「はい。これホワイトデーのやつ」
「おお、君が素直に渡してくれるとは。ありがとう、嬉しいよ」
忙しくもない時期のはずなんだけど、一ヶ月前に色々貰ってしまったせいで今日はお返しにあっちこっち回らなければいけない。まずは嫌だけど関わりが深いあいつも含めて生徒会室に来た。
「おや、マシュマロとグミか。中々珍しいお返しだな」
「あんただけの特別よ。感謝しなさい。はい、あんたたちにはこれ、チョコレート」
貰ってしまった以上は返さないわけにはいかない。他にも庶務の子だったりタイミングよく部屋に居た子には直接渡して、居ない子にはここに取りに来る様に伝言を頼んでおく。
「はは、お返しを貰えるなんて嬉しいよ。でも会長の分は……」
やめなさいフジ。それ以上言うとあんたがホワイトデーはケーキを食べたいって噂流すわよ。しっかし、なによこのチョコレートやらなんやらの山は。梱包されてても匂ってきそうだわ。どうやら生徒会の面々は大層人気らしく毎年もらった分を返すだけでこの有様だそうだ。私はそこまで大量に貰ってないから大丈夫だけど、あんたらこれよくやるわね。
「はは、なにヒシアマ姉さんの腕の見せ所ってね。だけどバレンタインの時は先輩宛の箱の中、数は多くなかったけど凝ったやつ多かったんじゃないかい?」
やめなさい。思い出したくも無いんだから。ああもう。どうして私なんかに集まるのやら。それとそこのバカなにニヤニヤしてんのよ。
「いやいや、クラスメイトから貰ったお返しでね? 今年の出走計画を渡してきた者が居てね。ああトレーナー君と相談しないといけないと思ってね」
誰よそのバカは、いや候補が多すぎる。いつからか我がクラスではバレンタインは宣戦布告の場になっているし、ホワイトデーも同じくだ。いやはやなにを考えているのやら。
さ、もうここには用はないし、次に行きましょう。声だけかけて部屋を出ようとすると肩を掴まれてしまった。なによ、ブライアン。
「おい、私の分は無いのか」
「私の分って、あんたから貰ってないわよ。なに言ってんのよ」
「そうか、そうなのか……」
ああもう、この末っ子は……。なんで渡してもないのに貰えるのが当然みたいな顔が出来るのよ。仕方ないわね。
「ほら、キャラメルあげるから。これでも食べてなさい」
「ふん……、最初から出せ」
生意気な末っ子に制裁でもと思ったけど、あんたのその尻尾を犬か? ってほどに嬉しそうになられるとそんな気もしぼんでいく。ほんとハヤヒデが猫可愛がりするのもちょっと分かる気がするわ。
「はいはい、じゃあもう行くから」
さあ、次はどこに渡しに行きましょうかしら?
なんてことを考えてたらトレーナーから呼ばれて部屋に行けば手渡されたのは袋入りの煮干しだ。はあ? 何よこれ?
「何ってお前、今日はホワイトデーだろ。ちゃんとお返しは渡す主義でな。最近マシになったとは言えまだまだカルシウムが足りてないだろうからな」
こん野郎は……! わざわざそのためだけに呼んだのならあんたの頭で煮干しを粉々にするんだけど?
「喜んでもらえて何よりだ。で、本題だけど来月から一人ウマ娘が増えることになると思う。まあ、担当が増えるって話だ」
「へえ、男ってやっぱり若いウマ娘が好きなのね。ああ、私ついに捨てられるのね」
「真顔で言うな、怖いから。うちのせがれが手伝ってるレーススクールにいる子でな、そのつながりでだ。キングヘイローって子だ」
ふーん、まあ未だに担当は私一人だけ、その私も年に数回しかレースに出ないしトレーニングもまちまちだから、学園から色々言われたのかもね。傍から見れば腕だけは良いからね。でもなんで今さら?
