真理の扉にチ〇コ持って行かれた!   作:マゲルヌ

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※原作と大きく変わらないエピソードは割とさくさくスキップしていきます。


8話 どこまでをモン娘と定義するか、そこが問題だ

 

「また貸しができたね、た~いさ♪」

「……君に借りを作るのは気色が悪い」

 

 悪徳教主を追い落とし、鉱山経営者を告発し、ついでに乗り合わせた列車でテロリストを捕縛したエドワードは、東方司令部の長官室でニマニマと笑みを浮かべていた。

 これでまたマスタング大佐(自分の上役)に対して一つ貸しを作ることができた。この3年ですでに様々な功績を上げており今さらの話ではあるが、まあ恩を売っておくに越したことはない。

 列車内でついでに助けた少将殿も、苦い顔をしながらも礼を述べてくれたことだし……。いくらエドがマスタング(目障りな若造)の子飼いとはいえ、一家揃って助けられた上、耳に開けられた穴までササッと治されれば、家族の手前そうそう邪険にはできまい。これで今後面倒な干渉がなくなればしめたものである。

 

「やっぱり脅しより恩義で縛るのが一番だよな~。いずれなんかの形で返してもらえればさらに良しだな~」

「……分かった、分かった。ハクロ少将に貸しができたのは私としてもありがたい話だ。良かろう、望みを言いたまえよ」

「さっすが話が早い!」

 

 物分かりの良い上司にエドはパチリと指を鳴らす。話が早いのは嫌いではない。エ○漫画でも余計な前置きは短くしてさっさと濡れ場に行ってほしい派である。

 

「この近辺で生体錬成に詳しい図書館か、錬金術師の心当たりはないかな?」

「こんなすぐにかね? 久しぶりに会ったんだからお茶の一杯くらい付き合いたまえよ」

「野郎と茶飲んで何が楽しいんだよ」

「そりゃごもっとも。――お、これだ、これだ」

 

 ファイリングされた書類から一枚が抜き取られ、エドに差し出される。

 

 ――綴命(ていめい)の錬金術師、ショウ・タッカー。

 遺伝的に異なる二種以上の生物を代価とする人為的合成――合成獣(キメラ)錬成の研究者。二年前に人語を使用する合成獣の錬成に成功して国家錬金術師資格を取得。

 

「人語を使用する合成獣? ……え、喋るの? 合成獣が?」

「そのようだね。私は当時の担当じゃないから実物を見てはいないのだが、人の言葉を理解し、喋ったそうだよ」

「へえ、そりゃすごいな。喋る動物とかロマンじゃん」

 

 少年の感嘆にマスタングはやや目を見張った。

 

「おや? 君にそんなメルヘンな趣味があったとは意外だね。てっきりエロスにしか興味がないものと思っていたが」

「喋る動物からの『人化 → 裸スキンシップ → 無知シチュエロス』は二次元じゃ王道だもんなー。惜しむらくは動物を人間に変身させる技術がまだないことだけど……いずれはその辺も開発したいよなぁ」

「うん、いつも通りで安心したよ。……でも初対面の相手の前では絶対にやめてね? 特に大総統の前とかね?」

 

 この3年で落ち着くどころかさらに飛躍して(ネジくれて)しまった少年の性癖。

 中央で怒られた記憶がよみがえり、後見人は神妙な顔で釘を刺しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。綴命の錬金術師、ショウ・タッカーです」

 

 エドワードはアルフォンスとマスタングを伴い、件のタッカー邸にお邪魔していた。

 タッカー氏は娘と二人暮らしの、三十台中盤ほどの男性だ。娘との仲は良さそうだが妻には逃げられたそうで、家の掃除も行き届いておらずいささか疲れた印象が見受けられる。

 

「ドーモ、はじめまして。エロスの錬金術師、エドワード・エルリックです」

「はい、はじめまし……え、エロ? ……えーと?」

「君は忠告を5分と覚えていられないのかね、鋼の?」

 

 エドとしては空気を和ませようとしたのだが、どうやら不発だったらしい。効いているのは上司の胃腸に対してのみだ。

 

