皇帝の見えない折れた杖   作:冬眠復帰

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遅くなりました(当社比)


宝塚記念 グレード1 芝2200m

 薄暗い地下道を抜けて光と喝采に溢れた地上に出る。どうやら私が最後だったようだ。レースを走るウマ娘の視線も観客の視線も合わせて一身に受ける。ああ……そうだ、これがG1だ。誇るべきレースだ。

 観客の一部が私の左手に気づいたみたいで騒ぎ出す。だからといって私が何かをするわけでもない。あんたたちの多くはあいつを見に来たんでしょうね。あいつのファンでなくても伝説を超える瞬間なんてみたいに決まっている。でもそれは絶対に今日実現しない。失望も多いんでしょうね。だけど見せてやる、見せつけてやる。残されしものに力を見よ。私達はあいつの引き立て役ではないと。

 そして歩きながらコースを眺める。一見綺麗に見えるがここはあのバカの邪魔をした。いつもなら興奮をくれるはずのコースも今日だけは陰って見える。

 芝を踏みしめながら色々確認していたら、一人近づいてくるやつがいた。

 

「今日は私が勝つ!」

 

「昨日よりもマシな顔になったじゃない。でも残念ね。今日は私の日なの。あんたが勝つのは今日じゃない」

 

「ステートジャガーだ! あんたじゃない!」

 

「あんたの名前、私に勝てたら覚えてあげるわ」

 

 手を振りながら離れていく。戦績で言えば大阪杯を勝っている向こうのほうが格上でしょうに、相変わらずこの口は勝手に動くんだから。

 たく、せっかくのレースなのに曇ってんじゃないわよ。どうせなら気持ちよく晴れればよかったのに。そんなことを考えているうちに号令がかかりゲートへと向かっていく。いつもなら何も思わないのに今日に限って胸の鼓動がうるさい。G1という格付けのせいか、そんなはずはないのに重く感じる左手のせいか。吉と出るか凶と出るかはわからないけど、いつも同じとは行かないようだ。

 ゆっくりとスタート地点でファンファーレを待つ。なんだろう、ここまでも時間の流れが凄くゆっくりなのに、あっという間に感じている。あんまり体内時計に自信はないけどこんな大一番で狂われても困るな。なんてぼんやりと考えていたら赤い旗が翻される。合わせて生演奏でファンファーレが響き渡る。皐月やダービーで聞いたものとも違う今だけのもの。クラシックの時は落ち着いて聞ける精神状態じゃなかったけど、少しは成長したのかじんわりと染み込んでくるのがわかる。前は周りをキョロキョロ見てたっけ。最初はあいつは強そう、誰か逃げるのかな、なんて考えて、次はあいつのことを睨んでたのを覚えてる。だけど今日は他人なんて気にならない。断続的に飛んでくる視線も、私より外枠な絡んできたやつも。私は私のレースをするだけ、そんな当たり前のことが今日、初めて理解できた気がする。

 どんどんと順番にゲートの中に入っていく。あっという間に私の順番が回ってくるだろう。一度入ってしまえばもう走り出すしかない。二分半もしないうちにすべてが終わっているはずだ。私はどうなっているのだろうか、悲願のG1ウマ娘になっているのだろうか、それともあいつがいなくても私は結局勝てないままなのだろうか。何度も覚悟を決めたというのに不安がよぎる。無意識に左手を握ればそこにあるのは私のものではないあいつの欠片。ああそうだ、今日に限っては余計な荷物を背負って走らなければいけないのだった。仕方ない、手間だけど連れて行ってやるか。今日ぐらいは一緒に走ってやろう。

 どうやら私の順番が回ってきたようだ。係員に押されることもなくすんなりとゲートに入る。いつもなら嫌な感じしかしないゲートも今の私の意識はその先にいる。先までは嫌に見えたのにいつの間にか輝く草原に高鳴る鼓動がうるさい。さあ、いつでも来い。

 

 ガコン、と何度も聞いた音と同時に道が開く。何かに引っ張られるように前に進む。スタート直後の位置争いも何のその。なのにいつの間にか私は後ろから二番目の位置にいた。今まで先行策が多かったのに、普通であればスタートは完璧でも序盤の争いに負けた、出遅れたとさえ見えるような位置だった。だけどなぜかなんの不安も湧いてこない。あたかもここが私のベストポジションのようにすら思える。レースは一人逃げたウマ娘がいたようだがそこまで集団は長くなってもいない。ほとんどひとかたまりになって一度目のホームストレッチに入る。ああ、スタンドは今日もうるさいんだから。私達はウマ娘よ? 少しは手加減しなさいよ。スタンド前を走り抜ける。とっさに誰かを探そうかと思ったけど、そんなこと考えるまでもないか。今私が見るべきは横ではなく前しかないのだから。

