『キングヘイローがまとめて撫で切った!』
カフェテリアで今後のレースの出走計画を考えていたらよく知るクラスメイトの名前が聞こえてきた。そっちに目を向ければキングちゃんがついにG1レースで勝ったみたいだ。あの娘ぱっと見高飛車なお嬢様だけど実際は面倒見がよくて同じくクラスメイトのスカイちゃんによくからかわれてりして気がつけばクラスの人気者だ。
だけどついにキングもG1勝ったんだね。テレビからも10度の敗北を乗り越え、なんて言われて、苦労人が努力の末に掴んだ勝利みたいな感じで言われてる。まあ、それに関しては否定しないしあの娘が努力家で掛けられた期待と現実の落差に打ちのめされながら、それでも掴んだ栄光は他人事でも嬉しい、嬉しいはずだけど……
「そもそも10回もG1走れるだけでもすごいことのはずなのにね……。そうでなくても重賞勝ってるわ、皐月で2着だわだもんね」
今の自分の置かれている状況と比較してしまってどうしても友人を素直に称賛できる気がしない。私なんて未勝利戦勝つだけでも何回も掛かったし、それ以降中央ではほとんど勝てていない。G1どころかG3で一回勝ったのだけがまともな成績だ。最近では直接口には出さないがトレーナーも地方のトレセンへの移籍を進めるべきか考えているようだ。
ここに来るまでは私は誰よりも速かった。負けることなんて殆どなかったし負けたとしても2着か3着。それより下になることなんて無かった。そんな私は周りの応援も有ってここ中央にやってきた。来たばかり頃はいつだって栄光の未来を夢想していた。日本ダービーに勝ったらどうしよう、もしかしたら会長に続く無敗の三冠馬になっちゃったりしてなんてことを愚かにも考えていた。そしてそれが夢ですらないなにかであると気づかされるのに時間はかからなかった。私達は黄金世代なんて呼ばれているらしいけどそれでも結果を残しているのは一握りもいない。初めて挑んだ未勝利戦ではスペちゃんが一緒にいたっけ。最初は地方からの転校生ってことで皆心配したり気にかけたりしていた。でもあのレースで私はわかってしまった。勝つべきウマ娘という存在を。あの時は私は前の方で思い描いていたレースができていた。このまま行けば勝てるって自信も確かにあった。でもそれは最後の直線で間違いだと見せつけられた。後ろから迫ってくるプレッシャー。並ぶなんて時間もなく一瞬で抜かされた。その瞬間、本当に一瞬だけ並んだ時に横目に見た彼女は教室でドジして皆に笑われているスペちゃんではなくまさしく日本総大将スペシャルウィークの片鱗を見た気がする。正直に言えばそこで結構心が折れてしまったのかもしれない。それ以降は全然勝てなくて辛い毎日だ。トレーナーも私のために芝ダート、距離も色々勝てるレースを探してくれている。もちろん私も特訓に全力を尽くしているつもりだけどそれでもどこか心の隅には後ろ向きな私が居るのかもしれない。
こんな気分ではもう理性的に考えるなんてできないし、適当にスイーツでも食べて寝てしまおう。明日のことは明日の私に任せよう。
ついに、ついにG1レースでの勝利を掴むことができた。クラシックから続く中長距離に固執していたらきっと掴めなかったかもしれない。それでもトレーナーと手を取り合いついに掴んだこの栄光。いざ勝利してみればあんなに固執していたお母様のことも気にならなかった。気持ちはすぐに次の目標へと向かっていたわ。昔の私なら一流なのだから勝利は当然! なんて言っていたかもしれないわね。でも今の私には分かるわ。この一つの勝利にどれだけの人の支えが有ったか。いつだって私を信じて応援してくれたあの子達にカワカミさん。クラスメイトの皆も自分のことも有るのに背中を推してくれたわね。そして選抜レースで一人虚勢を張っていた私のために一流であると宣言し私を本当の一流にしてくれたトレーナー。ああ、本当に私は恵まれているわね。だからこそもっと頑張らないと。
「しかし、一流のキングが有マ記念にいないのはおかしい、なんて言ってたけどあの人どうするつもりなのかしら?」
今日はレース明けでトレーニングもお休み、ウララさんはまた高知に遠征で他にもレース前の調整をしている方が多く、言ってしまえば暇なのだ。G1勝利のお祝いに豪華にスイーツとでもいきましょうか、でもあまり羽目を外すのも……。そんなことを考えているとクラスメイトが一人ベンチで空を見上げてぼうっとしている。あの娘は……、最近レースに勝てなくて調子が悪いと言っていたわね。あまりおせっかいしすぎるのもどうかと思うけどクラスメイトが落ち込んでいるのに無視するなんて一流のすることではないわね。
