皇帝の見えない折れた杖   作:冬眠復帰

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お久しぶりです。リハビリです。
仁川に行ったり夏バテしたりしてました。


Beyond (The) Hope
帝王と杖 皐月


「はーい、じゃあ我がクラスの感謝祭の出し物は執事喫茶にけってーい!」

 

 ラッキーのいつもと同じ明るい声に続いてクラスのバカどもの歓声があがる。私としては勘弁願いたいようなものだけど他の案はこれより酷いものばっかりだし、誰よ、私とバカのデート体験なんて思いついたのは。頭の中見てみたいわね。

 

「中々面白いものになったな。しかし、君は男装も似合うと思うが接客はちゃんとできるのか?」

 

 隣に座るバカに反論しようと思ったけど相手するだけこっちが損をするのが目に見えてわかるし適当にあしらっておく。まあ、騒ぎたい気持ちは分からないでもない。それにレースに関係するような出し物をしても今更私達ロートルを見に来るようなもの好きがいるとも思えない。まあ、そう考えれば多少色物でも楽しめるのかもしれないわね。

 

「決まったのならもう行くわ」

 

 そもそも議題も終わったしこれ以上ここにいてもやることはない。言われたからではないけれど接客なんてするつもりはないし衣装か装飾の係にでも入れておいてもらおう。そう伝えて教室を後にする。

 

「はいはい、こっちで適当に決めておくねー」

 

 間延びしたラッキーの声を背中に今日のトレーニングの予定を思い返しながら歩いて行く。後から考えればこの時もう少しちゃんとしておけばよかったわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着替えてトレーナーの待つコースに着いたはいいけれどなにやら予定にない人数がいて、しかもなにやら揉めている? そこまでではないけどなにか話し込んでいるみたい。厄介事じゃなければいいんのだけれど。

 

「何してるの? そろそろ始める時間じゃないの?」

 

「コバンさん、どうやらトラブルがあったみたいでして……」

 

 答えてくれたのはキングだった。まだメイクデビューはしていないけど、前評判通りの素質はすでに見えている。このまま行けばクラシック戦線でも本命だとかなんとか。羨ましいものね。私としてはそんなことよりちゃんと礼儀正しくてストレスの原因にならないのが何よりだ。

 そんなキングに詳しく聞けばどうやら事務の方がミスったらしくてコースの使用予定がダブルブッキングになったらしい。なにそれ? 仕事ぐらいちゃんとして欲しいんだけど。それで今トレーナー同士でどうするか話し込んでるらしい。そんな時間もめんどくさいし問題ないなら合同トレーニングにでもすればいいのに。そう思ってトレーナーの方に目線を飛ばしたら

 

「ああーー! コバンやっと来た!」

 

 ……前言撤回。ガキと一緒に練習するのは断固拒否だ。

 

「ねえねえ! コバン聞いた? ボクとコバンたちと予定被っちゃったんだって。もー、テイオー様のクラシック三冠も始まるっていうのにちゃんとして欲しいよね」

 

 声を聞いただけで頭痛がしてきた気がするわね……。ガキがこっちに来たことでトレーナー二人もこっちに来たようだ。話し合った結果私達が問題なければ合同トレーニングにするのはどうかという話に落ち着いたらしい。私もついさっきまでは同じ考えだったけど、

 

「お断りよ。他のウマ娘ならともかくこのバカガキと一緒にトレーニングはお断りよ」

 

「えぇ~!? なんでそうなるんだよー!」

 

 バカガキの方のトレーナーとキングは断るとは思っていなかったみたいで驚いた表情をしている。逆にこっちのトレーナーは分かっているような、でも渋い表情ね。

 

「ボクとトレーニングできるってのに何が不満なのさ! このテイオー様と一緒に走れるんだぞ……ぴぇ!?」

 

 生意気すぎるガキの鼻をつまみ上げる。相変わらずよく伸びるわね。面白いしちぎれるまで引っ張ってみましょうかしらね?

