Re:呪は月を擁いて 作:鉄屋
一夜明け、まだ朝と言える時間帯。
今朝までは千冬さんが付き添っていてくれた。だが、今は一人、する事も無い。在ったとしても、何をすべきか分からない。そんな中で出来る事は、考える事だけだ。
何なんだ、この身体は……。
その内容も、自身の事しか浮かばない。昨夜に聞こえた『声』、思う様に動かなかった身体。何処までが俺自身なのかが解らない。
何なんだ、あの痛みは……。
駄目だ、違う、止めろ。そんな幻聴さえ聞こえてきそうな、身体の芯から奔る痛み。
何がしたいんだ、神威……?
全てでは無いだろうが、原因の一つである本人が、視線の先の窓に映る。だが、浮かべた表情は、俺の心情そのものだった。
午後も、また……なのか?
今日の午後、千冬さんが来る。その時に、また現れるのだろうか、痛みと共に。
だが、その事を追及されるのは避けたい……。
親身になってくれた千冬さんも、何か感じるところが在ったのか何度か訊いてきたが、答える事など出来なかった。
自分の方が訊きたい、それが大半。だが、後は――
若し、以前の様だと言われ、喜ばれたら……。
――自身の我が儘。
昨夜、
だが此れは単なる我が儘であり、要は自己の保持の為に答えなかったのだ。
「ちっ……」
自分第一な考えに舌打ちしながら、ベッドに寝転び白い天井を見る。もう何も考えないように……と。だが、呆けてみても、頭は止まってくれなかった。
何で生きてるんだろ……。
漠然とした疑問。どうせならば、俺を消してしまえば良いだろう。そんな疑問を擁いた。
「……いてぇ」
だが、返答は咎める様な痛み、それだけだった……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
篠ノ之家の居間。
「じゃあ、神威君の怪我は大した事ないんだね?」
「はい、幸いと」
「そうか、それは良かった」
対面しているのは篠ノ之
「……まだ、心開いてくれてる、とは言えませんが」
神威とは時間の許す限り話をしたが、当然ながら足りたとは全く思えない。まだ、神威の本音を、根底を引き出せていない、気がする。
此れが私では無く父親や母親ならば、上手く引き出せたのだろうか……。そんな事すら思ってしまった。もう二人は居ずに、守ると決めたというのに。だが、居なくなって初めて解った。二人の、親の存在のありがたさが……嫌なくらいに。
だから、龍韻さんに事情を話し助言を求めた。だが、返ってきた答えは、望んだものでは無かった。
「少し、焦り過ぎ……じゃないかな?」
「……焦り過ぎ、ですか?」
「うん。酷な事を言うけど、龍我達はもう居ない」
もう、嫌と言うほど解っている答え。
そして、死に逝く二人に神威を任された。だがそれは、私自身の『ねがい』に繋がる事だ。私の『ねがい』は……。
「そして千冬ちゃんは、元の形に近くしようとしている」
「――!!」
図星……だった。以前の様に、私が代わりと成り……と。
だが、そんな私を否定するように柳韻さんは続けた。
「でも、それは無理だよ。もう二人は、居ないんだから」
私は認めたくなく、噛み締めながら項垂れる。あの温かさは、もう、再現出来ないのだろうか……、と。
だが、そんな思いも、それまでだった。
「だから、新しい形を作らないとね?」
「……え?」
虚を突かれた様に呆ける私に、柳韻さんは悪戯が成功したような顔をした。
そして続ける言葉は、身に染みていく様だった。
「助け合いながらでも、持ちつ持たれつでもいいから、少しずつ繋がっていく……。それも、一つの家族の形、だと思うよ」
「……そうですね」
確かに、成ろうとして成れるものでは無い。家族とは、築いていくものなのだろう。温もりの形だって一つでは無い。
「うん。良い顔に成ったね」
「お蔭様で」
心底からの礼を言う。お蔭で成りたい形が、目指したいものが見つかった。
その為に、の質問を口にしようとするが、先読みした様に柳韻さんは答えを言った。
「千冬ちゃん、一家の長に成りたいのなら迷いは見せない事だよ」
此の人は……何処までお見通しなのだろうか。
「彗眼、感服します」
「はは、伊達に歳は取ってないよ。それと、如何しても迷いが晴れなかったら誰かに相談する事。僕でもいいし、妻でもいい。若しくは……」
忠告のお小言が、
「ちいいいぃぃぃちゃああぁぁぁんっ!!」
足音の主は束。戸を破り、飛び付いてきた。
対する私は、無意識に握り拳を作り、何時もの様に突き出していた。
「へぶっ!?」
「あ……」
拳に突き刺さり、崩れ落ちる束。どうやらかなり良く決めてしまったらしい。
訊きたい事が有ったのだが、こうなっては訊けもしない。叩き起こすか? などと考えていると、二つの軽い足音が、訊きたい事が近づいてきた。
