Re:呪は月を擁いて   作:鉄屋

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第十二話 『身の振り方』

 

 沈んでいた意識が段々と浮上していった。ここ一年で見慣れた天井、背中全体に感じる柔らかさから自分のベッドで寝ていたのだと、おぼろげながら理解した。

 視線をずらすと、此方を見下ろす人影があった。

 

「……気分はどうだ? どこか悪かったりしないか?」

「気分は悪くないよ、千冬姉さん。……なんか変な感じがするけど」

 

 人影の主も見知った人、同じ家に住む姉貴分だ。

 体を起こしながら答えると、千冬姉さんは目を丸くしていた。

 

「どうしたの?」

「……あ、いや。……気分が悪くないならいいんだ」

 

 若干、嬉しそうにしているのはなんでだろうか。特にこれといって嬉しがるような事は言ってないと思うのだが……。

 疑問を浮かべる俺に気づいてか、千冬姉さんはワザとらしく咳をして話を逸らした。

 

「それはそうと、さっき言ってた変な感じがする、とはなんだ?」

「……ん。なんか、調子が良いんだ。寝起きだっていうのに……起きた時の気怠さが全くない。それに……」

「……それに?」

「それに、やけに体が軽く感じるんだ」

 

 手を握ったり開いたり、調子を確認しながら質問に答える。

 どうも変なのだ。何時もは寝起きが悪いのに、起きた途端に頭が凄くクリアに成った。身体に至っては、日々柳韻さんの扱きの所為で何時も寝たがるのに、それが全く無く軽く感じる。調子が良すぎるのだ。自分の身体とは思えない程に。

 何が起きたのだろうか。そして、なんで寝ているんだろうか。どうも引鉄を引いた後あたりから記憶が無い。

 

「千冬姉さん、なんかぶっ放した後から記憶が無いんだけど……?」

「神威は高出力の砲撃でミサイルを薙ぎ払った後、意識を失い海に転落したんだ」

「そして、此処まで運んだ?」

「ああ、ばれないようにな」

「……お手を煩わせたようで」

「気にするな」

 

 此処で寝ている理由を聞き、世話を掛けたと頭を下げた。たぶん、俺が起きるまで此処に居ただろうから。

 そして、頭を上げてから、こういう時は傍に居そうな二人の姿が無い事に気が付いた。

 

「……あれ? そういや一夏と箒は?」

「あの二人は篠ノ之家に居てもらってる。なんせ昼間の事で今夜は何かと騒がしいからな。大事を取って、一夏はそのまま泊まりだ」

「そっか……」

 

 家に一夏と箒のどちらも居ないのは、初めてかもしれない。この一年よく一緒だったからか、少し物足りない気がする。

 ふと窓の外を見ると空はもう暗く、結構な時間が経っている事が判り、そこで漸く気づいた。とんでもなく喧しい人が居ない事に。

 

「千冬姉さん、束さんは?」

 

 恐らく俺の身体に何が起きたか知っている筈。そう思いつつ訊くが、千冬姉さんは答えず、視線を部屋の隅の方へ向けた。

 俺も倣い視線を向けると、そこに、居た。両手を後ろで縛られ、何も喋れないように厚い布で口を縛られ、膝の上に重そうな金属片を乗せ痛そうな板の上で正座させられ、声も出せずに泣いている兎耳が居た。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 自分の身に起きた事や仕出かした事を知る為に、体罰中の束さんを解放した。

 だが、何時もならすぐに復活するというのにまだ泣いている。どうやら、何時もよりハードな折檻だったようだ。

 

「うぅ……ちーちゃんが酷かったよぅ」

「お前が悪い」

「束さんの何が悪いのさぁ……」

「自分の胸に訊いてみろ」

「うぅ~……」

 

 恨めしそうにする束さんに、千冬姉さんは鬱陶しげに答えた。

 束さんは唸りながら言われたとおりに自分の胸に手を置くと、なりを潜め、神妙な顔つきになっていった。

 

「……ごめん、ちーちゃん」

 

 そして、出てきた言葉には心底から驚いた。唯我独尊の如く、極稀にしか謝罪や反省をしない束さんが、素直に謝った……?