「オホン! えー、彼は生体の錬成に興味があってね。ぜひタッカー氏の研究を拝見したいと」

「ふむ、それは構いませんが……ならばそちらも手の内を明かしてもらいませんと。それが錬金術師というものだろう、エドワード君。なぜ生体の錬成に興味を?」

「あー……いや、それは……そのー」

 

 エドじゃなくてマスタングが焦る。原作以上に焦っている。

 別に禁忌とかじゃないけれど、外聞的にはある意味それ以上に悪いから。

 けれど当人は当然のごとく気にしていなかった。

 

「タッカーさんの言うことはもっともだ。よし、全て説明しよう!」

「いや待て、なぜにそんな自信満々なんだ、鋼の。その『隠し立てするようなことは何もない』という曇りなき目はなんなんだ。――って、やめろ! 立ち上がるな! ベルトに手をかけるな!」

「だって恥ずべきことなんて何もないからな!」

「恥ずべきことだよ! 一から十まで余すとこなく恥ずべき内容だよ、鋼のッ――あ゛あああッ!」

「な、なんと!? そ、それが、鋼の錬金術師の由来……ッ」

 

 上司の細かいお小言は聞き流し、エドワードは勢いよくズボンをずり下げていた。

『初対面の人ン家でなんちゅう異常行動に出てんだ!?』と誰しもが思うだろうが、すでに国家試験の本番中に同じことをやっているので今さらの話である。

 エドはそのまま顔色一つ変えることなく己の罪(笑)を告白した。無論、罪とは錬成に失敗した己の未熟さであり、身体を失ったことについてはただの事故くらいにしか思っていない。……改めてヤベーな、こいつの精神。

 

「そ、そうかw……。ダ、ダッt――芸術品をッ……創ろうとして失敗を……クフッ……そ、そwれwは……つwらwかwったwねw」

「ほらぁあ……! やっぱりこういうリアクションだよぉぉ。我が東方司令部のイメージがぁぁ……ッ」

 

 マスタング、圧倒的羞恥に頭を抱える!

 

「すみません、大佐。でも兄さんには何を言っても無駄だと思いますよ? 一度こうと決めたらどこまでも突き進む人ですからね。まったく……僕も苦労してるんですよ、フゥ」

「……『自分は違う』みたいな顔をしているがな、アルフォンス。空気嫁に賛同して協力した時点で君も同罪だからな? そこんところ分かっているのかね?」

「………………、てへっ」

「もうヤダこの兄弟……」

 

 両手で顔面を覆うマスタングをよそに、エドワードは早速書棚の資料を漁っていた。

 

「はあ……私はもう仕事に戻る。夕方に迎えをよこすから」

「はーい」

「(……ブツブツブツブツ)」

「! すごいですね、あの子。もう周りの声が聞こえていない」

「ええ、まぁ……。あの歳で国家錬金術師になるくらいですからね。動機も目標も何もかも不純ですが、とりあえずハンパ者じゃないですよ」

「……いるんですよね、天才ってやつは」

 

 天才というにはいささか紙一重な兄弟は、しばらく資料探しに没頭した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「で、お前は資料も探さず幼女と戯れていたわけか」

「言い方ぁ!」

 

 半日ほど資料を読み漁ったエドワードは、今は弟に軽く説教を行っていた。頑張る兄を放っぽって、アルフォンスはこの家の娘・ニーナと遊んでいたのだ。

 まあ、これが妙齢の金髪美女なら烈火のごとく怒っていたところだが、幼女は普通に守備範囲外。エドの食指に引っかかるのは腰から尻のラインがエロくなる年齢からだ。

 

「ま、ちょうど身体も固くなっていたところだしな……。オラ、犬、遊んでやるからこっち来い」

「バウッ!」

 

 寂しそうにしていたニーナと愛犬アレキサンダーを伴い、エドは庭へ駆けていった。女好きかつ倒錯的変態であるエドワードだが、そこを除けば普通に面倒見の良いお兄ちゃんなのだ。

 その日は一日中、幼女といっしょにお庭で鬼ごっこした。

 

 

 

 

「へー、お母さんが2年前に……」

「うん、実家に帰っちゃったんだって」

「そっか。こんな大きな家に二人だと寂しいね」

「ううん。お父さん優しいし、アレキサンダーもいるから平気」

 

