リハビリのサクッとした話です
「で、話って何よ。あんただけ依怙贔屓するわけにはいかないし、さっさと話しなさいな」
ガキの相手なら変にかしこまる必要もないだろうしいつも通りに話を振りかける。しかし何よこのしょぼくれた態度は。いつもならこの三倍増しでやかましいってのに。ああ、そういえば
「皐月賞勝ったらしいわね、おめでとう。これであのバカへの挑戦権を得られたじゃない」
そう、このガキンチョはちゃんと有言実行で皐月賞を走り抜けた。ああ、懐かしいわね。私とあのバカの腐れ縁もあそこから始まったみたいなものだ。
ちゃんと祝ってあげたのに静かなままなのがおかしい。いつものこいつならもっと騒ぎそうなものなのに。そう思って改めてガキンチョの方を見ればうつむいてどんよりとして重苦しさを醸し出していた。
「……長くなりそうね。ちょっと! 悪いけど飲み物適当に二人分お願い」
流石にここまで露骨におかしいやつをそのままほったらかすわけにもいかず、喉を潤すためにもクラスメイトに注文を投げる。
そうして届いたカップ二つを挟んで話し始めるのを待つ。
「ボクね、皐月賞勝ったんだ。みんな早くて速かったけどそれでもボクは勝った。それでね、カイチョーとおんなじポーズをしてこのまま無敗の三冠ウマ娘になるんだ! って言ったらみんなの声援がすごくて、やっとここまで来たんだって思えたんだ。思えたのに……」
「ああもう、落ち着きなさいちゃんと最後まで聞いてあげるから」
半分支離滅裂な言葉が今のガキンチョの精神状態なのかもしれない。いつもの鬱陶しいくらいの元気もなくて、どんよりとしたカビの生えそうなウマ娘。
「ありがと……。でね、レースが終わった後泣いてる娘がいたんだ。今までのレースでも悔しがる娘はいっぱいいたけど泣いてる娘なんていなかった。怪我でもしたのかなって心配になって声をかけようとしたんだ。でも、そしたら……」
……そんなところまであのバカに似なくてもいいのにね。血は争えないなんて言葉親子じゃなくても使えたんだっけ。
「睨まれたんだ。すごく、すっごく怖い目で……。その娘はね、クラスメイトで仲もいいつもりだったんだけど、そうじゃなくて、そんなんじゃなくて……」
「それ以上は言わなくてもいいわ。わかったから」
「ねえコバン、ボクなにか間違えちゃったのかな。カイチョーと同じようになろうと頑張ったのに……」
下を向いたままそうこぼしたこの子はきっと、今まで負けたことがなかったのだろう。事実無敗で皐月賞を勝ったし、それ以上に本当の意味で負けるという経験をしてこなかったし、見てこなかったのだろう。
いつだったかあのバカがこの子は友人関係に少し難があるなんて言ってたけどなるほど、きっとこの子にとっての周りとは一定レベル以上でしかなかったのだろう。
「どうしたものかしらね……」
聞こえない程度に小さく愚痴る。なるほどこの悩みはきっとあのバカには理解できないタイプのものだろう。昔に比べれば多少はマシにはなったとはいえあのバカは他人の心は理解できないタイプだものね。もう少し早く来てくれればシリウスがいたし、あの娘なら話を聞いてあげられただろうに。
どうやらこの子はあのバカと同じ思考回路をしながら少しは人の心がわかる、分かってしまうようだ。あのバカほど突き抜けられたら楽だろうに。
「少し出ましょうか、こんなところで話す内容でもないし」
そう、重くて暗い話をするのにこんな明るい場所は似合わないでしょう。この子もそれは分かっているようで冷めたカップを空にして立ち上がる。ああ、冷えたコーヒーなんて不味くて飲めたもんじゃない。
クラスメイトに簡単に事情を説明して抜けさしてもらう。こんな時にあのバカがいなくてよかった絶対に話がややこしくなる。
