皇帝の見えない折れた杖   作:冬眠復帰

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そろそろクライマックスが見えてきたのでプロットとか下書きをするので遅れる予定でしたが、考えた結果今まで通りライブ感で書いていくことにしたので遅くなりませんでした。

次回作に関して活動報告に書きました。本作にはまったくの無関係ですがそれでも良いという方はどうぞ。もし読まれるなら、先に読んだほうが良いかも?


函館記念 グレード3 芝2000m

「今日は調整と洋芝でのレースの確認がメインだ。頼むから無茶して怪我なんてしないでくれよ?」

 

「もちろん承知しているさ。だがレースで手抜きなどする気はない」

 

「もちろんだ。ただ、許される範囲での全力にしてくれ。本命はこの後の凱旋門なんだからな」

 

「ああ、そこを取り違えたりはしないよ」

 

 レースで死力を尽くせないというのはもどかしい。しかしトレーナー君の言う通り私が目指すべきはここではない。無論軽んじるつもりはないがあくまで通過点でしかない。宝塚の私の軽率な行いのせいで学園を始め色々なところに批判が出てしまった。特にトレーナー君に特別多かったはずだ。私には見せないようにしていたが、それでもその心労は尋常ならざるものだったであろう。すでに海外遠征も発表され、シリウスも先だって走り始めている。それを私のわがままで台無しにするわけにもいかない。しかし、

 

「また彼女に叩かれてしまいそうだな」

 

「その時は一緒に殴られるよ。それに、勝てば良いんだ。勝てば文句も出ないんじゃないか?」

 

「おいおい、忘れたのかい? 最初の一発は皐月賞だったんだぞ」

 

 彼女との決着はぜひG1でつけたいものだ。無論レースに格付け以上の優劣などないが、それでもやはり決着は勝負服でお互いの誇りをかけて戦いたいものだ。未だに彼女から貰った宣戦布告にも答えられていないのだからな。

 

「トレーナー君、彼女から預かっている手袋だが、ちゃんと保管してくれているかな?」

 

「当たり前だ。今でも保管を頼んだわりにちょくちょく見たいから出してくれなんていうもんだから目の届く場所にちゃんと置いてあるよ」

 

 わかってはいるが、ついね。彼女も宝塚記念を勝ち私と同じところまで追いついてきた。それに最近は私にも付き合ってくれることも増えて、より絆が深まったのを感じるよ。しかし、彼女と戦うのであれば何処が良いだろうか? あまり距離が長くなると適正の差も出てしまうし、かと言って先延ばしにするのも良くない。そうだな……

 

「トレーナー君、凱旋門を勝った後、天皇賞を走ると言うのはどうだろうか」

 

「そういうと思って、学園には何があろうが天皇賞は走らせないと言っておいた」

 

「な、それはひどくないか? ウマ娘優先主義はどこに行ったんだ」

 

「優先するってのは甘やかすってことじゃない。そんなスケジュールを組めって言うなら首をかけてでも止めるからな」

 

 むう、仕方ない。天皇賞の盾を揃えるのは来年まで待つとしよう。

 

「そうだ、このあたりの美味しいお店を探しておいてくれないか。そうだな、鍋が良い」

 

「探すのは良いがこの時期に鍋はどうなんだ?」

 

「彼女は好きそうだからな。前も寮で食べていたらしい」

 

「呼ぶのか? 来ないと思うぞ。負けた相手の祝賀会に来るような性格とは思えないが」

 

「油断は禁物だ。彼女の祝賀会になるかもしれない。もしくは私達二人の残念会になるかもしれない」

 

「はは、そうだな。じゃあそろそろ真面目に今日のレースに関して話していこうか」

 

 ああそうだな。時間はまだまだあるとは言えレースに望む前の時間に足りないはあっても多すぎるということはない。それに出来れば他のレースも見ておきたいし。やることが山積みだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いよいよだな」

 

「なんで私より緊張してんのよ。G3なんて何度も走ってきたじゃない」

 

「そうだけど、そうじゃないだろ」

 

