Re:呪は月を擁いて   作:鉄屋

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第五話 『真直な表裏』

 

 

「確かに、見て言ったよね?」

「それは……」

「それは?」

「それ、は……」

 

 目の前に在る機械的な手。知っていると思うモノ。その詳細らしきものは喉元まできているが、そこで止まってしまい、口まで出てこない。形にして言えない。詳細が霧に包まれていて霞んでしまっている。だが、確かに『何か』が有るのだ。

 

「知ってて言ったんじゃないの?」

「……たぶん」

「ふ~ん……成る程ね」

 

 束さんは俺の煮え切らない返答に、観察する様にまじまじ見た。だが、それは少しの間だった。直ぐに人懐っこい目に変わり、手を包んでいた機械を解いて肌色をした人の手に戻した。そして、同時に現れたクレープを食べ始めた。

 

「ま、言えるように成ったら言えば良いよ。無理しても言えるもんじゃないしね」

「……そうですね」

 

 若しかして、この人はこの人なりに気を遣ってくれたのだろうか。お互いに遠慮無しと言った事も含めて。

 

「あ、束さんに言いたい事ぶっちゃけるのは良いんだけど……ちーちゃんには言わない方が良いよ」

「……ちーちゃん? 千冬さんの事ですか?」

「うん、そう」

「何か問題でも?」

「凶暴なんだ」

「……へ?」

「内容に因っては鉄拳制裁されるからね? 手が早いから気を付けなよ。外見は普通だけど、中身は凶暴で――」

 

 そう……なのだろうか。俺にはそう見えない。昨日一昨日でそんな面は一切見受けられなかった。なので、俺が擁いた千冬さんの印象は、寧ろ――

 

「凶暴で……何だ?」

「「――え?」」

 

 ――鬼の様なオーラを形作っている様に見える。何時の間にか直ぐ傍に居たが、全く気が付かなかった。

 千冬さんの表情は至って普通だが、雰囲気やオーラが普通では無い。千冬さんの周りが歪んでいるように見える。凶暴などと言われたら怒るのは当たり前だと思うが……聊か怒り過ぎではないか? 若しかして、鬼門なのだろうか……。

 

「束、続きは何だ?」

「え、えっと……」

 

 対する束さんの表情は真っ青。此方も雰囲気が普通では無い。千冬さんの事は冗談混じりで言ったのかもしれないが……タイミングが最悪だった。彼方此方に行く視線から、必死に言い訳を考えている事が容易に解かる。

 それに、千冬さんが此処に居る事を考えれば、騙した事がバレた……のだろう。その事が余計に怒りを誘っているのだろう。現に、千冬さんは口元以外、欠片も笑ってない。

 

「……束?」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 首を傾げながら訊く千冬さんに、束さんは恐怖で口が回らない儘で返事をした。そして、その儘見つめ合い、周りの音が聞こえるだけに成った。ただ、過ぎる時間と共に束さんの顔色はどんどん悪化していった……。

 

「……はぁ」

 

 千冬さんは溜め息と共に纏っていた雰囲気を四散させた。

 束さんはその様子が信じられないのか、ポカンと口を開けて瞬きをくり返している。

 

「ほ、箒ちゃ――」

「おねえちゃんの噓つき!」

「――え?」

 

 だが、千冬さんの後ろから出てきた箒の一言で、身体の動きが止まってしまった。だが、それでも懸命に動こうとしているのか、身体が小刻みに震えている。だが、それも直ぐに止まってしまうのだった。

 

「おにいちゃんとクレープ食べてる!」

「こ、これは……」

「おねえちゃんなんて……だいっ嫌い!!」

「っ――」

 

 大嫌い。その一言で魂が抜け落ちた様に崩れ落ちた。

 どうやら、千冬さんの怒る姿はフェイクで、本命は箒の一言なのだろう。隣で涙を流しながら「ほ、箒ちゃんに嫌いって、大嫌いって言われた……」等と言っている姿を見れば直ぐに解かる。恐らく、バレれば怒るような騙し方をしたんだろう。

 

「もう、死のう……」

 

