「ここに来るのも二回目ね……」
「私は初めてなんで、色々教えて下さいね?」
色々と忙しい日々を過ごしている内に気がつけば夏合宿へ向かうバスの中にいた。去年はボロ負けして折れた心を取り繕うのに必死で余裕がなかったけど、今年は風景を楽しむ余裕すらある。面白いものでここまで来ると逆に煩わしくなくなるものだ。
独り言に律義に返答をしてきたのは隣に座るシチーだ。結局まともに生徒会の仕事をしていなかった私は隣に誰が座るかなど知るはずもなく、言われるがままに自分の席に向かえばどこぞのバカの名前が書かれた荷物があるもんだから、窓からシリウスに落とし物だと言って渡しておいた。あっちもすぐに分かったようでギリギリで届けるなんて言っていた。それから当然の権利の様に私の隣に座ろうとしたシリウスだけど、タマとシチーが抗議し始めて、迷惑になりそうだったから丁度いい高さにあったシチーに腰に手を回して座らせて
「うるさいのとバカはお断り。ほらさっさと行きなさい」
後ろで困っている後輩を指差せば渋々二人共移動を始める。シリウスは同室らしいニット帽をかぶったウマ娘の所に、タマは元々シチーが隣だったらしく誰もいない席に座っている。ああ、かわいそうに……また貧乏くじね。
それからやけに上機嫌ではしゃいでるシチーと適当に話しながら時間を潰していたらそろそろ出発時間になったのか、運転手に挨拶をするあいつがいた。そのまま生徒会長の仮面をかぶったままこっちに来るけど、私の隣を見てすぐに仮面が剥がれ落ちたようだ。
「……これはどういうことかな?」
「見たまんまよ。ああ、よくわからない荷物が落ちていたからシリウスに預けたわ。教官に届けられてるんじゃないの?」
文句を続けようとするバカに周りに迷惑だと言えば渋々、空いている席をさがす。
「あそこ空いてるわよ。隣はタマモクロス。多分もう少ししたらあんたを脅かすウマ娘よ」
「ほう……」
プライドをくすぐられたのか、レースでしか見ないような顔になってタマの隣に乱暴に腰を下ろす。無駄に撒き散らしてる覇気のせいでちっちゃいタマがもっとちっちゃくなってるわね。
「私、菊花賞は出ないんですけど、代わりに天皇賞走る予定なんです。先輩も出ますよね?」
「先のことなんてわかんないわよ。後いくらクラシックの話とは言えペラペラ喋るんじゃないの」
軽く頭を小突いても笑いながらすみませーん、だなんてふざけた態度をとるばかり。いつの間にか最初にあった時のトゲトゲした雰囲気も無くなってよく笑うようになっている。ほんと、なにがあったのやら。
「あ、そうだ。SNSにあげたいんでツーショット取ってくれません? 憧れの先輩と! なんて」
「ほんと図々しくなったわね。ったく、撮るならさっさとしなさい。もう少ししたらトンネル入るわよ」
「……意外、絶対断られると思ったのに」
「やっぱり嫌って言ってあげましょうか? たまにはね。形に残るものがあってもいいなんて思っただけよ」
怪訝な顔をしながらいそいそと構図だの光源だの色々悩んだ後やっと決まったのか、携帯を構える。しっかしそんな近づくもんなの? ほっぺたくっつきそうじゃない。モデルってみんなこんな子ばかりなの?