 ま、そうね。中京から始まって、阪神で輝くことの出来た私だ。ぼんやりと最後は府中か中山がいいかな、なんてぼんやりと思ってたけど函館になるとはね。でも、最後が走ったことがない場所で。てのも良いかもしれない。

 まだ、時間はたっぷりあるから丁寧に時間をかけて準備していく。

 

「着替えるから、出ていくついでに何かお昼買ってきてよ」

 

「それは問題ないが、良いのか? いつもレース前には決まったものしか食べなかったのに」

 

「今日ぐらい良いでしょ。美味しいもの食べたいの」

 

「……分かった。問題なさそうなものを探してくる」

 

「ゆっくり探してきてね」

 

 ドアが閉まる音で私一人になる。念のため鍵もかけておく。トレーナーが間違えて入ってくるとは思わないけど面倒くさいやつが来るかもしれないしね。

 時間をかけてゆっくりと着替えていく。着るのが面倒くさい勝負服に比べれば一瞬で終わるような体操服だけど、今日だけは勝負服よりも時間をかけるぐらいの気持ちだ。これが最後だと思うとひとつひとつの動作にも感慨深いものがある。出来れば最後は勝負服で走りたいという気持ちがあるが、これはこれで、勝負服よりも何倍も一緒に走ってくれた大事な大事なユニフォームだ。ある意味これも私の勝負服だ。

 今日はいつもと違いタイツも準備してある。テーピングでガチガチに固める以上こうでもしないと悪目立ちをしてしまう。テーピングは手間ではあるが必要なことだ。夏合宿でも脚の消耗を最小限に抑えなんとか今日まで繋げたんだ。最後の最後に詰めを誤るなんてことはしたくない。

 いつもより時間をかけてそれでもいつの間にか準備は終わっている。こうなれば私一人で出来ることはない。いつもならトレーナーを呼んで作戦会議でもするんだけど、今日に限ってはそれは必要ない。たった一人をマークして最後に抜かす。それだけだ。トレーナーには悪いけどもう少し一人で浸る時間を貰っておこう。なにも忘れ物がないようにしないといけないんだから。

 

 

 

 

 

 

「……作戦はこんな感じでいこう。他なにか質問はあるか?」

 

「いや大丈夫だ。心身ともに万全だ。今なら4000mだって走れそうだ」

 

「それは重畳。だが、何度も言うが……」

 

「分かっている、無茶はしないさ。その場での最善を尽くすさ」

 

 トレーナー君も何回もしつこくないか? まるで私が話を聞かない癖ウマ娘みたいに思っているんじゃないだろうな。……確かに彼女といるとついはしゃぎたくなる気持ちもある。だが、今は大願のための第一歩だ。それぐらいはわきまえている。それに彼女との決着はもっとふさわしい場所があるはずだ。

 

「……いい顔になったな。いつものルドルフだ」

 

「ふふ、どういうことだ? 私は私だぞ」

 

「いつの間にか知らないルドルフを見ることも増えたからな。年相応の君を見るなんて最初に出会った時には考えもしなかったよ。君はもっとこう、違う所を見てるというか、正直君のほうが年上に見えることもあったぐらいだ」

 

 それはいくらなんでも買いかぶり過ぎではないだろうか。私はどこにでもいるウマ娘でしかないんだぞ。しかし、そうだな。昔は現実も周りのことも見えていない子どもだったのかもしれないな。自分の夢という熱に浮かされて、今思えば滑稽なものだったんだろうな。

 

「私にも色々あったということだよ。さあ、そろそろ時間だ」

 

「そうだな。取り敢えずの国内最終戦。バシッと決めてこい」

 

「限界まで頑張ってはいけないのにか?」

 

「それを出来るのがシンボリルドルフってウマ娘だと信じてるよ」

 

 いやはや、()()()()を背負ってしまったな。……今のは結構いい感じだな!

