Re:呪は月を擁いて 作:鉄屋
光道音 麗が篠ノ之流を習う許可を、柳韻さんと両親から正式に得て、鍛錬に参加した翌日。
「……っ!?」
「麗ちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ香里ちゃん。ちょっと体が悲鳴あげただけだから」
「そ、そお? 今日一日そんな感じだったし、大丈夫じゃないと思うんだけどなぁ……」
奴は声に成らない悲鳴をあげていた。
だが、それもその筈。奴は俺の現在の……一年掛けてやっと馴染ました練習量を、最初から希望してきたのだから。
初めは出来ないだろうと高を括り、失笑しながら先行したのだが……それがいけなかったのだろうか? 時間こそは倍以上が掛かったが、本当にやり遂げやがった。
そして、その時に奴が浮かべた笑みは……暫く忘れそうにない。なんかこう、対抗心というか、そういったものに点火させられたのだ。後から奴には……此奴だけには、負けてやるものか、と。
ただ、今の奴は筋肉痛が酷いらしく、動きはギシギシと油を切らしたブリキのようで……とても笑えてくる姿だが。
「フッ」
「ちょっと、なに笑って――――っ!?」
「れ、麗ちゃん、急に動いちゃダメだよ」
「だ、だって、昨日とっても頑張ったのに、褒めないで嗤ってる兄弟子が居るのよ? それも、出来たばかりの可愛い妹弟子に。酷いと思わない?」
「う、う~ん……?」
自分で可愛いとか言ってる押し掛け自称妹弟子に、掛ける言葉など無い。なんせ、大概一緒に居る女子、
因みに倉持は、髪は焦げ茶で、髪型は薄くパーマが掛かっているようなボブカット。クリクリとした目に眼鏡を掛け、鼻に少しそばかすが有るのが特徴の顔。
そして、光道音の親友らしい。始めは、倉持の性格が内気のように見えたので、光道音の奴がガキ大将よろしく連れ回してるのだと思っていた。だが、どうやらそれは違うようで、この子はこの子で中々どうしてイイ性格をしている。
「あ、わかった」
「っ! ……なにがわかったの?」
「麗ちゃんを凄く心配してるけど、顔に出さないだけなんだよ」
「って言うと?」
「きっと、修行は厳しいけど、俺は挫けてないぞ。だからお前も頑張れ……っていうポーズなんじゃないかな」
「な、なるほど――――痛っ!?」
偶に超ポジティブ発想をして、偶に相方である光道音をありえない方向に暴発させる、とても困ったちゃんに成ってしまうのだ。恐らく、光道音が俺に絡んでくる原因の一端、若しくは原因そのもの……だと思っている。
だが、否定したところで如何に反応するのかは、俺の望まない方向に傾くと判り切っているし、柳韻さんからコイツに伝言もあるので、さっさと終えさせてもらおう。
「光道音、妄想に励むのはお前の勝手だが、一先ず此方に耳を傾けてくれ」
「貴方が笑ったのが始まりじゃない」
「知るか。そんなことより、柳韻さんからの伝言だ。『今日は来なくて良し。だが、ある程度ストレッチ等をして、早く動けるようにするように』……だと。まぁ、無理に動いたところで変な癖が付くだけだから、碌に動けないうちは大人しくしてろって事だ」
「……わかったわ。師範にも言っておいて」
「ああ。それじゃあな」
伝言を伝えたのでもう用は無いし、変なスイッチが入っている倉持と居たくない。光道音には片手で数えるくらいしか言った事のない別れの言葉を言うと、早々に教室を後にした。
「ほら、いつも言わないさよならまで言った。やっぱり最後まで意識してたんだよ」
「なんと、お兄ちゃんがツンデレだったとは……」
「うん、ビックリだね!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
帰宅して荷物を置いた後、何時もの様に篠ノ之家へ行き、何時ものようにロードワークから鍛錬を始めた。
何時もなら、何処を通るか軽く考えながら走るのだが、今日は自宅付近を通るルートを引かれるように選択していた。まるで、何時ぞやのように身体が言う事を聞かなくなったようだった。だが、あの時程に強制的な感じはせず、急かされているようなに手を引かれている感じがした。
何だろうかと思いながら、往くままに任せて曲がり角を曲がると自宅が見え、その向こうには、走ってくる千冬さんが見えた。
すぐに千冬さんも気づいたようだが、何時もと雰囲気が違い、鬼気迫るような感じがした。
「神威!」
「そんなに慌てて……どうしたの?」
「束を見なかったか!?」
「束さん? いや、今日は珍しく何処にも居なかったけど」
「そうか……」
束さんがまた何かしでかしたのだろうか。珍しく眉間に皺を寄せ、居場所を思考する様子から、とんでもない事だと判るが……何をしたのだろうか。
「――――若しや、あそこか!?」
「あそこ? ……って、千冬さん!?」
少し考え込んで何か思い当ったようで、千冬さんは自宅へと駆けだした。
何がなんだか解からないが、余程の事だろうと俺も千冬さんを追い、少し遅れて自宅へ入っていった。
「千冬さんは……向こうか」
