活動報告の方にお礼と次に関して乗せています。そちらでは質問にも回答できると思うのでよろしければどうぞ
支援絵まで頂いて本当にありがとうございました。小説詳細の方にありますのでぜひ。
夜が明けた。いつもと同じ時間に起きるはずだったのに、目覚ましが鳴るよりも早く、私の今日は始まった。役目を果たす必要がなくなった目覚まし時計から電池を取り外し、引出の中にしまう。
「もう、今日は必要ないものね」
さあ、今日こそついに有馬記念。泣いても笑っても今年最後の大一番だ。意識しなくても緊張してしまっているのだろう。いつものルーティーンは既に崩れた。ならば
「後は野となれ山となれ、ね」
なんてことはない。いつもと同じ、やるだけのことはやってきたのだから。
朝日が窓から入り込む時間。一つ一つ身だしなみを整えていく。今、いくらやったってどうせ現地に着いたら一からやり直すことになる。だけど、なんとなくいつもより時間をかけていた。
いつもレース当日は決まったものを食べている。納豆なんてあんまり好きじゃないのに、トレーナーに言われてからいつの間にか食べるようになっていた。なんでも息子さんに言われて、それから大事な時に食べているってのろけていたっけ? でも息子さんは他のトレーナーの話を聞いてまねしてるらしくて、それを知った時は随分と落ち込んでたわね。そんな話を聞いたのはいつだっただろうか。もう思い出せもしない。それでもなんとなく、言われたからでもないけれど私も同じ様になっている。これから走る、踊る、人前に出る乙女に勧めるようなもんじゃないでしょうに。ほんとデリカシーがないんだから。
カウンターで注文しようとしたら、納豆の小鉢が置いてあるお盆が準備されていた。前を見ればにっこりと笑っている料理主任なんて肩書のみんなお世話になっているおばちゃんの優しそうな笑顔があった。……覚えててくれたんだ。夏の時は合宿所から直接レース場に飛んだから前に食べたの宝塚の時よ? ほんと、色んな人に支えられてるんだなって。
食べるものだけでないなにかを噛み締めながら食事を終え、入念に歯磨きと口臭のケアをして出発の準備を終える。調子がいいなら軽くアップしても良いかもしれないけど、今の私じゃそんなことも出来ない。
出発するには早すぎる時間に駐車場に向かう。約束どおりトレーナーが自分の車の前で待ってた。
「おはよ、相変わらず納豆臭いわよ」
「おはようさん。勝負の日だって気になるだろ?」
文句を言いながらも、実際にそうなんだから刷り込みって怖いわね。年末のこんな時間だ。寒いとしか言えない気温に二人して車の中にとっとと撤退する。中に入れば暖房を入れておいてくれたみたいでほっ、と温まる。
「そんなに寒がるなら車の中で待っておけばよかったんじゃないの?」
「そんな薄情者に見えるか? 本当なら外で決意表明でもしようかと思ってたけど、あんなん無理だわ」
ほんと締まらないわね。まあでも、これぐらいが丁度いい。
家族にはかなり不評らしいクラシックなスポーツカーに乗って進んでいく。時代錯誤としか思えないようなうっさい音に、乗客のことをなにも考えていないとしか思えない振動。車内には入ってこないけど、臭くて真っ黒な排気ガスを垂れ流してるんでしょうね。
「そう言えば、今日は車なのね」
いつもなら、それも遠征なんて距離にもならないのであれば大体は学園が出すバスに乗って移動していた。あれ椅子が硬くて好きじゃなかったんだけど、この車に比べれば充分快適だったのね。今回もバスで向かうと思っていたんだけど。何日か前に急にトレーナーが自分の車で送ると言い始めたのだ。
「まあな、今日ぐらいは一人で……いや、二人で向かう方がカッコつくだろ? それにシンボリルドルフがバスで向かうって聞いてな。同席するのはレース前にちょっとあれだろ?」
あいつがバスを使うなんて珍しい。それこそ、いつもトレーナーに送迎してもらっていたはずなのに。それに別にあいつともうギクシャクはないけど、現地に着く前から顔を合わせるのは確かにちょっと。
「しかし、あの子も変わったよな。今年最後のレース、今日同じ場所で走るウマ娘と話しながら一緒に行きたかったらしい。……それは良いんだが、トランプなんか準備してたらしくてな? けどそれは流石に没収されたそうだ。笑えるだろ?」
……ここに居なくても頭が痛くなってくる。盤外戦術か? あんたは良くてもレース前に、それも同じレースで走る子たちがいるような中でなに考えてんの。ほんと、あのナチュラルバカは……。
しっかし、日曜日朝っぱらから混んでるわね。ちょっとみんな勤勉すぎない? そんな当然の疑問を投げかければすごい顔をされてしまった。いや、運転してるし、私助手席だし横顔しか見えてないけど絶対ひどい顔されてるわ。