「あのなあ……、今までだってスカウトはしてきたさ。だけど良い所までいってもスズカコバンの担当だと言えば一歩引かれてそのまま音信不通だ。気にしなさそうなウマ娘は他の奴らが持っていくしで大変だったんだぞ?」
人のことを厄介者みたいに言わないでくれる? そもそも私が居たからって何なのよ。そう言ったら無言でため息をつかれてしまった。ほんと一回話し合いが必要なようね。
それからちゃんと用意してあったバームクーヘンをどうせだからと一緒に食べて次を探す。これ今日一日で配り終わるのかしら?
「はい、これあんたたちの分」
三バカ後輩を探すのもめんどくさくなって呼び出して渡していく。タマは少し遅れるみたいだから先にシチーとシリウスに渡しておきましょう。シチーはブランドのチョコレートをくれたから同じ様にチョコレートを、でシリウスなんだけど……
「おいおい、なんでクッキーなんだ。同じものかせめてマカロンぐらいは持って来るんだな」
そう言いながらもしっかりと渡した袋を掴んでいるシリウスに頭が痛くなる。なんで後輩からバレンタインにマロングラッセなんてもらわないといけないのよ。フランスに居てキザな仕草でも覚えてきたのか。正直どうしたものか、どう受け取ったものかは悩んだけど。取り敢えず当たり障りのないものを返しておいた。これで間違いないはずだ。
「ねえ先輩、これ結構良い所のやつじゃない? 前に雑誌で見たことあるんだけど」
「後輩がいちいちそんなこと気にしてんじゃないわよ。あんたが好きそうだから買ってきてあげたのよ、感謝しなさい」
先輩大好きー! なんて言いながら抱きついてくるシチーをベリベリと剥がしていく。まあ、これくらい喜んでくれるなら渡した甲斐があるってものね。後シリウス、机の下で足踏んでくるのやめなさい。ひっぱたくわよ。
「おー、遅なってもうたな、すまんすまん」
やっとタマが来た、なんでもオグリが結構な量を貰っていてそのお返しの準備で大変だったらしい。だけど、タマも同じぐらいの量を貰ってるし芦毛の二人は今日も人気者ね。
「はいはい。でこれ、ホワイトデーのね」
「おお! あんがとさん! 開けさせてもらうで……、これティラミスやったけ? 洒落たもんありがとな!」
はいはい。ったく、あんたが高いものは苦手なんて言うからわざわざ作ったのよ? もっと感謝しなさい。……ちょっと、シチーもシリウスも何よその目は。
「なあおい、私のこれ市販品だよな? どういうことだ?」
「後輩差別はダメだと思います!」
なによ、あんたたちの分も結構良い所の奴買ってきてあげてるんだから文句言わないでよ。ちょっと目が怖いわよ?
「なんや、自分らこれが羨ましいんか。しゃーないなあ、取皿持って来たるから分けて食べよか」
「いや、そういうわけじゃ……」
「タマモ先輩、悪いですよ」
「どうせ、ウチだけやと食べるん大変やし、持って帰ったらオグリにパックリいかれてまいそうやしな。遠慮せんでええで。ほら皿とか持ってくるから机の上空けといてや」
結局タマに押し切られてしまったみたいね。ほんとこの子は優しすぎると言うかなんというか。ああもう、私の分まで持ってこなくていいわよ。贈り物を自分で食べるほどマヌケじゃないわよ。じゃあ、もう行くから、喧嘩するんじゃないわよ。
それから色々渡していって、後はラッキーにキャンディを渡して終わりって時にバカがやってきやがった。あの顔はあれね、面倒くさいときのバカね。
「おい! フジから聞いたぞ! このマシュマロとグミの意味をわかっているのか?」
「分かってるに決まってるじゃない。私の気持ちちゃんと受け取りなさいよ」
いつも口に出しても聞かないバカだからもので送ってあげたのは正解みたいだ。さっきまであんなに喜んで居たバカが面白い顔してるわね。
「く、今までくさやだの臭豆腐だの酷いものばかり貰ってきてやっと今年はまともなものが貰えたと思ったのに……」
耳も尻尾もどんどん萎れていく私的にはいい気味なんだけど、流石にここまで落ち込まれると私が悪いみたいな錯覚を起こしちゃうわね。仕方ないわね、残ってるのは……、げえ、最悪なものしか残ってないじゃない。これを渡すのは……。ああもう、そんな目で見るのはやめなさい! これあげるから!
