Re:呪は月を擁いて   作:鉄屋

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第八話 『小さな岐路』

 ゆさゆさと体が揺らさている。強くなく、弱くもなく、とても心地良い波に乗っているかのようだ。多少覚醒していた意識が、また眠りつこうとしている。

 

「ねえ、朝だよ?」

 

 幼い声がした。どうやら揺らしている主らしい。だが、まだ眠く、ベッドの中はとても温く心地良い。まだまだ浸っていたい。

 

「ねえ、おねえちゃんが来ちゃうよ?」

 

 ……お姉ちゃん? 誰のことだろうか。知っている筈の事すら思い浮かばない程に、頭が回らない。それ程迄に、眠い。

 

「……あ」

 

 揺れが止まった。心地良い波が無くなった事を残念に思うが、無かったら無かったで悪くない。揺れの無い安眠は、とても良いものだ。

 

「Hey! Good morning!!」

「ぉおうっ!?」

 

 だが、それも唐突に終わった。敷いてあるシーツごと剥がされ、頭に衝撃が走った。如何やら、床に頭から落ちたようだ。現に、世界が逆様に映っている。

 

「むっくん、起きたかい?」

「ええ、痛恨の目覚ましを食らいましたからね……」

 

 セーラー服に身を包んだ原因(兎耳)を睨みつけるが、何故か笑うだけだった。

 その面にイラつき、暫し睨んでいると、頬が少し赤くなった。……何故だ?

 

「ムッツリかと思ったら、意外とオープンなんだから……」

「……あん?」

「束さんのスイートショーツが見たいからって、その儘の姿勢でいるなんてダメだよ?」

「……はあ?」

 

 何言ってやがるんだ? と思ったが、視線を少しずらすだけで、確かによく見える。スカートの中身は白だった。だが、これは不可抗力であり、原因が起こした結果だ。それに、見たものに対して言ってやりたい事が有る。

 

「束さん……」

「なぁに?」

「アンタが白なんて穿くな。白を冒涜している」

「見といてソレか!?」

 

 ぶっちゃけ、レース付きとか似合わない。更に、性格を知っている者にとっては胡散臭く見える為、兎耳を鼻で哂ってやった。

 身体をワナワナと震わせ始めたので、更に煽ってやろうかと思っていると裾を引かれた。横を向くと、放っておかれた事に腹を立てているのか、頬を膨らませた箒が居た。

 

「……ご飯」

「「……ご飯?」」

「冷めちゃう」

 

 視界を180度回転させながら、意図を探る。感じからすると恐らく、美味しいご飯が食べられなくなる……と、そういう様な事を言いたいのだろう。ただ、この儘ご機嫌斜めだと、学校まで手を繋いで登校コースに成り、精神的にかなりクるし、その後もクる。

 だが、この世界にきてもう一年は経つので、ご機嫌を損ねるのを回避できる必勝法を見つけてある。

 

「ゴメンな。束さんが手荒に起こすから忘れてたよ、束さんの所為で」

「え、ちょ――」

「箒も見てただろう? 束さんの所為で俺が頭を床にぶつけた所を。」

「うん。……お姉ちゃん?」

「――うぅ」

 

 被害者の訴えを箒に聞かせると、ターゲットが兎耳に移った。少しばかり私情が入ったのは、先程まで逆様だったので頭に血が上っていたのだろう。狼狽える兎耳を、箒の後ろからもう一度哂ってやったのも、頭に血が上っていた所為だろう。

 第一、朝起きれないのは、この兎耳に振り回されている所為だ。全力かどうかは判らないが相当に振り回す為、子供の体力では到底ついていけないのだ。なので俺には正当権が有る。きっとその筈である。

 

「取り敢えず、着替えたいから……束さんを外に出してくれないか? またご飯の時間が遅く成るからな、束さんの所為で」

「うん。……お姉ちゃん?」

「うぅ……チクショウ! 覚えてろぉ!!」

 

 心地良い程の負け犬の遠吠えだった。俺は遠慮無用の約束を確りと守っているだけだというのに、何を言っているのだろうか。

 だが、こうして迎える朝は、不思議な程に、――途轍もなく清々しい。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 俺が漆月 神威と蟠りを擁かずに名乗れる様に成って、もう一年と少しが経った。

 千冬さんとの仲は良好で特にこれといった問題も無く、兎耳対策の相談に乗ってもらったり実行してもらったりしている。

 一夏と箒は、俺が通う学園の一年生に成った。それから学園に行くも帰るも毎日一緒である。ただ、偶に起こる喧嘩には勘弁してもらいたい。必ずと言っていいほど巻き込まれるからだ。

 そして、束さんとは……喧嘩友達(?)の様な感じだ。時たま凄い頭が良い事を言ったりやったりするのだが……大概は『馬鹿と天才は紙一重』の馬鹿の方に突っ走っている。それはもう馬鹿という字に使われる馬と鹿が可哀そうな程に。お蔭で今は――

 

「……はぁ」

 

 ――憂鬱だ。とても憂鬱だ。三年一組の教室で窓の向こうの、そのまた向こう辺りを見ている程に憂鬱だ。朝食の時に逆襲にあった。奴も箒を誘導してきやがった。お蔭で今日も仲良く手を繋いで登校する破目に成ったよ、また一夏もセットで!