「言わなきゃわからないか? 今日は有馬記念だぞ? 少しでもいい場所を取るために決まってるだろ。もっと言えば徹夜組もいるぐらいだ」
ああ、去年そんな話をした記憶があるわ。そりゃみんな同じ方向に向かっていくわけだ。
「そ。まあいいわ、他に面白い話ない?」
「君が始めたんだろ……。そうだな。君は今回ファン投票二位、事前の人気投票は四位だ」
えらく応援されちゃったわね。でも、実際の投票と差があるのはまあ、そういうことなんでしょ。言いたくないけどあいつの影響もあるでしょうね。
「一番人気はシンボリルドルフ、そこからミスターシービー、クラシックだが二冠ウマ娘のミホシンザン。それから君だ」
三冠ウマ娘、三冠ウマ娘、二冠ウマ娘。聞けば聞くほど何で私がその位置にいるんでしょうね。
「同期の三冠、先輩の三冠。おまけに後輩の二冠までいてよりどりみどりね。でも、四番人気ってのはいいわね。気にいったわ」
「なんでだよ。四だぞ四。不吉にしか思えないんだが」
「そうね、でもなんでかワクワクするの。有馬記念の四番人気をなんか気に入ったの。不思議よね、なにかジンクスがあるわけでもないのに」
結果はどうなるかはわからないけど、今日はいい日になりそうだ。
混雑を避けるために裏口から入ってきたけど、正面口のあれはやばいわね。まだ昼にもなっていない時間なのになんであんなに人がいるのよ。それに確かもう開場してるはずよね。いや。やばいでしょ。
いつぶりかの中山の控室。もう来ることはないと思ってたんだけどな。
「じゃあ、準備始めるから。出てって」
「少し早くないか? まだ時間はかなりあるぞ」
良いじゃない。今日ぐらい浸ったって。もう着ることもないと思っていた勝負服。袖を通していく。いつもなら面倒くさいとしか思わなかった煩わしい手順も今日だけは格別だ。
着替え終わっておかしなところがないか確認していたら携帯がなった。誰かなと確認すれば。
『やっとだね。スタンドだけど私もいるよ』
一見意味のわからない短いメッセージ。でも私には伝わった。約束覚えていてくれたんだ。そうよね、あなたが忘れるわけないもんね。
それからトレーナーを呼び戻して作戦会議を行う。前はあいつだけをマークするなんて作戦とも呼べないようなものだったけど、今日はどうしようか。トレーナーに聞けばいい笑顔で
「なにもない。君の好きなように走ればいい」
まったく、それじゃトレーナー失格じゃないの? でもまあ、そうよね。そんな日が有ってもいいでしょうし、多分今日はそんな日だ。
ちょっぴり警戒していたバカの襲撃もなく、なにもない時間が過ぎていく。なにもないけど、今の私にとっては一度失ったと、もう手に入らないと思っていた時間だ。それを噛み締めながら時が進むのを待つ。
いよいよパドックの時間だ。ここから時間が一気に流れていく。最後の、でも最後じゃないパドック。いつもどおり行きましょう。
私の番が来た。色々考えたけどやっぱりこれが一番しっくりくる。腕を組んで仁王立ち。可愛げがないだの、もっとファンサービスをしろだの言われてきた。でも、だって私だもの。
落ち着いた気分で見渡せば私の名前が書いた応援幕があった。えーと一攫千金の勝利を! ですって? ったく、私の名前とかけてるんでしょうけど、もう少し良いの有ったんじゃない? しかもいつもの人たちじゃん。あ、剥がされた人もいる。いつの間に仲良くなったのよ。見ちゃったから仕方なく手ぐらいは振ってあげる。あなたたちとも長い付き合いになったわね。そうして変わらないけど変わっていくものを見てパドックは終わった。さあ、後はコースにでて、走るだけだ。
地下道を歩く。私としてはさっさと出てしまいたかったんだけど今日走る全員に最後に出てこいと言われてしまった。別に一番人気でもファン投票一位でもないんだからなんでそんなことしないといけないのかと、不思議に思っていたけど、前に見えるやつを見て担がれたんだと理解した。
「やあ」
「ねえ、私皆に最後に出てこいって言われたの。あんたもさっさと行ってくんない?」
「奇遇だな。私も最後にと言われたんだ」
でしょうね。ほんとおせっかいばっかりなんだから。
流石にこいつもこのタイミングでふざけるようなバカではないみたい。なにも言わず、二人並んで出番を待つ。待ってるには良いけど、これいつ行けばいいの? 嫌だけどこいつしか居ないし聞いてみればしたり顔で
「なに、なにも考えなくても分かるさ。ほら聞こえてくるだろう?」
耳をすますまでもなく、実況の声と歓声が聞こえてくる。
『さあ! 有馬記念を走るウマ娘達が続々と登場しています!