 最初のコーナーに入ろうとしても未だに途切れることはなく私達は走る。ああ、あのうるさいウマ娘も私より前とはいえ後ろの方に控えているのね。昨日聞いたけど、どうやらあいつ、あの有名な先輩にも勝ったそうじゃない。そんなやつと末脚勝負なんてしたくないわね。とはいっても今はほぼ追い込みの位置だ。どうやったって追い上げないといけない。切れ味で勝負するか持続力で勝負するか、どちらになるかしら。

 向こう正面まで来たはいいけど結構外を走らされたわね。そりゃ昨日のことを思えば荒れた最内を無意識であっても避けたくもなるか。スタミナ的には怪しいけど、蓋されないと思っておきましょう。前の方は結構順位動いているみたいだけど。私と私の後ろにいるサクラ色の勝負服のやつは動かない。動いていないはずなのに、なんで私の左後ろに緑の勝負服が見えるのかしらね? 今日走ってる連中でこんなに緑が目立つやついなかったはずよ。それこそあいつみたいな勝負服が不気味にずっと私の後ろにつけている、そんな気がする。

 そろそろ最後の直線のことも考えて動き出さないといけない時間になってきた。どうしようか、後ろの緑の影は不気味だし。そんなことを考えていたら前を走るあいつが走り出した。なるほど地方から乗り込んできただけのことはあるみたいね。スパートのためのスタミナも十分、仕掛ける位置もいやらしい。あいつにこのまま離されたらかなりヤバそうと判断しとっさに私も前に上がっていく。曲がっている途中で足を使いたくないけど負けてしまえばすべて同じだ。であれば私は勝つために走る。どうやら後ろの緑も同じ考えだったのか、それとも私なんかをマークしていたのか同じタイミングで上がってきやがった。ほんと前に後ろにやりにくいったらありゃしない。

 第四コーナー、かなり大外を回らされてしまった。どうやら何があっても楽には勝たせてもらえないようだ。いつの間にか私よりも先に上がり始めたあいつが先頭を走っていた。結構厳しいな。正直ここから勝てるビジョンが見えない。最後のホームストレッチ、さっきとは比べ物にならないほど大歓声が飛んでくる。それぞれが応援するウマ娘の名前を叫んでいるのだろう。ウマ娘の耳であってもほとんど聞き分けられないような混沌とした音の塊がぶつかってくる。それはさっき感じたやかましさではなく熱として私の脚に染み込んでくる。ほとんど聞き分けられないといってもここまで近づけば聞こえてくるものもある。どこの誰かもわからない。本当にそう言ってるのかもわからない。だけど確かにその声は私の名前を叫んでいると、そう思った。誰とも知らぬ君が呼んでいる、声が聞こえる。それは今だと、それはここだと。

その瞬間私の体は頭の先から爪先まですべてが一本で繋がった。

 

『残り200m! おおっと! 後ろから……凄い脚で突っ込んでくる!』

 

 実況の声もとぎれとぎれにしか聞こえない。だけど一番大事な部分だけは聞こえた。残り200、ここが勝負どころ。今の私は体すべてが走るために繋がっている。体の全ては走るために、思考の全ては勝利のために。考える脚となって闘志を薪に熱を燃やす。

 

『ここで抜いた抜いた抜いた! 残り100m! 坂の途中で一バ身抜け出した! 先頭は9番……』

 

 この坂ほんときっつい……! トレーナーとパワーを鍛えたのは効いてるけどそれでもきつい! それに実況も何を言ってるの!? 私は抜け出してなんていない。

 

(後ろの緑を離せない!)

 

 これでもあらん限りのスパートをかけているのに緑との距離は離れるどころかどんどん詰まってくる。そして坂を登りきったと同時に

 

(抜かされた!)

 

 私の半バ身前を行くのは、今まで何度も何度も見せつけられてきたそれは、緑の勝負服に長い鹿毛と赤いマントをなびかせ、装飾が目に痛いあいつそのものだ!