「あー!! シチーが先輩といちゃついとる!!」
「なに!」
「羨ましいぞ!」
「タマとシンボリバカはうるさい! 向こう着いたら一緒に撮ってあげるからおとなしくしてなさい!」
「その前に着いたらお話があります」
教官の無慈悲な一言でバスの中は笑い声が漏れ聞こえてくる。もうここまで来たら声出して笑っちゃいなさいよ……。
一年ぶりに着いた旅館はかすかに残る記憶と変わることなくなぜか少し安心してしまう。そんな感傷に浸っていたら教官に首根っこを掴まれ地べたに正座させられる。横にはシンボリバカの二人とタマにシチー。五人並んでお説教だ。そんな私達の横でエアグルーヴも合宿の説明を進めるのはやめて欲しい。同期や先輩達はともかく、今年が初参加の後輩たちがすごい顔でこっちを向いている。聞こえるはずもない生徒会長の威厳がガラガラと崩れる音が聞こえる気がするわ。
「よそ見をしないでください。本当にあなたと関わってからやんちゃになるウマ娘ばかりで……シンボリルドルフさんなんて最初の頃は真面目で優等生だったというのに……」
「お言葉ですが、私は今でも真面目で皆の模範であるように努めているつもりですが」
「あなたが模範になるならトレセン学園は世紀末になります。まあ、最初の頃のピリピリしたあなたをまねられても困りますが」
まるで私が諸悪の根源みたいに言われてしまった。そんな、今までだってこの教官に怒られたことなんてぎり両手足の指の数より少ないぐらいしかない。
やっと教官のお小言とウマ娘たちからの視線から解放されたかと思えば毎年生徒会は旅館の人に挨拶をしているらしく、それぐらいは付き合えとエアグルーヴに拉致られてしまった。しかも、旅館の人たちも私達の情けない姿を見ていたようで笑われてしまった。流石に恥ずかしくなって小さくなるしか出来ない。
それから予想通り玄関で待っていたタマとシリウスに、何故かいるシチーを連れて何処で写真を撮るか考えていると、生徒会のいつものメンバーまで来て写真に入れろなんて言ってきた。全員いないけど良いのかと聞けばここにいない子達は中で誘導だったりをしているそうだ。
「もちろん、落ち着いたら他のものも合わせて撮影を行います。逃げないでくださいね?」
もうここまでくれば何かを言う元気もないので
「仕方ないわね、エアグルーヴとブライアンにフジとヒシアマゾンもおいで」
結構な大人数になってしまったけど誰がどこに立つかなんて相談しながら動いていく。そんなことをしていたら、ゴホンゴホンとうっとうしい咳払いが聞こえてくる。面倒くさいの無視してたら近づきながらして来やがったので我慢の限界が来たので、
「大変よエアグルーヴ、どうやら病人がいるみたい。送り返さないといけないからタクシー呼びましょ」
「そうじゃ! ないだろ!」
そろそろしらを切るのも限界か。
「安心なさい。私があんたのこと忘れるわけないじゃない」
「どの口が言ってるんだ?」
不満げだけど尻尾は隠せないようでウキウキしているバカを見る。後で聞いた話だが、今まではこんな記念撮影なんて無かったらしい。こいつのことだから初めての集合写真にウキウキしてんでしょうね。そんなバカにはい、と手渡す。
「……何だこれは?」
「見てわからない? 撮影するにはカメラがいんのよ。そんな大層なもんはないから私の携帯だけど。いやー流石はみんなの模範な生徒会長様ね。自ら撮影係を買って出てくれるなんて。まさか。生徒会長ともあろう方が自分が写りたいからなんて理由で誰かに任せたりしないわよね?」
こいつにはこの手の攻撃が一番効果的なのは経験済みだ。今だってうめきながら、何かを言おうとしては黙ってしまうのを繰り返している。
「ああ、安心なさい。ちゃんと後で右上に追加しておいてあげるから」
「それなら……、いやしかしだな」
「なに、あんたのトレーナーもちゃんと入れてあげるって言ってんのにまだ文句あるの?」
「私じゃないのか!?」