地方から来た猛獣、ステートジャガーだ! 悲しい事件もありました。しかし、彼女は帰ってきた! ならばもう言うことはありません! 今こそ、その真価を見せる時!
二人並んでの入場はサクラガイセン、サクラサニーオーだ! サクラ軍団の誇りにかけてグランプリの借りはグランプリで返す! そして若きウマ娘も虎視眈々と栄光を狙っているぞ!
その後ろにはミホシンザンだ! 偉大なる名前を受け継ぎ、その名に恥じぬクラシック二冠! 三冠ウマ娘何するものぞ! 下剋上の時は今!
次に出てきたのは我らが三冠ウマ娘! ミスターシービー! 天皇賞連覇という偉業を引っさげ先輩三冠ウマ娘の威厳を見せに来た!
そして! そして! 本来公平であるべき実況として言うべきではないのかもしれません! だが、それでも私はこう言いましょう! 今日の主役はこの二人だと! 親愛なる皇帝! 永遠の友人! 二人が並び! それぞれの誇りを左手に携え! 今! 堂々の入場です!』
いや、もうテンション高すぎでしょ。たかが本バ場入場でここまでうるさいの初めてよ。それに親愛なる皇帝ってなによ。永遠の友人てなによ。ちょっと夢見過ぎじゃない?
「今回は特別だそうだ。自分で言うのも何だが、今までにない豪華なメンバーだ。URAも盛り上げたいのだろう。気分はどうだい? 永遠の友人さん?」
「次それで呼んだらひっぱたくから。後、あんたは親愛なるじゃなくておバカな、でしょ。ったく、これじゃプロレスかなにかじゃない。少しは慎みを持ちなさいっての」
それでも気分は高揚する。まるで私が今日の主役の様に勘違いしそうだ。……いや、私も、主役なんだ。弱いウマ娘なんて一人も居ない。ここにいるのはグランプリを、G1を、皇帝の首を取りに来ている奴らばかりだ。ああ……いい。やっぱりこの興奮は手放せない。
観客から視線が飛んでくる。ウマ娘達から視線が飛んでくる。ああそうだ。これだ。これこそがレースの熱だ。身を焦がす、心すら燃やし尽くす。それでもなお手放すことの出来ないもの。ああ、やっぱり私はウマ娘なんだ。
ストレッチもそこそこに準備を終えた私は手持ち無沙汰になってしまう。トレーナーとはもう話すことはないし、一緒に走る子たちに話しかけるわけにいかないし。どうしようかと思ったらスタンドの方に見知った顔を見つけたのでからかいに向かう。
「いつかに言ったみたいに柵を挟んでになっちゃったわね。立ち位置は逆だけど」
三バカ後輩に面倒くさいからみをすることに決めた。タマは実績不足、シチーは調整が間に合わず、シリウスは留学扱いになっているために出走できずだ。三人とも走れないと決まった時謝りに来たから蹴っ飛ばして追い返してやった。
「言いよるなあ。ちょっと前まではあんなおとなしかったのに。もうちょいあのままでも良かったんちゃう?」
「そんなこいつ気持ち悪いだけだろ」
「先輩ー! 頑張ってくださいね!」
シチーは後でご褒美でもあげましょう。で、ちっこいの偉そうなのは覚悟しておきなさいよ。
レース前に相応しくないような軽いやり取りだ。さっきと言ってることが違うけどこれも私だ。じゃれているうちに時間がきて集合の声がかかる。最後に三人の頭を撫でてあげて
「よーく見ておきなさい生意気な後輩ども。偉そうな先輩は結構すごいって見せてあげる」
これぐらいの意地ははらないとね? 結局トレーナーとは何一つ話さなかったけど問題ない。もう大丈夫だから。
ファンファーレが鳴り響く。私には縁がないものだと思っていた。だけど今、私はこちら側にいる。偶然も幸運も有っただろう。実力だけでここに来たとは言えないだろう。でも今、私はここにいる、なら後はもう走るだけだ。
ゲートに入る前あいつと視線がぶつかる。ああ……悔しいけど、レースの時のあいつは、やっぱりちょっとかっこいいわね。
狭苦しいゲートの中その瞬間を待つ。もう会うこともない、入ることもないと思っていた大嫌いなゲートもこうなれば少しは愛着が湧く。思ってみれば私、なぜか嫌いなやつによく好かれてる気がするわね。
そんなバカみたいな事を考えていればいよいよ準備が出来たようだ。
さあ、さあ! さあ!! いざ! 尋常に勝負!!