「これは……、マドレーヌか? これにも酷い意味があるんじゃないだろうな」
「ええそうよ。だから調べるんじゃないわよ? これ以上情けなくなられたら笑いすぎてお腹壊しそうだもの」
次の日、エアグルーヴとフジに聞いたらしいバカがいつもの200%増しのうっとうしさで絡んできて来年は絶対何も渡さないと心に決めた。
「勝負服も久しぶりね」
今日は一年ぶりの宝塚記念。去年の勝者として、連覇を狙いに行く。正直勝てるとしたらここが最後のチャンスかもしれない。だけど、まだ誰一人として達成していない宝塚記念の連覇。燃えないわけがない。既に本バ場入場も終わり体をほぐしている所だ。お祭りとは言え上半期の総決算、皆ピリピリしていい空気だ。
「今回は私が勝たせてもらう」
それだけを言ってバカも……ルドルフも自分の世界に入っていった。あいつはあいつで有馬からのグランプリ連覇。そして去年の取りこぼしを持っていくために気迫充分以上だ。だけど、私も負けるわけにはいかない。ルドルフにだって……
「ついにお互い勝負服着て走れるなあ。白い稲妻の走り見せたるで」
そう、今回はタマもいる。出走一覧が出た時に
『先輩はともかく会長までおるなんて聞いてへんで!』
なんて舐め腐った事を言っていたのはどこへ行ったのやら。ここに来るまでに春天を勝っている実力は本物だ。それどころか私よりも何枚も上だろう。
「は、生意気言ってんじゃないわよ。今日はシチーもシリウスも見に来てんのよ。泣きべそをかいて笑われないようにしなさいよ?」
それでも私は虚勢を張る。私は去年の宝塚の勝者スズカコバンだ。皇帝だろうと稲妻だろうと逃げも隠れもする気はないわ。
いよいよの時間だ。後二人ゲートに入ればすべてが始まる。プライドを懸けた時間が今始まる。
出だしは悪くない、それどころか良いぐらいだ。前回同様後ろ目に付いて後半で差すレースを考えながら場所を取っていく。しかしいつもなら近くに来るはずのルドルフも後ろにいるはずのタマもチラッと見る程度では見つからない。後ろはそんなに人数が居ないはずなのに、何か有ったのか? その懸念はホームストレッチの後すぐに分かった。二人共集団の前に位置している! やられた! あの二人の末脚は今日のメンバーの中でもトップクラスだ。そんな二人に後ろから、それも集団の先頭を走っているのを差し切るのはかなり厳しい。こうなればスタミナ切れで垂れでもしないとやばいけどあの二人はどっちも春天3200で勝っている。クソッ! 去年の勝ち方に意識を持っていかれすぎた! かと言ってここから無理に前に上げていくのもかなりつらい。厳しい勝負になるけど最後の直線にかけるしか無いか……!