「隣いいかしら?」
なんて言いながら声を掛けてきたのは今の私の悩みの原因のキングちゃんだ。いや勝手に悩みの原因にしちゃいけないか。適当に身振りで同意を住めせば真横に座ってくる。なんか距離近くない? なんて思ってたら私のことが心配だそうで。相変わらずの世話焼きなんだから。これもG1勝ったウマ娘の余裕? なんて僻みを考えてしまうけどキングちゃんはいつだってこうだった。誰よりも高飛車で誰よりも優しい。そんなキングちゃんだから皆が愛されているんだろう。
「気にしなくていいよ」
たったそれだけを伝えて会話を打ち切る。今話してしまえば勢いに任せてひどいことを言ってしまいかもしれない。これば私の問題であってキングちゃんはなんの関係もないんだから。そんなことを考えていても離れていってくれないようだ。それどころか眉間にシワが寄りどんどん眉がつり上がっていく。関係ないけどその表情すごくらしくて似合ってると思う。
「やせ我慢をしたいならそれ相応の態度を取りなさいな。見栄を張るなら完璧に貼り続けなさい。それが出来ないなら誰かに頼るしかないわよ」
「なによ! 貴女には! 貴女達にはわからない! 勝てないの! 何が10度の敗北を乗り越えよ! そんなもんとっくに超えてるわ、それでも勝てない私はどうすればいいの!」
言いたくないことを言われカッとなってしまった。キングちゃんには何も関係ないのに八つ当たりしてしまった。口にした瞬間に後悔が襲ってくる。それでも放つ言葉は止まってくれない。
「なんで負けても走れるの! なんで諦めないの? 私にはわからない、わからないよ。私と貴女何が違うのよ!」
もう自分でも何をしているのかわからなくなる。あーあ、折角心配して話しかけてくれたのにこんなんじゃ失望されるんだろうな。でもいいか、丁度いいかもしれない。私はここに居ていいウマ娘じゃなかったんだ。自暴自棄になりながらもいつまでも反応がないことが気になり愛想つかされてかな、なんて見上げてみれば何故か唇を噛み締めているキングちゃんがいた。そして私を目線が合うと静かに話し始めた。
「貴女がそうして悩んでいるのか、何に悩んでいるのか他人でしかない私には完全に分かることは出来ないわ。それでもその質問には答えてあげられる。なぜ走るのか? なぜ諦めないのか? ですって? そんなの一つしかないわ」
そこで言葉を切りキングちゃんは胸を張り顔に手を当ていつものポーズになる。
「プライドよ。私が私で有るために必要なものはそれだけで十分なのよ」
いつもより静かで教室でも見るキングちゃんでもレースで見るキングちゃんでもない、静かで、でもどこか熱を感じる一流のウマ娘を自負するキングヘイローが私の目の前に堂々と立っていた。
「……それはキングちゃんが良家の出身だから?」
目の前の熱に当てられたのか私の中の激情は身を潜め、静かにそんなことを聞いていた。確かに昔のキングちゃんはよく自分の出自を誇っていたでも最近は……
「それもあるかもしれないわね。でも今は違うわ。私は一流のキングヘイロー。一流のお母様から生まれ、そしれ、皆の期待を背負い一流になるウマ娘キングヘイローよ」
そう堂々と宣言したのは私の知っているキングちゃんとはどこか違う、でも今までよりもかっこいいキングちゃんだった。
「良家の出身? 親が一流のウマ娘? そんなものはレースが始まればなんの意味もないわ。レースに持ち込めるのは自分だけ。それと……」
「それと?」
いつの間にか私はさっきまで叫んでいたことも忘れて前のめりに次の言葉を待つ。
「私を一流であると、そう信じてくれる重く真っ直ぐな期待だけど背負って走るしかないの。なんてカッコつけても私も気づくまでに時間がかかったけどね」
最後に少し恥ずかしそうに笑うキングちゃんはやっぱり私の大好きな、実はちょっぴり憧れた一流のキングヘイローだった。
そこからいきなり怒鳴っちゃたことを謝って一緒にスイーツを食べに行くことにした。ずっと食べてなかったわけじゃないけど久しぶりに心の底から美味しいて感じることが出来た。やっと心の整理がついたのかもしれない。そうだ、たかが勝てないぐらいで諦めるなんて自惚れていたんだ。私は走れる。足が折れたわけでもないんだからみっともなく見えてもしがみついて走れ続ければ良いんだ。だってかっこ悪く見えたとしてもきっと私の大好きな一流のウマ娘はきっとそんな私のことをちゃんと見てくれるんだから。
「……トレーナーさんに進められたフェブラリーステークス、いっちょがんばりますか!」