 だが、目を何度も擦っても、項垂れてる束さんしか映らない。

 凄く稀な瞬間を目にしていると思った……。

 

「束さんの方がおっぱい大きくて――――ごはっ!?」

 

 ――――ほんの一瞬だけ。

 兎耳はもう平常運転に成っていた。ボケてんのか本気なんだか判らない所も、千冬姉さんの怒りを買って顎をかち上げられる姿も、束さんは溜め息が出る程に常時に戻っていた。

 これでなんで懲りないんだろうか。相変わらず、この人は一体全体どんな構造しているのか解からない。宙に浮く程のアッパーを受けても、痛そうに顎を擦るくらいのダメージしかない事も含めて。

 

「……もういい、さっさと神威に何が起きたか話せ」

 

 千冬姉さんはこれ以上追及しても無駄だと解かっているからか、溜め息を吐きながら先を促した。

 

「は~い。むっくんはナノマシンがぶっこまれて何時も元気に成りました。以上――――ぉごっ!?」

「詳しく話せ、束さん」

「ふぁい」

 

 束さんは面倒臭そうに内容を簡単にして言うが、簡単にしてはいけない事を言った気がする。

 鉄槌を下す千冬姉さんに同意しながら説明を要求すると、束さんは懐から指輪を取り出した。

 

「えっとね。この子が持ってる再生能力の源のナノマシン、それがむっくんに注入されたの」

 

 「形が変わっちゃったけど」と言いながら見せる指輪は、黒と白の輪が一箇所で交差し、そこに金色の宝玉が付いている。俺は無意識のうちに、指輪を手に取っていた。

 

「このナノマシンは一般で使われてる回復補足なんてもんじゃない。再生させるんだ。対象がなんであれ……なんだけど、この子はまた違った用途もしている。この子はナノマシンを通して、むっくんの情報を読み取っている。むっくんが思い通りに動かせるように」

「……」

「まあ、必要なくなったら体外に排出されると思うよ? たぶんだけど。だからそんな顔しなさんな」

「……あ、うん」

 

 身体の情報を読み取ろうとしているのは、アイツが関係しているのだろうか。そんな事を考えていたら、勘違いしたらしい束さんが背中をバシバシと叩いてきた。

 否定は……面倒臭い事に成りそうなので止めておこう。

 

「箒ちゃんとの婚約指輪は作り直せばいいしね。落ち込む必要は無いぜ? 旦那」

「……はぁ」

 

 ……否定しなくても面倒臭く成った。

 なにをどう取ったら箒に行き着くんだろうか。若しかして頭が末期なんだろうか、千冬姉さんも「もうコイツ駄目かもしれない」とばかりに溜め息を吐いていた。

 箒の事が絡んでくるとキレる境界線が判らないので、話題を逸らすとしよう。

 

「……そういや、なんでこんな事したんだよ」

「こんな事?」

「ハッキングしてミサイル発射した事だよ」

「……なんの事? 束さん何も知らないよ?」

 

 近海にミサイルが飛来した出来事は、明らかに目の前の人物が原因だろう。

 惚けるが、通じると思ってるんだろうか。スゥー……と目を細めた千冬姉さんが兎耳の頭を鷲掴みし、危険な音が聞こえる程に締め上げ、宙に吊り上げた。

 

「全て吐け、束」

「いだ、いだだだだだっ! 吐ぐ、吐ぐから手を離じてぇっ!!」

 

 驚異的な力の前に、束さんはすぐさま屈服した。

 正直に話すと判断したからか、千冬姉さんが手を放すと、束さんは涙目ながらに説明しだした。

 

「んっとね、前に夢とロマンの一時を売りに行ったじゃん?」

「夢とロマンって、若しかして、コレ?」

「そう、この子」

「何処に?」

「この国のお偉いさん」

「……で、突っ返されて何故ミサイルに行き着くんだ?」

「箒ちゃんを馬鹿にされた気がしたからヤッた」

 

 以前、何かを売り付けに行った時、持って行ったモノはISだったと言う。だが、売り付け先が間違ってる。色々な所をすっ飛ばしている。

 そして、今回の仕出かした動機も、段違いにすっ飛ばしていて理解できない。この人は箒が絡むと、ホントになんでこう成るんだろう……。

 

「……で、どう収拾するんだよ」

 

