Re:呪は月を擁いて   作:鉄屋

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第三話 『解かる事は一つだけ』

 

 午後。約束の時間は過ぎ、千冬さんは既に居る。扉を挟んだ向こう側に。

 千冬さんは一人で来たのでは無いようで、複数の声がしている。声色から子供だと思うが、何やら言い争って――

 

「「じゃんけんぽんっ!」」

 

 ――じゃんけんをしている。そして、未だに入って来ないのは――

 

「ぼくのかち!」

「あとだしした!」

「してない!」

「したよ。ぜったいした!」

「む~……。じゃあもういっかい」

 

 ――決着がつきそうでつかないからだ。もう八分ほど経っているのに終わらない。もうそろそろ終わってほしい。

 始めは、直ぐに二人が入って来ない事に安心し、心構えも出来た。だが、長引けば長引くほどに焦らされ、もどかしい。

 

 今度は女の子が勝ったのか……。

 

 掛け声と言い争いのBGMを聴きながら現実逃避気味に時計を眺めれば、時間は一分ほど進んでいた。だが、まだ続いていて終わる気配がない。

 拒絶や罵倒などを受け入れる、その積もりでいる心構えが、段々と揺らいできた。いや、揺らいできたと言うより、足りるのかと不安になってきたと言うのが正しい気がする。

 

 ある意味拷問だぞ……コレ。

 

 若しくは死刑前の気分だろうか。迫る時をずらされ、坦々と待たされる現状は。

 何時終わるか判らないBGMに、溜め息を吐こうとして……。

 

「二人とも、次で最後にしておけ。神威を待たせ過ぎだ」

「「はーい」」

「――っ!?」

 

 ――息を吸い込んだところで息の根を止められそうになった。

 そして、変な所で息を止めたので咽せてしまい……。

 

「ゲホッ……ケフッ」

「神威! どうしたっ!?」

「「おにいちゃん!?」」

 

 千冬さんと二人の子供が突撃してきた。ベッドの上に座る俺の所まで辿り着き、真剣な顔と心配そうな顔と泣きそうな顔が近づいてきた。

 だが、ただ咽せただけなので大した事ではない。その事を伝えるが……。

 

「な、何でもないです。ただ咽ただけです」

「裏返った声で言われても信じられるか!」

「おにいちゃん、しんじゃうの!?」

「しんじゃやだ。やぁだ!」

 

 三人の勢いに押され声が裏返った事が原因で、全く信じてもらえない。千冬さんはナースコールを押し、男の子はグイグイと服を引っ張り、女の子はベッドを攀じ登り泣き付いて来た。

 

「神威、痛い所等は有るか?」

「な、無いです。大丈夫です」

「お前は怪我人だ。無理をせずに言え」

「いえ、無理して無「おにいちゃん、しんじゃうの? しんじゃうの!?」……大丈夫、死なないよ」

「じびょうのせきしてたのに!?」

「……持病の咳? いや、さっきのは「やだ! しんじゃやだ!!」大丈夫、大丈夫だよ。死「しんじゃやだ! やぁだ!!」……大丈夫だから聞いて」

 

 否定しようとしても言い切る事が出来ず、三人に押されるだけだった。と言うよりも、三対一の状況に近い。更に、持病を抱えているような事を言ってくる。だが、そのような検査はしていないし薬も無い。間違いだと思うのだが……否定しきれない自分が居る。今は潜んでいるが身体に走る痛みもあるのだから……あながち間違いとは言い切る自身が無い。

 だが今はその事以上に――

 

 どうして、こうなった……?

