皇帝の見えない折れた杖   作:冬眠復帰

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流石にタイトル間違いは恥ずかしくて無言修正出来なかった。





書いてて辛くなったのは初めての経験


※1/31 15時頃に本文追記しました


皇帝の見えない折れた杖

「久しぶりの学園というのも身が引き締まるな」

 

 函館記念の後、私はそのまま学園に戻らず実家へと向かった。これから

海外に向かうということもあり、一週間程度の休みをトレーナー君が準備していてくれたんだ。調整目的であったとしてもレースはレース。それに慣れない洋芝ということも多少の疲れを感じていたし、ちょうど良かった。久しぶりに会う両親と話すのはいささか緊張してしまった。前走の敗北も小言をもらってしまった。それでも海外も勝ってリベンジも果たせと、シンボリルドルフなら成し遂げられると言われた時は胸が熱くなった。それにどうやら無意識の内に彼女のことばかり話していたらしく、次の長期休みに連れてきてほしいと言われてしまった。彼女が簡単にうなずくとは思えないが、家に友人を招くなんて初めての経験だ。なんとしてでもやり遂げなければ……!

 しかし、なんとかトレーナー君を説得して秋の天皇賞に出走出来ないだろうか。それ以降となればジャパンカップや有記念ではいささか私が有利になってしまう。やはり彼女とはお互いベストな距離で戦いたいものだ。……いや、まずは凱旋門賞を勝ってからだな。彼女は私に勝つという公約もG1を勝つという目標も見事に達成してみせた。ならば私としても海外で勝って見せないとな。

 

「おはよう、トレーナー君。相談なのだが……。どうした? ひどい顔をしているぞ」

 

「……ああおはよう。気にしないでくれ」

 

 そういうのであればもう少し取り繕うことをお願いしたい。まるでこの世の終わりのような表情をされてどんな話も入らないではないか。聞き出そうとする私に話そうとしないトレーナー君。いや、もしかしたらプライベートな話なのかもしれない。そうであるなら申し訳ない。そう結論づけて謝罪の言葉を口にすれば、決意をしたような、諦めたような顔で話し始めた。

 

「函館記念のウィニングライブ、急に振り付けが変わったがどう思った?」

 

「本人に聞いたら疲れただけ、なんて言っていたな。確かに私も疲れが数日抜けなかったぐらいだしありえない話でもないだろう。彼女がどうかしたのか?」

 

「……、故障が有ったと発表された。復帰は未定。このまま引退も視野に入れているそうだ……」

 

「え……」

 

 頭をハンマーで殴られたような錯覚がした。故障? 引退? なんのことだ。わけがわからない。思考をまとめようとしても頭が回らない。意味のない言葉をつぶやくことしか出来ない私を見るトレーナー君の顔も痛ましいものをみるようだ。なんてどこか他人事の様に思えてしまった。

 

「詳細は聞いていないが、宝塚の後から兆候は有ったそうだ。……それで君と走れる確実な機会として函館記念に無理を通して出走したらしい……」

 

 私と走るために……? だけど、あの時は私は何を言った? 調整目的? 怪我なんてするわけがない? 自分のしでかした事を認識した瞬間足から力が抜け、へたり込んでしまった。

 

「ルドルフ!? 大丈夫か!?」

 

「あ、ああ。なんでもない少し力が抜けただけだ……。しかし……私は……」

 

 彼女が文字通り身を削る思いで私に最後の機会をくれたというのに、私は次もあると、決着はG1でなどそんなことばかり考えていて、ああ、彼女が言っていたじゃないか……。次がある、なんて傲慢なものだと。

 

「……見舞いに、行ってみるか?」

 

「私など、顔を合わせる権利もない……」

 

「今のままではルドルフもダメになってしまいそうだ。であれば権利も許可もなくても会わなくてはいけない。それはきっと君の義務であり、君への罰かもしれない」

 

 ああそうだ、私のことなんてどうでもいい。まずは彼女に謝らないといけない。それすら出来なくては本当にもう、彼女の隣に立つことはできなくなってしまう。

 予定を変更し、ミーティングもトレーニングも後回しにしてトレーナー君の車で病院に向かう。着いたのは以前私も入院していた所だ。ここはウマ娘に特化した病院だ。そこに彼女がいるという事実がまた、私の心を重くする。

 

「すみません、面会をお願いしたいのですが」

 