あんたのトレーナーはもはや生徒会の顧問みたいになってるじゃない。それも考えてないとか冷酷なのね。ひとしきりからかった後笑いながら待機していてくれた旅館の人に撮影をお願いする。当然みたいな顔してバカが真ん中に来るもんだから端の方に行こうとしたら全員に露骨に一人分空いたバカの横を指さされてしまった。仕方ないからそこに行けば得意げにドヤ顔しているバカがいたもんだから取り敢えず鼻をつまんでおく。
「相変わらず乱暴だな。しかし、君と並んで写真を撮られるのも初めてじゃないか?」
「嫌なら今すぐにでもあんたを蹴り出して上げるわよ」
正当な意見を言ったはずなのに笑って返されてしまいなんか負けた気がする。まあしかたない。最後ぐらいは優しさを恵んであげましょう。
それから取った写真を皆に送る時にエアグルーヴにバカへの転送を頼んだらあいつがからんできて一悶着あったけど、もう放っておこう。
合宿に来た以上はトレーニング三昧だ。砂浜でのトレーニングは負担が少なくて助かる。それでも気をつけながらトレーニングしてるのに、併走をしようなんて言ってくるバカを追い返したりな毎日だ。お互い近いレースでバッティングするのが分かってるのにそんな事するわけないでしょ。
七月も残り数日となったある日、今日はシリウスが海の向こうへと行くために一人合宿から帰る日だ。本人曰くダービーを勝った程度では向こうでは走れるレースも少ないから色々大変らしい。しかし、シリウスが望んだのかもしれないけど合宿中とは言え日本を背負って海外へと向かうウマ娘の壮行会すらないなんてちょっとどうかと思う。あのバカは夏休みが開けたら学園をあげての壮行会が予定されてるっていうのに。せめて私ぐらいはと見送りを兼ねて他に誰もいないロビーでそんなことを話したら
「いいんだ、あいつらはいまが大事なときだ。私が来るなと言いつけたんだ」
ああ、シリウスがいつも気にかけている子たちのことね。自分だって大変なのに中々勝てない子達の面倒を見てるなんて。やっぱりあんたはあのバカと一緒のお人好しね。こんなこと言ったら不機嫌になりそうだから帰ってきたらにしておきましょう。
「しかし、向こうのレースやコースの特徴を調べておけなんて、人のことをなんだと思ってるんだか」
「良いじゃない、ボロ勝ちしてあいつが来るまでにシリウスが本命だ! って言わせればいいのよ」
「そりゃいいな。情けない皇帝サマの顔が拝めそうだ」
それからも他愛のない話を続けていく。レースのこと以外にも学園でのことや夏合宿でのこと。帰ってきたら休みの日に付き合えなんて言ってくるもんだから、向こうで勝ったレースの数までなら付き合ってあげる、なんて返しておく。
二人で静かにはしゃいでいる内にもう出なければいけない時間になっていた。じゃあな、と出ていこうとするのを引き止めて隠し持っていたものを手渡す。
「幸運のお守りに持っていきなさい。あの皇帝ですら勝ってない宝塚記念を勝った時のものよ。向こうでの部屋のドアにでもかけておけばちょっとはご利益あるかもね」
「おい、これは……」
「いいの。私にはもう必要ないものだから」
まだ納得してなさそうなシリウスをゆっくりと抱きしめる。あいつと同じぐらいの身長だから胸に抱くなんてことにはならないけど、私のほうが高いから格好はついているだろう。
「向こうでも精々偉そうに頑張ってきなさい」
「……あんたは、先輩はシリウスシンボリというウマ娘を応援してくれるか」
「するわけないじゃない」
ビクッとした震えが伝わってくる。話は最後まで聞きなさい。
「私が応援するのは生意気で偉そうで、でも優しい後輩のウマ娘。知ってる? シリウスって名前なんだけど」
「……偶然だな。私もシリウスって名前なんだ」
「珍しいこともあるもんね。ついでに応援してあげるわ」
ゆっくりと、迷うようにだけどシリウスも私に手を回してくる。いつもの不遜な態度とは似ても似つかないものだ。まあ、いきなり周りから言われて他人のために海外に行ってこいなんて言われたら誰だってそうなる。