 傍らに座るアレキサンダーの背に顔を埋め、ニーナは力なく呟いた。

 

「けど……最近お父さん研究室にこもり切りだから……、ちょっと寂しいな」

「そうなの? 何か急ぎの仕事とか?」

「んとね……もうすぐ『査定』だって言ってた」

「あー……」

 

 自らにも馴染みのある単語にエドがぼやく。国家錬金術師に義務付けられている、年一回の成果報告会。

 息をするように有用技術を開発し続けるエドにとっては一瞬で終わるイベントに過ぎないが、十分な評価を貰えずに資格を剥奪される術師も少なくないと聞く。その期限が迫っているのなら、確かに娘に構ってやれないのも仕方ない。

 ……むしろこんな時期にお邪魔してしまったのがちょっと申し訳なく思えてきた。

 

「はぁ……しゃーない、しばらくは遊びモードで行くか。邪魔しちゃったお詫びに、タッカーさんの代わりにいろいろ付き合ってやろう」

「良いのかい、兄さん?」

「ああ、根をつめ過ぎても成果に繋がるわけじゃないしな。――ほれ、ニーナ、犬、今度は木登りでもするぞ」

「するするー!」

「バウッ!」

 

 エドはニーナを肩車し、アレキサンダーを引き連れて庭の大きな木へと走っていく。その後を追いながら、アルは昔と変わらない兄の小さな(大きな)背中に笑いを零した。

 

「子どもの内は元気に遊んで笑ってりゃいいんだよ。そんで寂しくなったら、思い切り親に甘えたらいい。それが子どもの特権なんだからな」

「……うん。そうだね」

 

 その日からしばらくの間、兄弟は幼女とくんずほぐれつして過ごした。

 

「いやだから言い方」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……もう、後がなかった。

 元々、自分の錬金術師としての腕前は大したことはない。平均より上という程度の自信はあるが、どんなに頑張っても秀才止まり。本物の天才たちとは比べるべくもない。そんなこと、誰より自分が一番よく分かっていた。

 

「…………」

 

 ――けれど、諦めきれなかった。

 情熱を捧げたこの世界で、何か一つでも自分の痕を残したかった。

 ゆえに彼は、この国で人体錬成と並ぶ、最も触れてはならない禁忌に手を染めてしまったのだ。

 

 (大切な人)の命を代価に成し得た成果は、目論見通り彼に最高の栄誉を与えてくれた。

 やった! 俺はやってやった! 俺を凡才と見下した連中の鼻を明かしてやって、自分の価値を証明したのだ!

 

 しかし栄光を得たその直後、彼は新たな恐怖に襲われる。一度得た評価を再び失うかもしれないという恐怖だ。

 人生で初めて公に認められた名声。それは甘美な毒だった。

 元から何もなければ感じることはなかった。だが一度その甘さを味わってしまえば、再び失うことなどもう耐えられない。

 それを避けるためになんでもやった。金に糸目を付けず多くの資料や素材を買い漁り、少しでも手がかりになりそうなら躊躇なく他人に頭を下げ、寝る間も惜しんで研究に没頭した。

 それでも、足りない。

 知識も経験も集中力も閃きも、何もかも足りない。

 ……何より、圧倒的に才能が足りなかった。分かり易い比較対象が近くに来てしまえば、己の足りないモノがどこまでも残酷に突き付けられた。

 

(なんでだ……なんであんな子どもが……! なんであんな下らない思考の持ち主が、天上の才能を持って生まれてきた……!)

 

 情熱と勤勉さなら誰にも負けない。

 努力と研鑽を怠ったことはない。

 なら自分に()()をくれたっていいじゃないか!