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろだな」

 

「ええ、そろそろね」

 

 トレーナーを呼び戻してからもいつの間にか結構時間が経っていた。言葉通りそろそろここを出なければいけない。いけないのに中々腰が上がらない。レースが怖いわけでも、その先が怖いわけでもない。ただなんとなくもう少しここにいたいと思ってしまう。思ったままを口に出せば。

 

「当たり前だ。祭りだってなんだって準備の、それも本番直前が一番楽しくて充実してるもんだ。始まってしまえば後もう終わりに向かうしかない。みんなそれが分かっているから最後のひと時を惜しむんだ」

 

 そうね、実際今日を走ると決めてから……違うわね。あいつも走ると知ったときから今日まで全体で見れば一部でしかないけど一番気持ちが乗っていたのかもしれない。身も心もボロボロだったけど、あいつが走ると知ってから心だけは今までの何よりも熱く、熱を持ったんだと思う。ほんと、あいつのせいで私の学園生活はめちゃくちゃになったわ。いつの間にか流されるまま、思うがままに走っていた。後悔なんてない。自信を持って胸を張ることが出来る。こんな日が来るとは思わなかった。

 

「ねえ、最後に少し一人にしてくれない? やり残したことがあるの」

 

「分かった。ドアの前で時間になれば声をかける。それでいいか?」

 

「ありがと」

 

 お礼を言って、一人にしてもらう。ほんとにこれが最後だ。一度きた服を脱いで、タイツも脱いで自分の脚を抱える。

 

「ありがとう。私の無茶に付き合ってくれてありがとう。情けない私を見捨てないでくれてありがとう。私に輝きをくれてありがとう」

 

 自分の一部ではあるけど、ある意味トレーナー以上にずっと付き合ってきた私の相棒だ。今日がそうだというならちゃんとお礼を言わないと。

 

「ごめんね、無茶ばかりさせてごめんね。ボロボロになっても傷つけてごめんね。最後の最後で盛大に無茶をさせてごめんね」

 

 私が反対の立場だったら絶対ストライキの一つや二つでは足りないだろう。何も言わないことを良いことに酷使ばかりして、限界が来たと、もうだめだと言ってくれたのにまだ無茶させようとしている。

 

「いきましょう。今日が最後だから一緒に行きましょう。もう無茶はさせないから行きましょう。最後の場所はここだから一緒に()()ましょう」

 

 さあ、私の最愛の相棒、今までの鬱憤を晴らすために。理不尽に泣くことを選ばなかったのだから。一緒にいきましょう。

 

 だって、もう良いんだから。

 

 今度は時間もないし手早く準備を済ませ、最後にもう一度控室を見渡す。ここを使うのは今日が初めてだ。だけど、ここじゃないこの場所でいつも私は居たんだ。勇んで、悩んで、嘆いて、苦しんで。でもいつだって私を迎えてくれた。送り出してくれた。待っていてくれた。

 

「今までありがとね」

 

 最後の別れも済ませて、静かにドアを開ける。

 

「もう良いのか?」

 

「ええ、行きましょう」

 

 最後の時間はこれから始まるんだから。

 

 パドックに立つ。私はいつも腕を組んで仁王立ちなんて偉そうなポーズをしているけど、今日は静かに頭を下げた。観客からざわめきも聞こえてくる。それはそうだろう。あまりにもいつもの態度と違うのだから。私だってこんなことするとは思っていなかった。でも、出てきた時に見た、ここから見える人たちを目にした時自然とそうしていた。ああ、感謝祭で私のグッズを持っていた人だ。あの時は警備員に剥がされるまでずっと私のことを褒めてくれたっけ。確かあの時も関西から来てたって言ってたのに、今日はわざわざこんな所まできてくれたんだ。あっちにはメイクデビューからずっと応援してくれてる人もいる。交流をしたことはないけどいつもパドックも見に来てくれてたっけ。そんなことを思い出していたら自然と私は深々と礼をしていた。

 私の順番が終わり。他のウマ娘達を眺めている。みんな顔ぶれも意気込みもバラバラだ。秋に向けてのステップアップであろう子もいれば、ここを再起の場と決めて来たんだろう、見たことがある先輩もいる。みんながみんな目的は違えど勝つためにここに来ている。不調の子も絶好調の子も関係ない。

