皇帝の見えない折れた杖   作:冬眠復帰

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この小説はドロドロしていたりプリティー成分が少ないそうです。
おかしいな、最初に書いてた時は爽やかな青春ものだったはずなのに……

誤字報告種々ありがとうございます


ダービーの端役

灼熱のダービー。一生に一度しか走ることを許されない文字通りの一世一代の大舞台。私は皐月であいつに次ぐ順位であったこと、レース後の一悶着もあってそれなりに注目されていた。鍛え直すために皐月からの直行、それでも当日二番人気に押されていた。それでも

 

「十着……、頑張ったのに……、全力を出し切ったのに……」

 

 レース展開では特段何かが起きるということもなかった。出遅れたわけでも、誰かが奇策を講じたわけでもなく事前の作戦通りのレース運びをすることができた。そしてなんの波乱もなく私は勝つどころか掲示板すらはるか遠い結果に終わった。

 

 きっと皐月賞に続いて今度は二本指を立てているあいつを直視することができない。負けたはずなのに、悔しいはずなのに今度は涙すら出てこない。掲示板も見たくない、観客の方を向くこともできない、ましてやあいつの方に視線を送ることすらできない。

 皐月賞で一着、二着。その後因縁ができてお互い勝利宣言までしたんだ。きっと私は浮かれていたんだろう。私も主役になれると、そう錯覚していたんだ。

 私の耳に誰かが近づいてくる音が来る。きっとあいつだろう。あんなに格好をつけたのに、あいつは有言実行したというのに、情けない私になんて言うつもりなんだろう。悔しさと恥ずかしさと言葉にできないいろいろな感情が混ざりきった私はあいつに声をかけるどころか顔をそらし続け逃げるように動いていた。

 

「お疲れ、残念だったけど次を目指して頑張ろう」

 

 情けない私をいつもと同じ様にトレーナーは迎えてくれた。

 

「あっ……、その……」

 

 言葉が出ない。ふがいなさを謝ればいいのか、悔しさを叫べばいいのか。あんなに大口を叩いておいてこんな結果で帰ってきた私を何も言わずいつものように迎えてくれた。きっとトレーナーの気遣いなんだろうけど今の私には優しさは毒だった。こうなることがわかっていたんじゃないか、私が負けると、惨敗すると思っていただんじゃないか。目の前にいるのは唯一私だけの味方でいてくれているトレーナー。今の私にはそんなことを考える余裕はない。

 

「ごめん、今は何も考えたくない……。 一人にしてほしい……」

 

 それが私にできる精一杯だった。トレーナーに八つ当たりをしないためじゃない。こんな時に限って冷静に動いてしまっている思考が今トレーナーに反発して契約を切られたらもう私に付いてくれる人なんていないかもしれない。私は受け取った優しさに打算を返すことしかできない最低なウマ娘のようだ。

 

 初めてのG1でのウィニングライブ。前回は自業自得でフイにしてしまったが今回はそれよりも辛いかもしれない。私はバックダンサー、それも端っこの方で誰にも見られることはないような立ち位置だった。準備の段階でもあいつとは何もかも違うもので、話せなくて良かったという安心感と、この距離が物理的なものだけでないと見せつけれられる痛みを感じながらその一日は終わりを告げた。

 結局トレーナーとまともに話すことができず寮へと帰る。寝るまでに目に入ったニュースはあいつのことばかりだ。昨日までは私にもインタビューが来たり注目の二人なんて扱いだったのに今ではあいつが無敗の三冠への記事ばかりだ。私のことなんて専門誌に結果だけが一行載ればいい方だろう。もう私は名前すら出ない脇役なのだから。

 

 明けて次の日。私は学校を休んだ。傍から見ればレースの疲労を取るためだと思うだろう。実際担任もトレーナーも休むと伝えただけでゆっくり休むようにと温かい言葉をくれた。だけど私が動けないでいるのは身体ではなく心の重荷のせいだ。一晩寝て回るようになった頭の中にはひたすらに自分を慰めるような言葉が飛び回っている。

 

G1を走れているだけマシじゃないか。

 

皐月二着ということはあいつ以外より上なんだ。

 

