コトノコーヒー 姉の呟き   作:みえふぁ

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そんなつもりじゃなかったんです

こうも寒くなってくると、何かの帰り道に寄ってきた風のお客さんが、喫茶のほうでホットーコーヒーなりココアなりを飲んでいくことが多くなる。こういうときはココア置いといてよかったなと思うし、それこそ夏になったら紅茶の需要も増えるかもしれない。紅茶については特に誰かに急かされているわけでもないんで、ついつい後回しになってしまう。暑くなる前に準備しておかなきゃな、とか思ってたらどんどんやらなくなるので、とっとと準備にとりかかることにします。

 

喫茶の方で飲んでいかれるだけのお客さんは知らないかもしれやんけど、豆を買っていく人には、焙煎を待ってもらってる間にちょっとだけコーヒーをご馳走している。まあ、何かのあまりだったりそんなに良いもんでもなかったりするので、たいしたサービスでもないんやけど。これについては葵も特別いいものを出すことはないんやけど、ちょっと前はけっこうやらかしてた。まあまあ高いコーヒーを、ちっちゃな紙コップいっぱいに入れて渡したりしていたのだ。初めのうちは、まあいつものことだし気にしてもしゃーないかと思ってたんやけど、割とまじで商売あがったりみたいな状態になってきたんで、結構きつめに注意した。無料で配ってたら、それはもはや喫茶店を名乗っていいものなんやろうか。

 

とんでもない大金持ちの人に気に入られでもしたらお金を出してくれたりするのだろうか、と葵がぼやいてたときには、少しぞっとした。この子の目標は、お金の心配をせずにおいしいコーヒーをそこら中の人に飲んでもらうことのようである。葵は基本的に優しい子なんやけど、「コーヒーを飲んでほしい」という欲は、少なくとも優しさとは別の場所から湧き出ているものだと思っている。別に飲んでほしいの押し売りをしてるわけでもないし、相手の気持ちもちゃんと推し量ってるんやけど、「飲んでほしくて仕方ない」ようである。妹やからいいものの、赤の他人にこんな人がいたら、少しやばいやつだと思うかもしれない。

 

ときどき、この子が一人でお店をやってたらと想像する。えらいことになりそうな気もするけど、なんやかんや今のお客さんや商社さんみたいな周りの人が助けてくれたり、なんならウチも経営には関わらなくてもいくらか手助けはしてる気もしてくる。葵なしでは成り立たないけど、葵だけでも成り立たない。喫茶店の経営としては問題ありそうやけど、いいお店だとも思う。

 

お店を始めてからの葵は、今までのどの葵よりも、いい顔をするようになったと思っている。好きなことをみつけて、好きなようにやれているからだろうか。私も、あの子に好きなようにさせてあげたい。だから、あの子を支えてくれているお客さんには本当に感謝しています。これからもよろしくお願いします。

 

いつもみたいに「あの子のこんな悪癖が~」って話をするつもりが、えらい湿っぽくなってしまった。許して。


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