 いまだに心が現実に戻りきっていない私は幼子のように手を引いてもらって、すべてを任せてしまっている。受付も任せっきりにしてしまっているが、今は彼女に何を話すべきか、それだけで頭がいっぱいだ。しかし

 

「……。申し訳ありません。その、申し上げにくいのですが……シンボリルドルフ様は通さないように患者様本人から言われておりまして……」

 

 ああ……、何を言うべきかなんて考えすら傲慢だったのかもしれない。勝手に会ってもらえると思い込んで、私が彼女にしたことをもう忘れたのか? 顔すら見たくないのだろう。

 

「……分かりました。では、病室の前までお願いできませんか? 責任は私が取ります。どうか、どうかお願いします……!」

 

 カウンターにつくぐらいに頭を下げる。本来なら私もそうすべきなのだろうが、私にそんな権利があるのだろうか? 断られたのにも関わらず、厚かましく合わせろなんて言って良いのだろうか。

 それからなんどか病室に連絡をしてくれたみたいで、部屋の前までという条件で向こうから許可が出たらしい。彼女のトレーナーも来ているようで、殴られる覚悟はしておく必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人で上がってくるそうだ。シンボリルドルフはドアの前で待つらしい」

 

「そうなるわけないでしょうね」

 

 もう、ここにいることに慣れ始めてしまったある日、あいつとそのトレーナーがやってきた。当面顔も見たくないから断っていたはずなのに、受付でもめたらしい。ほんとどこまで迷惑かけるのかしら。

 

「どうする? 必要なら入れさせないようにするぞ」

 

「いいわよ、一回はっきり言わないとあのバカには伝わんないでしょうし」

 

 それから少ししてノックの後に、予想通り、二人組で入室してきた。

 

「バカお断りの伝言は聞かなかったのかしら?」

 

「責任は全て俺にある。今君と話さないとルドルフに一生の傷が出来てしまうと思ったんだ」

 

「お優しいこって。こっちはもう一生モノの傷があるっていうのに」

 

 どうやらウィットに飛んだ私のジョークはお気にめさなかったらしい。それから何を話すかと待っていれば、勢いよく頭を下げだした。

 

「すまない! 俺が、全力で走らないように、調整目的だと決めたんだ。俺のせいで君たちのレースを……、殴ってくれても構わない、何をしても良い! だから……」

 

「許してもらって楽になろうとしてんじゃないわよ。いや……、違うわね。あんた悪いとは思っても間違ったとは思ってないでしょ。それ同感。今回の件も私が無茶してダメになった。それだけの話でしょ」

 

「だが……」

 

 ああもう、面倒くさい。だがもしかしもないのよ。今更何を言われようとどうにもならないの。もう終わったこと。

 

「で、ルールを破ってまで入ってきた皇帝様はトレーナーに謝らせてだんまりってわけ? 良いご身分ね」

 

 ハッとしたように頭を下げようとするのをやめさせる。そんな事をされてもなんの救いにもなりゃしない。

 

「ったく、皮肉ぐらい適当に流しなさいよ。良いわよ、今だけは話を聞いてあげる。さて、どんな御高説をしてくれるのかしら?」

 

 いつものあいつらしくない、町中で迷子になった幼稚園児みたいに、今にも泣きそうな顔をしている。なんで、あんたがそんな顔してんのよ。

 

「すまない……、すまない……! 私は、君が無理を押して走ってくれたというのに! 何もできなかった……、何もしなかったんだ。君が教えてくれたのに、君が見せてくれたのに。私は……、君とのレースを汚してしまった」

 

「なに? 自意識過剰の悲劇のプリンセスでも気取ってんの? 演劇なら他でやって欲しいんだけど。前みたいに残念だ。ぐらいで流しなさいよ」

 

「な、なあ、前みたいに、いつもみたいに怒ってはくれないのか? 私が間違った時、君はいつだってその手で私に教えてくれたじゃないか……?」

 

「もう、そんな元気も権利もないの。私はもうレースから降りたの。そんなウマ娘に走っているウマ娘をどうこうする権利なんてないのよ」

 

 ついにはあいつが泣き崩れてしまった。ああもう、うるさいわね。勝手に入ってきて、騒音撒き散らして。ほんと何様よ。

 それからこれ以上はもう話すことも出来ることもないと向こうのトレーナーに支えられ退室していく。

 

