Re:呪は月を擁いて 作:鉄屋
病院からの帰り道、掌の上で白銀の指輪を転がせながら一人呟く。
「Infinite Stratos……かぁ」
展開した機械仕掛けの白い鎧には、周囲を穴なく見渡せ、微かな音も聞き取れるセンサーが内臓されている。そのセンサーが病室から飛び降りた際に捉えた言葉は、今は待機状態の
何故知っていたかのように言えたのか。それは中身の違いからくるものなのか。それとも、単に思い付いただけなのか、等の幾つもの疑問が次から次へと出て来る。だが、束にとって疑問よりも勝る衝撃があった。
この子、喜んでた……。
『名』が聞こえた時、叫びにも似たモノを感じた。今迄に一度も感じた事が無い程の強い鼓動にも似たモノを。
やっぱり、あの子は
先程、中身が変わった神威を直に確認し強い興味が出たが、束にとって肝心なところで予定を壊していった
変わった所と変わらない所。その二面性自体にも興味を擁くが変わらない所で嫉妬が混ざる。だが、今の立ち位置に居られるのは神威(以前)が絡んでいる。その為、嫌いに成る事が出来ずにうんうんと唸っている。
フォーマットしたようなもんなのに……!?
束にとって、今の神威は何一つ知らず真っ白に近い初期化したような状態。その事に気付き、唸る事をピタリと止めた。
束はデータ等を初期化した後、粗大半は何かを入れて上書きをしている。それを今の神威に当て嵌めた。周りが解からない今の中に自分の言う事を絶対と思わせ、自分の望む形に仕上げる。そう成れば嫉妬など欠片も擁く事も無く、箒との仲を心から祝福できるだろう。
「うふ、うふふふふ……」
不気味に頬が吊り上げながら、洗脳と呼べるものかもしれない教育方針を練っていく。自分と同じく、箒を第一に考えるように。
「何を考えているんだい?」
「……へ?」
若干硬い、咎めるような声がした方を向くと、自分の父である柳韻が立っていた。束は我に返り周りを見渡すと、家に着いていた事に今更ながら気がついた。
「こんな時間まで何処に行ってたんだい?」
「え~と……そのへん」
柳韻の射抜くような視線に束は気まずい表情をし、視線を逸らしながら曖昧に返した。そして、誤魔化す為に再度口を開けようとするが、心まで射抜き見透かすかのような柳韻の視線に何も言えなくなってしまった。
束が神威に会いに行ったのは自己の為。龍我と絆の死から目を背け、見ないように、考えないように。だが、そうして逃げた先は、二人の忘れ形見が居る病院だった。
「家に入って、もう休みなさい」
「……うん」
根底を見られ、背けていた現実を思い出された束は、地に着かない足取りで自室へと歩いて行く。何時もなら真っ先に箒の所へ向かうのだが、先日から何時もを演じていた為、頭から抜け落ちる程に疲れ果てていた。
「嫌だなぁ……」
自室に辿り着くと、ベッドに倒れる様に横になった。そして、そのまま目を閉じ、夢の国へと向かい出した。倒れた衝撃で外れた兎耳を気づきもせずに。
「――こんな世界」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日。退院を許された俺は、ロビーの座席で迎えを待っていた。何処に行こうとも、右も左もわからない。ただ待つしか出来なかった。だが、ただ待つだけなので手持無沙汰、又もや考える事しか出来ない。
あの人、結局……何がしたかったんだ?
真っ先に頭に浮かんだ内容は、昨夜の突風とも言える箒似の人の事。突然現れて、俺が神威では無いと看破した。その後、罵倒が来ると思ったが、行き成り愚痴り出し無茶な振りをした。だが、其れまでの事は如何でもいいと言い、発言した事を体現する様な足取りで窓から飛び降りた。そして――
インフィニット・ストラトス……。
――白い機械的な鎧に擁かれた姿を見た。ただ、不思議な事にその名称や存在等には一切の疑問が無かった。寧ろ、在って当然とすら思ってしまった。だが、其の事が一番の疑問と成ってしまった。
俺
聞いた事が有る『名』を名乗る人達と、恐らくこの世界の中心に位置する……事に成る
気がつくと、両手をきつく握っていた。ゆっくりと解す様に開いてゆく。そして、目の前が真っ暗に成った。
「だ~れだ?」
目隠しをされた。聞こえる声は、昨夜の突風。
「……判んないのかな?」
「貴方の『名』を知らないので、言いようが無いです」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「はい、一言も耳にしてません」
「なら仕方ない」
目隠ししている手を退かした後、俺の顔を挟む様に掴み直した。そして、俺の顔を上を向け、間近で逆様に向かい合う形にした。
「私は篠ノ之 束。箒ちゃんのお姉ちゃんだよん。昔は忘れて宜しくやろうぜ」
如何宜しくするのだろうか。束さんの発達した双丘に突き刺さる俺の頭が、一瞬だけ宜しくない事を考えてしまった。
「……お手柔らかに、宜しくお願いします」
「うんうん、末永く宜しくね~」
本当に、如何宜しくしたいのだろうか。昨夜言っていた義理の姉と関係有るのだろうか。恐らく有るのだろうが……別の意味のような気がする。
だが、それ以上に、頭が深々と刺さるモノに気がいってしまうので、解放してもらうように頼み込む。
