そして今回も酷いです。(二度目)
錬金術師とは科学者であり、総じて“神”という曖昧なものを否定するように思われがちだが、実のところそうでもない。一般人と同様、人によって考え方は様々であり、少なくともエドワード・エルリック個人は神の存在を否定していなかった。
なぜならそれは観測できないからだ。この世のあらゆる物質を創造し、人類には認知しえない領域から我々を見守る存在のことを、誰も『ない』とは証明できていない。それは本当に、この世のどこかにあるかもしれないのだ。
ゆえにエドワードは神を否定しないし、神を信じる人々を否定しない。慈悲を以って人を見守る存在がいるならば一定の敬意を抱くし、信仰を胸に他者に尽くす人々の生き方も尊いと思う。
……だが、それでもやはり、エドワードが“実在する神”に縋ることはないだろう。先の主張と矛盾するようで恐縮だが、この世に存在し人に干渉している時点で、エドにとってそれは『神』ではなく、『絶大な力を持ったヒト』に過ぎないからだ。成した偉業に敬意を払うことはあっても、信仰の対象として頭を垂れることはないだろう。
ではエドが信じる神とは一体何なのか?
それはきっとどこでもない、信じる人それぞれの心の中にいるのだ。自らがこれと決めた信念・ルールに従い、深く考え、己を律し、日々を精一杯に生きる。それこそが、エドの考える信仰というべきものだった。謂わば信仰とは、実存する何かに縋るのではなく、人生の支えとしてともに歩んでいくことを言うのだ。
――神とは、それを信じる己の心の中にあり。
ゆえに、他者の信ずる神が異なるからと、それを否定することがあってはならない。神の否定は考え方の否定につながり、生き方の否定につながり、やがては存在の否定に行き着いてしまう。その末に待っているのは、泥沼の争い、憎しみの連鎖、救いなき破滅である。
人を支える信仰の道が、人を滅ぼす毒の刃となってしまうのだ。こんなに悲しいことがあるだろうか?
どうか人々よ、その行動が正しいのか否か、神の声ではなく自分の心に問いかけた上で判断してほしい。一方的に与えられた言葉ではなく、自分の頭でよく考えた上で決断してほしい。その結果他者の生き方を、そして何より自分の生き方を尊重できるのなら、それはきっと尊い信仰の道であるはずだ。
エドワードは願う。
どうか世の全ての人々が、自分の信じる道を生き、笑って暮らせる世界になりますように……と。
「――というわけで、俺が自分の信念に従ってエロを極めたいと願うのも、尊い信仰であり許されるべき道なわけだ。分かったか、ロゼ?」
「まったく分からないわ」
「……う~ん、やっぱりダメかぁ」
エドワードの尊い信仰の道は、残念ながら若い女性には受けなかったようだ。
「さすがに神とエロを絡めるのは無理があると思うよ、兄さん?」
「何言ってんだ、アル。神話の興りはいつだってエロスと欲望だぞ? 神に神聖さを求めるなんざ宗教家たちの欺瞞だ。つまり神 is エロ! エロ is 神! Yeah!」
「お、おやめなさい! 主への冒涜は許しませんよッ?」
だがそれもまた良し。信仰とは信ずる者が多いからと尊ばれるものではない。たとえ嫌われたとしても、信念のもと歩み続けることに意義があるのだ。
……いや、むしろ嫌悪の目で見られることでエドは若干の興奮を覚えてきた。なるほど、これが新しい道を行く悦びか。少年は新たな信仰の扉を開いたことに感慨深い気持ちを抱いた。真理の扉はここにあったのかもしれない。
「ま、まあまあロゼ。若い男なんてそんなもんだよ。笑って流してやりな」
「むぅぅ……ッ」
「ところでアンタら、この街には何の用で? 旅行かい?」
「いや、ちょっと探し物をね」
エドが国家錬金術師となって3年。彼らは元の身体に戻るため、とある物を探して国中を飛び回っていた。文献を読み漁り、噂話を聞き付け、気になることがあれば現地へ行ってひたすら調べまくる日々。
その中で今回二人は東部にあるリオールの街を通りかかり、偶然『レト教』という新興宗教のラジオ放送に遭遇した。なんでも『生ける者には不滅の魂を、死せる者には復活を』などと胡散臭いことを宣い、急速に信者の数を増やしているらしい。