 虚空を見るかのように、目の焦点が合ってない。本気で自殺しそうな程に虚ろだ。

 そんな様子の束さんに、千冬さんが近づき、微かに聞き取れる声で呟いた。

 

「前言撤回させたいのなら言う事を聞け」

「全身全霊で聞きます!」

 

 呟きを聞いた束さんは即座に復活を果たし、ベンチの上で見事な程に美しい正座をした。

 

「此方に来い」

「はいっ! 何処までも付いてきますっ!!」

「神威、少し待っててくれ」

「あ、はい……」

 

 歩き去る二人。これは若しや……体育館裏に来い、トイレに来い等の『来い』だろうか。帰ってきたら、服で隠れた部分がボコボコに成っているのだろうか。先程の惨い仕打ちを見ると、そんな考えが浮かんでしまう。

 頬を引き攣らせながら虚空を見えげていると、裾を引かれた。視線を下げると、箒がクレープを凝視していた。どうやら、食べたいらしい。右へ左へと動かすと、追う様に視線を動かした。

 

「……食べる?」

「うん!」

 

 箒は答えると直ぐに口を開けた。そして、催促もしてきた。

 

「あーん」

 

 クレープを箒の口に近づける。だが、箒は嚙り付かなかった。

 

「あーん」

「……?」

「あーん!」

「あ、あーん……?」

「あーん」

 

 どうやら、あーんと言わないといけないらしい。取り敢えず、そういう行為だと解かったのだが、アレは絶対にあーんと言わないといけないのだろうか。ただ、どちらにせよ、言わないと箒はずっとこの儘だろう。

 

「……あーん」

「あーん」

 

 疑問を擁きながら、言うとおりにすると、箒は漸く満足したのか口いっぱいに頬張った。

 

「おいしいー!」

 

 満面の笑顔を浮かべた。味にも満足したらしい。釣られるように頬が緩む。

 箒は食べ終わると、俺の持つクレープに手を掛けた。自分で持って食べたいのだろうか。箒が落とさぬように、掴んでから手を放す。

 

「はい、あーん」

「……は?」

 

 だが、自分で食べる訳では無かった。俺に食べさせたいらしい。

 まぁいいか、などと思いながらあーんと言おうとしたところで、向かい側に座る老婆と目が合った。ただ、その老婆は、孫でも見るかのように微笑ましい顔だった。

 何故か、多少どころではない程に気恥ずかしさを感じ、咄嗟に視線を右に向けた。だが、向けた先に主婦らしき人が二人居た。此方の二人は、「最近の子は……」などと何とも言えない目で見ていた。

 逃げるように視線を左に向けると、先程クレープを買ったと思う屋台が有った。その屋台のお兄さんは目が合うと、力強いサムズアップをしやがった。笑う口から見える白い歯が、憎たらしい程に輝いていた。その歯に「折れろ!」と呪おうとするが、足に重さを感じ、視線を向けた。

 

「あーん!」

 

 視線を向けた先、箒が居る真正面に視線を戻すと、至近距離に箒の顔があった。先程のから感じる重さは、箒が足の上に乗っている所為らしい。

 そして、頬を膨らませながらクレープを突き付けてきた。「早く食え!」と言ったところか。だが、如何にも周りの視線を意識してしまい、気恥ずかしさを感じる。特に、カメラを向ける屋台のお兄さんの所為で。

 

「あ、あー……ん」

「おいしい?」

「……ああ、おいしいよ」

 

 実際、味など分からない。だが、こう答えておけば良い筈だ。その証拠に、箒は嬉しそうに笑っている。俺も食べさせ合いは終わりだろうと気を緩めたが、そうは箒が許さなかった。

 

「じゃあおにいちゃんの番」

「おぉう」

 

 これは、罰ゲームだろうか。それとも、羞恥プレイなのだろうか。増えつつある視線、フラッシュの眩しさ、箒の容赦の無さに、そう思う。

 

「はい、あーん……」

「あーん!」

 

 千冬さん、願わくば早く帰って来て下さい。もう束さんをどのように料理してもいいので……。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「で、如何だった?」

 