 

『どんどん間を離していく! まさに独走だ!』

 

(なんで! あんたら目ン玉どっかに忘れてきたの! 私の前を走るこいつのことを知らないわけないでしょ! いつだってどこだって私達の前を走るこの緑の暴力を!)

 

 一度抜かされてしまった以上末脚で勝るあいつに追いつくことはできないだろう。

 

(だからどうした……)

 

 久しぶりのG1であいつに次ぐ二着なら上々だろう

 

(何寝言いってんの?)

 

 今までだって負けてきただろう

 

(そうだ、だから私は敗北よりたった一度の勝利で語られてやる!)

 

 

 行け進め走れ駆けろ追え前に出ろ踏み出せ踏み込め

 

 もはや私の脳は思考を止めた。考えるまでもない。もはや私がすべきは目の前のアイツを抜かすだけだ!

 

 走れ 走れ走れ! もっと速く、何より速く、あいつより速く!

 

 本能が、理性が、私のすべてが走れと、あいつに勝てと叫んでいる。これ以上動かないはずの心臓がエールを送る。これ以上走れないはずの脚が最後の輝きを放つ。

 

「勝つのは私だあぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 気がつけばあいつはいなくなっていた。ああ、そういえば宝塚記念走ってんだっけ。いつの間にかゴールしていたらしい私は未だに現実感が帰ってこない。それでもはっきりわかることがある。

 

(どんなに甘く見ても同着、写真で見ればハナ差で負けね)

 

 いるはずもないあいつとの着差が何故か明確にわかった。真横から見たわけでもないの、写真判定でもしたかのようにはっきりと着差がわかった。

 

「ああ、試合に勝って勝負に負けたか」

 

 きっと誰にも伝わらない私の敗北。あいつにだって伝わらないだろう。だけど私だけは知っている、今日の勝者が私ではないことを。私より先にゴール板を駆け抜けたウマ娘がいることを。意地を張ろうにも自分が一番わかっている。あのハナ差は何より遠いハナ差だ。

 私しか真の勝者を称えることができない。私には負けたまま勝利の栄光を受け取ることことなんてできない。

 

 

「今日だけはあんたの勝ちを祝ってやるわよ」

 

 そうして私は、真の勝者を称えるために左手を天に掲げた。鳴り響く大歓声は私のものじゃないけど、今だけは代わりに預かっておいてあげるわよ、ルドルフ。

 

 

 

『掲げた左手は走るはずだった皇帝に捧げる勝利か! 堂々と今G1初勝利です!』

 

 彼女がそんなことを思うだろうか? だが抽選会の時にしていなかった手袋をしているということは少しは自惚れてもいいのかもしれないな。

 

「いいレースだったな。声をかけに行くか?」

 

「いや、いいさ。私は今日を走れなかったウマ娘だ。称えるにしてももう少し後回しでいいだろう」

 

 今だって車椅子がなければ前に行くことも許されない私にはこの距離は少し遠すぎる。

「強がりもいいが、あの子には素直にぶつけていいんじゃないか?」

 

 まったく、強がりとわかっているならそっとしておいてくれればいいのに。レースに向けてのコンディション調整はできるのに、それ以外はまだまだのようだな。

 インタビューの準備はもまだなはずなのにざわめきが聞こえる。目をこらせば彼女がスタンドに近づいているようだ。

 

「ああ、彼女も来ていたのか」

 

 

 

 

 

 

 トレーナーに声でもかけようかと思って探せばあっという間に見つかった。でも私の目はその隣から動かない。係員から検量に呼ばれるけどそんなことしている場合じゃない。レースで使い尽くしたボロボロの足を引きずって、スタンドに、トレーナーの元に、その隣にいるウマ娘に歩いていく。

 ああ……、そうだ。私があの子を見間違えるわけなんてないんだから。

 

「見てたよ。すごかった」

 

「……知ってる。私を誰だと思ってんのよ」

 

 いつも聞いていた声だ。もう聞けないかもと思っていた声だ。

 

「レ、レース勝ったね?」

 

「当たり前じゃない……」

 

 私もあの子も声が震えている。あの子なんてもう限界なんじゃないの?