向こう正面、ストレートで出来る限り、それでも最後の脚を残しながら出来る限り前との差を詰めるために速度を上げていく、しかし、二人に近づくどころか、順位を上げることすら出来ない。 ああくそ! あいつらペースをどんどん上げてやがるんだ! 私がそれに気づいたのは最後のコーナーを曲がり終えた時、既に私には足は残されていなかった。
そうしてタマとルドルフは私の遥か先、手も脚も届かない場所で扉の向こうへと走り去って行った……
『強い! 風か光か、タマモクロス! 皇帝も! 前年勝者も何のその! 宝塚記念一着です! 芦毛は走らない。そのジンクスは今、白い稲妻によって完全に打ち破られた!!』
ああ……、終わってしまった。震える足を、戻らない呼吸を抑え込んで見上げた掲示板にはタマとルドルフの番号が並んでいる。そこから視線を下げていっても私の番号はもちろん存在しない。
「何着なのよ私……」
十着より後ろなのは間違いない。ああ、これが今の私なのか。ルドルフにも他のウマ娘にも、そしてタマにも相手にすらされない順位。飲み込んだはずだ、それでもと走っているはずだ。だけど
「きっついなあ……」
祝ってあげたいはずなのに、タマに言葉をかけることも出来ずに地下道へと戻ってきた。ああもう、しんどいな。確か控室にシリウスとシチーが待っているはずだ。今は誰の顔も見たくないけどどうしようかな。そんな私らしくもない、ううん、もしかしたら私にお似合いなウジウジしたような気持ちで歩いていると後ろからルドルフとそのトレーナーがやってきた。
「ねえちょっと。今はあんたの相手してる余裕ないんだけど」
「すまないな、私の方の控室には記者が居てな。少しだけ付き合ってくれ」
意味のわからないことを言うルドルフを追い返す元気もない私はそのまま二人を連れ立って自分の控室に戻ってくる。神妙な顔をしたトレーナーに情けない顔をしたシリウスとシチー。なんでそんな顔してんのよ。ああ私のせいか。
二人は私の後ろに居たルドルフに驚いているが当の本人は何食わぬ顔で部屋に入ってくる。そして
「すまないが、君たち二人は外してくれないか」
なに言ってんのよ。ここは私の控室よ。
「……おいおい、皇帝様とあろうものが……」
「出て行けと言っているんだ……!」
いつもならありえないようなルドルフにシリウスとシチーも流石にビビっちゃったみたいで不安そうな顔でこちらを見てくる。私の事は気にしないでいいから。そう言って二人に外に出てもらう。さて? 傍若無人な皇帝様はなんのつもりなのかしら? トレーナー二人も怪訝な、不安そうな顔をして見ている。そしてあいつは勢いよく机に拳を叩きつけた。あんまりな強さに真っ二つに割れた机。いよいよおかしいわね。そう思って声をかけようとしたけど
「負けた! 負けてしまった!! 負けるわけにはいかなかったのに!!」
どこかで聞いたようなセリフ、だけど、こもっている思いは全く違うものだった。
「私は! 今日勝つために徹底的に鍛えてきた。万全だった。だが! 勝てなかった!!」
「ちょ、ちょっと……落ち着きなさいよ」
「君は! スズカコバンは悔しくないのか!?」
悔しくないのかですって? そんなの、そんなの……。
「悔しいに……、悔しいに決まってるじゃない……!」
いつの間にか私の頬を一筋の涙が溢れていた。そしてこらえきれなかったのは涙だけではなかった。
「なによあの情けない走りは! 今まで偉そうに先輩面して! その結果がこの惨敗よ! 情けない……、情けないのよ……。なんで私はこうなのよ!」
もう言葉が止まらなかった。気がつけばルドルフも静かに涙を流していた。だけど私ももうダメだ。涙が止まらない。こらえていたものが、せき止めていたものが溢れ出てくる。
それから少し経っただろうか、ドアの向こうが騒がしくなる。こんな時に記者でも来たの? そう思って睨んだドアが勢いよく、叩きつけるように開かれた。
「おーおー、情けなく泣いとるやんか。負けウマ娘の顔を眺めに来たったで」
そこに居たのは記者よりも今、会いたくない相手だった。後ろの方でタマのトレーナーが小さくなって慌てているからきっとタマが勝手に来たんだろう。