 

 けれども、現実はどこまでも非情で。

 下駄を履いて得た一時の成果など、時が経てば全て吹き飛んでしまうモノに過ぎず……。

 そうして彼は結局、同じ愚行に手を染めてしまったのだ。

 

 

「なに……するの、パパ? ねえ、これ、なんなの? なんでそんな怖い顔するの……? ねえ、なんで? 私のこと、嫌いになっちゃったの? ニーナが悪い子だから? だからママもいなくなっちゃったの? ねえ、パパ、お返事してよぉ!」

「これは……世の中のために必要なことなんだよ、ニーナ」

 

 大切な人のためにと始めた錬金術。

 かつての清廉な志は、もうどこにも残っていなかった。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 ……………………。

 

 

 

「タッカーさん?」

「ああ、君たちか。……見てくれ、完成品だ」

 

 現れた兄弟に対し、愚かな術師は偽りの成果を誇示する。

 さあ、どうだ! 天才様にも俺の力は通用するぞ、と。

 それが空しい自己満足とも気付かずに……。

 

「これが私の作品、人語を理解する合成獣だ――」

 

 そのときのエドワードの眼を、ショウ・タッカーは生涯忘れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニーナとアレキサンダー……どこに行った?」

「ッ! ……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」

 

 目の前の合成獣もどきを観察していたエドワードは、その一言で全てを察した。

 

「……はぁぁぁ、こういう展開かよ」

 

 自分の読みの鈍さに辟易し、ガシガシと頭を掻く。タッカーの中に何か危なっかしいモノがあることは漠然とは感じていた。しかしさすがにこれは想定外だった。

 ただ査定をクリアするためだけに、娘と犬を使ってバケモノを造るなど……。

 

「ニーナへの愛情は、本物だと思ってたんだけどなぁ……」

「おや、怒らないのかい? てっきり胸倉掴んで殴られると思っていたんだがねぇ?」

「……まあ……研究者なんてのは究極、常識の端っこで反復横跳びしてるようなモンだからな。俺も人間と動物の合成は考えたことがあるし」

「なんだって?」

 

 タッカーが意外そうに目をむくが、事実である。エドも科学者である以上、倫理観に反する実験内容などいくらでも考えたことがある。いっそ思考の枠を飛び越えて、実際にやってみようかと思った回数など数え切れない。

 

「蝙蝠と合わせて悪魔っ娘とか、蛇と合わせてラミアっ娘とか、タコ系使って触手少女、なんてのも考えたなあ。フフフ、夢が広がっちまうぜ」

 

 踏み外す方向性が一般人とは120度くらい違っていたが……。

 

「無軌道にごちゃ混ぜにしちゃうとちょっとアレだからなー。ある程度はキッチリ分けて、一部分だけを混合部位にして萌えポイント化するのがベターか? でも最終的には好みの問題だし、ほぼ獣状態でこそ萌えるって言う上級者も――」

「兄さん、話がズレてる、ズレてる」

「あ、わりぃ、つい熱が入っちまって……。でもアルも興味はあるだろ?」

「……ノーコメントで」

「ッ……」

 

 兄弟間で続けられる軽口にタッカーの顔が歪む。

 一般とズレている彼らの感性が不快なのか……。それとも、

 

 

 ――『こんな研究など取るに足らない』と言わんばかりの態度が我慢ならないのか……。

 

 

「フ……フフフ、さすがは若くとも一流の錬金術師だなッ」

「ん? ああ、ごめんタッカーさん、放置してて」

「~~ッ! そうさ、医学に代表されるように、人類の進歩は無数の人体実験の賜物! 科学の発展に犠牲は付きものなのさ!」

「あー……まあ、そうなー」

「君たちの()()だって、理由は間抜けでもやっていることは似たようなものだろうッ? できる能力があるからやった。目の前に可能性があったら試さずにはいられなかった! その結果がコレだ! 自らの欲望と引き替えに弟の身体を喪ってしまった! ――にもかかわらずッ、君はまだ懲りずに前に進もうとしている! 自分の浅ましい欲望を今度こそ実現させるためにね! まったく君らこそは本当の意味で一流の科学者さ! 命を弄ぶことがこれ以上なく好きな、本物のイカレ野郎――ガッ!!?」

 

 ――ドガッ!!