 

「見に来たから。また会えたね」

 

「わ、私……、勝ったよ? ずっと、ずっと遅くなっ、なっちゃたけど、私もG1ウマ娘に……、やっと追いつけたよ」

 

 ああ、私も限界だったみたいだ

 

「おめ……おめでとう……、おめでとう!」

 

「ありがとう……、ありがとう!」

 

 二人柵を挟んで抱きしめあって泣いてしまった。この歳になってこんな大声でしかも人前で泣くことになるなんて思わなかった。後で思い返せば恥ずかしくなるかもしれないけど今はただこのぬくもりを離したくない……

 

 

「ふふ、もー、汗だらけで抱きつかないでよ。汚れちゃったじゃない?」

 

「ふふ、こんなところにそんな服で来るのが悪いのよ。それ一張羅の勝負服って言ってなかった?」

 

「だからだよ。今日は私にとっても大一番だったんだから」

 

 二人して泣きながら大笑いする。ああ、久しぶりに勝利、それも初めてのG1勝利なのに、もうもっと嬉しいものを貰ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、なんて楽しそうなんだ」

 

 彼女たちがここまでに至る道は平坦なものではなかったのだろう。それはどんなウマ娘でも同じかもしれないが胸の内でぐらい贔屓目に見ても許されるだろう。

 

「ああ、いいな」

 

 華々しく勝利を掲げた彼女が羨ましい。自分のことのように勝利を喜んでいる彼女が羨ましい。負けたのに勝者を称えるために集まっている彼女たちが羨ましい。もみくちゃになりながらも楽しそうに笑っている彼女たちが羨ましい。いつまでも検量に動かないせいで係員に怒られている彼女たちが羨ましい。ああ、最後に各々が礼をしたり手を振りながらそれでも笑いながら去っていく彼女たちが何より妬ましい。

 

「トレーナー君……、どうして私はあそこにいないんだろうな、これでもファン投票は一位だったはずなのにな」

 

「すまん……、すまないルドルフ……! 俺がもっと確認していれば、注意を払っていれば……!」

 

「いや……、悪いのは必要もないのに残っているファンのためにと走った私だ。すまない、少し意地悪だった。当てられてしまったのかもしれない」

 

 勝利の喜びでも、敗北の悔しさでもない。初めて感じる感情をどうすればいいのか私には見当もつかないようだ。

 

 

 

 検量とかもろもろが終わってやっと控室に帰ってこれた。今更になって疲れがどっと押し寄せてきた。

 

「おいおい、そんな体たらくで大丈夫か? この後ウィニングライブをセンターで踊らなきゃいけないんだぞ?」

 

「そうだよー、あれ頑張ってたけど、きっついんだよ?」

 

「まだ時間があるし、なんとかするわよ。てかなんであんたまでここに居るのよ」

 

「だめ?」

 

「……はあ、そんなこと言えるわけじゃない」

 

 なんとなくなんてごまかすために熱くなってきた勝負服を緩める。汗もかいたし手袋も外してしまおうと思った時左手のそれが目に入ってくる。ああ、なんでせっかく勝っていい気分なのにあいつの事考えないといけないのよ。

 

「いいんだよ? やりたいようにやれば」

 

「……敵わないわね。トレーナー、せっかく勝ったんだしバカみたいなことしたいんだけどいい?」

 

「安心しろ。担当の希望を叶えるのがトレーナーの仕事だ」

 

「シャレにならないぐらい怒られるだろうし、減給なり始末書なりで済まないかもしれないわよ?」

 

「今更だ。これまでにどんだけトラブル起こされたと思ってるんだ」

 

 あっそ、そこまで言うならせいぜい怒られてもらいましょうか。

 

「ねえ……」

 

 やりたいことを話してみれば二人共憎たらしい笑顔で返してくる。なによ、変なこと言ってないじゃない。

 

「バカだとは思ってたが大バカだったようだな。ったく、音響とか色んな人巻き込まないといけないじゃないか」

 

「やっちゃえやっちゃえ。謝るのぐらい手伝ってあげるよ」

 

 はあ、ほんと物好きなんだから。二人のことをほっておいて私は私の準備をしようと扉を開ければウマ娘の集団が、それもさっきまで走ってた全員がいる。

 

「みんなじっと待ってられなかったみたい、そしたら全員同じことを考えてたみたい。しかもなんかやらかしそうな顔してるし。混ぜなよ」

 

「あっそ、ならジャガー、あんたも首謀者ってことにしといてあげる。他の奴らも反省文と草むしりぐらいは覚悟しておきなさいよ」

 