着ている服のせいで目立ってしまうしさっさと適当な場所に逃げ込みたいけどとぼとぼついてくるこの子が小さく袖を掴むもんだからそれもできない。しかも最近クラシック一冠目を無敗で奪い取ったこの子は今や時のウマ娘だ。
色々な感情の乗った視線に耐えながら人の少ない方に歩きながら目的地へと向かう。こんなお祭りの日であっても一般客はお断り。いつも通りな静かな廊下を歩いてたどり着いたのは困った時の我がトレーナー室だ。
電気が付いているしこんな時でも仕事をしているのだろう形だけのノックを三つ、ドアを開ければ書類の山を掘削しているトレーナーがいる。
「どうしたんだ、コスプレでも見せに来て……、くれたわけじゃないだろうな。一応言っておくが他の担当持ちのウマ娘を部屋に入れるのは良くないことだからな」
「まあ、そうでしょうね。こんな日まで仕事をしている悲しきトレーナー殿に少しは楽しんでくるように尻を蹴りに来てあげたわ」
分かってるでしょうにそんなことを言うトレーナー。この子を顔を見て分かってくれたんでしょう。本当に見られるとまずい書類だけを手早く片付けて部屋を出ていく。すれ違う時にキングにも来ないように言ってくれるらしい。ほんと無駄に気が利く我が相棒だこと。
それからソファーに座らせて飲み物を用意しようと思ったけど、よく考えればついさっき飲んだばかりだ。
仕方なく手ぶらで対面に座る。どう切り出そうか。まずはジャブから入るか。
「この話、あんたのトレーナーにはしたの?」
まずはこの辺りからどうかしら。よく考えなくてもこの手のメンタルケアはこの子のトレーナーの仕事でしょうに。
「トレーナーにはまだ言ってないんだ。ボクが皐月賞勝ったのをすごく喜んでくれてなんとなく言い出しにくくて」
……頭が頭痛で痛くなりそうだ。この子はあのバカの悪いところばっかり似ているくせに、身内には気づかいできてしまうようだ。ならなんで私に話に来るのかを問いただしたい気もするが、中途半端に遠い関係のほうが聞きやすいこともあるだろう。
どうするか悩んで、悩んだ結果もうストレートに行くことにしよう。
「簡単な、ええ。本当に簡単な話よ。トウカイテイオー、あんたがあの日あなた以外の同期の夢を一つ断ったからよ」
そう、なんてことはない、毎年毎年必ず起きる、ありふれたことでしかないのだ。
「え……」
「あんたは皐月賞を勝った。そしてあんたが、あなただけが三冠ウマ娘という栄光に挑戦する権利を得た。言い換えればあなた以外はもう何が有っても三冠ウマ娘になることはできない」
そう、たったそれだけの話だ。
「いつか言ったでしょう。クラシックを走るということは、クラシック三冠レースを走るということは他のG1レースを走ることとは違うのよ。他のG1はもう一度挑戦できる。頑張ればもう何回かは挑戦できる。もちろん怪我や衰えで走れないこともあるでしょう。それでも努力すれば走れるかもしれない。頑張れば次は勝てるかもしれない。だけどクラシックは、ティアラは違う。皐月賞、ダービー、菊花賞は、桜花賞、オークス、秋華賞は違う。誰であろうと何があろうと一生に一度しか走れない、もう一回はない。そしてあなたはその一つを勝った。つまり皐月賞を勝つことを目標に走ってきたあなたの同期の夢は何があっても叶わない」
「でも、ボクも夢で、カイチョーと同じ……」
「ええ、その通り。あなたは何も間違ってはいない。あなたも正しく努力し、誰よりも早く、そして一番速くレースを走り抜けた。ただ、その結果多くの夢を砕いたそれだけよ」
同じレースの負けであってもステップレースと本番のレースは違う。同じ本番のレースでもクラシックは違う。それだけの話。
ステップレースで負けても泣くことはないでしょう。でも。だけれでもたとえ同じコース、同じ距離であっても違うのだ。
そしてそれをこの子はトウカイテイオーは背負わなければいけないのだ。それは権利であり義務なのだ。
