Re:呪は月を擁いて   作:鉄屋

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第七話 『踏ん切り』

 

 式は終わり、日は落ちた。

 

「無事に終わって良かったねぇ」

 

 束は此方を見ず手元に向けた儘で呟き、眼下にあるまな板の上で食材をリズミカルに捌いている。幾分かは乱れがあるが、もう手慣れた包丁捌きだった。

 

「そうだな」

 

 私は近くで腕を組み、戸棚に軽く寄り掛かっていた。視線は束に向けておらず、キッチンを越えた先のリビングで、神威を真ん中にしてソファーに座る三人に向けられていた。三人は、設置してあるTVに映る五人戦隊のヒーローに見入っている。これは毎週欠かさず三人で見ている番組であった。ただ、今週はクライマックスの一つで、三人共……と言っても一夏と箒だが、何時もより口数が少なく真剣に見入っていた。

 一夏がお気に入りの主人公、リーダー格であるレッド。その本人が知らない秘密を知る、ラスト間際のシーン。ピンチに陥り倒れ伏すレッド達に、高笑いをしつつ止めを刺そうとする悪の幹部。高く掲げた鎌をレッドへ振り下ろし、仲間の誰もが迫る未来に悲鳴混じりで叫ぶ時、阻む者が現れた。シルバーのプロテクターに包まれ、謎にも包まれた、正体が分からない六人目だった。だが、悪の幹部が振り下ろした鎌がフェイスマスクを割り、素顔が露わになった。素顔を見たレッドは「に、兄さん!?」と凝視した。シルバーの正体は、レッドが幼い頃に生き別れた兄だったのだ。幾つもの感情が渦巻き、何も言えずに震えるレッド。そんなレッドを見下ろす素顔を晒したシルバーは、はにかむ様な苦笑をし……――そこで終わった。

 終わった瞬間に夏が燥ぎ、感化されるように箒も燥ぎ始めた。神威は、燥ぐ二人を四苦八苦しながらあやしていた。

 

「ちっとは元気になったっぽいね」

「……そうだな」

 

 目の前の光景に、自然と頬が緩んだ。

 思えば、式の終わり際から神威の目に少し灯が宿った様だった。更織と名乗った者達に因るものだろうが、今は如何でもよかった。ただ、笑えれば。例え空だとしても、今は……。

 

「束さんのお蔭だね」

「――どうだかな」

 

 軽口をたたく束に、苦笑しながら切り捨てた。確かに束の言う事は一理あるが、全てでは無い。恐らく冗談込み……で言っているんだろうが。

 

「ちーちゃん、箒ちゃんラブ魂を注入したのは束さんだよ?」

「……そうか」

 

 若干、呆れてしまった。言う程までに結果が伴っていないのだからな。

 だが、注ぐという意見自体には賛成だ。今は空でも注いでいけば、いずれは満たされる。ただ、無理のない程度にした方が良いだろう。

 

「これで将来は約束されたようなもんだ。うんうん、流石は束さんだ」

 

 したり顔で何度も頷いているが今の(・・)神威とでは……どうも想像がつき難い。だが、束が関与すれば、粗間違い無く失敗する事は目に見えている。此奴が箒の為に暴走すると十中八九は空回りし、旨く行った試しは無いに等しい。

 そして、箒関係で熱を上げた時、大概は放っておく。放っておいた方が対処が楽な時が多く、勝手に自滅する事もあるからだ。

 ただ、今は夕食の準備中。手を止めさせる訳にはいかない。

 

「いい加減に帰ってこい」

「あだっ!? ……ちーちゃん、何でぶつのさ」

「鍋をかき混ぜている手が止まってるぞ」

「あのね、今は――」

「箒が腹を空かせているぞ?」

「――超特急で作り上げる積もりだよっ!!」

 