「……取り敢えず、離してくれませんか?」
「もう堪能しなくていいのかい?」
「……首が痛いんで、勘弁して下さい」
「そかそか、なら仕方がない」
離してもらい、首の調子を確かめる。他意は有るが、首が痛かったのは事実だ。
「で、束さんだけなんですか?」
「うん、騙し抜いて来たからね」
恐らく相手は千冬さんだろうが……如何に騙して来たのだろうか。あまり褒められた手段では無い気がする。だが手段なんて聞きたくないし、聞く気も無い。すぐさま移動する事を提案する。
「……じゃ、さっさと行きましょう」
「いやいや、ゆったりのんびり行こうよ。親睦を深めながら、ね?」
正直、あまり二人で居たくないのだが、逃れる術は無いようだ。家への道程なども全く分からず、他に頼れる人も居ない、完全に積んでいる。
「荷物も持ったし……往こうぜ!」
「……はい、逝きましょうか」
意気揚々と荷物を担ぎ、空いた手で俺の手をガッチリとホールドし、其の儘連れ攫われた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
十五分後。
「美味しいねぇ」
「……確かに、美味いですね」
如何してこうなったのか、俺達はクレープを食べながら青い空を眺めていた……。
病院を出てから束さんとありきたりな話……とは言えない話をしていた。会話内容は……箒の一色だった。要約して纏めると、箒ちゃんは箒ちゃんで箒ちゃんの箒ちゃんが箒ちゃんに箒ちゃんと箒ちゃん……だった。
洗脳沁みた話に途中から適当に相槌を打ちながら聞き流していたんだが、気付いたらクレープ片手にベンチに座る束さんの隣に居た。しかも、クレープを買った辺りの記憶が全く無い。
「……で、返答はいかに?」
「はい、箒は可愛いですね」
「何の話だよっ!? 確かにその通りだけどさっ!!」
「……あれ?」
この話しか記憶に無いのだが、何か言ってたのだろうか。
「可愛い可愛い箒ちゃんの事しか頭にないのは喜ばしいけど……話はちゃんと聞こうね? むっくん」
因みに、俺の言い分は全く聞いてもらえてない。
「……もう一回言って下さい」
「仕方ないなぁ。まぁ簡単に纏めると、お互い遠慮は無しで言いたい事言わないかい? って話」
「遠慮無しで?」
「うん、そう。だって此れからむっくんはむっくんで居なきゃなんないでしょ? ストレス溜まんない?」
確かに、堪るものは溜まる。それが抑えられるかどうかも判らない。
だからと言って、コレはそう簡単に吐き出せるものでもない。寧ろ、留めておくべきもの、だろう。
「むっくんが変わっちゃって、私の周りだって変わっちゃって……。私だって愚痴くらい言いたくなるしね」
やはり、留めておくべきだ。周りを変えた原因の一つが、言って良い訳が無い。
「てな訳で、如何かな?」
だが、否定など出来はしない。
神威が俺と成った事も原因の一つだが、神威の親である漆月 龍我、絆が居なくなった事も大きいと思う。恐らく、相当に深い付き合いをしていたのだろう。だから、余計な波乱は起こしたくない。
「……はい、いいですよ」
そして、これは俺自身の為にでもある。
俺はどうにも自殺など出来ない様な身体で、如何しても生きていかなきゃならない。だったら、多少でも生き易い方がいい。吐き出したい事だって色々と増えてくるだろう。そう思いつつ頷いた。
「ん、契約完了だね。――ってな訳で、速攻で無くしていくよ?」
「……順応早いですね」
速攻で無くすと言うか、そもそも遠慮等をしていたのだろうか? 少なくとも俺には遠慮していた様には思えない。
「ふふん、束さんの数多い特技の一つだよん。で、訊きたい事が有るんだよね~」
「何ですか?」
「この子を見て、どう思う?」
束さんが懐から白銀の指輪を出した。だが、どう思うも何も、只の指輪にしか見えない。
「ただの指輪、じゃないんですか?」
「……解かってて言ってるのかな?」
「は?」
「……解かってなかったっぽいね。まぁ、待機状態見てないから……当然っちゃ当然か」
「はぁ?」
首を傾げながら率直に思った事を伝えるが、どうやら束さんにとって予想外だったらしい。そして、懐疑的な表情をするが、直ぐに納得した様な表情に変わった。若干、溜め息混じりだったが。
疑問しか擁かない俺に、束さんは指を立てて説明しだした。
「この子はね、婚約指輪なんだよ……」
「……はぁ」
「むっくんと箒ちゃんのね」
「はぁ……――はあっ!?」
ちょっと待て、如何いう事だ。コレが俺と箒の婚約指輪? 俺と箒は婚約者? 束さんが義理の姉なんて言ったのは将来を見据えてか?
突如落とされた爆弾に必死に頭を回して対処しようとするが、どうも上手く回ってくれない。
「婚約って……冗談、ですよね?」
「いんや、冗談なんかじゃないよ。マジ、超大マジ。親同士公認で決定事項だよ」
「……そうなん、ですか?」
「うん、そうなんだよ」
詰んでいる……のだろうか。抵抗しても無駄な気がしてきたので、思考を放棄して脱力してしまった。だが、それこそが狙いだった様だ。束さんのクレープを持っていた手が、変わっていた。
「この
「……え?」
「そう言ったよね。昨日、確かに」
昨夜見た、機械的な灰色の手。それが目の前に在った。