 

「コバンさんそのあたりで……。それに私は合同トレーニングでもいいと思いますわ」

 

 残念ながら鼻を伸ばし始めたあたりでキングが止めに入ってしまった。この子もわからないわね、と思ったけどまだデビューもまだなら仕方ないか。

 

「いったぁ……。もう! 何すんのさ! せっかく皐月賞前の大事なトレーニングを一緒にやってあげようって言ってるのに!」

 

「だからよこのバカガキ」

 

 デコピン一発。おでこを抑えていたがってる……テイオーの頭をポン、と叩いて理由を説明してあげる。

 

「あんたは皐月賞前の大事な時でしょ。ならできる最善をしなさい。私は調整メインの軽めのメニューだし、キングはまだまだあんたと走れるほどじゃない。そんなんがいたらあんたの邪魔になるだけ。今回は私達が他に行くわ。トレーナーもそれでいいでしょ」

 

 トレーナーも想像していたようで特に何もなくうなずいてくれる。キングの方は悔しそうにしているけど理性では自分が未熟だと理解しているのだろう。下を向きながらでも移動の準備を始めてくれた。だというのにこっちが譲ってやった本人が驚いて、そのまま納得していないような顔で文句を言ってくる。

 

「せっかくボクと一緒に走れるんだよ。もったいないと思わないの? そりゃ皐月賞はもうすぐだけどこのテイオー様にかかればチョチョイのちょいなんだから!」

 

 ったく、このバカは……。なまじ才能があるもんだから。

 

「生意気言うのは全部勝ってからにしなさい。あんたが強いのは知ってるけど、クラシックという言葉の意味を理解しなさい。いい? それはただ単に特定の時期を指す言葉じゃないのよ?」

 

 テイオーは不思議そうな顔をしている。そんなこともちゃんと教えてないのかとテイオーのトレーナーの方を見れば見たことある顔だけど……、ああジャガーのトレーナーか。

 

「いいガキンチョ。クラシックのレースは一度しか走れない。文字通り一生に一度よ。何があろうとやり直しはできない。後悔も反省もすることすら許されない一発勝負よ。そしてだからこその栄光なのよ。あのバカやシービー先輩が敬意を集めるのはだからよ。ただ特定のG1を3つ勝ったからではない。そしてその道にあんたは挑もうとしてるの。そう考えればこの問答すら時間の無駄に思えるでしょ? 思えないなら今理解しなさい」

 

 下を向いてしまったガキを置いといて撤収の準備をさっさと進める。向こうのトレーナーからお礼を言われたけど、まあクラシックのウマ娘を優先しないわけにもいかないしね。今度キングがクラシックに挑む時返してもらうわ。

 さてそうなるとどうしましょうか。コースが使えないとなると筋トレするかプールに行くか。トレーナーやキングと相談しながらコースを出ていく。ふと振り返ると下を向いていたガキが顔を上げこっちを見つめていた。……ああ、テイオー。あんたはきっと、あのバカと同じ向こう側のウマ娘よ。私なんか見てないでちゃんとしなさいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月もそれなりにカレンダーをめくった頃。いよいよとまでは言わないけどそれなりに楽しみにはしていた感謝祭が始まる。頑張ってはいるけどよく見るとどこかチープな装飾が施された執事喫茶、と銘打たれた我らが教室。これはこれで結構良いんじゃない? と思ってしまうのやっぱり自分たちの手で作り上げたからだろうか。私も装飾班としてそれなりに頑張った。細かい仕事は嫌いじゃないけど嫌になるような量。それでもまあ満足感は感じている。

 ぶっちゃけいざ当日になってしまえば私の仕事は無いわけで、ここに来る理由は無いんだけど、それでも最初ぐらいはみんなで集まろう! なんて言い出したのは誰だったか。流石にそれを断るほど薄情でもないしここにいるわけだ。

 もちろんと言うべきか、良かったというべきか。あのバカはここにはいない。お偉い生徒会長様が開会のタイミングで席を外すわけにもいかないしね。当然バカはこの執事喫茶では担当はない。バカ本人は少しでも手伝いたいと言っていたけど多くもない人数で急に抜ける可能性があるやつを計画に入れるわけにもいかないしお断りだ。無駄に粘ってやっと納得した時に寂しそうな顔をしていたけど今更それに罪悪感を感じるようなやつはいないし、精々自分の仕事に励んで私に迷惑をかけないでほしい。

 

「じゃあ! 全力で頑張るぞー!」

 

 無駄なことを考えていたらラッキーの掛け声にクラス全員で応える。まあ、たまにはこんなのも悪くないわよね。

 

「さ、じゃあやることも済んだし後は頑張って」

 

 これ以上ここにいてもやることがないどころか邪魔になるだけだろうしさっさと退散しましょう。

 さて、どこを回るか、それとも部屋でダラダラするか。そんなことを考えていたら後ろからグッと肩を掴まれる。いや、いつの間にか両腕まで掴まれている。

 

