コトノコーヒー 姉の呟き   作:みえふぁ

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ブラックチャレンジ

あの、冗談のつもりだったんですけど。めっちゃ拝まれてるんですけど招き猫。注文の最後に手を合わせる謎の行動を見た他のお客さんから事情を聞かれて説明して、そしたらその人もまた同じように拝んで、という感じにどんどん広まっていき、レモンケーキは食べ物系の販売初日の売り上げとしては過去最高を記録してしまった。変な宗教みたいだった。まあ、しばらくすればこの招き猫拝みブームを落ち着くんやろうけど、にしても喫茶店らしからぬ胡散臭い雰囲気であった。葵はあんま良い顔せんかなと思ってたら、意外とニコニコしてたからよくわからない。オシャレな雰囲気ぶち壊しやと思うんやけど。でもここまで広まっちゃうと、普通にメニューに載せるのもなんか違う気がしてくる。しばらくこの方式でやりますか…?

 

とか言ってたら、今日イタコさんがいらっしゃった。真ん中の子はいなくて、末の妹さんだけだった。しかし、マジの本職のイタコさんである。こんなアホ宗教みたいなのに付き合わせていい人ではないはずだ。どうか何もしないでくれと常連さんたちに祈っていると、高校生ちゃん組が、後輩ちゃんも連れてお店に入ってきた。そして後輩ちゃんはドアを開けるや否や、招き猫に向かって手を合わせ、深々と頭を下げたのだ。イタコさんと妹さんはその様子を見て目が点になっていた。そらそうである。よほどレモンケーキが食べたかったのか、いやそれはまあ嬉しいんやけど、店入って即拝み倒すとは。先輩たちは平然としてたので、とりあえず何事もなかったかのように席に案内することで、疑問符を頭の上に浮かべまくってるイタコさんたちのもとを離脱することに成功したわけである。

 

しかし、彼女らからすれば当然疑問は残るわけで。カウンターの向こうにいた葵に事情を聞いているのが見えた。ドンマイ、葵。ウチは心の中で手を合わせた。こっちはご愁傷様ですという意味合いの合掌やけど、よくよく考えたら招き猫に手を合わせるよりこっちのほうが、冗談でイタコさんの前でやっちゃいけないものである。葵はしどろもどろにワケを説明していた。「姉の悪ふざけ」という言葉が聞こえたけど、全くの事実なので否定しない。すると、高校生ちゃんたちのもとから戻ってきた私にイタコさんが注文をして、最後に招き猫に向かって手を合わせたではないか。妹さんもやってた。ウチと葵は「やらせてしまった」といった感じである。気まずいというか後ろめたいというか、変におびえてるウチらを見てイタコさんがクスクス笑いだしたので、からかい半分だったみたいだ。心臓に悪いことしないでください。

 

妹さんは前回のリベンジといった感じで、ブラックに挑戦していた。おいしくコーヒーを飲んでほしい人間の葵が「無理しなくてもいいんですよ?」と言うと余計に意地を張って、ミルクもいらないと言い切った。そして、まあレモンケーキもあってやけど、ついにコーヒーを飲み切ることに成功したのだ。えらい顔色になってたけど、つい拍手してしまった。人はこうやって大人になるのだろうか。ウチだって基本ブラックはしんどいし、無理せんでもいいのになあと終わってから思った。始める前に言えばよかったな。


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