終わった、終わってしまった。ああ、言葉にすればあっという間なのになんて濃密な時間だったんでしょう。どこまでも響いていきそうな、耳をふさぎたくなるような歓声も今だけは心地いい。
「どうだ! 私は強かっただろう!」
……ったく、いい気分が台無しじゃない。でも、今だけは勘弁してあげましょう。
「はいはい、つよーござんした。これでいい?」
「ハッハッハ、知っているとも。それもそうだが、大丈夫か?」
ふてぶてしい顔を急に暗くしてんじゃないわよ。
「もう、だめね」
「な!? 待ってろ! すぐに担架を……」
「この後ウィニングライブで踊らないといけないなんて最悪だわ」
「は……? 心臓に悪い冗談はやめてくれ……」
どうせあんたの心臓なんて毛がボーボーでしょうに。
終わってしまった結果は残念だ。でもそれよりも、順位よりも大事なことがある。
「ねえ」
「なんだ、もう冗談に付き合う気はないぞ」
「私……スズカコバンっていうんだ」
「……今さらだな。私はシンボリルドルフだ」
「それこそ今さらね」
どれだけ長い時間をかけたのだろう。本当に今さらだけど、今だから、きっと今がその時だったんだ。
「ねえ、ルドルフ」
「なんだ、コバン」
「私、あんたと皐月賞で走ってからずっと大嫌いだった。ずっと嫌なこと、辛いことばかりだった。でもね、今は少し、ほんのちょっぴりだけ、楽しかったと思えるわ」
「そうか……、そうなのか……。私も楽しかったよ。君と出会えて私は自分が一人のウマ娘だということを、レースを走るということを知れた気がするよ」
私達の番号が輝く掲示板を背に二人並んで、勝者を称えるために、私達は左手を天高く掲げたんだ。
「ねえ、なんで新年早々生徒会室に呼び出されなきゃいけないのよ。しかもあんた以外誰も居ないじゃない」
「手伝ってほしいことが有ってね。これを掲げるのを手伝ってほしいんだ。おっと幕は取らないでくれよ? 付けた後私が外すんだからな」
指さされた先には長いなにかが机の上に置かれていた。え、面倒くさいんだけど。そうは言ってもこのバカ、面倒くさいモードに入っているし、さっさと片付けたほうが楽そうね。持った感じ額縁? 何なのかしら。
「これは、君と二人で掲げたかったんだ」
なんか感慨深そうにしてるけど意味がわからない。同感してほしいなら先に説明をしなさいよ。
でバカがドヤ顔しながら幕を取り払った先にはなにか文章が書いてあった。えーとなになに?
「Eclipse first, the rest nowhere. ……ってあんたこれ」
「ああそうだ。唯一抜きん出て並ぶものなし。我々はついにシンザンを超えた。ならば次の目標が必要だろう。どうだ? 中々のものだと自負しているんだが」
あんたねえ……。超えたって言ってもそれはあんただけだし、他のウマ娘はどんな気持ちでこれを見ればいいのよ。まだ、最強の私にかかってこい! とかのほうがバカっぽくてまだましよ。
「これ、メチャクチャ意訳すれば頂点は一人ってことでしょ? よくそんなのを一緒に掲げたいだなんて言えたわね」
「な!? ダメか!?」
うろたえてるバカを尻目に書くものを探す。えーと、丁度いいのがあるじゃない。転がっていたマジックペンで額縁の上から追記してあげる。こんな時はこの身長で助かるわね。
「はいできた。マシになったんじゃない?」
「え? ああ! なにをしているんだ!? この後理事長が見に来るんだぞ!」
「安心しなさい、水性ペンよ。ほら」
「っと、投げるのは行儀が悪いぞ。水性ならまだ……いや、よくはないが。……油性マジックじゃないか! どうするんだ!?」
情けなくあたふたしているバカをほっておいて、いつかみたいにソファーに座る。前も思ったけどこれ座り心地いいのよね。
「そんなのどうでもいいから喉乾いたわ。手伝ってやったんだから早く準備しなさい。あ、そうそう、私ミルクと砂糖たっぷりの甘ったるいのも好きなの」
まだ慌てているバカを見ながら私も視線をあげる。これでいいでしょ。ウマ娘はいつだって負けてらんないんだから。
「Eclipse first, the rest nowhere.
そんなバカを追い抜いてやれ」
綺麗な印字の下に私の文字が並ぶそれを見て、またやかましい日々が続くのだと、少しうれしく思ってしまった。
皇帝の見えない折れた杖 完
バカみたいに長い時間をかけて自己紹介する話でした
彼女ととても大事な「最初の三年間」を、共に乗り切ることができたのだ
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あんなジャジャウマ娘放っておけない
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次の担当ウマ娘を探しに行こう