 神威達から少し離れ、束に向き直った。

 昨日の夜、束は家を抜け出し何処かへ行っていた。そして、今日も珍しく強引に自分が行くと言っていた。理由としては恐らく、神威に心の落とし所を求めたのだろう。だが、ただの興味という考えも否定できないが。どちらにせよ、神威と居た様子からして、もう落とし所は見つけたのだと判る。

 

「箒ちゃんに嫌いと言われて死にそう……」

「そんな事を訊いてるんじゃない」

「おぶっ!?」

 

 呆けた答えに、喝を入れてやる。訊きたい事はそんな事ではない。

 

「神威は……如何見えた?」

 

 知りたい事は神威の事。何を考え、想っているのかを。知ったところで如何にか成るものでもないが、知っておきたい。それが僅かな事だとしても。知りさえすれば、近づけるのは確かだろう。

 

「ちょっとお花畑が見えた気がするんだけど……」

「それより今は神威だ」

「……へい。ええっと、むっくんは……おのぼりさん?」

「詳しく言えるか?」

「うい。むっくんは前と中身が違う。此れはちーちゃんも解かるよね? 違う人格が現れたのか、精神が変質したのかは判らない。でも、別人過ぎて精神の成長とかはまず無いね」

「……ああ、そうだな」

 

 以前と違う事は解かっている。だからといって違える事はしない。あの子も神威で、私のもう一人できた弟だ。

 

「そんなむっくんと合い向かった感じは、私達(・・)と同類のような気がしたね」

「……」

「ただ、飛び出た『場所』に戸惑ってる。周りをキョロキョロと見ながら地盤を作ってる……ってところかな? ま~そんなんで……お義姉ちゃんが優しくリードしてやらねきゃ、と思いました」

 

 同類、それは……異質を意味する。そして、産んだ親(ひと)に捨てられた理由でもある。だが、私にとっては、関係など無い。寧ろ、護る理由が増えただけだ。それに、弟を護る事も、手を差し伸べる事も、姉の役目だ。束に言われずとも解かっている。

 

「言われるまでもない、神威は――」

「おう! 束さんが面倒見るぜ!」

「――何?」

 

 欠片も思わなかった、束が言う筈が無い言葉。悪い夢でも見ている気分だ。人は衝撃を受けると考えや思う事が変わると言うが、神威との間柄から束がそう成るとは思えなかった。だが、龍我さんと絆さん絡みならば……無くは無い。

 

「美味しいご飯作ってやって、ちゃんとお勉強教えてやって……って、ちーちゃん? 何で束さんのおデコに手を乗っけてんの?」

「……いや、熱でもあるのかと思ってな」

 

 一応、手で熱を量ったが、平熱だった。本気で思っている、のだろう。以前の神威と束の関係に比べれば、喜ばしい事ではある、のだが……脳が簡単には受け入れてくれない。ただ、束自身が以前の関係よりも改善したいと言うのなら、推してやるべきだろう。

 

「束、本気なのか?」

「うん、本気だよ」

「そうか、なら――」

「本気で束さん好みの、箒ちゃんに相応しいお婿さんに育てるよ!!」

「――何だと?」

 

 どうやら、私の勘違いだったようだ。此奴の言う姉とは、束自身の事だったようだ。少しでも変わったと思った自分が馬鹿馬鹿しい。少しだけ変わらぬ束に安堵したが――

 

「むっくんを序でに……って、何でアイアンクローを?」

「さあな」

「……ちーちゃん、頭蓋骨が悲鳴を上げ始めた気がするんですが?」

「そうか」

 

 ――ソレはソレ、コレはコレだ。それに、弟を護ると誓った身だ。遠慮無くやらせてもらう。

 

「……あの、部骸骨が陥没する前に一つ教えて戴きたいんですが?」

「何だ?」

「箒ちゃんが言った大嫌いを撤回してくれるんだよね?」

 

 何処までも変わらぬ束に安堵し、ゆっくりと一つ頷いた。

 

「ああ、してやる」

「おし、一片の悔いは無し。潔く死ね――」

「気が向いたらな」

 

 そして、指に力を入れた。

 

「え? それって――」

 

 

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