「安心しな。精々荒らしてきてやるさ」
「そんなことより無事に帰ってきなさい。約束よ?」
「へっ、勝ってきたらあんたと勝負しないといけないからな。こっちも約束だ」
そうしていた時間はほんの少しだけど、すぐに時間が迫ってくる。最後に見たシリウスの顔はいつもの私が知っているものだったし大丈夫でしょう。
「ごめんね、守れない約束なんかして……」
シリウスの背中が見えなくなっても見えない何かを見ようと残っていたけどいい加減良い時間ね。うるさい部屋に帰ろうと廊下を歩いていた曲がり角にシチーとタマがいた。
「なにやってんの。こんな所にいるんなら見送りぐらいしてあげなさいよ」
「もう先にやったわ。それにあんな空気に入れるわけないやろ」
「あんなの今どきドラマでも見ないですよ」
何言ってんだか。ちょうどいい。どっちからにしようかしら。
「そうね、タマ。ちょっと散歩するから付いてきなさい」
「えー、こんな時間に外出たのバレたら怒られるやん」
「私は? 私は?」
今日はそんな意見を聞く予定はありません。シチーにはまた今度ね。と約束して嫌がるポーズを続けるタマを連れて外に出る。フロントにいた旅館の人と目があったけどしーっとしてねとジェスチャーでお願いしたら笑顔でうなずいてくれた。そう言えばあそこにいたってことはシリウスとのやり取りも見られてたわけか。流石に恥ずかしいわね。
誰もいない砂浜を二人で歩く。シチュエーション的には黙ってるほうが絵になるんでしょうけど、タマが居てそんなことになるわけもない。タマともしょーもない話をしながら歩いていると
「そや! 思い出した! 先輩がバスで会長を煽るから大変やってんで! 戦績はどうだの、次はどのレースにでるだの。あんな心にないこと言わんといてーや」
丁度いいかもしれない。ちっちゃな体でプンスコと擬音が聞こえてきそうなタマをなだめながら二人隣り合って座る。
「あの時は厄介払いなんて目論見があったけど、言ってたことは本心よ。タマモクロス、あんたは強くなるわよ」
「なんやいきなり真面目な顔して。言うてもうちこんなちっこいねんで? それにやっとバ群の中でも走れるようになってきたレベルなんやで」
「大きい小さいは関係ないわよ。そんな話が通じるなら私は今頃G1何個勝ってるやら。でも、タマは違う。きっともう少し、もう少ししたら花開く。私なんかより、二人には内緒だけどシチーやシリウスよりもすごいウマ娘になれるわ。それこそ、言ってたみたいにあのバカよりもすごいウマ娘にだってなれるかもしれない」
「な、なあ、先輩なんかあったん? そんな褒めてもらえるんは嬉しいけどらしくないで?」
人がせっかく褒めてあげてるのに随分な言いぐさね。取り敢えず乱暴になでてやればギャーギャー騒ぐ。ほんといつだって元気なんだから。
「きっとタマにもライバルが現れてバチバチにやりあって、本当にレースが好きになる。そんな時が来るわ」
「そりゃええな。うちにも先輩と会長みたいなライバル関係ができるんかな」
「私とあいつはそんなんじゃないわよ。さ、そろそろ帰りましょうか。あんまり遅くなるとこわーい副会長に怒られるわよ」
「無理やり連れてきたんは先輩やん! ……あ! シリウスになんか渡してたやん、うちにはないんか?」
「がめついわね……。ないわよ。タマにはきっと私よりもっと良いものをくれる子が出てくるわよ」
「えー、なんか言い訳くさいで。しゃーないな。準備してなかったの許したるから言うてみ?」
「生意気なのよ、百年早いわ」
こめかみをグリグリした後仕方ないから、一応ポケットに入れておいた布切れを手渡す。
「なんやこれ、こんなんで……、ってこれ!」
「そ、柄が好きだって言ってくれてたじゃない。補修用のあて布の端っこだけど我慢してね」
「いや、嬉しいけど、嬉しいけどいるもんやろ」
「いいのよ、……もういいのよ」
「なあ……先輩……」
