころ抜けている。天然ボケと言うような隙がある。知っていたことのはずだったが、これまでよりも、それがより強く感じられた。

 姉は、友人や家族とふざけあうのが好きだ。昔はもっとそうやっていたはずなのに、今はずいぶんと落ち着いていた。

 姉は、多少周りに迷惑をかけながらも、好きに遊んでいた。今では、全くそんな気配は消えてしまっている。周りに気を配っていた。

 全部、窮屈そうに見えた。どうしてこの人は、似合わないことをやっているのだろうと、高校生になってようやく思えた。そして、すぐに原因に考え至った。私の存在だ。

 小さなころから危なっかしい葵と、それに比べればしっかりしていた茜では、どちらが姉役に適任かなど分かり切っている。きっと姉は、私の「お姉ちゃん」であろうと、背筋を張って生きてきたのだ。周りの面倒を見るようなタイプでもないのに、私の姉役をさせてしまった。双子なのだから、どちらが姉かなんてはっきりさせなくてよかったはずなのに、私が頼りなかったせいで、あの人を「お姉ちゃん」にしてしまったのだ。

 しかし、高校生になってようやく気づいたところで、どうしようもなかった。姉はもう「そういう人」として確立してしまっていた。そのうちに受験勉強も始まって、姉のことを心配する時間も無くなっていった。

 

 姉は、少し遠くの大学へ、一人暮らしをしながら通い始めた。私は進学してからも実家に住んでいたので、話す機会はめっきり減ってしまった。

 たまに実家に帰ってくる姉は、少しだけ楽そうな顔をするようになっていた。気の合う友人を見つけたらしい。良いことだ。

 その友人、アリアルさんとは、姉の部屋に行ったとき顔を合わせて、少し話をした。彼女は、姉の気質をよく見抜いていた。「きっと柄でもないような、まるで似合わないことをしていたから、少し遊び方を教えてやっている」と。

 たぶん、それは私のせいなのだと、だからどうにかしてあげたいと、相談した。アリアルさんは、私の話を、特に肯定も否定もせず聞いていた。「そういうもんか」と言っていた。それでも、事情を知る人に話せたのは、私にとって大切なことだったのだと思う。それからもたまに連絡をとって、姉について何度か相談をした。

 彼女から、「茜はまだしっかりと、葵ちゃんのことをわかっていないんだろう」と言われたことがある。姉は昔から私に付きっきりだったのだから、そんなことがあるものかと疑ったが、結局、これが正しかったのかもしれない。

 

 姉は大学を卒業して、保育士の仕事を始めた。子どもが特別好きな人ではなかったけれど、まあ、嫌いでもないだろうし、人並みにはかわいいと思えるはずだ。もう、あの人は大人になったのだ。私もだ。だから、私が心配するようなことは、もう無くなったのかもしれない。高校の頃よりはいい顔をするようになっていたし、これでいいのだと思っていた。

 まったくの見当違いだった。姉はこの数年で、ずいぶんと沈んでしまっていた。瞳の奥で、助けを求めているように感じた。きっと「何か困りごとはないか」と直接尋ねても、この人は首を横に振るのだろう。私の「お姉ちゃん」なのだから、頼りない姿は見せられないと思うはずだ。

 強引にでも、引っ張り出してあげねばならない。私たちは双子なんだから、あなただけが無理をする必要はないんだ。助け合えばいい。むしろ、今まであなたに頼りきってしまった分、私に全部を預けてくれたって構わない。

 思わず抱きしめたくなった。背中を優しく叩いて「もう大丈夫だよ」と言ってあげたかった。ぐっとこらえて、代わりに「一緒にお店をやろう」と言った。

 私も成長したから、そんなに無理しなくたっていい。けれど、やっぱり未熟な部分もあるから、ときにはお姉ちゃんに助けてほしい。そういう色んなことを、伝えられればいいと思った。

 

 それから、一緒に生活をして、一緒にお店を回した。最初の頃は、ずっと姉に見られているのを感じた。こうやって意識したのは初めてかもしれない。私は、この人に、こんなにも見守られていたのか。ただそれも、だんだん減っていった。私を信頼して、物事を任せてくれるようになった。私も、姉の抜けているところに、助けを入れられるようになった。

 それでも、長年の習慣というのは怖いもので、私はついつい姉に頼ってしまうし、姉も私を支えがちになってしまう。でもまあ、これでいいのかもしれない。全部私のせい、というわけでもないのだろう。もうあの人は、ああいう人なのだ。その上で、私はいくらか楽にしてあげることができる。それで十分だろう。

 姉は、目についたことを、とりあえずやるようになった。お菓子を作ったり、メニューをあれこれ工夫したり、ブログを書いたりした。私を気遣ってと言うよりも(もちろんそれも多少含まれているだろうけど)、お店のためにやれることを、という様子だった。

 コトノコーヒーを支えるために、姉妹二人で頑張っている。そういう関係になれたと思う。

 幸い、今のところお店は上手くいっている。ずっとこうだといい。

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