今話しているこのロゼという少女も、事故で恋人を喪い絶望していたところを、レト教に出会ったことで救われたのだそうだ。
それだけを聞くなら大変喜ばしいことだ――が、そこに『奇跡の業』だの『死者の復活』だのが絡んでくると途端に胡散臭さを感じてしまう。『恋人を奇跡で蘇らせてやる』などと、まさにインチキ宗教の典型ではないか。
ゆえに、エドの信ずるありがたい教えで別の道を示してあげようとしたのだが、残念ながら不発に終わってしまったのが冒頭の
「あなたも“奇跡の業”を見ればきっとレト教の教えに帰依したくなりますよ。あ、ほらッ、ちょうど今コーネロ教主様が見せてくださっています!」
「おん?」
ロゼが指差す方を見ると、禿げ頭の教主とやらが広場に大勢の人を集め、目の前で野花を大輪の花へと変えていた。一見すると魔法のようにも見えるその変化を、民衆は『神の奇跡だ』『教主様の御力だ』と褒めそやし、熱狂している。
「……どう思う?」
「どうもこうも、あの変成反応は錬金術でしょ」
「だよなあ?」
――が、一流の術師であるエルリック兄弟の目には錬金術だと丸わかりだった。しかも技の構成は甘いのに妙に仕上がりは良く、かつ錬成前後で質量が明らかに増えていた。どう見ても不自然の塊である。
「どうです? 素晴らしい御業でしょ、まさに奇跡ですよ!」
「いや、ありゃどう見ても錬金術だよ。コーネロってのはどうしようもねえペテン野郎だ」
「ムッ!」
教主を扱き下ろすエドをロゼがジト目で睨む。しかし残念、Мに目覚めつつある少年にとってはむしろご褒美だ。
「でも法則無視してんだよね」
「それなんだよなあ」
「ほ、法則?」
「うん、錬金術ってのは便利な魔法みたいに思われているけど、実際にはそうじゃない。現実の法則にきちんと則った科学技術なんだよ」
「大別すると二つだな。質量保存の法則と自然摂理の法則。術師の中には四大元素や三原質を引き合いに出す奴もいるけど」
「??」
「つまりね、何もない無から有を生み出すことはできないし、全く異なる性質の物に作り変えることもできないってこと」
首を傾げるロゼにアルが分かり易く説明する。人当たりの良いアルは解説役にピッタリだ。
「チ○コも同じだな。勃起して大きくなったように見えても、それは体内の血液が集まっただけで、基本サイズが大きくなったわけじゃない」
「チ、チン――ッ!?」
「石くれからダッ○ワイフを作ることもできないな。きちんと有機質を利用しないと、あの柔らかな弾力は再現できない」
「ダ、ダッチ――!?」
そしてエドがセクハラ染みた捕捉を加える。だいたいいつものパターンである。いつか捕まるんじゃないかと弟は恐々だ。
……でも正直こいつも楽しんでいるから同罪だ。
「その等価交換の法則を無視して、コーネロは大質量の錬成を可能にしている。これは明らかにおかしいんだ」
「だ、だから言ったでしょう! 錬金術ではなく奇跡の業だって!」
「ねえ、兄さん。もしかして……」
「ああ、ビンゴだぜ」
憤慨するロゼを余所に兄弟は何やら話し合っている。
――当人の技量を明らかに超えた技。
――質量そのものが増大する錬成。
――そして、教主の指に輝く怪しい色の宝玉。
どうやら『探し物』は見つかったようだ。
エドはコーネロ以上に胡散臭い笑顔で振り返った。
「お姉さーん! 僕、レト教に興味が出てきちゃった! 教主様のお話とか聞けないかなあ!」
「まあ! 分かってくださったのですね!」
ロゼの顔がパッと明るくなる。ここまで散々扱き下ろしてきたというのに、一言意見を翻しただけで何の疑いもなく信じてしまった。こういう純真なところを教主に付け込まれたのかもしれない。
「待っててくださいね! すぐ会えるよう師兄さまに頼んでみますからー!」
「ありがとー! ゆっくりで良いよー!」
嬉しそうに教会へ駆けていく少女の後ろ姿を見て、エドは思った。
「土下座して頼めばエロいことさせてくれそう……」
「さすがにアウトだからやめようね?」