 

 いい気になって回っていたタッカーの舌が強制的に止められた。2メートルを超す金属の鎧によって喉を掴まれ壁に叩き付けられれば、常人には呼吸すら覚束ない。

 

「タッカーさん? あまり口が過ぎると、さすがに許容できないよ?」

「ぐ、ぐぶ……ゴッ……ひゃめ……ッ」

 

 見る見る内にタッカーの顔色が紫になっていき、呼吸困難で手足をバタつかせる。

 

「あなたは、このまま少し反省「アル、やめとけ」……兄さん」

 

 力のこもる腕に、エドの手が添えられる。

 

「この手の輩は口で言ったって無駄だし、もちろん拳で分からせたって意味はない。本当の意味で反省することなんてないからな」

「…………、分かったよ」

「ぐぶ!? ……げはッ、はぁ、はあッ、はあ……!」

「それよりも、今はこっちだ」

 

 蹲って咳き込むタッカーなど無視し、エドはもう一度ニーナたちに歩み寄る。

 杜撰なやり方で無理矢理に合成されたことで、人でも犬でもない半端なイキモノに変えられてしまった一人と一匹。思考力も落ちてしまったようで、先ほどからたどたどしく『オニイチャン……オニイチャン……』と繰り返すだけだ。

 そんな彼女の頭に優しく触れて、エドは痛ましいモノを見るように悲痛に顔を歪ませ――

 

 

 

 

 

「へっ、さっさとやっちまうぞ、アル!」

 

 歪ませることもなく、ニヤリと獰猛に笑った。

 

「に、兄さん?」

「知ってるか、アル? こういう半端に頭良いヤツに分からせるにはな……口でもなく、拳でもなく、“格”で思い知らせるのが一番良いんだよ!」

「ッ!! ――オーケー、サポートするよ!」

 

 アルが何かに気付き、ニーナを抱え上げて離れた場所に移動する。周囲の本棚や机を力任せに蹴っ飛ばし、半径10メートル以内に何もない平らな空間を作り出した。

 その中心に降ろされたニーナの頭を、エドはもう一度そっと撫でる。

 

「ニーナ、ちょっとだけここでジッとしててくれな? すぐ終わるから」

「ジッ……ト? ワカッ……タ……オニイ……チャン」

「良い子だ。――アル、お前は外周部に犬の部分を頼む。俺は人体の方を内側に刻む」

「分かった。簡易版で良いの?」

「ああ、構成はだいたい『理解』したから、細かいところは俺の方で補う。今は何より時間が惜しい。急ぐぞ」

「了解!」

 

 資料の束を投げ捨てて腕を捲るエドワード。

 アルは力強く返事を返し、兄弟はそれぞれに作業を開始した。

 

「ゲホッ、ゴホッ……な、なにをしようって言う――ッ!?」

 

 ――瞬間、明らかに空気が切り替わった。

 先ほどまでの、十代の兄弟らしいふざけ混じりの雰囲気は鳴りを潜め、二人は凄まじい気迫とともに一心不乱に文字を刻んでいく。彼らの腕の動きに澱みは見られず、すでに“完成品”が見えているかのように高速で錬成式が書き上げられていく。

 奇妙なことを始めた二人を揶揄しようとするも、タッカーには何も言うことができない。

 なぜなら――そこに書かれている錬成式の意味が、彼にはほとんど理解できなかったから。

 分かったのは臓器や血液などの人体に関する基本的な要素のみ。

 その他の見たこともない複雑な錬成式――およそ百年先の未来において、『人工知能』『ゲノム解析』『ロボット工学』などと呼ばれる技術の根幹など、この時代の一般的錬金術師に理解できるはずもなかった。

 

「な、なんだ……一体何を。……ッ!? ま、まさか……お前たち……!」

 

 それでも、たった一つだけ分かったことはある。

 この二人は今、ショウ・タッカーという男がやってきたことを、丸ごと引っくり返そうとしているのだと!

 

「見せてやるよ、ド三流。格の違いってヤツをなッ!!」

「ッ!?」

 

 チョークを投げ捨てた二人が、同時に錬成陣へ手をついた。

 直後、直径10メートルにも及ぶ陣から吹き上がった錬成光は、通常のものとは明らかに違っていた。稲妻を伴う凄まじい光が陣中央に置かれたニーナの身体を覆い尽くし、一際強く輝いた次の瞬間、

 

 

 ――ニーナの身体が『分解』を開始した。

 

 

「なッ!?」

 