 

 ――頭を抱えたい。こんな事に成るなんて全く予想してなかった。拒絶や罵倒では無く心配するあまりの暴走なんて予想出来る筈が無い。

 

 心構えが足りなかったのかなぁ……。

 

 恐らく外れているだろうが、漠然とそう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「……もう騒いじゃダメですよ?」

「「はい、申し訳ありませんでした」」

 

 お小言を終えた看護婦に、俺と千冬さんは頭を下げた。

 

 先程の騒ぎの最中に千冬さんはナースコールを押しており、看護婦が飛んできて、俺に様態を訊いてきた。だが、俺の様態を知っていたので「ただ咽せただけ」と言う言葉を信じてくれた。そして、静かに見守っていた面々に言い聞かせ、その儘終わる……筈だった。ある一言が無ければ……。

 

「直ぐに検査できるようにしますから、少し待っていて下さい」

「……はい」

 

 千冬さんが連れてきた男の子、織斑 一夏の持病の咳という言葉で表情が一変し、大した事では無いのに大した事に成ってしまった。

 看護婦は必死な一夏に耳を傾け、俺には黙るように言った。俺の様態は記憶喪失と成っている為、俺の言い分は全く通らなかった。

 

「じゃあ、また何か症状が出ましたら直ぐに呼んで下さい」

「はい、わかりました」

 

 看護婦はそう言い、病室から出て行こうとして――

 

「神威君は我慢しないで下さい。いいですね?」

「……はい、わかりました」

 

 ――俺に忠告してから出て行った。どうやら、重病患者の扱いに成ってしまったらしい。

 

「神威、横になっていろ」

「いえ、大丈夫「おにいちゃん、ダメ!」……わかった、わかったよ」

 

 千冬さんと一夏も同じ様に接してきた。反論しようとしても、全く受け付けない。

 因って、渋々ながら横になろうとして、残る一人に訊いてみた。

 

「横になるから……離してくれないかな?」

「やだ」

 

 未だに俺にしがみ付く女の子、篠ノ之 箒に離してくれるように訊いてみるが、首を振って拒否された。

 

「大丈夫だから、ね?」

「やだ!」

 

 再度訊いてみるが駄目だった。しがみ付く力が強く成った。

 

「じびょうのせきしたら……ちをはいちゃう!」

「……血を吐く?」

 

 どうやら、この子の中で持病の咳はかなり危ない病らしい。恐らく、TVか何かの影響だと思うが、勘弁してほしい。離せば俺が死ぬとでも思っているのだろうか。

 

「大丈夫。吐かないから、吐かないから……離してくれない?」

「やだっ!」

 

 如何にも離してくれないらしい。

 引き離す事を諦め、小さく溜め息を吐いた。正直やってられない、と。

 だが、こんな事を思ったのがいけなかった。

 

「――っ!?」

「神威!?」

「「おにいちゃん!?」」

 

 咎める様な強い痛みが奔り蹲ってしまった。

 

「神威、大人しく寝ていろ!」

「ほっさがでた!」

「やだ、しんじゃやぁだ!」

 

 そしてまた、やき回しが始まってしまった……。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 夜。面会時間はとっくに過ぎていて三人はもう居ない。

 俺はベッドに寝転んで白い天井を見上げていた。

 

 あの騒ぎの後、俺は担架で運ばれ、直ぐに精密検査が始まった。三人の言い分を鵜呑みにした検査が続き、終わる頃には日が暮れていた。検査結果は、異常無し。この世界の医療技術は俺の知る世界より進んでいるらしく、検査結果は直ぐに出た。

 俺と共に検査結果を聞いた三人も漸く安心したようだった。特に子供二人は、自然と笑みが浮かぶくらいに心底から喜んでいた。だが、そのまま騒ぎ出しそうだったので千冬さんに怒られていた。二人はまだ(・・)子供なので仕方ない。

 だが、其処まで思った所で、疑問を擁いた。

 

 まだ(・・)って……何だ?

