後話の流れ的タグとか追加しておきます
※読み切り版とは全くの別物としてお読みください
咲いた皐月、咲かないなにか
皐月の花が咲く。私ではなくあの忌々しい皇帝様の頭の上に。
ついにここまで来たんだという興奮とここまでてしまったというほんの少しの恐怖が胸の中でぐるぐるしている。ここまで私は特段目立った成績を残すことはできなかった。それでもトレーナーと地道にトレーニングを繰り返し、無理にならない程度の無茶を踏み越えてなんとかクラシック1冠目、皐月賞の出走枠を勝ち取ることができた。今週末の本番まで最後の平日になった今日、追い込むこともせず、ただぼんやりと過ごしていた。言葉にできない、吐き出すこともできない不安を思っきり走って解消したくはあるが変に疲れを残すなんてできるわけもない。私に残されたのは明日ほんの少しの調整程度の走る時間しかない。もちろんトレーナーの言うことが正しいと思う。こんな直前も直前になにかしたって劇的に強くなることなんてありえないし、疲労や故障なんかの可能性のほうが遥かに高い。
「そう、頭ではわかってるんだけどね……」
人間は考える葦だそうだが、だったらウマ娘は考える脚だと思う。意味はわかんないけど。今だって私の首から下は無茶苦茶に走り込みたいと言い続けている。それをなんとか抑え込んでいるようなものだ。走ることもできない、ストレス発散に甘いもののやけ食いもできない。レース自体は大好きだけどここの直前の苦しさだけはいつまで立っても好きになれない。
大レースの直前ということで午後からの授業もちゃんと申請してほっぽり投げたわけだけどこんなモヤモヤ抱えるぐらいなら睡眠学習であったとしても出ておいたほうが良かったのかもしれない。トレーナーから今日は完全休養と強く言い渡されてしまった以上、自主練もできないしどうするべきか。本当なら過去のレース情報とか参考になりそうな本でも読んだほうが雀の涙であったとしてもプラスにはできそうだけど残念ながらそんなお淑やかな性格はしていない。
「仕方ない、歩くか」
静かに走るべし、なんて校則はあるけど今日ぐらいは許してもらおう。少しでも気分転換になればとぼんやりと校内を宛もなく歩き始める。流石に授業中であるはずの時間にフラフラしてたらなにか言われるかと思ったけど案外授業に出ていない生徒は他にもいるようで、ほんのチョッピリ期待したイベントなんかも起こらずにダラダラと歩き続ける。
歩いたり、意味もなくベンチに座ってみたりを繰り返しているうちにどうやら放課後の時間になっていたようだ。今いる広場にも先程よりも幾分多いウマ娘が思い思いに過ごしている。ふと視線のような何かを感じて見上げてみれば窓からこちらを見ているウマ娘がいる。いや私ではなくこの広場にいるウマ娘達を見ているんだろうけどその場所が気になった。あそこは確か生徒会室のはず。こちらからは流石に向こうの顔まではわからないがなんとなくのシルエットと髪の長さからあそこにいるのはおそらく生徒会長、同級生のシンボリルドルフだろう。皐月賞、何人かいる有力ウマ娘の一人に数えられているはずだけどこんな前日まで働かないと行けないぐらい我が校の生徒会はブラックなのだろうか。まあ、流石に影響出るようなら担当トレーナーが許さないか。それ以上考えることもなく、珍しいものをみたななんてぐらいの軽い感想を思いながらまた宛もなく歩き続ける。この時適当に流しておいて良かった思う。ここで考え込んでいたらレースに影響が出ていただろう。それでも結果は何も変わらなかっただろうけど。
いよいよ明日が本番、最後の調整とトレーナーと体調とコンディションを確認していく。少し恥ずかしいが昨日は何もせず歩き回っていたと正直に白状すればトレーナーは少し考え込んだ後今日のメニューを更に軽いものに変更すると言ってきた。流石に抗議したかったがただの散歩であっても時間が長過ぎれば影響が出るかもしれない。ほんの少しの間違いであっても一生に一度の機会を棒に振る可能性があるのであれば看過できないと理詰めに真心を込めて説得されれば折れるしかない。私のトレーナーは特段優れたウマ娘ではなかった私を付きっきりでクラシックの舞台まで引き上げてくれた恩人だ。文句を言うのはこの一年が終わった後に鍋でもつつきながら言うぐらいにしておこうと心に決めている程度には恩も信頼も預けている。本当に軽く、負荷にもならない程度のトレーニングの後部屋に戻って明日の作戦会議だ。レース経験なんて言えるほどの実績も、他を圧倒できるほどの才能もない私に与えられたのは王道の先行策だった。トレーナーのやりかたは根性を理論でコーティングするなんてよくわからないものだけど、レースの作戦だけはいつもシンプルに伝えてくれる。一番早いウマ娘が勝つなんて言うけどこの時期のクラシック級のレースであれば教科書どおりに進めるのが一番だと。そしてそれができれば勝てる可能性は十二分にあると言われたとえそれが発破をかけられただけに過ぎないとわかっていてもやる気と自信が湧いてくる。