 何時も通り箒馬鹿な束に、苦笑した。

 式の最中に、そう長くない間、心ここに在らずの様な虚ろな目をしていた。自他共に認める箒馬鹿だが、ある時から其れだけではなく成っていった。其れを成しえた二人が居なくなったので如何なるか予想がつかなかったが、表面上はもう完璧に自分を取り戻した……様に思える。現に、絆さんに仕込まれた腕前を存分に披露し、程なく終えた。

 

「箒ちゃん! ご飯が出来たぞー!!」

「はーい!」

「ご飯なにー?」

「美味しい美味しいシチューだよ、いっくんも食べていいぞ!」

 

 鍋と炊飯器をカートに乗せリビングに運んだ束は、器によそい始めた。一夏と箒は待ちきれぬのか、スプーン片手を握りしめている。

 

「ほい、むっくんの」

「……どうも」

「いっぱい食べておっきく成ってね!」

「……横に大きく成りそうですよね、この量だと」

 

 神威にもよそるが、些か量が可笑しい。器に山が出来ていた。山の頂上に池を模ったシチューがある。受け取る神威は頬が引き攣っていた。束は、こういう時に限って善意だけで言ってくる。普段が普段だけに、断わり辛いのだろう……厄介な事に……。

 

「お代わりもあるからね!」

「その前に喰いきれません」

「遠慮しなくていいんだぞ?」

「欠片もしてません」

 

 だが、神威は昨日より憑き物が落ちた様に思える。束は以前に私とした約束事を神威としたらしい。それが功を期したのだろう。特に束が相手の場合、遠慮が無く成ってきている。まぁ、束に遠慮などしたら、圧されるだけと解かっただけなのかもしれないが……。

 

「お義姉ちゃんの愛情を素直に受け取れないツンデレなのかな?」

「……残して構いませんね?」

「ダメ。お残しは許しません!」

「……」

 

 ただ、雨は止んだ。まだ大地は濡れて乾いていないが、確かに止んだ。そう思えるくらいには、吹っ切れた様だった。

 だが、まだ束の相手は難しいだろう。神威の頭に手を置き、此方を気付かせた。

 

「……千冬さん」

「任せておけ」

 

 神威を護る。私は、そう誓った。だが、まさか、最初の相手が束に成るとは……と、欠片ほどだが予想していた事が当たり、内心で驚きながら束の頭を両側面から軽く掴んだ。

 

「ちーちゃ――」

「寝てろ」

「――んごっ!?」

 

 束の頭を、掌の間で行った全力のキャッチボールで寝かしつけた。

 

「……千冬さん」

「気にするな、何時もの事だ」

「……成る程。なんか、納得できます」

 

 神威は非難の目……と言うには優しすぎる目を向けてきたが、束の状態に気付いた一夏と箒が繁々と観察していた様子で、納得がいったようだった。なんせ、箒が全く心配していないのだから。

 そして、首を傾げ訊いてくる一夏と箒に、私は何時も通りに答えた。

 

「おねえちゃん、眠っちゃったの?」

「ああ、また眠くなったらしい」

「またー?」

「束が起きるまで待っているとシチューが冷めてしまうな……。先に食べてしまおうか?」

「うん!」

「たべるー!」

「神威もそれで良いな?」

「はい、異論無しです」

 

 空腹だからか、追及等は一切無かった。皆、束の事は頭から追い遣り、テーブルを囲んで席に着いた。各自が手を合わせる中、神威だけは目の前に在る山盛りの器をしかめっ面で眺めていた。

 

「神威、新しく盛れ」

「これは……どうします?」

「束が食べるだろ」

「……いいんですか?」

「ああ。残すのは許さないと自分で言っていただろ?」

「……成る程、確かに」

 

 神威は私の言い分に僅かに思考し、直ぐに席を立ち新しい器に盛った。

 神威が席に再度着いた後、改めて手を合わせた。

 

「「いただきまーす!」」

「「いただきます」」

 