「ねえ、なにしてんの? 私やること無いしどっか行きたいんだけど」

 

「ざんねーん、コバンは接客兼厨房担当なんだから。ちゃんと仕事しないとね」

 

 ばっかみたいな露骨にニヤニヤしながらそんなことを言われる。なにそれ、私はもう装飾で仕事したでしょうが。正論で反論すれば出し物が決まった後に今年は全員で最後までやると決まったとか言い出した。いやいや流石にそれは通らないでしょ。だけど流石に人数には勝てるわけもなくバックヤードの更衣室にドナドナされる。

 

「待ちなさい。服ないでしょうが。制服で働かせるつもり?」

 

 参加する予定も気もなかったわけでもちろん採寸も何もしていない。そんな状態で私用の衣装があるわけも……

 

「コバンのトレーナーから聞いてるからバッチリ! まあ? 急に太り気味にでもなってるなら無理かもしれないけど? ん?」

 

「んなわけないでしょうが!」

 

 どうやら魔の手はどこまでも伸びていたみたいね……

 

「ったく、はいはいわかったわよ。少しぐらいなら手伝って上げるわよ。離しなさい。そっちの気は無いんだから。自分で着替えるわよ」

 

 ここまで準備しているということはもうどうにもならないだろう。長年と言っていいほどの同胞だ。バカさ加減と頑固さはわかっている。

 更衣室と言ってもバックヤードの端にカーテンを置いただけの狭いもんで、もちろん脱いだ服を入れておくロッカーもない。すでに着替えた面々も制服は別の場所に置いている。脱いだ服をかごに入れ渡された袋を眺める。めんどくさいけどあのバカどもと巫山戯るのはまあいつものことだ。絶対に口には出さないけど満更でもない気分で開けた袋の中身を覗き込む。

 ……前言撤回。あの阿呆どもに付き合おうとした私が間抜けだった。

 

「ねえ? これ、なに」

 

 カーテンから顔だけ出してバカどもに聞く。同じくカーテンの隙間からめくれないように掲げたのは

 

「白くて、フリフリ。何ってエプロン以外になにがあるの? もしかしてコバンったらエプロンも分からないの?」

 

「だ! か! ら! なんで私の衣装がメイド服になってんのよ! 執事喫茶でしょうが!!」

 

 自分で言って頭が痛くなる。袋から出てきたのは他の奴らが来ている黒の執事服でなく、白を基調にしたメイド服。それもやけにフリルが多い。

 

「全員同じってのも面白くないし一人メイドにしよっか。って話になってね。誰がやるかの多数決取るタイミングでなぜか、な! ぜ! か! いなかったコバンがその役に決まったってわけ」

 

 ふざけんじゃないわよ。こんなの相手にしていられるわけがない。引っ込んで元の制服に着替えようとしたら……

 

「ねえ、私の制服どこにやった」

 

「お探しのものはこれですかな?」

 

 もう一度顔を出せば私の制服が入ったかごを持ってニヤニヤしているクラスメイトが、

 

「ふふーん、流石のコバンも下着で追いかけてはこれないだろうし、さあ! 観念してメイドに変身だ!」

 

 一瞬このまま襲いかかってやろうかと思ったけど、これ以上話をややこしくしてもあれだし、揉め事になってバカが出てくるのは最悪だ。

 もうどうでも良くなってメイド服に着替える。しっかしこれえらく凝ってるわね。ぱっと見でもそこらへんで売ってる安物には見えないし、かと言ってがさつなクラスメイトに作れるレベルでもない。着替えながら聞いてみれば

 

「チームの後輩のラモちゃんに頼んだ。いい出来っしょ。屋敷で使ってる本物らしいよ」

 

 ……頭が痛くなる。あれか? 三冠関係者は頭が愉快な連中しかいないのか?