 ただ、今回ばかりは身内沙汰に収まる範疇ではない。それに、自分の意思でやった訳じゃなくても、外から見れば俺も千冬姉さんも共犯だ。最悪……出るとこに出なければならない。

 「フッ、この束さんにお任せあれ」とか言ってるが、この人の自信満々の姿は不安が付き纏う。今迄の事を考えれば、凄まじく。

 

「まあ、お国さんはそう時間が掛からないで私んとこに来るから、対処はそれからだね」

「そこで逮捕されて終わりだろ」

 

 やはり、不安だ。既に犯行をしでかすような態度を取った束さんの顔が割れてるんだから。

 だが、束さんは「うん、そうだね。普通だったら、ね」と、初めて会った時の様に薄く笑った。

 

「それで私は連れて行かれて、洗い浚い喋るだろうね。夢物語のようでいて現実に在る兵器を、ね」

 

 確かに、最初は胡散臭い話だったとしても、あの出来事を知った後では、誰であっても信じるしかないだろう。

 

「そこで色々と調べられたり解体されたりして終わり……ってなるんだろうけど、私が何も持ってなかったら、どうなんだろうね?」

「……周りを隈なく調査するんじゃないのか?」

「でも、何一つ出てこなかったら? 足掛りも無かったら?」

 

 調査して何も出てこなかったら、どうなるか判らない。千冬姉さんの方を見ると眉間に皺を寄せていたが、恐らく俺も同じ顔をしているだろう。

 

「何も出てこなかったら話はまた私に戻って来て、知るのさ。全部ISを使った人に奪われた……ってね。ついでに、盗られそうだから話に行った……なんて被害者ぶってね」

「……」

「そんな私の話を聞く人はこの国の人だけじゃ収まらない。ミサイルを使われた国は当然、他の国も聞く。だから話す。自分が造ってしまった凄いモノ――――ISを壊す為に止むを得なく使わせてもらった。だけど壊せなかった……ってな感じでね」

「……お前は英雄にでも成る気か」

 

 自身の傑作を奪われ、他国の制御を奪ってでも止めようとした者。何も知らぬ者が聞けば、束さんの言葉を信じるなら、後々そう成るかもしれない。

 だが、「英雄……またの名を犠牲者か。ん、いいね。若しもの最後はそんな感じでいこうかな」と言うあたり、その気は無いだろう。

 

「まあ、英雄云々は別に話は転がってくと思うよ。どう対処しようかって方向に。でも、奪った犯人は何処にいるのか判らない、軽くミサイルを落とすモノを何に使うかも判らない。だから話はまた私に舞い戻ってくるの。同じモノか超えるモノを造れってな感じでね。そこでまた私はISを造って……」

「……」

「――――繁栄させて世界を私色に染め上げる!!」

 

 第一、さっきまでの雰囲気をぶち壊して高笑いをするコレが英雄に成ったら、――――世も末だ。

 今迄真面目に聞いてたのが馬鹿馬鹿しい。千冬姉さんの方を見ると同じことを思っている様で、とても頭が痛そうにしていた。

 

「……で、強奪犯に仕立て上げた私達をどうしようというのだ?」

「見つかんないように隠し通して、どうする積もりも無いから。あ、むっくんはなるべく肌身離さずね」

「……なんで?」

「ナノマシンの制御元がその子だからさ。このおバカさんめ、ガハハハハ」

 

 何処かに埋めるかなんかして隠せば楽なんだが……無茶を言う。どうやって隠したらいいんだよ。

 あまりのいい加減さにキレそうだ。千冬姉さんの目も危険な色をしている。

 

「……束。盗られた物的証拠もあった方が、話が旨くいくのではないか?」

「ガハハハ。いいね、有った方がより一層束さんが被害者ぶれる!」

「そうか、言質は取ったぞ……」

 

 確認をとった千冬姉さんの姿がゆらりと揺れ、その右腕に真っ白い装甲が展開された瞬間、右腕は兎耳の腹に突き刺さっていた。

 そして「はが、はががが……」と腹を押さえて蹲る兎耳を見向きもせず、千冬姉さんは言った。

 

「神威、一切の遠慮はいらないぞ。私達は強奪犯なんだから」

 

 鬱憤を晴らす言葉を。それも、素晴らしい笑顔で。

 俺も当然、笑顔で便乗した。何故ならば、俺も強奪犯なのだから。

 

 

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