「……そっか、ボクが勝ったからあの娘は泣いてたんだ」
「いいえ、それは違うわ。その娘は自分が勝てなかったから泣いていたのよ」
いつだって、負けた時の感情の向かう先は自分自身だ。あいつが勝ったから自分が勝てなかった。そんなことを思うようなやつはレースに上がる権利はない。いつだって不甲斐ない自分に、あと一歩が出なかった自分に、あと少しを我慢できなかった自分こそが悪いのだ。
こんな当たり前で、重いことを伝えるのはしんどいわね。自分の後輩ならまだしもこの子はあのバカに懐いてんだからそっちに……、いやそれはないわね。
変な方向に思考が飛んでいる間も静かなことに気がついて前に意識をやればまだ下を向いている。けれども背負うものがなにか、決定的に変わっている。
「ねえコバン」
「何かしら」
「ちょっと前にクラシックを走る意味を理解しろってボクに言ったよね」
「ええ、言ったわね」
「あの時は何言ってんだろって思ったよ。クラシック三冠は大事なレース。そんなの言われなくても分かってるって」
「ええ」
「だけど、ボクは本当に分かってなかったんだね。なんでカイチョーが、今までのダービーウマ娘があんな風に扱われているのか」
「良かったわね、負ける前に分かって」
「うん、本当に運が良かった。あの時コバンが言った意味が今ならわかるよ」
さっきまでのどんよりはどこに行ったのか。さっさと理解してくれちゃって。天才ってのは嫌になる、私達凡人の苦労を一足で飛び越えていくんだから。
「ねえコバン」
「何かしら」
「皐月賞でもあそこまで熱があったんだ。ならダービーはもっとすごいよね」
「日本ダービー。それこそが大晦日であり、一年の全てはそのレースに勝つためにある。そのレースに勝てればやめてもいいというトレーナーがいた、そのレースに勝ったが故に燃え尽きたウマ娘がいた。それでもなおあの狂気と熱を表すには一欠片も足りやしない。何千分の一という称号、その重さは鉄より重く、金より輝く」
「ねえコバン」
「何かしら」
「昔、ボクがコバンにダービーのレースのことを言ったらむちゃくちゃ怒ったよね」
「そんなこともあったわね。懐かしい話ね」
「ねえコバン」
「何かしら」
「ありがとう、あの時真剣に怒ってくれて。ごめんなさい、何も知らないのにあんなことを言っちゃって」
「今のあなたなら何を言うのかしら」
「何も言えないよ。ボクはダービーを走る。だけどあのダービーを走っていない。だから何も言えない。だから何も言わせない」
ああもう、あっという間にかっこよくなっちゃって。
「ねえテイオー」
「なにかな」
「あなたはダービーを走るの?」
「走るよ。ボクの夢のために。ダービーを走るみんなの夢を、ううん。もっと多くの夢を砕くためにボクは走るよ」
「ねえテイオー」
「なにかな」
「あなたはどんな夢のために走るの?」
「ボクはカイチョーと同じ……、いや違うね。みんなの夢の欠片を背負わなきゃいけないんだ。カイチョーを、……シンボリルドルフを超えるウマ娘になるためにボクは走るんだ」
「ねえテイオー」
「なにかな」
「あなた、かっこいいわよ」
少し驚いて、それでもすぐにいつも生意気で輝くような笑顔で
「言われなくても知ってるよ! だってワガハイは最強無敵のテイオー様だもんね!」
生意気な後輩の頭をクシャリと撫でてやる。おめでとう。きっと、今こそ、本当の意味であんたのクラシックは始まったんだから。
「やあ、夜分に失礼するよ」
感謝祭も終わって、テイオーの件もあって心身ともに微妙に疲れた身体で明日の準備をしていたらそんなことを言いながらバカが部屋にやってきた。こんなことならちゃんと鍵をかけておくべきだったわね。
「何しに来たのよ。もう一回その空っぽの頭を握り潰して上げましょうか」