「な、なあ。最後に一つだけ教えてくれ……。君は、もう未練はないのか?」

 

 ……その質問がどれだけ傷つけるかもわからないほど困惑してるってことにしておいてあげましょう。

 

「……G1勝って、どこぞの皇帝様にも勝って。目標は全部達成しちゃったし、潮時だったのよ」

 

 私の答えが望むもので無かったようで、死んだような顔でやっと出ていってくれた。

 

「未練なんて、未練なんて……!」

 

 勝手に漏れ出たつぶやきは誰にも聞こえなかった。そう願うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「ルドルフ、済まないがトレーナー同士で話がある。受付で待っててくれ」

 

「ああ……、分かった……」

 

 今何を言われても頭に入ってこないだろう。私はなんてことをしでかしたんだろう。何が全てのウマ娘に幸福を、だ。一人の友人すら救えない私が口にしていい願いではないのかもしれない。ふらふらと曲がり角を曲がったあたりでトレーナー君の声が聞こえてきた。

 

「すまないな……。で、実際はどうなんだ? 見た感じそこまでひどい状態に見えなかったが」

 

 その言葉に立ち去ろうとしていた足が止まる。もしや、希望は残っているのではないか? そんな浅はかな思い出で耳をすましてしまう。

 

「ああ、医者にも言われたが、骨折なんかもないみたいだ。レース直後は結構まずかったが、入院で安静にしていることもあってある程度は戻りそうらしい。この先も、レースを走れば長く間を開けなければいけないが、それでも数ヵ月、半年と時間を取れば問題ないとのことだ」

 

 ……! そうなのか! 良かった……。であれば今は難しくても彼女の気持ちが前を向けばまたレースに戻ってきてくれるかもしれない。しかし、そんな考えはすぐに砕け散った。

 

「……残酷な話だな」

 

「ああ」

 

 残酷? どういうことだ?

 

「レースを走れば長く走れなくなる。併走も追い込みもできないだろう。もし、気が変わって復帰したとしても、もう速くなることはない。どれだけ入念に計画を立てても、出来るのは現状維持だけ。それだって限界がある。今のあいつはじわじわと衰えていくことしか出来ない。宝塚を走ったあの子は、シンボリルドルフに勝ったあの子はもういないんだ。言いたくないが、いっそ諦めが付くほどの故障だったほうが心には良かったのかもしれない」

 

 なんだそれは……。地獄じゃないか。そんな彼女に私はなんと言った? どんな酷い言葉をぶつけてしまったんだ?

 

「それにな」

 

 まだ……、まだなにかあるのか? もうやめてくれ……

 

「走ろうと思えないらしい。レースに出ようと、誰かと競おうという気持ちが湧いてこないらしい。あの一戦でもう折れてしまったっと」

 

 ああ……、ああああああ……。私は、私は……、私が壊してしまったんだ……。折ってしまったんだ。

 

 

「すまない。殴ってくれても良い、ルドルフのレースが終わればなんて都合がいいかもしれないが、トレーナーだってやめていい。だから、ルドルフを恨まないで欲しい」

 

「殴って解決するなら、いくらでもやってやるさ。でも、間違ってなかった。逆の立場だったら俺も同じ様にしたさ。それに、もう疲れた。誰かを恨む気力も残ってないさ」

 

「……やめるのか?」

 

「そう考えている所だ。今までだって望まぬ引退は何度もあった。だけど今回のはちょっと重すぎた。彼女の話が終わったら次の仕事を探すさ」

 

「……そうか」

 

「そっちもこれからが大変だぞ? シンボリルドルフ、あれ大分とやばい。かなり、追い詰められてる。ちゃんとフォローしてやれよ?」

 

「ああ、きっと彼女が最後の担当になるだろうし、責任は持つ。次は二人でラーメンの屋台でも引くか?」

 

「はは、そりゃいい。こんな仕事より、少しは楽になるかもな」

 

「ああ、トレーナーなんて本当に難儀な仕事だよ」

 

 

 彼女だけでなく、私は二人の素晴らしいトレーナーの未来さえ奪ってしまったのか? これではまるでウマ娘を、皆を不幸にしているではないか……。

 

 なあ、私はどうすればよかったんだ? 誰か教えてくれないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうそろそろ夏休みも終わるという頃、後輩たちが見舞いにやってきた。学園の後輩たちには教えてないはずなのに、どこから聞いてきたのかしら。事前に連絡をもらってトレーナーも同席している。この前みたいな、いや、あいつはまだマシだけど招かれざる客が来るかもしれないと、来客は全て同席するらしい。自分の仕事は良いのかしらね?

