当たり前っちゃ当たり前なのだけど、妹は休みの日にもコーヒーを淹れる。そのときに私もほしいと言うと、たいていはこちらの好みに合わせてくれる。葵が優しいというのは当然として、それ以上にあの子の「おいしいコーヒー飲んでもらいたい」欲が強いようで。ウチらがまだ学生のころは家に何種類も豆を置いておけるわけもなく、買ってきたのが私の好みに合わないものなこともあった。そうすると、その豆がある間は私はあんまり飲まなくなるし、葵も残念そうにしている。だからといってウチの好みに合わせて買うわけにもいかない。葵にだって飲みたいコーヒーが山ほどあったからだ。だからあの頃は、葵が自由に買ってきて、それがウチの口に合うかという感じだった。
しかし、今となってはコーヒーは山ほどあり、売りに出す分とは別に個人的に飲む分も一通り確保してある。葵は葵で勝手に飲みたいものを飲みたいときに飲んでいるから、休日はウチの好みに合わせてくれるのだ。こういうとき、出されるものはホントにおいしいと思えるコーヒーばっかりだから、葵には完璧に好みを把握されているに違いない。好みの把握され具合じゃ、どんな常連さんにも負けていないつもりである。我こそはと思う人はぜひ名乗りを上げてもらってかまわない、カウンター席で一戦やろうやないか。内容は決めてないけど、多分審判は葵になるし嫌がられそうやし、やめとくか。
嫌がられるといえば、それこそ休日のお昼にコーヒー飲んだあと、その洗い物をしてる葵のもとに「これも一緒にお願い」と、まだ洗ってない昼食に使った食器を差し出すと、嫌そうな顔をされたのだ。こういうことは面倒くさがるタイプやないのになあ、と思って聞いてみたら、「コーヒーの洗い物と一緒に別の洗い物をしたくない」と言っていた。コーヒーを飲んでいるときは読書すら邪魔になる葵だけど、まさかその洗い物さえも不可侵なものだったとは。コーヒー関係の洗い物のあるシンクに、お昼の汚れた食器なんざ、立ち入ってはいけないのだ。とは言いつつも結局やってくれたので、やっぱりいい子。その優しさに甘えてばっかりなんで、姉としてしっかりしたい。
思えば葵は、コーヒーを飲みながら何かをする、ということがない。読書はもちろん、よく聞く仕事中にとか、勉強しながらとかも昔からなかったと思う。作業の前とか、何か動きだす前に景気づけに一杯淹れて飲むことはあるけど。でも、ウチからすれば淹れる準備がもうすでに面倒くさいので、動きだす前にコーヒーを淹れるとはなんとも矛盾した行動のように映ってしまう。そのへん紅茶や緑茶は楽やなあと思うけど、たぶんこだわり始めたらそっちもそっちで面倒な手間がかかるのだろう。ウチらみたいなバカ舌の素人は、これくらいで満足である。
そんな葵の考えのもとつくられたお店なんで、本も新聞も流行りの曲もないわけだ。コーヒーの器具が並んだコーヒーの香りが漂う店内でコーヒーの話をしながら、コーヒーを飲むためだけに用意された空間である。ここまで極端なお店は割と珍しいと思う。ぜひ、そんなコトノコーヒーを楽しんでもらいたい。