「おねえちゃん!」
「おにいちゃんホントにわすれちゃったの!?」
足音の主は一夏と箒。束には予め神威の事は話しておき、記憶の事は「まだ伝えるな」と言っておいたのだが、二人の様子から言ってしまったらしい。恐らく、溺愛する箒に落とされたのだろう。
だが、この問いに頷いて、良いものなのか……それとも……。
「箒、一夏君」
顔には出さずに迷う私に見かねてか、柳韻さんが二人に声を掛けた。落ち着かせるような穏やかな声色で。
「忘れた神威君は……嫌かな?」
問われた二人は頷いた。それは当然の事だろう。忘れられたら、嫌に決まっている。
そして、続く問いは、私にも問い掛けているかの様だった。
「神威君も、嫌だと思ってるよ」
「おにいちゃんも?」
「うん。どうしてか解るかな?」
「「……わかんない」」
首を傾げながら考える二人。私は耳を澄ませながら考える。
どうして嫌なのか。何が嫌なのか。思い付くものは幾つか有るが、どれも正解とは思えない。
そんな私達を置き、柳韻さんは答えを言った。
「それはね、好きだからだよ」
「好きだから?」
「うん。二人が好きだから、忘れちゃって嫌なんだよ」
二人は好きという言葉で笑みを浮かべ始めたが、私は疑問を擁くだけだった。
確かに嫌悪感等は無かったが、違う気がする。在ったのは戸惑いと、自身の行動の驚愕。そして、微かに恐怖も見えた。
だが、続く言葉で、疑問が跳ね飛ばされた。龍韻さんの狙いに気付いたからだ。
「だから、忘れた事なんて気にしなくていいんだよ」
今迄より此れからを見据えた、誘導。
「約束も、もう一回すればいいんだよ」
「「うんっ!!」」
柳韻さんは燥ぎ始めた二人から視線を外し、私に目で語った。これも一つの手、と。ただ、苦笑する表情が、あまり褒められた手では無い事を告げている。
「一本、取られました」
「あまり嬉しくない一本だけどね」
小さく笑い合いながら視線を二人に向けると、口喧嘩が始まっていた。
「ぼくのほうがすきだよ」
「わたしのほうがすきだよ」
「ぼくだ!」
「わたしだよ!」
それは今迄も、そして此れからも続くであろう口喧嘩。
「千冬ちゃん、そろそろ時間だよ」
「そうですね」
もう少し見ていたいが時間が迫っていた。約束した時間い間に合うには、もう出なければならない。
一夏と箒は席を立つ私に気付き、喧嘩を止めてせがんできた。
「ぼくもいく!」
「わたしも!」
止めても付いてきそうな勢いに、苦笑してしまった。だが、それも良いのかもしれない。
私一人で行く予定だったが、前向きなこの子達を神威に会わせてみたくなった。
「病院では静かに出来るか?」
「「できる!」」
「なら、良いぞ」
「いいの!?」
「やったぁ!」
ただ一つ、守れるか判らない約束をして。
そして、二人はその儘の活きで、見守る様に詰むんでいた柳韻さんに行く旨を伝える。
「おとうさん、いってくるね!」
「いってきまーす!」
「気を付けて行っておいで」
「「はーい!」」
私も二人に続くように、往く旨を伝える。
「往ってきます」
「うん、往ってらっしゃい」
背を押す様な声に頷き、壊れた儘の戸へと歩き出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
静かになった居間で、柳韻は内心でごちた。
――早すぎる!
龍我と絆の死。神威の変化。そして、千冬の決意を。
千冬はまだ十四。まだ子供と言える、まだ親を必要として良い歳だが、一人で立つ決意を終えていた。
千冬を知る柳韻は背を押す事しか出来なかった自分を恥じ、放り出す様に去った友を詰った。
あの馬鹿……。
柳韻と龍我の付き合い自体は短いが、言葉でも剣でも杯でも交わしながら語り合える程に深い仲だった。
だがそんな仲でも、寛容出来ない事があった。酒に酔い、極稀に漏れた言葉――
見越していたんじゃないだろうな!?
――俺が死んだら……。龍我の過去を聞き、知っている為に、全く冗談に聞こえなかった。
その後、酔った体で剣を交えた事も、笑い話に出来ない思い出と成ってしまった。
まさか、恩を返せとでも言うのか?
逆に、感謝してもしきれない程の恩も在る。過去、柳韻と束の間には、溝と壁も在った。だが、龍我が壁を壊し、絆が溝を埋めてくれた。
今回の件でその恩は返せるだろうが、柳韻の望む形では、決して無かった。
「ふぅ……」
熱を冷ます様に吐き、固く握っていた拳を解く。悲しみに浸る前に。
柳韻は目を閉じ、遣るべき事を思い直した。龍我と絆の弔い、子供達への対処。それらを優先し、悲しみを殺し立ち上がり、目を開いた。先ず、最初に遣る事は――
「束、此処で寝てると風邪ひくよ?」
「う~ん……。あと五分……」
――自身の娘を揺すり起こす事と、娘が壊した戸を直す事だった。