「いやはや、先輩も会長はんも……いや、コバンもルドルフもうちの相手やなかったってことやな」
「なんだと……?」
ルドルフが耳を絞って威嚇している。私も無意識に床を掻いている。
「いやな、今日の結果見たら分かるやん。うちの方が少なくてもコースの上ならコバンよりもルドルフよりも上やってな。そんな相手やったら呼び捨てで充分やろ」
ああ、そうね。もう私なんて先輩ですら無いんだから。寂しさが頭を支配する。だけども何故か胸の中が熱い。
「まあ、ウチは強いし? 挑戦したいんやったらいつでも受けて立ったるで? まあ、腑抜けた二人には難しい話やろけどな」
……ああそう、あんたはやっぱりそうなのね。無礼極まりない挑発に私もルドルフも黙っていられるようなウマ娘じゃない。
「ああ、そうだタマモクロス。私は君を打倒しよう。一度負けた? ならば何度でも君を打ち負かしてみせよう。シンボリルドルフの名は軽いものではないぞ」
いつぞやのように、でも今まで以上の覇気を漂わせたルドルフが威嚇する。
「ええそうね、タマ、いやタマモクロス。お前は私の敵だ。敵であるのなら徹底的にやってやろう。お前が地に這いつくばるまでどこまでも追いかけてやる」
ああそうだ。私は先輩でもなんでも無い一人のウマ娘だ。ならば挑戦者としてどこまで食らいついてやろう。
「はっ、負けウマ娘がよう吠えるわ。まあ? 辛気臭い顔でせっかくのウィニングライブ台無しにされても困るしな。精々頑張ってみいや」
そう言ってタマモクロスは部屋を出ていった。残ったのは最初と同じ私達だけ。だけどそこにはもう涙なんてない。ああそうだ。この身体は、この勝負服は数えられないぐらいの涙が、それ以上の血と汗が染み込んでいるんだ。ならばまだ脱ぐことは出来ないんだ。
「ねえルドルフ。さっさとどっか行ってくんない? 早く今日のレースの振り返りしたいんだけど」
「ああそうだな。私も次勝つために準備をしないとな。邪魔をした」
そう言ってルドルフも出ていった。ドアの向こうにいる二人にもスタンドに戻るように言っておく。
「シンボリルドルフの次はタマモクロスか。はあ、また徹夜か」
「ええ、私のためにもっと働きなさい」
なんてことは昨日の話。すぐにでも学園で何かをしたくてその日のうちに学園に戻ってしまい、今日は朝から登校になってしまった。しかも
「なんで横にあんたがいるのかしらね。もっと早く出ときなさいよ」
「ふむ、君と同じ理由だろう。その真っ赤な目、クラスメイトには誤魔化せないぞ?」
目が赤いのはあんたもでしょうが。まあ、実際何を言われるのか。考えるだけでも軽くブルーになる。それでも教室には着いてしまうもので覚悟を決めて入ってみれば、
「はあ?」
教室一面飾り付けられていた。紙で作った輪を繋げたものだったり、他にも色々。隣のバカもマヌケな顔をしている。入り口で唖然としている私達の手を引いて真ん中の椅子に座らされる。目の前には机が一つ。その上には大きな箱が有った。
「はい! どうぞ!」
ラッキーの楽しそうな声と一緒に開けられたそこにはホールケーキが有った。そして誕生日ケーキのようにメッセージが書かれたチョコレートには
『シンボリルドルフ&スズカコバン惨敗記念!』
なんてふざけた文字が書かれている。あんまり過ぎて隣のバカもすごい顔をしている。
「ねえ、なんのつもり?」
今さらこのふざけたクラスメイトがただ煽ってくるとは思えない。考えてもわからない真意を聞けば
「こっちの方がお好みかな?」
ひっくり返されたチョコレートの裏には
『リベンジ!全ウマ娘!』
なんてもっとふざけた文字が書いてある。ああもう、ほんとに。バカらしくなって嬉しくなって。いつかを思い出すように無遠慮に手を突っ込んで大きすぎる塊を口に入れる。
「あー! 食べすぎ!」
「私達も食べるんだから考えてよ!」
なんてヤジが飛んでくると無視だ。未だに固まってるバカに蹴りを入れて再起動させる。バカも少し迷った後にケーキに手を突っ込んで、私よりも大きな塊を無理やり口に入れる。ふん、間抜け面ね。写真でも撮ってやりたいわ。