 人体錬成の失敗によるリバウンドなどではない。錬成光は今も清浄な青色を保ったまま順調に駆動し、術者二人にも焦った様子など全く見受けられない。ひたすら冷静に、淡々と、タッカーという錬金術師(愚か者)が造り上げたモノを無慈悲に破壊していく。

 

「そ……そんな……そんな馬鹿な真似が……できるわけが……ッ」

 

 ただ一人衝撃で動けないタッカーを他所に、二人は錬成に集中する。

 歪に結びつけられた少女たちの身体を完全に分解……次いで、錬成光は逆回転を始め、分かたれた肉体の粒子は二点それぞれに凝集、『再構築』を開始した。

 心臓から始まり、肋骨、胸椎、筋肉、頚椎、脳、頭蓋骨――と、空中で集まった粒子から人体が構成されるという、恐ろしくも幻想的な光景が繰り広げられ……、

 やがて1分後、光が収まった錬成陣の中央には、

 

「ん……んぅ……」

「アオ……ン……」

 

「ば……馬鹿……な」

 

 昨夜ここで別れたときと寸分の違いもない、ニーナとアレキサンダーが静かに寝息を立てていたのだ。

 タッカーが受けた衝撃は筆舌に尽くし難い。

 塩の塊をただ水に溶かすのと、再び塩と水とに分けるのを比べれば、どちらがより困難かは語るまでもないだろう。ましてやこれは塩水などという単純な物質ではなく、錬金術によって複雑に合成された2種の生き物の混合体なのだ。

 それを何の不具合も瑕疵もなく、完全な状態で元通りに戻すなど、一体どれほどの超技術を用いれば可能となるのか……。

 

「ああ、そうそう……タッカーさん」

「ッ!?」

 

 慄くタッカーなど無視していたエドワードは、ニーナたちを連れて地下室を出て行く最後、思い出したように彼に目を向けた。

 タッカーはびくりと恐怖に震える。少年の瞳に浮かんでいるのは、怒りでも悲しみでも糾弾でもなく、ただ一つの単純な感情だけだった。

 

 

 

「合成はもう少し綺麗にやった方が良いよ? いろいろ不規則に結合してて解くのに手間取っちゃったから」

「ッッ!?」

「次やるなら気を付けてね? じゃ」

 

 呆れたように一言呟いた後、兄弟は今度こそ愚か者を一瞥すらせず、屋敷を後にした。

 物音一つしなくなった静謐な地下室。

 残されたのは大規模錬成の余波で無残に荒れ果てた室内と……、

 

「…………、ヒ……ヒヒヒ……、ヒヒヒヒ…………アヒヒヒヒ……ッ」

 

 縋っていた全てを破壊された、愚か者の残骸だけだった。

 

「あ……あははははは……イヒャヒャヒャヒャ……クヒヒャヒへへへッ……アヒャヒャクヒハ……! ギヒーーッヒャッヒャッヒャゲヒャヒャヒャヒャクケカキケケ……! カヒャヒャヒャヒャヒャヒャアアアアアあああーーーーッッ!!!!」

 

 この日、一人の錬金術師が完全に死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

(えぐいわね……)

 

 眠るアレキサンダーの身体を優しく撫でながら、リザ・ホークアイは軽く身を震わせた。マスタングから今回の事件のあらましを聞かされた当初、彼女もタッカーの非道に強く憤っていたはずなのに、いつの間にかそれは綺麗に晴れてしまっていた。

 自分より強い怒りを抱いている人を見ると、かえって冷静になってしまうもの。

 彼女は何かの本で読んだ内容を実感しているところだった。

 

(それだけ、怒っていたってことなんでしょうね……)

 

 早くに母親を喪ってしまったエルリック兄弟にとって、親子の愛情とは特別なものだ。

 亡くなる最後の瞬間まで自分たちを想ってくれていた母の姿。それを支えとしている彼ら兄弟にとって、今回のタッカーの所業は到底許せない代物だったのだろう。

 術師としてのプライドを徹底的に圧し折り、再起不能に追い込むくらいには。

 

 

 ――……これで…………に良かっ…………やっぱり………………。

 ――…………精一杯…………できることは…………だけ……。

 

 