 

 

「ほら、着てやったわよ」

 

 いやいや着替えて外に出ればメイドになった私をジロジロと見つめてくる。せめてなにか言いなさいよ。黒服の山に一人白い格好で居心地が悪い。

 そう言ってもこれといった答えは返ってこず、いつもよりテンションの高いラッキーとツーショットを撮ったぐらいだ。

 ドタバタが収まった頃時計を見ればそろそろ一般入場が始まることろだ。ここまで来てしまっては仕方ないと何をすればいいか聞けばとりあえず接客担当をやれと。マニュアルはあるのかと聞けばフィーリングでと返ってきた。痛くなる頭をもみながらメニューとアレルギーなんかの真面目にやらないといけない部分を確認する。

 ……よし、後は臨機応変にいきましょうか。

 こうして私の感謝祭は予定外のことばかりでスタートした。

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 

 もはや今日何度目のかわからない定型文を言って客を案内する。途中で調理の方に逃げようとしたらスクラムを組んだバカどもに追い返された。仕方なく接客担当をしてるけどなんか私の負担多くない? とは言っても私だけが働いているなんてわけでもないし、まあ許容範囲だ。本来なら私はここにいない予定だったので知り合いで私がメイドになっているのを知っているやつはいないし……

 

「あんたが珍しいことしてるって聞いたが噂は本当だったみたいだな」

 

 ……面倒なことにならないと思ったんだけど、どうやら今日はとことん厄日のようね。これ三女神像でも殴りに行けば良いのかしら。

 

「おい、私がわざわざ来てやったんだぞ。それなりのもてなしってもんがあるんじゃねえのか?」

 

 この期に及んでこのシリウスの相手なんてしたくもないし、押し付けようと周りを見渡せば全員そっぽ向いてるじゃない。はあ……。

 

 

「はいはい、相手してあげるからその尻尾ブンブン振るのをやめなさい。ここ飲食店よ」

 

 何故か繁盛してしまっているし、入り口を塞いでいるわけにもいかないから適当な席に案内する。メニューを机の上に放り投げて退散しようとしたら

「おいおい、私はお客様だぞ? ちゃんと対応しろよな?」

 

 見なくてもわからるニヤけづらで頭が痛くなるようなことを言いだした。他の席から飛んでくる黄色い声に頭が頭痛で痛くなる。こいつの場合は無視するほうがめんどくさいし適当に相手してさっさとお帰り願いましょうか。

 

「失礼しましたお嬢様。ではメニューがお決まりになりましたらお声がけください」

 

「そうそう、それで良いんだよ。ふむ、なああんたのオススメはどれだ?」

 

「どれでも自信を持ってお出しできるものですのでお嬢様のお好きなものをお選びください」

 

「お、おう」

 

 もう良いでしょと帰ろうとするとまた服を引っ張ってくるし仕方がないからシリウスの横で待つ。何が楽しいのか何度か話しかけてくるけど毎回ご希望どおりに丁寧に返してあげてるっていうのになぜかどんどんシリウスの元気が落ちている。ついには話しかけなくなってきた頃、頼んでいたメニューが出来たらしく取りに行って配膳する。なんだ、結局紅茶しか頼んでないじゃない。迷惑かけたんだからせめて売上に貢献しなさいよ。ん? なんで紅茶が二杯? 喉でも乾いてたのかしら。 それはともかく配膳してやっと解放されたと思ったら

 

「ちょっとそこ座れよ」

 

 なんて生意気言ってくる。こっちは仕事中だと言えば、さっきまで助けにも来なかったクラスメイトが

 

「お嬢様、メイドと一緒に楽しまれるのでしたらメイドと一緒に癒やしの一時、を注文して頂く必要がありますがよろしいでしょうか?」

 

「気の利いたもんがあんじゃねえか。それで頼む」

 

 待ちなさいそんなの知らないわよ。おいこらちょっと待て。残念ながら可哀想な私の訴えは無視された。仕方なくシリウスの向かいに座る。

 

「なあ、もう良いからいつも通りにしてくれ。気持ち悪くて鳥肌が立つ」

 

「はあ、あんたが言い出したんでしょうが」

 

 それからはいつもと同じシリウスとのおしゃべり。気になるのは何人か写真を撮りたいと言ってきて、どこうとしたら一緒に、なんて言われて断ろうかと思ったけど外部のお客だったしまあ仕方ない。

 私が知らない規定時間いっぱい喋り込んで満足したような顔でシリウスが出ていった。異様に疲れてバックヤードで休んでいたら指名だとかで呼び出される。指名って何よ。そんなシステムどこから生えたのよ。いやいや言われた席に向かえば

 

「ねえコバン……。ちょっと話聞いてほしいんだけど」

 

 めんどくさい、だけどいつもより元気のないテイオーが座っていた。

 

 




お話の書き方を完全に忘れてしまった
、長くなりそうだわで分割。

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