「あー、ルドルフまで!」
それからも二人で誰にも分けてやるもんかと、これは私達のものだとどんどん口に入れる。そうしてあっという間に全部を口に入れる。勢いでやったは良いけどこれ飲み込むのしんどいわね。そんな事を考えていたらドアをノックする音が聞こえてそこには教材を持って呆れた顔をした、こんな時に限ってよく会う先生が居た。
「あなた達は……。もう、反省文は良いですからそこの二人は顔を洗ってきなさい。ひどい顔になってますよ」
それからハムスターの様に膨らんだ頬をなんとかもとに戻して洗面へと走る。ああそうそう、ルドルフ、もう一個やらないといけないことがあるから放課後時間空けときなさいよ。
その日の放課後、バカを連れて栗東寮のとある部屋をノックする。少し間が空いて中から部屋の住人が出てくる。
「タマはいる?」
「済まない、合わせる顔が無いから居ないことになっているみたいだ」
相変わらずオグリは天然だこと。ほんとに生活できるか不安になるわ。ああ、だからタマが面倒見てるのね。奥の方からドアホ! なんて声が聞こえてからオグリをどけて中に入る。こらバカも笑ってんじゃないわよ。
「よ、よう来たな。なんや挑戦状でも持ってきたんか?」
「ええそうよ」
そう言って引きつった顔のタマを抱きしめる。
「な、何すんねん! 先輩面でもしに来たんか!?」
「ええそうよ。タマが言ったんじゃない。コースの上なら先輩じゃないって。てことはコース以外なら私は先輩でしょ?」
後ろでバカもなにか言ってるけど、放っておきましょ。
「ねえ、ごめんなさい。私達が情けない姿を見せたせいでタマにあんなこと言わせちゃった。不甲斐ない私だけど、まだ私はタマの先輩でもいい?」
「……先輩と会長レースの後おかしかったんや。まるで最後の火が消えたみたいに。だからああでも言えばまた戻ってくれるかと思ってん。……あんな酷いことを言うたのにウチはまだ後輩でいいんか?」
「ええ、タマのおかげでまた火が着いたから。覚悟しなさい、生意気な後輩なんてボコボコにしてあげるんだから」
「ああそうだな。タマモクロス。また私とも走って欲しい。次は勝ってみせよう」
「はは、ええで。何回でもかかってきいや。全部返り討ちや」
ふふ、本当にありがとうね、タマ。ほんと私は何回このちっちゃくて大きな後輩に助けられてるんでしょうね。
そんないい空気を切り裂いたのはどこからともなく流れてきたグウというどう考えても腹の音だ。
「すまない、お腹が空いたのだが何か無いだろうか」
「オグリィ! アンタはホンマ……」
「ふふ、仕方ないわね。私の部屋でなにか作ってあげるわよ。タマ、お好み焼きとたこ焼きどっちが良い?」
「ほーん、ウチが満足出来るもんだしてくれんねんやろな?」
生意気言ってんじゃないわよ。後オグリ、アンタはタマより食べるの禁止だから。
それからタマとオグリ、仕方ないからバカも連れて部屋で粉物食べていたらどうやらソースの匂いが決め手だったようで、フジとエアグルーヴに怒られてしまった。はいはい、後で反省文でもなんでも書いてあげるから後でね?
「はい、じゃあノッポの会始めるわよー」
冬のある日、私の部屋には何人かのウマ娘が集まって鍋を突くことになった。
「ボーノ! 特製ちゃんこの出来上がり~」
「これはまた……、しかし本当に部屋で食べても良いのですか?」
「細かい事は気にすんな! それより早く食べようぜ! ゴルシちゃんもうお腹とふくらはぎがくっついちまいそうだ!」
「OH! それは大変デース!」
「タイキ、ゴルシの相手はするだけ無駄よ」
部屋に集まったのはビワハヤヒデ、ゴールドシップ、ヒシアケボノにタイキシャトル。人数が多い上に全員でかいから「私の頭はでかくない!」……全員背が高いから密度がすごい。アケボノの主催でやることになったこの会だけどほんと全員背が高いからすごいわね。
「しかし、アケボノ君と先輩が知り合いとは、やはり鍋関係ですか?」
「なによ鍋関係って。アンタ時々すっごいバカになるわね」