ダービーでうまく行かなかったけどそんなウマ娘はいくらでもいたはずだ。

 

私は恵まれているんだ。高望みをしなければそれなりの結果を出せるはずだ。

 

 そんな都合のいい事実を並べて慰めようとしている自分を情けなく感じながらも甘えてしまいたくなる。でもどんなに都合のいい言葉を並べようとどれだけ甘い言葉を並べようとそれでも隠しきれない事実を突きつけられる。

 

「あいつとの格付けは終わったんだね……」

 

 それはどう取り繕おうとどう誤魔化そうと明確などうしようもない事実だ。きっとこれから先あいつに運良く勝てることがあってもそれは下剋上ではなくラッキーかあいつの調子が悪かったと言われるんだろう。その事実を半ば受け入れてしまっている自分自身が情けなくなる。昔見たドラマではこんな時主人公は酒に溺れたりするそうだけどそんな度胸もない。一時の感情の高ぶりでこの情けない脚を折れるほどの熱量もない。あんな情けない結果でも燃え尽きてしまったんだろう。残ったのは使いみちのない醜い燃えカス。それが今の、今日からの私なんだろう。ポコンという音に現実に戻されてみればルームメイトからメッセージが飛んできていた。あいつがお見舞いに来たいだなんて言っているらしい。負け犬を笑いに来るようなやつでもないし、純粋に厚意と心配から申し出たんだろう。だけど今の私にはあいつの話を聞く器も怒鳴り返す元気もない。ただ一言

 

「ごめん」

 

 それだけを返して布団を頭までかぶる。あるはずもないなにかから自分を守るために。滑稽であろうともほんの少し私の心を慰めてくれた。その一握りの優しさの中で考える。

 

 

 翌日まだ私は教室に向かうことができないでいた。謹慎明けの時なんかと比べ物にならないぐらいだ。結局今日も授業には出ず、それでもトレーナーと話そうと思えるぐらいには回復したと連絡すれば今日の欠席とこの後の打ち合わせが決まった。

 トレーナー室に入ってみればいつも以上に散乱した資料と疲労を隠せていないトレーナーが居た。聞けば昨日から帰らずにダービーの検証とこれからのプランを考えていたらしい。私が自分の殻に籠もっている間にもトレーナーは止まることなく私のために全力を尽くしてくれていたみたいだ。飲み物を用意してもらって向き合って座る。テーブルの上にはいつにもまして山のような資料が並べられていく。

 

「まずは、辛いだろうがダービーの振り返りだ」

 

 私のことを思ってだろう辛そうにそう切り出してきた。でもごめんね? 私の中で決着はついちゃってるから大丈夫。そう伝えるとより辛そうにそれでもゆっくりと話し始めた。

 どうやら私は本格化が早く皐月賞は周りよりも有利な状態であったらしい。”最も早いウマ娘が勝つ”まさにそんな状態だったというのに私は勝つことができなかったようだ。そこからダービーまでの間あぐらをかいていたわけではないがそれでも徐々に優位は小さくなっていきその結果があの順位ということだ。話の合間合間にあの順位は気にしなくてもいい、誰もがそうなる可能性があった。君が弱いわけでは絶対ない。そう何度も何度も語りかけてくれる。それでも勝手に格付けを終えてしまった、半ば折れてしまった私の心には響くことはなかった。

 それから距離の話にもなる。現状だと私には2400は長いと見えたようだ。走るだけであれば全然問題ないがレースという極限状態で入るのであればもう一歩スタミナが足りなかったようだ。その説明はほんの少し私の心を軽くしてくれた。今回負けたのは距離適性が合ってないからだと、誰に言うわけでもないがそれでもほんの少し気が楽になった。

 

「さて、それらも踏まえて今後の出走計画だけど」

 

一通りの説明を終えたトレーナーがそう切り出す。さっきの説明を考えるのであれば菊花賞に出ることはないだろう。先の話とはいえ今の私にはもう一度あいつと走るという気持ちはまったくなかった。しかしそうでないのであればどんなレースに出るんだろう。今の私の成績では秋のシニア級G1に乗り込むなんて夢のまた夢だ。であれば、マイル~中距離のクラシック級のレースをこなしていきながら次の大目標を決める形になるんだろうか。できれば引退するまでに一度はG1の勝利をなんとかしたい。きっと前の皐月賞が最大のチャンスだったんだろうけどあんな規格外がいたんじゃしかたない。そう結論づけてまた難しい顔をしているトレーナーの次の言葉を待った。そして出てきたのは私の考えを真っ向から否定するものだった。