「さあ、私より遅かったら逃げ出したあんたを探してたってエアグルーヴに言うからね!」
「あ! 卑怯者!」
何も聞きたくなくて走り出す。スピードを出せない私はすぐに追いつかれる。
そうね、私は卑怯者なの。
夜の砂浜と違って日光がさんさんどころかメラメラと照りつける昼間。トレーニングの休憩時間中にシチーを呼び出す。願いが通じたのか雲に隠れて気持ち涼しくなる。
「先輩休んでばっかじゃないですか? そんなんじゃあっという間に追い越しちゃいますよ?」
「ガキが生言ってるんじゃないわよ。少しは年長者を敬いなさい」
生意気なこと言いながら横にちょこんと座ってくる。やっぱり三人の中だと一番マシかもね。
「ね、先輩。天皇賞走りましょうよ。ギッタギタにしてあげますから」
撤回。やっぱりこいつも癖ウマ娘だわ。
「だからそんなことペラペラ大声でしゃべるんじゃないわよ。それにそんなこと言って除外されたら恥ずかしいわよ」
「大丈夫ですよ、今もオールカマーに向けてトレーニングしてますけど、トレーナーからも太鼓判貰ってますし」
「あっそ、でも良いの? シチーなら菊花賞でもいいとこ行けると思うけど」
「良いんです。トレーナーとも何回も相談しましたし。確かに良いところまではいけるかもしれないけど、勝つのは正直厳しいと思います。私は勝ちたい。善戦したとか入着とかじゃなくて勝ちたいんです。だから距離を絞って勝ちに行くことにしたんです」
「逃げたって言われるかもしれないわよ?」
「覚悟してます。それにシニアの先輩をボッコボコにすればいいだけの話ですし」
「あのバカが出てくるかもしれなかったのによくやるわ。いつから決めてたの?」
「先輩が宝塚記念を勝ってからです。あれを見てああ、やっぱり勝ちたいって思って。あ、安心してください。あんな勝手にライブやったりまではまねしませんから」
うるさい。頭をペシンと叩いてもケラケラと笑っている。ほんといつの間にか普通のウマ娘になったわね。
「先輩のおかげで先輩のせいですよ。そろそろ再開の時間なんで行きますね。サボってばっかりだと私勝ちますからね」
「言ってなさい。後これ」
荷物を入れているバッグから取り出して渡す。こんな時にこんなものを渡すんだ。汚れないようにちゃんと袋に入れている。
「え、これって」
「そ、私の勝負服の帯。切れ端だけどね」
柄が好きじゃないそうだからこっちにした。帯の方はシンプルなものだから良いでしょう。
「あ、ありがとうございます。でもなんで?」
「なんででしょうね。ほらさっさと行きなさい。向こうでトレーナーが待ってるわよ」
首を傾げながら走っていこうとするシチーに雲の切れ間から顔を出した太陽の光が届く。尾花栗毛だっけ? 光に照らされてキラキラしている。
「ほんと、キレイね」
振り向いたシチーの顔を見て思い出した。キレイって言われるの嫌だったわね。でもその表情はそんな風ではなく
「前だったら嫌だったかもしれませんけど、今は言われたとおりどんな自分も大好きになったから、良いんですよ」
それから天皇賞ですよー! なんて叫びながらキラキラと光を浴びながら、自分のトレーナーの方へと走っていった。だからそんなこと叫ぶんじゃないわよ。
「ほんと、どうして今になって約束が増えるのかしらね」
夏合宿も結構な日にちが過ぎた頃、私もそろそろ北海道に向けて移動を考えないといけない日付になった。今日は近くでお祭りがあるそうでトレーナーと行く予定だ。駄々をこねるタマとシチーをなだめて、血迷いごとを言ってくるバカのほっぺたを引っ張ったりしている内に良い時間だ。せっかくなので浴衣をレンタルして待ち合わせ場所に行けばトレーナーが居た。向こうもこっちを見つけたようで手を振りながら合流する。
「……やあ」
「ちょっと何辛気臭い顔してんのよ。せっかく担当ウマ娘とデート、それも浴衣まで着てあげてんのよ。もっと喜びなさい」
「デートはやめてくれ、お縄についちまう。……だけどなあ」