アケボノとは結構長い関係だ。アケボノは私よりも大きいウマ娘だけあってそこから来る脚への負担で悩まされていたそうだ。それでもアケボノは体を絞るより、たとえ現役で走れる時間が短くなっても自分の脚で走りたいと決めたらしい。ほんとこの子といい、アルダンと良い、見た目大人しそうなウマ娘が覚悟決まりすぎじゃない? ちょっと怖いわよ。まあいいわ。そこからどこで聞いたのか私が毎年湯治で過ごしているってのを聞き出したらしくて、話を聞いて紹介したって話よ。
「とても素晴らしいデスネ! 私も一度行ったことがありマス、あそこはとてもグレートなジャパニーズ温泉デス!」
「ああ、私もお世話になりましたね。しかし、確かあの温泉は会員制の予約も取れないような所だったと記憶していますが?」
「会員制じゃなくて紹介がないと断られるだけよ。それにあんたらが何人も行くせいでウマ娘用湯治プランなんて学園と契約したのよ。ほんと迷惑だわ」
「はは、先輩が走り続けて、オグリ先輩が復帰出来た。私もそうですし、色々なウマ娘の希望になっているのですから良いではないですか。しかし先輩は大丈夫なのですか? 確か毎年行っていると聞いていますが。よく予約取れますね」
「離れ一つ丸々取ったのよ。それで一年通して行きたいときに行って、行かない時は他のウマ娘に貸したりしてるの」
ちょっと、なんで苦笑いしてるのよ。生意気な後輩だこと。ああ、アケボノ、アンタも鍋奉行ばっかりしてないで食べなさい。アンタの鍋は美味しいんだから。
「なんだよー、お前らばっかり温泉に行きやがって。ゴルシちゃんそんな話出たことねーぞ!」
そりゃそうでしょ。アンタは健康すぎんのよ。なによ故障したと思ってトレーナーに連れて行かれて検査したら筋肉痛って。ほんと体だけは健康優良児で羨ましいわ。てかゴルシあんた今日大人しいわね。明日槍でも降るんじゃないの?
「あー、聞いてくれっか? ゴルシちゃんこの前有馬走ったんだよ。キタサンが勝ったやつ。それからさ、なんかこうやる気がでないと言うか、でもモヤモヤするってよりはなんかスッキリしてんだよな。なんかあの時だけはそうしないといけない気がしていつもより全開で走ったってのによー。ゴルシちゃんどうなっちゃったんだろ? てな感じ」
ああ、あれ。キタサンがうるさいぐらいに言ってきたやつね。それよりも本人よりサトイモのほうがうるさくて大変だったわよ。
……ああ、きっとそうなのね。
「ゴールドシップ、アンタは走りきったのよ。きっとゴールドシップの時間はそれが最後だったのよ。おめでとう、そしてお疲れ様。あんたはゴール出来たのよ」
今までも同じような事を言うウマ娘を何人も見てきた。それからも走り続けるウマ娘もコースを後にするウマ娘も居た。だけど皆同じ様な気持ちだったって言ってたわね。
ハヤヒデもアケボノも神妙な顔をしている。タイキですら同じだ。そらそうね、今私達は一人のウマ娘の終わりを見ているんだから。
「そっか……、ああしっくり来たわ。ゴルシちゃんはゴールしたんだな」
流石のゴルシも感慨深い顔をしてるわね。まあ、アンタなら問題なくドリームリーグに上がれるでしょうし。そう伝えようとしたら
「なら今日からはゴルシちゃん伝説Part2セカンドダブルツインが始まるんだな! うぉおお! こうしちゃいられねえ!」
……叫びながら出て行ってしまった。なんなのよあれ。
「ふふ、あれがゴルシちゃんのちゃんこなんだね~。いつまでもどこまでも予想外で、目が離せない。よーし! 私も頑張るぞ~」
「イエス! ゴルシはああじゃなきゃダメデス!」
まあ、そうね。しおらしいゴールドシップなんて目眩がしそう。ほらハヤヒデ、アンタはどうなの。
「彼女はいつだって私の計算を上回ってくるんですね。ふふ、私もそろそろ限界かと考えていましたがどうやら計算違いだったようだ」
おーおー、燃えちゃって。まあでもその方が似合ってるわよ。あんたはあんたでタイシンにチケット。それにブライアンも待ってるんだから。
「程々に頑張りなさいな」
まあでも、このポンコツよりも先に諦めんじゃないわよ?
ゴルシとタイキが難しい……
頭の中にボーボボとルー大柴が足りない