赤髪の勇者と異界の魔王 作:ルテチウム
瞬きの間の出来事であった。真下に現れたリーリァの掌撃が、ヤルダバオトに触れ──爆発する。
「──なっ」
反応は出来ない。それは異界の技故に、ヤルダバオトの想定の全てから外れる。
掌から衝撃が走る。流動する力が一点に捩られ、そしてヤルダバオトの強靱な肉体へと突き刺さった。
轟音。空へと空へと打ち上げられるように放たれた衝撃はヤルダバオトの肉体を突き抜け、その身体を打ち上げた。
「グッ──ォオオオ!!」
花火のように打ち上がるヤルダバオト。空気摩擦に焼ける音と共に、苦々しい叫び声が世界に響き渡る。
そして、バゴン、と。一拍遅れて空が弾ける音が反響した。レメディオスが目を大きく見開き、カルカは嘆息した。
「……ん?」
ざわざわと辺りの騎士達が驚きの声を上げているのを捉えながら、だがリーリァは上空を睨み掌に残った違和感を噛みしめる。
「貴様!やるじゃないか!!」
「あー、うん。ありがとう」
ぼんやりとレメディオスに返答を返しながら、だが視点は一点に。遙か上空、空の点。
(……感覚がおかしい。なんて言うか、抑えられた……いや、違うな。能動的な感じじゃなかった。強いて言えば……『制限されてる』?)
にぎにぎと何度か手を弄ぶ。そこでレメディオスが音をたてながらリーリァへ近付く。
「名は……なんだったか?いや、それにしても助かったぞ!先程の一撃は素晴らしかった──」
「レメディオス。一旦下がりなさい」
「む、分かりました。ですが、カルカ様。何故ですか?今の一撃は……そう、私でも対処に困る物だったのですよ」
「恐らくですが、アレで倒せてはいません……ですよね?リーリァ・アスプレイ様?」
警戒しながらも、会話に耳を傾けていたリーリァはそれを聞き軽く唇を噛みしめる。
「──そーだね」
──バン!と紅い衝撃が撒き散らされた。煌々と煌めく極光が世界を照らす。それは上空のある一点から。
リーリァが目を留めていたその影は段々と大きくなり、やがてレメディオス達の視界に入る。
「これこそが私の本性である……そして、この姿を見せざるを得なかった事、素直に感嘆の意を表そう。人間よ」
震えるような声だった。炎を体に纏い、二回りほど大きくなったその存在を見上げる。
「……な、なんだアレは」
「……あれがヤルダバオトの素顔だとでもいうのですか?」
近くで聞こえる二人の女の声。そして、しんと静まりかえり、破壊し尽くされた広場は、その存在が余りにも予想外であることの証明でもあった。
だが、それにリーリァは目を細める。手を引き延ばす様に手刀を形作り、振り上げる姿勢に。そして段々と降りてくる火の塊に向かい、嘆息。
──リーリァの手がブレた。
「故に、貴様は今ここで──」
「あー、マジかー……」
バゴン、とも。ズバンとも言える音が、一瞬遅れて広間に響いた。
だらりと下げ終えた手刀を解きながら、ゆっくりと空を見上げる。視線が後ろから向けられる。カルカの驚きが、レメディオスの驚愕がひしひしとリーリァの背中に突き刺さる。
「…………ァ」
「結構驚いてる。いや、凄く。まさかそこまでとんでもない事が出来るなんてね……いやー、予想外予想外」
カラカラと乾いた笑い声をたてて、リーリァは拳を握り締める。
そして次に巻き起こったのは途轍もない暴風だった。遙か上空に向かって振り下ろされた手刀は、既に解かれている。それは既に目的が無くなった故の結果。
微かに響く小さな呻き声に、だが驚きに包まれた人々は気が付かない。
「い、一体突然何をしている!カルカ様に被害が及ぶだろうが!」
「レメディオス、そのようなことは……ですが、リーリァ・アスプレイ様。ヤルダバオトが語っている時間を増やした方が良かったのでは……」
「安心してくれて大丈夫。いろいろ言いたいことはあるけど、取り敢えず一旦──」
そして、リーリァが上空に目を細めたその瞬間。
「──ァァアア”ァァア”ァ”ァア”ア”ア”!!!!」
パチュンと音が鳴り、視認できる程まで降りていたヤルダバオトの肉体が二つに分かたれる。炎が最後の雄叫びを上げるように燃え盛り、そして。
「──終わりだからね」
余りにも唐突なリーリァの勝利に口をポカンと開けていたレメディオスとカルカの目の前で、ボシュ、と火が消える。
そして、数秒。瞬くように最後の名残を残すと、二つの残光は消え去った。