「やめなさい。こんなこと出来るのも最後かもしれないのよ。それが辛気臭い顔でなんて許さないから」
「……そうだな。せっかくの祭りだ。今日ぐらい笑っていかないとな!」
「そうそう、それでいいのよ」
それから二人縁日を満喫した。もう体重も気にしなくても良いんだし、気持ちよく食べたり、今までの鬱憤を晴らすように遊んだりした。味の薄い焼きそばにタコの小さいたこ焼きを文句言いながら食べたり。いくら当てても倒れない射的の的に抗議をしたり。こんなに遊んだのはいつぶりかわからないわね。
そして、時間もいい感じになったので射的のオヤジにお詫びに教えてもらった、花火をキレイに見える場所に来ていた。
「ここまで来たんだな」
「ええ、いつの間にかこんな所まで来てたみたいね」
「なあ、俺で良かったのか」
「今更よ。私が今隣りにいるのが答えでしょ」
「……そうか、楽しかったよ」
「それでいいのよ。私も楽しかったわ」
「間に合ったな」
「ええ、間に合ったわね」
夜空に大輪の花が咲く。色とりどり。私は知っている。この一瞬のために考えられないぐらいの努力があったということを。そうだ。あの日々はきっと一瞬の煌きのためにあったんだ。どこにでもある。ありふれたものかもしれないけど。私にとっては唯一であるもののために。
「……やっぱり、君のいる場所は俺の隣じゃないな、あっちの隣だよ」
指さされた方を見ればどこで聞きつけたのかバカがバカみたいに手を振っている。後ろにはいつもの顔ぶれだ。トレーナーの顔を見ても笑いながら行ってこいと言うだけだ。はあ、締まらないんだから。最後にいくつか言葉を交わしてバカの方へと歩き始める。ったく、誰も浴衣なんて着てないじゃない。まるで私がはしゃいでるみたいで嫌になる。
騒がしい日も昔のことで、今日は私とバカが函館に飛び立つ日だ。荷造りも終わって後はお風呂に入って寝るだけだ。無駄に生徒会の部屋に割り振られてるせいで入浴時間もこんな遅くなってしまった。さっさと入って寝てしまおう。準備をしているとバカが何故か気恥ずかしそうに話しかけてきた。
「な、なあ? 今日で私達の合宿も終わりだし、せ、せっかくだから一緒に入らないか?」
いくらなんでもキョドりすぎでしょ。確かに私もこいつも函館で走った後は学園に戻る予定だ。こいつは渡航の準備、私は……。今考えるのはやめておこう。それより考えてみれば、大人数でしかもうるさいのが多いから今までずっとカラスの行水で済ましてたわね。
「なにバカなこと言ってんの」
「……そうだな」
私が入浴道具を準備してるってのにこいつは手ぶらのままだ。
「何やってんのよ? 今日は早く寝たいんだから早くしてよ」
「ああ、……いいのか!?」
「うるさい、騒ぐなら置いていくわよ。後、エアグルーヴ、悪いんだけど最後ぐらい貸し切りでゆっくり入りたいんだけど」
「……そのようなことはもっと早く言ってください。あまり長くならないくださいね、私達も早く入りたいので」
悪いわね。大慌てで準備をしているバカを尻目に大浴場へと向かう。あのバカ荷造り解いてるけど何考えてんだか。
「いい湯だな」
「ほんと、一人だったら良かったのに」
肩が触れるわけでもない、それでもいつもよりは近い距離並んで湯船で温まる。合宿で泊まってるわけだし露天風呂なんて洒落たものではないし、風景を楽しめるなんてこともない。ある意味寮と変わらないような場所で、いつもとは違う、隣にバカが居る時間を過ごしている。
「いつの間にか君とも深い仲になったな。去年の今頃にはこんなことになるなんて思ってもなかった」
「何急に昔話始めてんのよ。でもそうね、あんた最初の頃友達居なかったもんね」
「何を言う! 私にだって、私に、だって……」
「はっきり言ってあげましょうか?」
プルプル震えているこいつを見て誰が皇帝なんていうんでしょうね。どう見ても5才児ぐらいなもんでしょ。よし、とか言って空気を変えたつもりかもしれないけど、引きずってるの丸わかりよ?