 

「私としては秋の菊花賞を目標にしたいと考えている。それを前提条件に今からスタミナに重点を置いたトレーニング計画を立ててきた」

 

 そう言って分厚い資料を渡される。そんなことより菊花賞? 今さっき私には2400でも距離が長いって話をしたところじゃない。それにあいつも無敗の三冠という前人未到に挑むため必ず出走してくる。それも万全の状態に仕上げてくるだろう。そんなの私に勝てるどころか相手にもならないだろう。なに? トレーナーさんは私に赤っ恥でもかかしたいのだろうか、最近の私の態度に対する罰だと言われる方が納得できる。そんな私の非難混じりの視線を感じたのかもう一つ同じぐらい分厚い資料を出してくる。

 

「個人的にはこれは第二案のつもりだけどマイルから中距離に的を絞ってうまく行けば秋の天皇賞、最悪でも来年には秋天に勝ちにいけるように持っていくプランだ」

 

 なんだ、ちゃんとしたのもあるんじゃない。それだって天皇賞秋で勝てるなんて今の私を見れば出てこない言葉だ。そう思って聞いてみれば

 

「確かに今の君ではほぼ不可能と言わざるをえない。だけど今からしっかりと磨いていけば不可能ではなく十分目標にできるレベルまで強くなれるって考えている」

 

 なるほど、確かに来年であれば丸々一年半の時間がある。もちろん他のみんなもおんなじように鍛えてくるだろうけどそれでも夢物語じゃなくてすごく難しい程度には実現性がある。そこまで聞いてなんでこれがサブプランなのかと、菊花賞に出るなんて方が無茶苦茶じゃないかとそう聞いてみれば苦虫を噛み潰したような顔が返ってきた。

 

「誤解しないで聞いて欲しい。今の君を見ているとシンボリルドルフに苦手意識を持っているように感じる。もしそうなら今後G1を始めとした重賞に出た時彼女がいるだけで君はいつもの走りができないだろう。だとしたらたとえ厳しい目標であったとしても確実に出てくる菊花賞で勝つことでその苦手意識をなくしてしまいたい」

 

 誤解も何ももう私とあいつの序列は決まってしまっているんだ。今更どうしようも……、なんだ? 私はいつからこんな腑抜けになったんだ。負けたのだって今回が初めてじゃない。忌々しいが情けない負け方をしたことだってある。それが一度負けたからって何を考えていたんだ。

 私の表情に気づいたんだろう。少し楽になったような顔で伝えられる。

 

「本来であればウマ娘という生き物はレースに勝つという本能が強く宿っている。だけどそれすらを上回るトラウマを植え付けられてしまえば走ることができなくなるかもしれない。確かに君が菊花賞で勝利することは難しいだろう、今の段階で優先枠もない。ここから路線変更してもおかしな話ではないし、外野も納得するだろう。だけど、だからこそ私は菊花賞の舞台でシンボリルドルフを真っ向から打倒して欲しい。距離を伸ばすのは苦しくて難しいだろう。怪我の危険性もあるかもしれない。それでも私がスカウトしたのは君だ。私は君に可能性を、世代で一番の夢を託したんだ。だからたとえ私のわがままであってもその道を提示したい」

 

 ここまで熱く語られたのはスカウトの時以来かもしれない。トレーナーさん私のことをそこまで評価してくれていたんだ。だけど今の私に迷わず菊への道のりを選べる勇気はない。今だってここまで言われても迷ってしまっている。それほどまでにあのダービーの惨敗は私に重く伸し掛かっているのだろう。ここで迷いなく菊花賞で勝ちます。なんて言えれば主人公みたいにかっこいいんだろう。だけれども私にはそれをすることができない。

 