ホクホク顔で自室に帰って明日の準備と早めに寝るための準備しているとルームメイトが帰ってきた。彼女はティアラ路線を目指していたが調整がうまく行かず桜花賞は見送りになっていた。それでも気丈に振る舞っていたがほんの少し影を落としていて気になっていたのだ。けれども私も初めてのG1を前にルームメイトで友人であっても他人のことまで何かをする余裕なんてなかった。
「たっだいまー」
だというの帰ってきたルームメイトには昨日までと違いいつもの明るさが戻っていた。良かった。何もできなかったのは申し訳ないけどそれでも調子を戻してくれたのは嬉しい。寝る前のいつもの雑談の中でなにかあったのか聞いてみた。純粋に興味もあったし、ポジティブな理由じゃないけどもしかしたら私にも必要になるかもしれないし。彼女は普通に調子を戻した方法を教えてくれた。だけどその方法は普通なようで普通じゃなかった。
「クラスメイトのルドルフちゃんいるでしょ? あの子が相談にのってくれたの。色々話聞いてもらってこんな時間になっちゃった?」
「あいつが……? 明日皐月賞走るのに……?」
「あっ! そうだった! 悪いことしちゃったな…… 月曜日謝らないと」
申し訳無さそうにそう言うけどきっとそんなことを考える余裕がないほど追い詰められていたのだろう。それよりもあいつだ。クラシックG1の前日に? いつかライバルになるかもしれない同級生の相談を遅くまで?
ふざけてる。私は自分が力になれなかったことも棚に上げほとんど話したこともないシンボリルドルフに怒りを覚えた。
「どうした、昨日別れた時はいつもどおりだったろ。何かあったのか」
レース場に着き控室で最初に言われたのはこんなことだった。流石トレーナーよく見ている、なんてこともなく今の私は誰が見ても不機嫌、それもレースに影響が出るレベルだってわかる。トレーナーに理由を聞かれても答えたくなかった。自分でもちっぽけなプライドのせいだってわかっている。こんなこと恥ずかしくて言いたくない。それでもこんな個人的なことで一生に一度の大舞台をふいにしたくもないし、諦めながら昨日の事を話す。笑われるかなー? なんて軽く考えてたらどんどんトレーナーの顔が怖くなっていく。何か必死に耐えているようにも見える。そんな表情のままゆっくりと深呼吸をした後いつもより抑えた声で言ってきた。
「それは余裕なのかもしれない。もしくはシンボリルドルフにとって避けられない大事なことなのかもしれない」
そこで一度言葉を切る。一拍置いて
「だけどもそれは誠実ではないのかもしれない。きっと彼女はそんなことを考えていないだろう。傍から見ればきっと立派な行いとして語られるだろう。だけど、だけど僕たちにはそうじゃない。そうじゃないんだ」
静かだけど今までに見たこともない気迫を全身に感じる。今までやんちゃして怒られることはあってもこんなトレーナーを見るのは初めてだ。
「勝とう。きっとそれだけが僕らに、君にできることだ。正しさもなにもない。だけど僕たちの……いや、君の、君たちのためにも勝ってくれ」
レース中のウマ娘にも劣らないような、もっと鈍くてドロドロした応援を受けた私は胸のつっかかりなんてもう思い出せないようになりながら小さくうなずいた。
パドックでのお披露目も終わり後はこの地下道を出ていくだけ。さっき見たシンボリルドルフはいかにも万全という感じで私が感じた嫌なものは杞憂だったみたいだ。そんなこと考えながら、目の前の光る出口を考えないようにしているのに一歩、たった一歩を踏み出す事ができない。緊張なのか不安なのか。今までのレースでもこんなこと感じたことはない。どうしようかと後ろに控えていてくれるトレーナーの方に振り向こうとした時トン、と背中を押された。軽く、コケるようなことはないが何なのかと振り向けばしっかりとこっちを見ていてくれるトレーナーが私の足元を指差している。つられて視線を下げればさっきまでどんなに頑張っても進まなかった私の脚は一歩踏み出していた。なんだ、簡単なことだったんだ。一人でだめなら頼ればいい。そんな簡単なことも忘れていたみたいだ。初めて袖を通した勝負服のせいか、今までにない歓声のせいかあっさりと自分を見失っていたようだ。
「行ってくるね」
自分でも満点だと自信の持てる笑顔を一つ残して私は光の中へと進んでいく。そうだ私は勝ってシンボリルドルフに前日調整の大切さを教えてやろう。できる。今の私なら誰にだって負ける気がしない。
気がついたら私はゴール板の前で膝に手を当て暴れる呼吸を収めることに必死だった。歓声に応えることもない。なぜなら
「2着……、4バ身差……」