 いくらかして、あいつが出てきた。会場の歓声も一段と大きくなる。あちこちからすごい! なんて声が聞こえてくる。だけど、だとしてもなにか足りない気がする。99点以上ではあるんだろうけど120点ではない。なにかそんな風に見えた。

 会場を見渡すあいつと目があった。事前に今日は終わるまでは話をしないと言ってあるから向こうも何も言わずこちらを見るだけだ。見つめ合っていた。時間はほんの数秒だろうだけど、もっとずっと長く感じた。

 いよいよゲートも目の前にレースが始まる時間だ。ああ、この緊張感がたまらなく好きだった。勝とうが負けようが、本命だろうが大穴だろうが。この瞬間だけは平等だ。ゲート入りする時なでるように、懐かしむように、惜しむように嫌いだったはずの鉄の塊をさわる。帰ってくるのは当たり前の硬いものだ。思ってみればこのゲートがなければ私達はレースを走れないし、最初に入った時は嫌な気持ちでいっぱいだったけどほんの一握り、誇らしい気持ちもあったっけ。

 いつの間にか残るは一人だけになっていた。いけない、気持ちを切り替えないと。今日は出遅れなんて許されないんだから。

 

 ガコン、とあの時と同じ様に何度も何度も聞いた音を合図に一歩目を踏み出す。よかった。どうやら一歩目からダメにはならないでくれたみたい。どんどんとそれぞれが欲しいポジションを争って位置を変えていく。私は今日も最後方を行く。前は気がつけばそこに居たけど今日は作戦通りというわけだ。あいつは……やや後ろ目の位置につけたようだ。ありがたい。そこにいてくれるなら見やすい。勝負服じゃないせいで見間違えたなんてやってられない。

 特段大きな動きもなく、それぞれが今できる最適を繰り返しながら第三コーナーを曲げる。ここまでスローペースで進んでくれてありがたい。今の私にはひとかけらの余裕もないんだから。だけどそれはあいつも脚を溜めているということだ。正直末脚の勝負は厳しいなんてもんじゃない。だけど泣き言なんて言ってやるもんですか。いつだって出来ることをするしかないんだから。

 そんなことを考えていたらあいつがコーナーの中頃でスパートを掛け始めやがった。クソ! こんな所で追いかけたらダメになる! ……違うわ。自分で言っていたのにまだ女々しくも未練があったみたいね。そう次なんていらないんだ。大事なことを思い出せ、痛む脚を無視して一気に速度を上げる。

 気がつけば最後の直線も残り少なくなってきた。こいつならここからまだ加速するはずだ。そうなってしまえばもう追いつけないかもしれない。そんな弱気に呼応したのかいつぞやの巨大な壁にしか見えない扉が私とあいつの間に現れる。ああくそう、これが私とあいつの差だっていうのか……

 いいわ、やってやろうじゃない。痛みで地面を蹴る感覚すら無くなっている私の相棒に喝をいれる。この私が走ってください、お願いします。なんていうわけないじゃない。走りなさい。折れようが砕けようがその一瞬まで走りなさい。代わりに最後まで付き合ってあげるから。もはや扉なんか気にしてられない。本能が許さない最後の一線を踏み越える。あいつと近づく度に扉が開き始める。ああ、これを超えれば勝てるかもしれないのね。勝ちの目が見えたのなら後はオールインするだけの話だ。

 

 行け! 行け! 行け!

 なんだってくれてやる! だから私の価値を! 私の勝ちを!

 みんなに! あいつに! 見せつけるんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてその扉は最後まで開くことはなく

 

 私はあいつよりも先にゴール板を駆け抜けていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝った? あれで? 私が?」

 

 意味がわからない。最後の意地でなんとか座り込まずに掲示板を見る。ハナの文字の上に確かに私の番号が、下にはあいつの番号がある。何が起こったのか。私は結局最後まで扉を通る事はできずに、扉は壁としてレースは終わったはずだ。……まさか!?