 さあ、今日は宝塚記念。お祭りだ。最後までバカバカしく派手にいきましょう。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ戻らないか? ウィニングライブだってまだ時間がある」

 

「ああ、わかっている。だけどもう少しだけここに居させてくれ」

 

 すでに無人のターフにも観客もまばらなスタンドにも熱は残っていない。だけれども私はここを動くことができない。まるでここになにか大事なものを落としてしまったように。

 

 

「あー! いたいた、ルドルフちゃんおひさー!」  

 

「ああ、君か。久しぶりだな。壮健なようで何よりだ」

 

 久しぶりに会う友人との会話は私の心を少し、癒してくれる。わざわざ私を探してくれたらしい。その思いやりに感謝しかない。

 

「あ、準備できたみたい。じゃ行こっか?」

「準備? それにどこに行くんだい? 申し訳ないが私はもう少しここに居たいのだが」

 

「気にしなーい。さあ、レッツゴー!」

 

 車椅子の主導権を握った彼女が私を動かしていく。勢いよくそれでも繊細に。こうなってしまっては私にできることはない。諦め時だったのだろう。後ろからトレーナー君もついてきているし大丈夫だろう。

 どこにつれていくかと思えばスタンドの中央、最前列で足を止めたようだ。目の前に広がる光景は未だに私の心に小さな痛みを押し付けてくる。

 

 

「すまない、今の私にこの光景は少々辛くてね。できればここ以外にお願いしたいんだが」

 

「ううん、だめ。他の誰でもないルドルフちゃんは絶対ここにいないといけないの。もうそろそろだと思う」

 

 なけなしのお願いはにべなく却下されてしまった。しかしもうそろそろとは何のことだ? ウィニングライブまで何かがあるなんて聞いてないぞ?

 記憶を掘り返していたらターフに一人ウマ娘が出てきた。それはつい先ほどまで熱を持ち栄光を勝ち取った彼女だ。何か持っているな、マイク? 何をするつもりだ。

 彼女が何をしたいかわからないまま待っていれば突然レース場全体に音楽が流れ出す。予定にないことに周りもざわつき始める。トレーナー君を見ても首を振るばかり。

 

「だめだよ、目を離さないでちゃんと見てあげて」

 

 言われるままにターフに一人立つ彼女を見る。マイクを持ち上げたと思えば

 

 

『透明よりも綺麗なあの輝きを確かめに行こう

 そうやって始まったんだよ

 たまに忘れるほど強い理由

 冷たい雨に濡れる時は足音比べ騒ぎながらいこう』

 

 彼女はターフで一人堂々と歌い出した。何だこの曲は? ウィニングライブで歌う曲でもないぞ。

 

『太陽の代わりに唄を君と僕と世界の声で

 いつか君を見つけた時に

 君に僕も見つけてもらったんだな

 今目が合えば笑うだけさ言葉の外側で

 ゴールをきっとまだだけど

 もう死ぬまでいたい場所にいる

 隣で『隣で』君の側で魂がここだよって叫ぶ』

 

 彼女以外の声が聞こえたと思ったらどんどんウマ娘が出てくる。あれは……今日走っていた者たちか。

 

 『泣いたり笑ったりする時

  君の命が揺れる時

  誰より『近くで』特等席で僕も同じように息をしていたい

  君の一歩は僕より遠い間違いなく君の凄いところ

  足跡は僕の方が多い間違いなく僕の凄いところ』

 

 ……ああそうだ。私の方が歩みが早かったのかもしれない。でも君はどんなに苦しくても追いかけて、ついに追いついてくれた。

 

 『真っ暗闇が怖い時は怖さを比べふざけながらいこう

  太陽がなくたって歩ける君と照らす世界が見える

  言えない事聞かないままで

  消えない傷の意味知らないままで

  でも目が合えば笑えるのさ涙を挟んでも』

 

 そうだな、君には共に走るウマ娘で初めて私の弱さを打ち明けたんだ。そしたらそんなのは当たり前だと、誰だって同じだと教えてくれたな。

  

 『転んだら手を貸してもらうよりも優しい言葉選んでもらうよりも

  隣で『隣で』信じて欲しいんだどこまでも一緒にいけると

  ついに辿り着くその時夢の正体に触れる時

  必ず『近くで』一番側で君の目に映る景色にいたい』

 