 

 何が『まだ』なのかが分からない。だが確信をついていた、ように思う。

 そして、違和感も在った。千冬さんと一夏と箒がまだ小さい所。一夏と箒がもう(・・)出会っている事。(神威)が居る事。

 

まだ(・・)始まってないから……?」

 

 漠然とした、確信。何が始まってないのかは解からないが、確かにそう思えた。そして、同時に足りてないとも思えた。足りないものの『名』は喉元まで出かかっているが、あと一歩のところで出てこない。だが、あと少しというところで……。

 

「何が、始まってないのかな?」

 

 ――又もや心臓を止められそうに成った。

 慌てて聞こえた方を向くと、何時の間にか人が窓辺に腰掛けていた。真っ白いワンピースを着て、金属製の兎耳を付けた、箒が成長しような女の人が居た。

 

「……どちら様、ですか?」

「義理の姉だよ」

「義理の、姉……?」

 

 恐る恐る尋ねるが、首を傾げるような返答だった。ただ、箒似の人が言っている事が本当ならば、千冬さんから聞いていてもいい……筈。言わなかったのは、何か理由が有るのだろうか?

 

「……本当に、知らないんだね?」

「……はい」

「ふぅ~ん……」

 

 薄く笑う表情は観察や確認、そんなふうに見える。

 この視線は、昼間受けるもの、だった筈。それに、義理だと言うのなら其れなりの関係、なのだろう。そうだとしたら、続く言葉は非難。

 そう思い内心で身構えるが、続く言葉は全くの見当外れだった。

 

「忘れた、じゃないんだね?」

「――っ!?」

 

 確信を含んだ視線に、心身共に固まる。

 

「やっぱり、中身が別物だね。以前の……なら、この手の話しは解かんなかったし反応も無かった。でも、君はちゃんと理解できてるよね?」

「……」

「ふむ、肯定……っと。仕草も違うねぇ」

 

 表情が一転し、ニコニコしながら語り始める。だが、内容が内容だ。迂闊な事を言えば、どうなるか分からない。そもそも、何を訊きだしたいのかが解からない。俺は黙る事しか出来なかった。

 

「考えられるし、視れる。ふふ……」

「……」

 

 この人は調査にでも来たのだろうか。予想とは違いすぎる。

 そして、続く言葉も予想斜め上を行った。

 

「――こっちの方が良い」

「……は?」

「うん、あの天然君より断然良い」

「……はぁ?」

 

 俺はまた固まった。全く意味が解からない。欠片も理解できない。

 だが、そんな俺を置いて、箒似の人はまた語りだした。

 

「箒ちゃんの相手はアレじゃ駄目なんだよ。ふわふわしてるのは可愛い可愛い箒ちゃんだけで十分だってーの。アレが相手じゃ箒ちゃんの可愛さが減っちゃうじゃないか。いや、減ると言ってもホンのチョビッとだけだよ? ……聞いてる?」

「……え? あ、はい」

 

 何時の間にか目の前に居た。

 生返事で答えるが、全く気にせずに語り続けた。と言うか聞いてなさげだ。

 

「第一、あんなんで箒ちゃんを護れるの? 箒ちゃんはいつ何時でも攫われても可笑しくない程に可愛いのにさ……」

「……はぁ」

「んでさ、次の誕生日プレゼントはリボンなんだって。……私とお揃いの髪型を止めさせる気? どうなの?」

「……いや、俺に訊かれても」

「だって本人じゃん。別人だけど」

 

 何だ、この無茶振りは。と言うか、この人は何しに来たんだ? やはり俺を非難する積もりだろうか。と言うか、この人にとって神威はどうでもいいのだろうか?

 

「まぁ、今と成っちゃどうでもいいんだけどね」

「……はぁ」

 

 何なんだろうか、この人は。質問しておいて、勝手に自己完結した。

 何がしたいのか解からずに困惑する俺を置いて、座っていた窓辺へと歩いて行った。そして――

 

「じゃあね、むっくん」

「あ、はい。……え?」

 

 ――兎の様に飛び跳ねて窓の向こうへ消えて行った。

 俺は少し呆けて見送ったが、この病室が三階にあると気付いた。すぐさま窓へと駆けて寄り下を見下ろすが、無事な姿が確認できた。ただ、纏っていた白い機械的な鎧……。

 

「インフィニット・ストラトス……」

 

 自分の口からその『名』が自然と出てきた事に、何よりも驚いてしまった……。

 

 

 

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