「遠慮しておくよ、なにテイオーの相談に乗ってくれたらしいじゃないか」
何食わぬ顔で空いたベッドに腰掛けるバカにまた頭が痛くなる。
「分かっていたならあんたが解決してあげれば良かったでしょうに」
どうやらテイオーはこのバカに相談していなかったらしい。ちょっと残ったプライドの問題なのか、頭が回る故に解決できないと分かっていたのか。
適当に食料棚から飲み物を放り投げて話を聞いてやる姿勢を取る。どうせ追い出したところでめんどくさくなる未来しか見えない。
「私では駄目だっただろう。君ならわかるだろう? 表面上は話を聞いて答えられるがきっと本質的なところでは私は理解ができないだろう……おい、なんだその顔は」
「あんたがそんなまともなことを言うなんて熱でもあるの? 熱があるのね、伝染ると嫌だからさっさと帰って?」
肩をすくめるバカのスネを蹴ってひとまずの溜飲を下げて話の続きを促す。
「きっとテイオーは優しすぎるのだろうな。自分が勝てば誰かが負ける。自らの夢を叶えれば他人の夢を砕いてしまう。そんな当たり前のことですら心を痛めてしまったのだろう」
「ほんっっとあんたのその性格どうにかしたほうがいいと思うわよ。ただでさえ友達いないのに。でそんなお偉い皇帝様ならなんて答えたのかしら?」
「君という心の友がいるから大丈夫だ、まて2Lのペットボトルを振りかぶるのはやめてくれ。私の答えか、そうだな……。レースに勝つということはその足で夢を砕くということ。さりとて夢を踏みにじることは許されない。といったところか」
ドヤ顔がムカつくわね。取り敢えず怪我しない程度に足の小指を踏んでおいて
「分かりにくいったらありゃしない。相変わらずのコミュニケーション能力が欠如しているわね」
「わかりくいと言っても理解できないといわれなくて安心したよ。君も私も同じ考えを持ってくれていたようで何よりだ」
微妙に言い当てられた気がしてムカつくわね。それでも、残念ながらこいつは間違ったことを言っていない。だから余計に腹が立つんだけど。
「そもそもなんであんたがテイオーが私に話したって知ってんのよ。なに? 覗きでもしてたの? してたのねこの変態」
「言いがかりはやめてもらおうか、なにテイオーが私に宣言してくれてね。シンボリルドルフを超えるウマ娘になる! だそうだ。ああ……、私は遂に憧れの会長から倒すべきシンボリルドルフになれたようだ。こんなに嬉しいことはない。であればその一助となってくれた君に礼を言いに来るのは当然のことだろう」
なんかもう色々めんどくなくなる。相変わらずこのバカはライオン丸だし、その気持が少し分かってしまう、ほんの少し羨ましく思えてしまった自分自身にため息が出る。
半分やけになって適当な缶飲料を二つ、一つは私に一つはバカに。
「ありがとう、何に乾杯すればいいかな?」
「テイオーのクラシックにでもしてあげなさいよ」
「悪いがこれでも生徒会長でね、特定のウマ娘に肩入れはできないんだよ。であればクラシックをティアラを走るすべてのウマ娘の無事を祈らせてもらおうかな」
こんな時まで肩ひじ張ってめんどくさい。仕方ない代わりに、クラシックはあまり縁がなかった私ではあるけどあの娘のために祈ってあげましょうか。
小さくカチンと音を立てる。
ああ、だけれでも、私では、あのバカであっても。祈りというものは弱く儚いものでしかなかった。
「……ああ、ほんと、嫌になるわね。ほんと……、嫌になる……」
「ああ……、これもよくあることだと、飲み込まないといけないんだ、いけないんだ……」
見事ダービーを勝利したトウカイテイオー。皐月賞よりも気迫がまし、誇り高く二本の指を掲げたそのウィニングライブ。
何かを堪えるように、耐えるように変更された振り付けでトウカイテイオーはセンターの務めをこなしきった。