 一夏と箒は口いっぱいに頬張るが、神威は恐る恐る、一口だけ口にした。束の作る食事は確かなのだが、束に免疫が無いのであれば、当然の反応なのかもしれない。

 

「どうだ?」

「……美味い、です」

 

 一応、束の代わりに感想を訊いてみた。すると、神威は信じられないのか、それとも納得できないのかは判らぬが、眉を八の字にさせ絞り出す様な声で答えた。

 

「まぁ……そのうち慣れるだろ」

「……そう、ですね」

 

 神威は床に転がる束を凝視し、小さく頷いた。そして、食事を再開した。束に対する心構えが出来たのだろうか? 口にシチューを運ぶ手に迷いが全く無かった。

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 妙な覚悟を決める事に成った夕食は終わり、もう寝るには良い時間だった。

 俺は自室……と成った部屋のベッドの上で寝転んで、手の持つ写真立てに入った写真を見ていた。神威を中心に左右に一夏と箒が居る。3人は見ていて微笑ましい程に、心から笑っている。一夏も、箒も、――神威も。

 

 ――無理だな。

 

 俺は、この様には、笑えない。どんなに似せても同じなのは外見だけで、中身が違う。もう別人だから、無理だ。出来る訳が無い。

 

 同じくする積もりも無いがな。

 

 皆は、俺を俺として見ている。接してくれている。だから、同じく笑う気など、起きない。俺は神威では無いのだから

 皆は、俺を俺として見てしまっている。もう認めてしまっている。だから、俺はこの写真の様に笑っては、いけない。俺は神威でもあるのだから。

 この考えは、違和感や感傷に浸る事が無くなってしまえば、もう思いもしないだろう。受け入れて馴染む方が早いのか、気付かない程迄に忘却してしまう方が早いのか……。

 

「はぁ……」

 

 溜め息混じりで写真立てを枕元へ戻すと、隣に居る毛布に包まれている膨らみが動いた。

 

「ん……んぅ?」

 

 膨らみの正体は、何故か一緒に寝る破目に成った箒。

 事の始まりは夕食時に捨て置かれた束さんだった。アレコレと箒に構いながら一緒に寝る方向に誘導した……ように思えた。元々、今夜は泊っていく予定だったので、帰す選択は無かったし、柳韻さんも絡んできたので、頷くしか出来なかった。

 柳韻さんは、式の最中に居た不快な輩を一手に引き受けてくてれいて、式が終わった後の事も引き受けてくれた。俺も気を遣ってもらっていたので、断わる事など出来なかった。

 

「……起こしたか?」

「んー? うぅん……」

 

 少し毛布を捲ると、まだ夢心地の様で目が開いてなかった。この子のこんな様子を見ていると、ただ、良いのか、と思う。

 箒も、一夏もだが、俺との距離が近い。距離感は以前と同じ……なのだろう。その事自体に言う事は無いのだが、どう思っているのだろうか、と思う。俺が以前(神威)と違うと判っているのだろうか。同じだと思っているのだろうか。それか、変化など大した事じゃないと思っているのだろうか。それとも……――どうでもいい事なのだろうか。

 

「んん……んふぅ」

 

 ……見当違い、だろうか。頬を擦りながら寄る箒が、否定している様に見える。

 能々考えてみれば、まだ幼い子供だ。まだはっきりとした判断なんて出来ないだろう。だが、自分の思った事に従う。其れこそが正しいのかもしれない。ただ、此処まで素直に行動に表す事は難しいだろうが……。

 

「お休み」

「んぅ、うん……」

 

 感謝を籠めて軽く頭を撫でたら、また直ぐに寝息をたてて眠りについた。

 箒に倣い身体の力を抜き、目を閉じようとしたところで、カーテンを僅かに締め忘れていた事に気が付いた。

 

「“もう”いいよな……?」

 

 隙間から見える途切れた月に、宣言してから目を閉じた。

 

 

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