 君はいつだって手を貸してくれることも、慰めの言葉をくれることもなかった。だが君の信頼は、君の気持ちはいつだって私に立ち止まることを許さなかったな。

 ああ、こんな勝手をすれば職員が止めに来たじゃないか。もう少しこのままで聞かせてほしいのに。……ふふ、今日走ったというだけの関係なのに皆が近づけないように止めるなんて。こんなことをすればどんな処分が待ってるかわからないというのに。相変わらずの人たらし……いや、ウマ娘たらしだな。 

 

 『あの輝きを君に会えたから見えた

  あの輝きを確かめにいこう』

 

 君にとっても私の存在があったと、そう言ってくれるのか。

 

 「ルドルフ、ひどい顔になってるぞ」

 

 「君だって、目が赤いのは誤魔化せないよ」

 

 「ルドルフちゃん、ハンカチいる?」

 

 「いや、今は涙を拭うよりも彼女を、彼女たちを見ていたい」

 

 

  『どんな最後が待っていようとももう離せない手を繋いだよ

   隣で『隣で』君の側で魂がここがいいと叫ぶ』

  

 ああ……、ああああ……。そんなことを歌いながら、そんな思いを口にしながら、左手を、私の預けたものを掲げないでくれ……。もう、私の心は限界なんだぞ? 君はいつだってそうだ。私の予想外なことばかりしでかすのだから……

 

 『そして理由が光る時僕らを理由が抱きしめる時

  誰より『近くで』特等席で僕の見た君を君に伝えたい

  君がいる事を君に伝えたい

  そうやって始まったんだよ』

 

 ……そうだな、全てが終わったら君と二人で思い出話に花を咲かせるのもいいかもしれないな。いや、きっと二人ではなく君の周りには大勢が居るんだろうな。であれば私も皆が集まってくれるようにならなければいけないな。

 

 

「まるで、プロポーズみたいなメッセージだな」

 

「君にはそう聞こえたのかい? 私にはもっと崇高な……、いやもっと簡単なんだ。私が一番欲しいものをくれたんだよ」

 

 ああ、早く走りたい。彼女と、彼女たちと皆で早く走りたい。そうだ。色々考えてきたがそれでも結局私もウマ娘なんだ。どこまで行っても私達はコースにいたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 予定にないゲリラライブを、しかもターフのど真ん中でやったせいで、全員仲良くお説教になってしまった。色々処罰も検討されたらしいけど、そうなると出走者全員が対象になるせいで大人たちも頭を抱えていた。そしたらそこに

 

「感動! 君たち全員の思いは確かに受け取った! 私がすべてを預かろう!」

 

 なんていつもの三割増しで声の大きい理事長が乱入してきた。どうやらあいつの六冠がかかっていたこともあって結構おえらいさんも来ていたらしい。当の本人が出走取消になってほとんどが帰ったらしいけど、理事長は残っていたらしい。と苦笑いしているたづなさんにちょっとのお叱りと一緒に説明された。

 まあ、いろいろあったけど、周りに助けてもらって大団円。ということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

「それで、今から宝塚記念での無法行為への罰則として、草むしりをするように」

 

 エアグルーヴの号令でやらかした全員でだだっ広い畑の草むしりを開始する。全員文句を言いながらだけど笑いながらやっている。

 

「ちょっと、なんであのバカとジャガーがいないのよ。あいつらも共犯よ」

 

「会長は関係ないのでは……? それに、念の為にと今入院されています」

 

「そんなの関係ないわよ。そもそもあいつが諸悪の根源だし、あいつだって宝塚記念の参加者よ」

 

「……お気遣い感謝します。確かに会長に伝えます。それとステートジャガーですが、どうやら緊急の用件で呼び出しを受けているようです」

 

「あっそ、二人共今度あったらちゃんと支払ってもらわないとね」

 

 だけど、そんなことはできなくて、どうやら私達の宝塚記念はまだ終わらないのだと知ったのは少し後のことだった。

 

 




プロの作詞すごすぎない?

今回は露骨にパク……リスペクトしてるので元ネタの記載です。
URL貼っていいのかわからないのでそこはカットで

JRA公式チャンネル:1985年 宝塚記念(GⅠ) | スズカコバン | JRA公式

JRAブランドCM「a beautiful race」CM曲 松任谷由実「AVALON」

2013年JRA G1レースCM ジャパンカップ シンボリルドルフ 

みどりのマキバオー つのまる 8巻 有馬記念

BUMP OF CHICKEN 「アカシア」

歌詞引用などは

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