 今もエドとアルは、病室のベッドで眠るニーナを見つめたまま、難しい顔で何事か話し込んでいる。

 やむを得なかったとはいえ、親子を引き離す結果になってしまったことに責任を感じているのか……。それとも、今後のニーナのことを憂いて、なんとか手を差し伸べられないかと思案しているのか。

 

(なんだかんだで、やっぱり優しい子たちなのよね)

 

 普段はエロだなんだと騒ぐ困った兄弟だが、やはり根っこのところは善良な良い子たちなのだ。今回のことでも表面上は平静を取り繕っているが、内心はショックを受けて深く傷付いているに違いあるまい。

 ――ならばこんなときこそ、大人が傍に寄り添ってあげなければならない。

 若輩ながらも人生の先達として、リザは落ち込む兄弟を元気付けてあげようと、優しい笑みを浮かべて歩み寄っていき……

 

 

 

 

「う~~ん、犬耳だけを残すにはどうやればいいのか……」

「動物耳はロマンだよねぇ」

「…………」

 

 リザの目が一瞬で死んだ。

 

「尻尾も良いよなぁ。あのモフモフを使って女の子に顔とかいろいろ叩かれてみたい」

「同感だけど……あれはほぼ犬形態に固定されていたわけだし、やっぱり一部分だけ残すのは無理だったと思うよ? 現状あれが精一杯だよ」

「ま、そうだな。やっぱ一から新たにつける方が簡単だし安全か」

「そうそう、地道が一番さ」

「…………」

 

「ちなみに自分にだったら何を付けたい? やっぱり身長を伸ばす系?」

「フ、身体のデカさなんて気にしてるようじゃ視野が狭いぞ、アル。それよりも、男ならもっと大事なところに目を向けないとな」

「大事なところ?」

「ふふ、決まってんだろ? 求めるのは男としての価値を決定づける、唯一絶対たる指標よ!」

「ハッ!?」

「そう、すなわち! 馬と自分を合成して、超弩級サイズのビッグブラザーを股間に錬成できれば、俺は真の意味での鋼の錬金術師(意味深)に――ッ」

 

「エドワード君……アルフォンス君……」

「「はい?」」

「……ちょ~~っと、お話しましょうか?」

 

 リザはニッコリ笑ってスライドを引いた。

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 同刻、イーストシティのとある路地裏にて。

 

「神の道に背きし錬金術師……許されざる創造主への冒涜……、滅ぶべし!!」

 

 復讐に燃える破壊者が、この世全てを呪うように月に吠えた。

 

 

 

 

 

 ……困ったことに、言ってることは正しいかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 本作のエドはチートガン積みオリ主並みに強化されているため、原作屈指の鬱エピソードをなんとか乗り越えました。
 しかしこれでも、ホムンクルスら敵勢力に確実に勝ち切れるかと問われたら微妙です。
 チートオリ主でも苦戦する原作とかいう魔境よ。(大総統とか、大総統とか、大総統とか……)



飛ばしたエピソードの簡単なまとめ。

・ユースウェル炭鉱
 本作では民衆の味方としてエドワードの評判が良いため、親方に追い出されることなく食事と宿にありつけた。その夜、ちょうどヨキの手下が放火にやってきたので、飛んで火に入る夏の虫とばかりボコボコに。
 国家錬金術師の命を脅かした罪と、不正や横領の証拠を突き付けて、ヨキさんは原作通り落ちぶれる。酒場も燃やされずにみんなニッコリ。

・鉄道テロ
 原作通り、兄弟でテロリストたちを一網打尽にした。違う点と言えば、エドが医療系錬金術を修得しているためハクロ少将の怪我をサラッと治療したところ。助けてくれた上、目の前で重傷の夫(父)を魔法みたいに治してくれたため、ハクロの家族からはめちゃくちゃ感謝された。
 マスタングの手下であるエルリック兄弟のことは気に食わないが、キラキラした目で感謝する子どもの前で悪態を吐くわけにもいかず、ハクロも渋い顔で感謝を述べた。
 だがこれ以降、子どもたちが事あるごとにエルリック兄弟の活躍を聞きたがるので、家族の団欒の半分くらいにエルリック&マスタングの話題が登場することに……。『やっぱり奴らは気に食わん!』とヤケ酒をあおることが増えた。




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