「……今の私があいつに勝てるとは思いません。だけどここで逃げても一生逃げることなんてできない。G1に出ない、なんて選択でもしない限りあいつはいつまでも立ちふさがるでしょう。うんうんあいつだけじゃない。上も下ももっと手強い奴らが際限なく出てくるんでしょう。それでも、そこまでわかっていても今の私には勇気が足りない。だから夏、この夏の結果を見て決めてもいいですか?」

 

 これが限界だ。こんな情けない先延ばしぐらいしかできない自分が何処までも情けない。立ち向かうことも捨てることも選ぶことができない。

 

「ああ……、ありがとう私の身勝手に付き合おうとしてくれて、逃げを選ばないでいてくれてありがとう」

 

 トレーナーさんは随分と過大評価をしているみたいだ。

 

「まあ、長距離を走れるようになる方が出れるレースが増えますもんね?」

 

 そんな評価を真正面から受け止めることすらできずに、冗談を言いながら私は菊への道と表紙に書かれた束を手に取ることができる精一杯だった。

 最後に学校での生活を不安だと言われ、私としてもあいつと気まずいのはなんか負けた気がするしクラスメイトにも申し訳ないしどうしようか考えた結果、あっかんべーの写真に借りは返す! なんて言葉を添えてトレーナーからあいつのトレーナーに送ってもらった。あいつの連絡先なんて知らないし、今は知りたくもない。しかし次は勝つ! なんて言えないのが自分でも情けないけどそれは結果で見返せるように頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダービー以降彼女と話すことができないでいる。レース当日も結局最後まで顔を合わせることができなかったし、それ以降は私への取材が殺到し中々自由に動けないでいる。トレーナー君は取材を減らすことを提案してきてくれたがそれはできない。私の夢を考えるのであればどんどん前に出ていく必要があるのだ。レースから数日経って彼女も登校を再開したがどうも避けられているような気がする。彼女のルームメイトに相談してみたが今はそっとしておいてあげて、と言われてしまった。レース直後のような暗さはなくなったがそれでも私を目が合うと悲しそうにそらされてしまう。トレーナー君に相談しても仕方のないことだと言われてしまう。私は全てのウマ娘の幸福を目指している。だけれども私と走ることで少なくとも幸福では無くなったように見える彼女をどうすればいいのだろうか。最近では他のクラスメイトとも何処か距離感を感じてしまう。それは悪いものではなく憧れや称賛に根ざしたものだということは感じられるがそれでも何処か遠くに感じてしまうことがある。今ばかりは取材などでクラスを空けることが多いことをこれ幸いと感じてしまう。それでもいつまでも横に置くわけには行かないし、こんなことを誰に相談していいのかもわからない。夢のために邁進を続けるべきだとわかってはいるがどうしても後ろ髪を引かれるような感覚がなくなってくれない。

 それでも菊花賞に向けてのステップレースはすぐそこだ。迷い負けてしまうようなことがあってはならない。まずは目の前のレースに集中するとしよう。

 

 

 

あいつはセントライト記念も危なげなく快勝ね。あいつには関係ないけど誰のせいでこんなに悩んでると思っているのか。それでも最近のあいつは何処か調子悪そうだ。ダービーの後も結局まともに話すことができなかったし、その後は合宿で物理的に距離が生じていた。全部とは言わないけど少しは私のせいだろうし、ほんの少しぐらいは申し訳無さも感じているからさっさとこのギクシャクしたのも終わりにしていまいたい。夏の合宿で私は確かな成長を感じている。距離適性だって少しは伸びた自信がある。後はさっさと菊花賞を終わらせて勝つにしろ負けるにしろちゃんとケリを付けないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏を乗り越えた私達は乾坤一擲の精神で神戸新聞杯に出走した。出走枠のため、鍛えた成果を確認するため。

 だけれでもそんな私たちの決意もどこ吹く風か、私の番号は掲示板の一番下に情けなく光っていた。

 私は思ってしまった。菊花賞でリベンジできない悔しさより先に、これで菊花賞に出なくて済むと、あいつと走らなくていいんだと、そう思ってしまった。もう私の心にはなけなしのプライドすら残っていなかった。

 




未だに名ありがルドルフしか出てないはいかがでしょうか

ルドルフ以外のネームドキャラは

  • いる
  • いなくてもいい
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