入ると千冬さんの姿は無かったが、束さんが泊まりに来ると使う一階の部屋の方から、何か重い物を開ける様な物音がした。
あの部屋にそんなものがあったか? と思いつつ部屋に入ってみると、床の一部が、人が入れそうな大きさに開いていた。
恐る恐る覗いてみると、下に降りれそうな梯子が有り、中からは千冬さんらしき怒鳴り声が聞こえてきた。
得体の知れなさと若干の好奇心、この家にこんなものがあったのかという純粋な驚き。それらを抱えながら、ゆっくり二階分くらい降りていくと人工的な光が広がり、漸く足が地に着いた。
周りを見回してみると、機械やらなにやらがある研究室のように見えた。
「……あれ? むっくんだ。ちーちゃん、蓋してこなかったの?」
「それどころではないだろっ!!」
声のした方を見ると、何時も通りの束さんと、その胸倉を掴む爆発寸前の千冬さんがいた。
束さんは相変わらずだが、千冬さんが此処まで怒りを露わにするのは珍しい。本当に何があったのだろうか。
「あ~。確かにそれどころじゃないねぇ。だから……はい、コレでなんとかしてきて」
「お前がハッキングでもして止めればいい話だろ!? さっさとミサイルの発射を止めろ!!」
「ううん、もう無理。発射されたら束さんでも止められない。もう出来るのはちーちゃんだけ」
「……糞っ! 後で納得いく説明をしてもらうぞ!!」
「はいは~い。いってらっさ~い」
千冬さんは束さんから腕輪らしきものを荒々しく奪うと、上へと駆けて行ってしまった。どうやら、かなりヤバイ事が起こったようだ。なんか、ミサイルどうこう言ってたし……。
何がおこっているのか全く解からないので、ひらひらと手を振る束さんに訊いてみた。
「……束さん、何があったの?」
「んとね、世界各国からこの国に向けてミサイルが発射されたりされなかったり?」
「へぇ……はあっ!?」
「そんで……ちーちゃんはミサイルを墜としに……勇者に成りに行ったのだよ、むっくん」
「……勇者?」
「うん……うん? ん~、どっちかっていうと……無双武将かな?」
「……はぁ」
だが、全く現実味が無いような答えだった。
今の世界は、戦争が起こる気配は無いし、この国が狙われる理由も解からない。更に、ミサイルを撃墜しにいったのが千冬さんだという。これ、冗談か?
「ん。信じてないな? ほら、ニュースでもやってるよん」
「……あ、ホントだ」
なんか、ディスプレイらしきものにニュース番組が映ると、女性キャスターが騒ぎながら言っていた。どうやら、俺等の地域が着弾地点の海上から一番近いようだった。それにしてもこの人、ヒスだったんだ……。
「……むっくんは慌てないんだね」
「だって現実味が無いし、束さんも慌ててないからね」
「ほっほう。成る程ねぇ~」
動揺しない俺に束さんは「流石、私が育てただけはある」とか寝言をぬかしているが、一応の理由はある。
箒に危害がありそうなのに束さんが平然としているという理由と、何でかしらないが“大丈夫な気がする”のだ。若しかしたら、単に頭が付いていってないだけかもしれないが。
「ん! そんだけ落ち着いてるんなら、ちーちゃんの援護に行っても平気だね!」
「……は?」
「さあ、コレを持てぃ!!」
だが、この発言には流石に付いて行けない……と言うか、意味が全く解らない。
目の前に突き出すのは、箒との婚約指輪とかぬかしていた白銀の指輪。コレは恐らく、一年前に見たインフィニット・ストラトス……だろう。ただ、コレを俺に持てと言う事は、詰まり……。
「ちょっと待て! 俺にミサイル墜としてこいって言いたいんか!?」
「おうさ! なぁに、むっくんなら楽勝さ!!」
「んな訳あるかぁ!!」
ミサイルの前に立てなんて、冗談じゃない。第一、俺が行ったところで千冬さんの足手纏い、ただの役立たずでしかない。
「えー。ちーちゃんなんて刀一本で斬り墜としてるしー。一人で頑張ってるしー」
「……でも、それは腕前があっての事だ」
「むっくんのは砲撃使用にしといたから離れて撃てばいいだけだしー。狙いや補正はお任せで引鉄を引くだけでいいだけだしー」
「……ぐ」
「マジで言うと、ちーちゃんだけじゃ手が足りないかもしれないし」
「……ああ! もうわかった! わかったよ!! 行けばいいんだろ、行けば!!」
千冬さんの事は“大丈夫と解かっている”が、心配じゃないわけじゃない。それにまた、引かれているような感じがするので、ヤケクソ気味で返事をして、指輪を引っ手繰るように奪い取っていた。
「んじゃ、サポートはするからお願いね。……あ、それと変身は隠れてやってね」
「わかったよ、こん畜生め!」
「いってらっしゃ~い。帰ってきたら束さんがサービスしてあ・げ・る。頑張ったら、初めてもあ・げ・る!」
「その言葉、憶えておけよ!」
後で存分にサンドバックの刑。お前の初めては、俺に吹っ飛ばされる事だと口には出さず、必ずボコ殴ると誓いつつ、梯子を駆け上がり外に出て行った。若しかしたら、先程の千冬さんもこんな気持ちだったのかもしれないと思いつつも……。