 

「先輩! 大丈夫なんですか!? どうなんですか!?」

 

「ちょい落ち着きや。それにここは病院やで」

 

 飛び込んで来たシチーをなだめながらタマも入ってくる。二人だけかと思えば

 

「随分な格好だな。人に無事帰ってこいなんて言ってたやつとは思えないな」

 

 なんで、シリウスがいるのよ。あんた今年いっぱいは少なくても海外にいるって言ってたじゃない。ああそうか。情報源はこいつか。

 

「人をなんだと思ってるんだ? 動物でもあるまいし飛行機に乗りゃすぐにこれんだよ。それでも今日まで時間がかかっちまったがな」

 

「シリウスから先輩が入院したって聞いてな。飛んでこようとおもてんけど、ばらばらに見舞いしても迷惑やと思って、そろうまで待っててん。遅なってすまんかった」

 

 余計な気を利かせて、生意気なのよ。でもね、ありがとう。言ってあげないけど来てくれて嬉しいわ。だけどねえ、トレーナーその生暖かい目をやめなさい。

 それからたわいもない話で盛り上がる。怪我の事は聞かれないから話さない。気を使われてるのがわかるけど、今だけは乗せられてしまおう。嫌なことから目をそむける時間ぐらい私にも必要だ。

 喋りっぱなしでいつの間にか時間が来た。三人ともいそいそと帰り支度を始める。そんな中シチーがピタリと動きを止める。どうしたんだと見ていれば泣きそうな目で問いかけてくる。

 

「先輩……、いつ、レースに戻ってきてくれるんですか? もう天皇賞で走ろうなんて言いません。だから戻ってきてくれますよね?」

 

「アホ! シチー! その話はなしや決めたやろ!」

 

 後輩にまで気を使われて情けないわね。口を出そうとするトレーナーを止める。これは私の口から言わないといけないことだから。

 

「そうね、いつ戻れるのかしら。三ヵ月後か半年後か」

 

 その言葉に三人に希望が見える。でも、ごめんね。

 

「次会う時は柵を挟んであなた達はコースの上に、私はスタンドに。呼んでくれれば見に行ってあげるわよ」

 

 きっと一番聞きたくなかった言葉でしょうね。私も一番言いたくなかった言葉ですもの。お通夜みたいな空気の中下を向いて震えているシチーが心配になる。声をかけようとして、

 

「なんでなの!」

 

 思いっきり頬を叩かれてしまった。

 

「なんなのそれ! 人には言うだけ言っておいて自分は怪我したぐらいでもう諦め顔? ふざけんじゃないわよ! そんなの……そんなの……、私が大好きな先輩じゃない!」

 

 時間より先に感情に限界が来たみたい。走って出ていったシチーは確かに泣いていた。いやはや最低な先輩になっちゃったわね。

 

「……これは私にはもう必要ないものになったな。じゃあな」

 

 シリウスも机の上にごとりと重い音を立てて何かを置いて出ていく。ああ、あれは渡した蹄鉄、突き返されちゃったか。まあ、こんな情けない姿見せたら仕方ないわね。

 

「……うちな、しんどい時も嫌になる時もあってん。諦めようかと思ったこともやで。でも先輩がレースのことを楽しそうに話してるのを見て、タマモクロスなら出来るって言ってくれたからまだ頑張れてる。だからうちからは何も言えん、だけど待っとるで」

 

 最後にタマも神妙な顔で出ていった。来た時もうるさいのに、出ていくときまでやかましいんだから。

 

「レースを走れない先輩なんてこんなもんよね。ふふ、なんでトレーナーが泣いてるのよ」

 

 でも、ありがと。私はもう流す涙も枯れちゃったみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは皆さん! 改めて日本のウマ娘を代表して海外に挑むシンボリルドルフさんに大きな拍手をお願いします!』

 

