コトノコーヒー 姉の呟き   作:みえふぁ

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劣化というわけでもないらしく

カウンターから、お店の奥の方に妙にデカい機械が見えるみたいで、よくあれは何かと聞かれるけど、あれが焙煎機です。妹があれに豆を入れると中で豆が跳ね回って、それを取り出して板みたいなんの上でじゃらじゃらやってるやつである。私は未だに何がどういう仕組みになってるのか、よくわかっていない。でもやっぱりあの子にとっては大事なものみたいで、点検とかを一番やってるのも焙煎機やと思う。

 

あれは葵が個人的に使うこともあって、焙煎機が手に入ってからは、豆を焙煎して、挽いてから淹れるのだ。多分15分ぐらいはかかっている。ウチからすれば、焙煎どころか豆を挽くのも億劫で、そうやって手間を惜しんだほどほどにコーヒーが好きな人間が作り出したのがインスタントコーヒーというやつだと思っている。そりゃあ焙煎したて挽きたての方がおいしいのはわかるけど、そこまでしやなあかんのならインスタントでえっか、となってしまうものだ。コトノコーヒーに通ってらっしゃるような人は葵と同類の人間ばっかりやろうから、これを読んでくれてる人らの大半にこの気持ちは伝わらんのやろなあ。やっぱ面倒なんですよ。

 

ただ、コーヒーを淹れるたびに毎回焙煎から入ってるかと言われるとそういうわけでもなくて、焙煎した状態で置いてある豆も別にあったりする。しかし、どうもこれは手間を惜しんでいるわけではないようでして。これはコーヒーを買ってくれてるお客さんらの方がわかることやと思うんやけど、コーヒーは焙煎したときから時間が経つと、味も変わってくるのだ。これが一概に劣化とも言えなくて、味が良い感じに落ち着いて飲みやすくなったりすることがある。葵曰く、見えにくかった味が目立つようになることもあるらしい。そのへんの変化を楽しむ用として、焙煎済みの豆が用意されてるのだ。

 

前に一回、葵と話してるうちに高校生組の大人しい子がその焙煎機に興味を出して、それに気分を良くした葵が二人を奥まで招き入れたことがある。お店としてどうなんやと思ったけど、まあ似たようなことはウチもしてるし、「良かったら見ていきますか?」と言ってる葵の嬉しそうな顔を見たら、止めることなんてできやしない。そんときに焙煎の仕組みを説明してたけど、途中から飽きて別のことしてた。ちゃんと聞いときゃよかったな。

 

当時の自分を重ねてるのか、葵はあの子にめっちゃいろいろやってると思う。たぶん、あの頃の自分だったら喜ぶだろうなと思いながらやってるんだろう。他の常連さんとはコーヒー好き同士のトークって感じやけど、あの子に対しては「あなたが好きになった世界はまだこんなに面白いものがあるんだよ」って教えてあげようとしてるんじゃないだろうか。憶測ばっかりやから本人に確認とったら合ってるらしいです。

 

それと、贈り物用のラッピングを始めてみたので、よかったらどうぞ。ああいうのって、なんか包んでる方もわくわくしますね。


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