 

「……はぁ」

「お早う。何、草臥れてるのよ、お兄ちゃん?」

 

 話し掛けてきたのは、同じクラスの光道音(こうどういん) (れい)。黒髪黒目で鼻高し。目はツリ目でもなく垂れ目でもない。前髪は眉毛辺りで切り揃えていて、後ろは肩下辺りまでストレートに下ろしている。どこかの御子女で顔とノリが良いから人気があるらしいが、俺には悪魔の羽と尻尾が見える。

 

「……お早う。疲れてんだから草臥れてんだよ。それとお兄ちゃんは止めろ」

「いいじゃない。もう学校中に知れ渡ってるんだから」

「だから嫌なんだよ」

「交通安全のポスターに載るくらい仲良いのに?」

「……だから止めろっつってんだよ」

 

 そう、何故か一夏と箒と交通安全のポスターに載る破目に成った。そして何故か全校集会の時に撮影した。お蔭で校内で指差されるくらいには知られてしまった。それから『お兄ちゃん』の渾名が定着しつつある。

 

「え~? 別にいいじゃない。それとも、何か嫌な事でもあるの?」

「お前にお兄ちゃんと呼ばれる事が嫌だ」

「それは除外ね。他は?」

「だったら撮影料を寄こせ。ノーギャラでやってられっか」

「……え? えぇ~……」

 

 なんか脱力したらしいが、知った事では無い。寧ろイメージダウンしたのなら、喜ばしい事だ。

 そう言えば、一夏と箒が俺の事を色々言っているらしいのも原因の一つだと思うが、なんか可笑しい。此奴が俺に絡み始めたのは……その一寸前。なんか、此奴が怪しい気がするので、少し問い詰めてみよう。

 

「……お前、この件に一枚嚙んでないよな?」

「……何言ってるの? 私は何もしてないわよ」

「事前情報を持ってたくせに?」

「……あれは、偶々よ」

「どうやったら偶々知れるんだよ」

「……何でかしらね?」

 

 そう言いつつ目を逸らした。だが、逸らす時に少し目が泳いだのを確認した。此奴、高確率で一枚嚙んでやがる。それどころか、発端かもしれない。よし、もう少し突いてみよう。

 

「……あ。香里ちゃーん! おはよー!」

「麗ちゃん! おはよー!」

「……ちっ」

 

 逃げられたが、まぁいいか。彼奴が要注意危険人物だと解かっただけでも収穫有りだ。それに、事後だと如何する事も出来ない。なので、彼奴が接触してくる時に注意深くしておけば回避できるだろう。そう思いながらまた窓の向こうに目を向けた。

 

 

 

「……え、バレちゃったの?」

「まだよ、まだセーフラインよ。アウトじゃないわ」

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「「ただいまー!」」

「ただいま」

「おかえり」

 

 家に着くと、千冬さんが出迎えてくれた。もう帰ってきていたようだ。一夏と箒が中に入って行くのを見届けると、居ると騒がしく出迎える筈のもう一人が居ない事に気が付いた。

 

「束さんは?」

「束は居間に居る」

「何してるの?」

「……見れば分かる」

 

 何とも言えない表情で答えた。千冬さんにしては珍しい、何なんだろうか。歩き出した千冬さんに付いて居間まで行くと、当の本人が居た。

 

「んぐ、んぐ……ぷはぁっ! もう一杯!」

「お姉ちゃん、飲み過ぎー」

「……箒ちゃん。お姉ちゃんはね、飲まないとやってられないんだよ!」

 

 なんか、飲んだくれに成っているが……。

 泡の立つ黒い液体をコップいっぱいに注いで……それを一気に飲んでいる。珍しく箒の言葉でも止まらない。何なんだろうか。

 因みに、飲んでいるのは――

 

「それ僕とお兄ちゃんのー!」

 

 ――黒色の炭酸飲料だった。実際に酔ってる訳ではないのだろうが、酔ってる様にグデグデだ。

 取り敢えず、何をしているのかは解かったが何でこうなったのかが全く判らない。その旨を籠めて千冬さんの方を見ると、溜め息混じりに教えてくれた。

 

「この規格外(バカ)は学校サボって……、なんでも“夢とロマンなるモノ”を売り付けに行ってたらしい」

「夢とロマン?」

「ああ。だが、当然そんなものが受け付けられる筈がないからな。追い返されでもしたんだろう、帰って来てこの様だ」

「……成る程」

 

 要するに、束さんが何か仕出かして失敗した、という訳だろう。そして、失敗したのなら、その夢とやらは箒が絡んでいる内容なのだろう。束さんは箒が絡んでいると九割方バカに成るので、とても納得いくものだった。

 

「でも、これで懲りてくれれば良いんだけど……」

「束が懲りると思うか?」

「いえ、全く」

 

 もう何かと慣れてしまったが、もう少し抑えてくれないものかと常々思う日々が脳裏に映し出され、ボソリと呟きが毀れてしまった。だが、若干ながら諦めが混じった表情をする千冬さんの問いには、迷う事無く首を横に振っていた……。

 

 

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