 

「ついに負けてしまったな。いや、いいレースだった」

 

「あんた! 怪我してないでしょうね!?」

 

「どうした、今だから言うが今日は海外に向けての調整の意味も有ったんだ。怪我をするはずもないだろう」

 

 それで負けるのだからなさけないがな。なんて言う言葉が私の耳を通り過ぎる。調整? 怪我しない程度の走り? 私の思いはなんだって言うの。

 とっさに振りかぶった手は、しかし振り抜かれることもなく元の位置に戻った。自分でも考えていたことじゃないか、海外に向けての調整出走だと。自分で言ったことじゃないか、調整目的にG3レースを走るかもしれないと。直近のレースが故障で出走取消になったんだ。遠征前にレースを走ることすら批判が出るようなことだろう。海外遠征とG3レース、どちらが大事かなんて考えるまでもないだろう。私の思いはどうであれ世間はそう判断するだろう。それどころか表示されているタイムは調べた例年のタイムより少しとはいえ早いぐらいだ。こいつが手を抜いていたわけではない。だけど、それでも聞かずにはいられない。

 

「ねえ、調整って言ってるけど手抜きしたわけじゃないわよね」

 

「当たり前だ。君の知る私はそのようなことをするウマ娘か? 条件があったとは言え出来る限りを準備し、勝つために今日ここに来たんだ」

 

「……でしょうね。あんたがそんなやつだったらもっと簡単な話だったのにね」

 

「どうした? 君らしくないぞ」

 

「やっと、やっとあんたに勝てたのよ。こうもなるわ。浸りたいからまた後で」

 

「ふ、次は負けんさ。だが今はしっかりと喜びに浸ってくれ。このシンボリルドルフに勝ったのだと」

 

 そう言ってあいつは地下道に消えっていった。

 あいつを最後に広いターフに感傷に浸る私一人だけが取り残される。最後にスタンドに向けて深く頭を下げる。気合でなんとか地下道まで戻る。外から見えなくなる場所までは気合でなんとか来たけどもう限界だ。壁にもたれかかりながら崩れ落ちそうになる。間一髪のところでトレーナーが支えてくれた。

 

「タイミング良すぎ。狙ってたんじゃないの?」

 

「わかるさ。君のトレーナーだからな」

 

「ねえ、ウィニングライブの振り付け、踊らなくてもいいのに変えてくれる?」

 

「それぐらい、いくらでもやってやる。だが出るんだな?」

 

「当たり前よ。私はあいつに勝ったんだから」

 

 自分の言葉を私の心が否定する。あんなのは私の知っているあいつじゃない。私が欲しかったのはこんな勝利じゃなかったんだ。

 

「ねえ、あいつは今日調整のために走ったんだって」

 

「そうだろうな」

 

「そんな事は前から予想はついていた。でも、それでもあいつはもっと遠い存在だと思ってた。心の片隅では勝てないと思ってた」

 

 そうだ……私が最後に走りたかったのは誰よりも強い。私なんかが決して追いつけないあいつだ。

 

「ああ、でも勝ったのは君だ」

 

「あいつは手を抜いたわけじゃない。あいつの出来る限りで走っていた。なのに私は勝ってしまった……」

 

「……」

 

「ねえ? 負けて心が折れるのはもう慣れたと思ってたけど、勝って折れるとは思わなかったわ……。これから私は何を支えに頑張ればいいんだろうね……?」

 

「もう……、もう頑張らなくても良いんだ……。ゆっくり休もう……」

 

「そうだったわね……。もう良いのよね?」

 

「ああ……、ああ……! もう良いんだ。帰ろう。まずは控室で脚の様子を見せてくれ」

 

 肩を借りながら歩こうとして、それすら出来なくておぶってもらう。ああ、自分の脚で歩かないのってこんなに楽で、こんなにさみしいんだ。

 

 どこにいるかもわからないあいつの顔を思って、自分に言い聞かせるように小さくつぶやいていた。

 

「バイバイ、ルドルフ」

 

 

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