 夏休みも終わり、再開して学園で大勢に囲まれながら盛大に私の壮行会が行われている。ああ、反吐が出る。私などが代表していいわけないだろうに。一人静かに海を渡ったシリウスにはこんなこと行わなかったというのに。ああ反吐が出る。こんな事を考えながらでも皇帝の仮面を付けて笑顔で手を振る自分自身が何より浅ましい。今だって勝負服も着ているが、元に戻っただけのはずの左の手袋がなぜか痛ましく見える。病院に行った次の日、もう必要ないからと、トレーナー君経由であるべき場所に戻ってきた、預かっていたものも私の元を離れていった。ああ、もう私は背負うことも許されないのだな。

 それでも壮行会は進んでいき、いよいよ最後に花束贈呈なんてアナウンスが流れたときだ。

 

 

「ちょっと待ったー!!!!」

 

 突然講堂の扉が開き、クラスメイト達がやってくる。どうしてだ? こんな私を見限って誰も参加しなかったんじゃないのか?

 会場が騒然となる。どうやらサプライズでもなく本当に予定にないことらしい。職員達もどうしようかと、それでも職務に真っ当に彼女たちを追い出そうと動き始める。やめてくれ、もう誰も居なくならないでくれ……!

 

「ま、待って……」

 

「待ちたまえ!」

 

 私の情けない声は理事長の覇気のある声にかき消されてしまった。

 

「わざわざここに来たということは何か言いたいこと、したいことがあるのだろう! 私が許可する!」

 

 理事長の一斉で入り口から私のところまでに道ができる。クラスメイトたちは堂々と私の元まで歩いてくる。そうして手渡されたのは

 

「空箱?」

 

 なにも入っていない小ぶりのダンボールだった。そうだな……何もない私に送るものなんてないに決まっている……。

 しかし、次の瞬間、小さな、でも確かな重みが伝わってきた。

 

「はい、これ皐月賞で負けた時の蹄鉄」

 

「私はダービーの時のやつ」

 

「こっちはマイル路線だからね、模擬レースの時のやつだよ」

 

 口々にレースの名前を言いながら箱の中にガチャガチャと金属音を立てながら入れていく。空っぽだった箱にどんどんと重さが溜まっていく。

 

「もしかして、私と走ったレースのものなのか?」

 

「あ、覚えてたんだ。そうだぞー、ルドルフにボッコボコにされた恨みが籠もった蹄鉄、魔除けにはちょうど良いでしょ?」

 

 それは今の私には重すぎる……。私は託されるべきウマ娘ではないんだ……。

 全員が入れ終わる頃には空っぽだった箱はずっしりと重くなっていた。聞けばすでに学園を離れたものからも残していないか聞いて回ってくれたらしい。 

 どうすれば良いのだろうか、どう答えればいいのだろうか。迷っている内にまた入り口の方からざわめきが聞こえてきた。そこに居たのは

 

「ったく、車椅子ってほんと動きにくいのよね、あっ! もっと丁寧に押してよね」

 

「もー、うるさいなー。はい、ここからは自分で歩くんでしょ。でもほんとに大丈夫?」

 

「ええ、最後ぐらいはね?」

 

 車椅子をルームメイトだった彼女に押してもらいながら、それでも最後は自分の脚でと松葉杖を使ってなんとかこちらに向かってくる。私よりも背が高く、ピンと張った背筋はそこにはなく。でもそこにいるのは誇り高い姿だった。時間をかけ、二人が私の前までやって来る。

 

「ルドルフちゃん、お久しぶり。学園にまで来ちゃった。はいこれ。私は一緒に走れなかったから秋華賞を勝った時のもの」

 

 重い、重い一つが箱に入る。

 

「どこぞのバカが勝てなかった宝塚記念を勝ったありがたい蹄鉄よ。あんたなんかにもったいないけど、仕方ないから託してあげるわ」

 

 重い。持っていられないと錯覚するほどに感情が箱には詰まっていった。そうだ。何を寝言を言っていたのだ。私は、シンボリルドルフは背負わなければいけない。彼女が夢を実現したように、私も海外で勝たなければ。そうでなければ、海外で勝った私に勝つという夢も嘘になってしまう!

 

「ありがとう! 確かに受け取った!」

 

 そうだ。私は打ち負かしてきた夢の上に立っているのだ。何があろうと立ち止まることは許されないんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一着二着はフランスのシーバードとイタリアのリボー! こちらからでは同着にしか見えません! そこから一バ身で日本のシンボリルドルフ! 惜しくも入着に終わりましたが、これは誇るべき偉業で』

 

 私はそっと病室のテレビを消した。これ以上見てたらあのバカの顔を見なくちゃいけないんだもの。

 

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