「それはともかく、君に会ってから、いや君というウマ娘を本当の意味で知ったときから私も随分と変えられてしまったな」
「そんなわけ無いでしょ。私が居なくたってあんたはレースに勝って何も変わらなかった」
「ああレースは勝てたかもしれない。だがきっと私は一人だっただろう。鎬を削る友もなく、支えてくれる者もなく、ただ一人虚しい玉座に座っていたはずさ。それがどうだ。いつの間にか私の隣には君が居て、私の周りに皆がいる。休みの日には遊びに誘われ、食堂で食事をしていれば相席を頼まれ、世間話をする。ああ……なんて恵まれた日々だろう。それに引き換え以前の私はどれだけ愚かだったのか。一人で出来ると、一人でしなければならないと。自分のことを特別だとでも思っていたんだろうか。君に殴られる度に自分の愚かさを突きつけられていたんだ。思い返せばふざけることがあっても君が真剣に怒っている時はいつだって私の傲慢さや無知が露呈した時だった。君はいつだって私に道を示してくれていたんだ。」
「何言ってんのよ。私はあんたのことなんて考えてない。自意識過剰もいい加減にしなさい。あんたがバカみたいに、ムカつくことばっかりだから悪いのよ。でもまあ……、そうねあんたに善戦したと思ったら煽られて、宣戦布告したと思ったらボロ負けしてほんといいことなんて何もなかったわ。時間をかけてやっと立ち直れたと思ったらファン感謝祭で差を突きつけられて。ホント嫌になるわ。自分のことながらどうしてまだ私は走ってんでしょうね」
「ああ、君は何があっても走ってくれた。負けても、折れても。私は恵まれていると思うよ。世間では皇帝なんて呼ばれているらしいが、昔のままでは暴君になっていただろうね。それを正してくれたのは君だ」
「あんたが勝手にそうなっただけでしょ。そうじゃなくてもエアグルーヴとかがいたでしょ。あんた後輩にどれだけ怒られてると思ってるのよ?」
「はは、それに関して申し訳ないと思っているよ。だが彼女も君と交わることで変わった一人だ。確かにエアグルーヴは強いウマ娘だ。レースという意味ではなくでだ。何もなくても私を正してくれる存在になったかもしれない。だが、同時に私に愛想をつかしていたかもしれない。その生徒会室に私一人なんてことになっていたかもしれない。もしもの話なんて意味がないのさ」
「あっそ」
無言になって天井を見上げる。まさかこいつといてもいいかな、なんて気分になるなんて思わなかった。私自身色々変わったのかもしれない。
「そうだな、今だって君が乗ってくれるとは思ってもなかったよ」
「情けないあんたの姿は笑わせてもらったわ。なんでもない話よ。最後だしちょっとぐらいこんな時間があっても良いかも、なんて思っただけよ」
「私としては合宿が終わってもこんな時間があると嬉しいのだがな」
その言葉に返す言葉を持ち合わせていない私はまた天井を見上げる。広がっているはずの星空なんて見えない。
そんな私を見てか、姿勢を正しながら話しかけてくる。
「そう言えば今日は新月だったな。こんな日に月が見えないの残念だ。ところでだな。私は昔家族や親しいものからルナと呼ばれていてね。ほら流星が三日月のように見えるだろ」
「それがどしたのよ」
「こんな機会だ。君にもルナという私を受け取って欲しいんだ」
どうやらこいつも大分とのぼせているようだ。
「お断りよ」
「……そうか、すまない。忘れてくれ」
ったく、どうしてシンボリって付くウマ娘は最後まで話を聞かないのかしら。
「私にとってあんたはシンボリルドルフ。それ以上でも以下でもないわ」
驚いた目で見てくるが当然のことだ。こいつの過去なんてどうでもいい。こいつは私の前を走る、なぜか私の隣にいるウマ娘、シンボリルドルフでしかないんだから。
「そうだな、ふふ、君らしい」
「もういい? そろそろあがりたいんだけど」
「そうだな、あまり待たせても悪いしな。移動のこともある。戻って早く寝よう……」
途中まで話して考え込むように黙り込んでしまった。こいつがこんな風になる時はだいたいしょうもないことを考えているときだ。
「……なあ! 最近エアグルーヴの後輩から借りた漫画にあったんだが、今晩手を繋いで寝るというのはどうだ!?」
……どうしてこいつはこんなにバカなんだろう。これを私のせいって言われるのは流石に風評被害も甚だしい。手でお湯をすくって顔面に勢いよくかけた後、頭を押さえて湯船に沈める。ほんの数秒だけどダメージは大きかったようだ。どうして最後の最後まで締まらないのかしら。
次回はちょっと……かなり遅くなるかも
歌詞引用などは
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あり
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なし
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どちらでも