顔を上げた先でもう呼吸も落ち着いて指を一本掲げているシンボリルドルフがいた。わけがわからない。私は出走前の勢いそのままに計画通りのレースができた。できた自信はある。だけれども最後の第4コーナーを抜けた後気がつけばあいつは前を走っていた。4バ身差も2000の距離だからそれで済んだだけだった。最後まであいつはどんどん差を広げていった。
「ああ……、くそぅ……」
勝てると思ったのに。鼻をあかせてやれると信じていたのに。泣きそうだ、なんて思った頃には大粒の涙が止まらなかった。何もしたくない。もうここにいたくない。だけど、それはだめだ。敗者は敗者らしく心のそこから悔しんで、それが終わったら勝者を称えないと。気に食わないことがあってもあれだけの実力を見せつけられたんだ。おめでとうの一言だけでもかけなければいけない。誇り高い敗者としてやるべきことをやろう。
なけなしのプライドで悔しさに蓋をして観客に向かってパフォーマンスを続けているあいつへと向かっていく。特段仲がいいわけでもない。それでも共にこの皐月の舞台を走りきったんだ。少しぐらいのフランクさは許してもらおう。
「おめでとう」
「ん? ああ君かありがとう」
飾り気もなにもないやり取り。これぐらいで丁度いい。後はリベンジ宣言でもしてさっさと引っ込もう。そう思っていたのに、こいつの続く言葉に引っ込まされた。
「いや、見事な走りだった。素晴らしいものだ」
文字に起こせばほんの少し。きっと目の前のこいつは心からそう思っていているのだろう。そんな顔をしている。だけど、だけれども……!
「……なにいってんの? 見事だ? 素晴らしいだ? 嫌味で言ってるの?」
「なにか気に触るようなことを言ってしまっただろうか。嫌味などであるはずがない。いい走りだっ」
最後まで聞きたくもないことを聞かされる前に私の右手は動いていた。バチン! とうるさいほどの歓声の中でもしっかりと響いたその音は振り抜いた私の右手と赤くなったあいつの頬から飛ばされていた。
「な、なにを……」
「ふざけんじゃない!! 何が見事だ! 素晴らしいだ! 着差をみたのか!? 私はお前の後輩でも教え子でもないんだぞ!」
突然私が叩いたことで歓声は急速にしぼんでいきざわめきが生まれだす。
「ここは何処だ!? 私はだれだ!? 今のはなんだ!? 私達を見ろ!!」
私はそれ以上の言葉をぶつけることができなかった。あっという間に職員の人に地下道へと移動させられる。この時力づくで暴れなかった私の最後の理性を褒め称えたい。
検量も何もなく私は小さな会議室に連れて行かれる。今更暴れる気もない私は言われたとおりに椅子に座っておとなしく何かを待つ。少しすればドタドタと足音を立てながら誰かが飛び込んできた。嗚呼、トレーナー……迷惑かけちゃったね……
そのまますぐにURAの職員も入ってきた。聞き取り調査ということで色々話を聞かれたが正直に答えていく。どうせ悪いのは私、あいつはレース後によくある会話をしただけに過ぎない。聞き取りの間トレーナーは何も言わずにただ話を聞いていた。
「ごめんねトレーナー、色々台無しにしちゃって」
控室に戻ってきてまずはトレーナーに謝罪する。沙汰としてはウイニングライブは出られない。明日以降の対応は明日言い渡されるそうだ。
「……いいんだ、もう我慢しなくていいんだ……」
「なにいってるの? 私は……私は……、勝ちたかった! 勝ちたかったよ! それにあいつは私を見てなかった! 悔しい…悔しいよ……トレーナー……」
いつの間にか私の口も涙腺も私の言うことを聞かなくなっていた。泣き言が、悔しさが、涙が、不甲斐なさが止まることなく流れ続ける。
「ごめん……ごめんねトレーナー……! 負けちゃって、台無しにして……、本当にごめんなさい……!」
子供のように泣きじゃくる私をそっと、お父さんのように抱きしめてくれた。
私とトレーナーは二人ウイニングライブを耳に入れながらレース場を出ていく。きっと色々怒られるだろうな、あいつ以外にはちゃんと謝らないと。トレーナーにも迷惑かけちゃったな。そんなことを思いながら横を歩くトレーナーをちらっと見ると何でもないように
「レースでの悔しさも怒りも悲しさもここに置いていくんだ。持ち帰っちゃいけない。誰であっても彼女であっても明日にはちゃんと元通り。いいね?」
そんな無理難題を突きつけられてしまった。嫌って言いたい。無理って言いたい。でももうこれ以上迷惑をかけられない。色んなものを混ぜ込んで
「頑張ってみる……」
そう小さく返すことが私にできる精一杯だった。
これこのままだとルドルフのイメージを損ないそうな気がするのでルドルフ視点とかも書いたほうが良さそう?
ルドルフなど他者視点は
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いる
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いらない